IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成28年(行ケ)第10220号「給与計算方法及び給与計算プログラム」事件
名称:「給与計算方法及び給与計算プログラム」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10220号 判決日:平成29年7月4日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:相違点の判断、動機付け、周知技術の認定
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/887/086887_hanrei.pdf
[概要]
周知例からは審決が認定した周知技術を認めることはできず、さらに、引用例には本願発明の具体的な課題が示唆されていないため、引用例において、相違点に係る本願発明の構成を備えるようにすることは容易ではないとされた事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2014-217202号)に係る拒絶査定不服審判(不服2015-21527号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本願発明]
【請求項1】(「/」は、原文の改行箇所)
企業にクラウドコンピューティングによる給与計算を提供するための給与計算方法であって、/サーバが、前記企業の給与規定を含む企業情報及び前記企業の各従業員に関連する従業員情報を記録しておき、/前記サーバが、前記企業情報及び前記従業員情報を用いて、該当月の各従業員の給与計算を行い、/前記サーバが、前記給与計算の計算結果の少なくとも一部を、前記計算結果の確定ボタンとともに前記企業の経理担当者端末のウェブブラウザ上に表示させ、/前記確定ボタンがクリック又はタップされると、前記サーバが、前記クリック又はタップのみに基づいて該当月の各従業員の前記計算結果を確定させ、/前記従業員情報は、各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力された、給与計算を変動させる従業員入力情報を含むことを特徴とする給与計算方法。
[審決]
本願発明は、引用発明並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
[取消事由]
本願発明の容易想到性の判断の誤り
⑴ 引用発明の認定の誤り
⑵ 相違点1及び2に係る容易想到性の判断の誤り
⑶ 相違点3の認定及び容易想到性の判断の誤り
⑷ 相違点5に係る容易想到性の判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
2 引用発明について
『⑶ 原告の主張について
原告は、本件審決は、合理的な理由を示すことなく、引用例の図1に明示された社労士端末及び税理士端末から目を背け、引用発明を誤って認定したものであり、引用例に記載された事項を適切に参酌すれば、引用発明は、その課題を「中小企業等ないし小規模事業者に対し、外部の専門家の関与の下で行われる給与計算等を円滑にすること」と認定し、その構成を前記第3の1〔原告の主張〕のとおり認定するのが相当である旨主張する。
確かに、引用例には、発明の目的は、複数の事業者と、税理士や社会保険労務士のような専門知識を持った複数の専門家が、給与計算やその他の処理を円滑に行うことができるようにするものであり(【0005】)、同発明の給与計算システム及び給与計算サーバ装置によれば、複数の事業者と、税理士や社会保険労務士のような専門知識を持った複数の専門家を、情報ネットワークを通じて相互に接続することによって、給与計算やその他の処理を円滑に行うことができること(【0011】)、発明の実施の形態として、複数の事業者端末と、複数の専門家端末と、給与データベースを有するサーバ装置とが情報ネットワークを通じて接続された給与システムであり、専門家端末で給与計算サーバ装置にアクセスし、給与計算を行うための固定項目や変動項目のデータを登録するマスター登録を行い(【0018】~【0021】)、マスター登録された情報とタイムレコーダ5から取得した勤怠データとに基づき、給与計算サーバ装置で給与計算を行い、給与担当者が、事業者端末で給与明細書を確認した上で、給与振り込みデータを金融機関サーバに送信する(【0022】~【0025】、【0041】~【0043】、図7のS11~S20)ほか、専門家が専門家端末を介して給与データベースを閲覧し(【0031】~【0033】)、社会保険手続や年末調整の処理を行うことができる(【0026】~【0030】、【0044】、【0045】、図7のS21~S28)とする構成が記載されていることが認められる。
しかし、引用文献が公開公報等の特許文献である場合、当該文献から認定される発明は、特許請求の範囲に記載された発明に限られるものではなく、発明の詳細な説明に記載された技術的内容全体が引用の対象となり得るものである。よって、引用文献の「発明が解決しようとする課題」や「課題を解決するための手段」の欄に記載された事項と一致しない発明を引用発明として認定したとしても、直ちに違法とはいえない。
そして、引用例において、社労士端末や税理士端末に係る事項を含まない、給与計算に係る発明が記載されていることについては、上記⑵のとおりであるから、この発明を引用発明として認定することが誤りとはいえない。
したがって、本件審決の認定に誤りはなく、原告の主張は採用できない。』
3 相違点5の容易想到性について
『⑴ 相違点5について
相違点5は、「本願発明の従業員情報は、各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力された、給与計算を変動させる従業員入力情報を含んでいるのに対し、引用発明の従業員情報は、各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力されたものを含んでいない点。」であり、「入力されたもの」とは、「入力された、給与計算を変動させる従業員入力情報」を意味することは、当事者間に争いがない。
本件審決は、相違点5について、引用例の図2には、【扶養者情報】の項目が見て取れるところ、一般に、扶養者情報は、給与計算を変動させる従業員情報であるとした上で、「従業員の給与支払機能を提供するアプリケーションサーバを有するシステムにおいて、企業の給与締め日や給与支給日等を含む企業情報及び従業員情報を入力可能な利用企業端末のほかに、従業員情報の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」は、本願出願日前に周知の技術(周知例2例示周知技術)であり、従業員にどの従業員情報を従業員端末を用いて入力させるかは、当業者が適宜選択すべき設計的事項であるとして、「引用発明において、扶養者情報を従業員の申告に基づいて入力する構成に代えて、周知例2などに周知の技術や一般的な構成を採用して、本願発明と同様に、給与計算を変動させる従業員入力情報(扶養者情報)を各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させる構成とすることは、当業者が、本願出願日前に容易に発明できたものである。」旨認定判断した。
⑵ 本件審決が認定した周知技術について
ア 本件審決は、前記のとおり、「従業員の給与支払機能を提供するアプリケーションサーバを有するシステムにおいて、企業の給与締め日や給与支給日等を含む企業情報及び従業員情報を入力可能な利用企業端末のほかに、従業員情報の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」は、本願出願日前に周知の技術であったと認定した。なお、従業員情報とは、特許請求の範囲の記載のとおり、「各従業員に関連する情報」を意味するものである。
そして、被告は、周知例2、甲7、乙9及び乙10によれば、本願出願日前に上記周知技術が存在したことが認められるから、本件審決の認定に誤りはない旨主張する。
イ 周知例2、甲7、乙9及び乙10は、本件特許の特許出願日以前に頒布された刊行物であるところ、これらの文献には、従業員情報の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機について、次のとおり記載されている。
・・・(略)・・・
ウ 以上のとおり、周知例2、甲7、乙9及び乙10には、「従業員の給与支払機能を提供するアプリケーションサーバを有するシステムにおいて、企業の給与締め日や給与支給日等を含む企業情報及び従業員情報を入力可能な利用企業端末のほかに、①従業員の取引金融機関、口座、メールアドレス及び支給日前希望日払いの要求情報(周知例2)、②従業員の勤怠データ(甲7)、③従業員の出勤時間及び退勤時間の情報(乙9)及び④従業員の勤怠情報(例えば、出社の時間、退社の時間、有給休暇等)(乙10)の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」が開示されていることは認められるが、これらを上位概念化した「上記利用企業端末のほかに、およそ従業員に関連する情報(従業員情報)全般の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」や、「上記利用企業端末のほかに、従業員入力情報(扶養者情報)の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」が開示されているものではなく、それを示唆するものもない。
したがって、周知例2、甲7、乙9及び乙10から、本件審決が認定した周知技術を認めることはできない。また、かかる周知技術の存在を前提として、本件審決が認定判断するように、「従業員にどの従業員情報を従業員端末を用いて入力させるかは、当業者が適宜選択すべき設計的事項である」とも認められない。
⑶ 動機付けについて
本願発明は、従業員を雇用する企業では、総務部、経理部等において給与計算ソフトを用いて給与計算事務を行っていることが多いところ、市販の給与計算ソフトには、各種設定が複雑である、作業工程が多いなど、汎用ソフトに起因する欠点もあることから、中小企業等では給与計算事務を経営者が行わざるを得ないケースも多々あり、大きな負担となっていることに鑑み、中小企業等に対し、給与計算事務を大幅に簡便にするための給与計算方法及び給与計算プログラムを提供することを目的とするものである(本願明細書【0002】~【0006】)。
そして、本願発明において、各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて、同端末から扶養者情報等の給与計算を変動させる従業員情報を入力させることにしたのは、扶養者数等の従業員固有の情報(扶養者数のほか、生年月日、入社日、勤怠情報)に基づき変動する給与計算を自動化し、給与計算担当者を煩雑な作業から解放するためである(同【0035】)。
一方、引用例には、発明の目的、効果及び実施の形態について、前記2⑴のとおり記載されており、引用例に記載された発明は、複数の事業者端末と、複数の専門家端末と、給与データベースを有するサーバ装置とが情報ネットワークを通じて接続された給与システムとし、専門家端末で給与計算サーバ装置にアクセスし、給与計算を行うための固定項目や変動項目のデータを登録するマスター登録を行うことなどにより、複数の事業者と、税理士や社会保険労務士のような専門知識を持った複数の専門家が、給与計算やその他の処理を円滑に行うことができるようにしたものである。
したがって、引用例に接した当業者は、本願発明の具体的な課題を示唆されることはなく、専門家端末から従業員の扶養者情報を入力する構成に代えて、各従業員の従業員端末から当該従業員の扶養者情報を入力する構成とすることにより、相違点5に係る本願発明の構成を想到するものとは認め難い。
なお、引用発明においては、事業者端末にタイムレコーダが接続されて従業員の勤怠データの収集が行われ、このデータが給与計算サーバ装置に送信されて給与計算が行われるという構成を有するから、給与担当者における給与計算の負担を削減し、これを円滑に行うということが、被告の主張するように自明の課題であったとしても、その課題を解決するために、上記構成に代えて、勤怠データを従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力させる構成とすることにより、相違点5に係る本願発明の構成を採用する動機付けもない。
⑷ 小括
以上によれば、当業者が、引用発明において、相違点5に係る本願発明の構成を備えるようにすることを容易に想到するということはできないから、本件審決の前記認定判断には誤りがあり、その誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすものである。』
[コメント]
引用発明の認定において、原告は、「中小企業等ないし小規模事業者に対し、外部の専門家の関与の下で行われる給与計算等を円滑にすること」という課題を考慮すれば、引用発明は、専門家端末(社労士端末9及び税理士端末10)を含めて認定されるべきと主張した。
これに対し、裁判所は、『引用文献が公開公報等の特許文献である場合、当該文献から認定される発明は、特許請求の範囲に記載された発明に限られるものではなく、発明の詳細な説明に記載された技術的内容全体が引用の対象となり得るものである。よって、引用文献の「発明が解決しようとする課題」や「課題を解決するための手段」の欄に記載された事項と一致しない発明を引用発明として認定したとしても、直ちに違法とはいえない。』として、原告の主張を退けた。
引用発明の認定における原告の上記主張は認められなかったが、相違点5の容易想到性の判断において、本願発明と引用発明の課題を考慮したうえで、専門家端末から従業員の扶養者情報を入力する構成に代えて、各従業員の従業員端末から当該従業員の扶養者情報を入力する構成とすることにより、相違点5に係る本願発明の構成を想到することは容易ではない、と裁判所は判断した。裁判所の判断のように、引用発明の課題を解決するために必要な専門家端末を除外して、従業員端末から扶養者情報を入力する構成と改変することは容易とはいえないであろう。
以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)
平成28年(行ケ)第10220号「給与計算方法及び給与計算プログラム」事件
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