IP case studies判例研究

平成28年(行ケ)第10156号「医療用ガイドワイヤ」事件

名称:「医療用ガイドワイヤ」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10156号 判決日:平成29年4月17日
判決:請求棄却
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件、課題と組成比、合金
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/765/086765_hanrei.pdf
[概要]
一般的な技術用語として認定された特許請求の範囲に記載の「Au-Sn系はんだ」はAuとSn以外のその他の元素を含有してもよい場合があり、またAuとSnの成分比率も何ら限定されていないと解され、このような場合についても当業者が本件発明の課題を解決できると認識できるとはいえないため、サポート要件を充足しないとする審決が維持されたた事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第4354525号の特許権者である。
被告が、本件特許を無効とする無効審判(無効2015-800133号事件)を請求したところ、特許庁が請求成立(特許無効)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
遠位端側小径部と前記遠位端側小径部より外径の大きい近位端側大径部とを有するコアワイヤと、
前記コアワイヤの遠位端側小径部の外周に軸方向に沿って装着され、先端側小径部と、前記先端側小径部よりコイル外径の大きい後端側大径部と、前記先端側小径部と前記後端側大径部との間に位置するテーパ部とを有し、少なくとも先端部および後端部において前記コアワイヤに固着されているコイルスプリングとを有し、
前記コイルスプリングの先端側小径部の長さが5~100mm、コイル外径が0.012インチ以下であり、
前記コイルスプリングの先端部は、Au-Sn系はんだにより、前記コアワイヤに固着され、 Au-Sn系はんだによる先端硬直部分の長さが0.1~0.5mmであることを特徴とする医療用ガイドワイヤ。
[審決]
一般的な技術用語としての「Au-Sn系はんだ」を用いた特許請求の範囲記載のガイドワイヤの全ての態様について、発明の詳細な説明に記載されているとはいえず、その示唆がされているとも認められないから、一般的な技術用語としての「Au-Sn系はんだ」を用いた特許請求の範囲記載のガイドワイヤが、発明の詳細な説明の記載により当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲であるものとはいえない。また、当業者において、一般的な技術用語としての「Au-Sn系はんだ」を用いた特許請求の範囲記載のガイドワイヤが、当業者が出願時の技術常識に照らし上記本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。
[取消事由]
原告の主張(取消事由:本件特許は、サポート要件を具備していること)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
2 取消事由(本件特許は、サポート要件を具備していること)について
『(1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。』
『(2)ア 上記1(3)記載のとおり、本件発明の解決しようとする課題(達成すべき目的)は、第1に、コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が高く、しかも、従来のものと比較してシェイピング長さを短くすることができる医療用ガイドワイヤを提供すること(以下「第1の目的」という。)、第2に、CTO病変のマイクロチャンネル内における操作性に優れた医療用ガイドワイヤを提供すること(以下「第2の目的」という。)、第3に、低侵襲性で、マイクロチャンネルにアクセスする際の操作性が良好でありながら、十分な曲げ剛性を有し、トルク伝達性にも優れた医療用ガイドワイヤを提供すること(以下「第3の目的」という。)にある。以下、第1~第3の目的につき、更に具体的に検討する。』
『イ 第1の目的について
(ウ) そうすると、本件発明が第1の目的を達成できると当業者が認識し得る範囲のものであるといい得るためには、本件明細書の発明の詳細な説明の記載や出願時の技術常識から、本件発明において「コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が高」いこと、より具体的には、コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度(引張強度)がコアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高いこと、又はAg-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを当業者が認識し得ることを要するといってよい。
ウ 第2の目的について
第2の目的に関しては、・・・(略)・・・第1の目的が達成されれば、それに伴って第2の目的も達成される関係にあることを当業者が認識し得るといってよい。
エ 第3の目的について
第3の目的に関しては、・・・(略)・・・当業者にとって明らかといってよい。』
『ところで、請求項1には、コアワイヤとコイルスプリングの固着につき、「前記コイルスプリングの先端部は、Au-Sn系はんだにより、前記コアワイヤに固着され、」と記載されているものの、その固着強度に関する具体的な記載はない。そうすると、請求項1の記載がサポート要件に適合するということができるためには、上記「前記コイルスプリングの先端部は、Au-Sn系はんだにより、前記コアワイヤに固着され、」なる記載、すなわち両者の固着に「Au-Sn系はんだ」を用いることのみによって、コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度(引張強度)が、本件明細書の発明の詳細な説明の記載にあるように、コアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高いこと、又はAg-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを当業者が認識し得ることを要することになる。
『ウ ここで、請求項1記載の「Au-Sn系はんだ」の意義につき、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌するに、発明の詳細な説明には「本発明で使用するAu-Sn系はんだは、例えば、Au75~80質量%と、Sn25~20質量%との合金からなる。」(【0057】)との例示はあるものの、これを除けばその定義を含め何らの記載もない。実施例である「Au-Sn系はんだ」の固着性に係る試験結果及び比較例である「Ag-Sn系はんだ」の同試験結果の記載部分(【0075】~【0083】)においても、「Au-Sn系はんだ」の具体的な組成については記載がない。そうすると、請求項1に記載の「Au-Sn系はんだ」の意義については、本件審決の認定のとおり、一般的な技術用語の意味に解し、「Au及びSnを主成分として含むはんだである必要があり、AuとSn以外のその他の元素や金属間化合物を含有しても、しなくてもよく、含有しない場合、Auと、Snの成分比率も何ら限定されない『はんだ』」と解釈するのが適当である。』
『(ウ) これらの実験結果によれば、先端硬直部分の長さを本件発明で特定されている0.1mm~0.5mmとするサンプルにおいて、引張り試験の結果コアシャフトが破断する結果を得られたのは、はんだとしてAu80質量%、Sn20質量%の組成のものを用いた場合に限られ、Au-Sn系はんだであっても、Auの含有量が低い組成(20質量%、29質量%、29.3質量%)のものを用いた場合においては、コアシャフト抜けの結果となったことが認められる。
また、原告の実験(上記(ア))において「コア抜け」の結果となったサンプル3~5につき最大荷重を見ると、サンプル4(Au含有量20質量%)及び5(同29質量%)は、いずれもサンプル3(従来のAg-Sn系はんだであるSn-3.5Agはんだ)のそれを上回るものの、2.5倍程度にまで達しているとはいい難い。』
『キ 上記ウのとおり、請求項1記載の「Au-Sn系はんだ」は、Au及びSnを主成分として含むはんだである必要があり、AuとSn以外のその他の元素や金属間化合物を含有しても、しなくてもよく、含有しない場合、AuとSnの成分比率も何ら限定されないはんだと解されるところ、上記エ~カを総合的に考慮すると、Au及びSn以外の元素の有無や各成分の含有量を特定しない場合においても、当業者が、本件発明の課題解決のために必要なAu-Sn系はんだの固着強度、すなわち、コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が、コアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高い、又はAg-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを認識し得るということはできないというべきである。したがって、請求項1の記載はサポート要件に適合しているということはできない。』
『(5) これに対し、原告は、本件発明の「Au-Sn系はんだ」につき「Ag-Sn系はんだ」と比較して高い固着強度を有することを当業者は認識できたことや、コアワイヤとコイルスプリングとの間でのAu-Sn系はんだの固着力については関係法令所定の承認基準である2Nの引張力に耐えるものであればよいこと、被告も、自身の特許及び特許出願において、本件明細書と同様の記載によりAu-Sn系はんだを特定していることなどを指摘して、請求項1~9の記載はサポート要件に適合している旨主張する。
しかし、前記のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を踏まえると、本件発明の「Au-Sn系はんだ」については、その発明の課題解決のため、「Ag-Sn系はんだ」との比較において固着強度が単に相対的に高いというだけでは十分ではなく、コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が、コアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高い、又は、Ag-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを要すると解される。また、本件発明は医療用ガイドワイヤである以上、関係法令所定の承認基準を充足すべきは当然であり、これをもって技術常識といい得るとしても、本件明細書には当該承認基準に言及した記載は見当たらない。そうである以上、当該承認基準と、本件発明の課題解決のために必要なAu-Sn系はんだの固着強度との関係は明らかでなく、当該承認基準を充足すれば当該固着強度を得られるということはできない(そもそも、被告の実験結果(上記(3)エ(イ))によれば、サンプル2及び3は当該承認基準を充足していない。)。
他方、同じく医療用ガイドワイヤに係る特許又は特許出願といえども、その特許請求の範囲や発明の詳細な説明の記載は、それぞれの発明の解決課題や課題解決手段に応じて過不足のないように記載すべきものであるから、被告自身の特許又は特許出願において本件特許と同様の記載が見られることをもって、本件発明の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合していることの根拠とすることはできない。』
[コメント]
「Au-Sn系はんだ」に関するサポート要件について、「Au-Sn系はんだ」の意義が、課題を解決することができる固着強度(コアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高い、又はAg-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度)の観点から判断されており、原告(特許権者)が主張した「Ag-Sn系はんだ」と比較して高い固着強度を有することのみではサポート要件を満足しないことが示されている。また、発明の詳細な説明には「本発明で使用するAu-Sn系はんだは、例えば、Au75~80質量%と、Sn25~20質量%との合金からなる。」の記載があり、原告提出の甲号証明において、Auの含有量が前記範囲より低い組成において、評価結果が十分でない場合を提出したこともサポート要件を否定する根拠となっています。サポート要件の判断を、課題を解決することができるか否かを基準として判断する立場からは妥当のように思われる。
一方、「Au-Sn系はんだ」が「Ag-Sn系はんだ」よりも相対的に高い固着強度を有することを認識できているにも拘わらずサポート要件を満足していないとの結論は、原告(特許権者)にとって厳しい判断であったと感じる。化学分野の発明では、合金に限られず、ポリマー等おいても二元系、三元系の組成を単に、A‐B系、A‐B‐C系のような概念化合物として一般化して記載する場合が多い。本件判決を参照すれば、明細書の作成に当たっては、このような多元系の材料に関してのサポート要件を満足させるように十分に配慮した記載を心掛けたい。
以上
(担当弁理士:光吉 利之)

平成28年(行ケ)第10156号「医療用ガイドワイヤ」事件

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