IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成28年(行ケ)第10183号「負極、二次電池」事件
名称:「負極、二次電池」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10183号 判決日:平成29年10月3日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:容易想到性、技術常識、引用発明の認定
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/103/087103_hanrei.pdf
[概要]
審決における引用発明及び相違点の認定には誤りがあるが、引用発明における「リチウム金属の微粒子」を本件発明で特定する金属の微粒子に置き換えた上で、さらに、引用発明において中核を成す粉砕法に換えて、その他の方法を採用して本件発明とすることは当業者において容易に想到できないとして、進歩性を肯定した審決が維持された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5245201号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1及び2に係る発明について特許を無効とする無効審判(無効2015-800062号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明1]
【請求項1】
負極集電体と負極活物質とから構成され、前記負極活物質が、ホストである黒鉛の層間に、リチウムと合金化可能な金属の微粒子からなる金属層がゲストとしてインターカレートされた、黒鉛層間化合物から成り、前記金属が、Sn、Si、Pb、Al、Gaから選択される金属である負極。
[審決が認定した引用発明1]
黒鉛粒子、元素微粒子、及び、黒鉛粒子と元素微粒子との層間化合物とが微細に分散したリチウム二次電池の負極材料用黒鉛複合物であって、/前記元素微粒子としての元素は、リチウムと合金を形成する金属又は非金属であり、前記金属は、Al、Sn、Pb、Cd、Ag、Au、Ba、Be、Bi、Ca、Cr、Cu、K、Mn、Mo、Nb、Ni、Na、Pd、Ru、Te、Ti、Pt、Pu、Rb、Zr、Zn、Se、Sr、Sb、Tl又はVであり、前記非金属は、Si、Ge又はSである/リチウム二次電池の負極材料用黒鉛複合物。
[審決が認定した本件各発明と引用発明1との相違点]
(ア) 相違点1
ホストである黒鉛の層間にゲストとしてインターカレートされている金属の微粒子が、本件各発明は金属層であるのに対し、引用発明1は金属層であるか不明である点。
(イ) 相違点2
本件各発明は、負極活物質が、ホストである黒鉛の層間に、リチウムと合金化可能な金属の微粒子がゲストとしてインターカレートされた、黒鉛層間化合物から成るのに対し、引用発明1は、負極活物質として機能するリチウム二次電池の負極材料用黒鉛複合物が、黒鉛粒子、元素微粒子、及び、黒鉛粒子と元素微粒子との層間化合物からなる点。
(ウ) 相違点3
本件各発明は、負極集電体と負極活物質とから構成される負極であるのに対し、引用発明1は、リチウム二次電池の負極材料用黒鉛複合物である点。
[取消事由]
(1)引用発明1及び相違点の認定の誤り
(2)相違点に係る容易想到性の判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1 引用発明1及び相違点の認定の誤りについて
『(2)引用例1に記載された発明
・・・(略)・・・
なお、引用例1には、元素微粒子としての元素は、リチウム並びにリチウムと合金を形成する金属及び非金属があり、リチウムと合金を形成する金属としてAl、Sn、Pbほか29種を挙げることができ、リチウムと合金を形成する非金属としてSiほか2種を挙げることができる旨の記載(【0013】)、及び、本発明の元素微粒子は黒鉛と層間化合物を形成しているのがより好ましいとの記載(【0015】)がある。
しかし、これらの元素微粒子のうち、リチウム以外の元素微粒子については、同元素微粒子と黒鉛粒子とを粉砕法により粉砕混合した場合に、元素微粒子の少なくとも一部が黒鉛粒子と層間化合物を形成することについては記載されておらず、むしろ、実施例1及び実施例2には、上記元素微粒子の一種であるSiの粒子と黒鉛とを粉砕法により粉砕混合した場合には、元素微粒子の一部が黒鉛粒子と層間化合物が形成されるものではなく、黒鉛粒子と元素微粒子からなる黒鉛複合物が形成される旨が記載されている。
また、前記⑴のとおり、引用例1に記載された、元素微粒子の一部が黒鉛粒子と層間化合物を形成している黒鉛複合物は、黒鉛粒子と元素微粒子とを粉砕法により粉砕混合する方法によって形成されるものであることからすると、当該元素微粒子は、単体原子として黒鉛の層間にインターカレートし得るものであることが前提となるところ、証拠(甲6)によれば、本件特許の特許請求の範囲請求項1に記載されたSi及びAlを含む、上記元素微粒子の多くは、単体金属原子としてインターカレートすることはできず、フッ化物、塩化物、臭化物という、他の元素との化合物とすることによりインターカレートすることが可能となるものであることから、これらの元素微粒子と黒鉛粒子とを粉砕法により混合粉砕しても、黒鉛層間化合物を製造することはできないものと認められる。
・・・(略)・・・
したがって、引用例1には、上記リチウム以外の元素微粒子と黒鉛粒子とを粉砕法により粉砕混合することにより、元素微粒子の一部が黒鉛粒子と層間化合物を形成している物に関する発明が記載されているとは認められず、【0013】及び【0015】の上記記載があることは、本件引用発明1の認定を左右するものではない。
イ 本件審決の認定について
本件審決は、引用例1に引用発明1が記載されていると認定した。
しかし、引用例1に、リチウム以外の元素微粒子の一部が黒鉛粒子と層間化合物を形成している物に関する発明が記載されていると認められないこと、引用例1記載の層間化合物は粉砕法により形成されるものであることについては、前記アのとおりである。したがって、本件審決における引用発明1の認定には、上記の点において誤りがある。・・・(略)・・・
3 本件各発明と本件引用発明1との対比
(1)本件各発明と本件引用発明1との一致点及び相違点
本件引用発明1における「黒鉛粒子と元素微粒子との層間化合物」は、本件各発明における「ホストである黒鉛の層間に金属の微粒子からなる金属層がゲストとしてインターカレートされた、黒鉛層間化合物」に対応する。したがって、本件各発明と本件引用発明1との一致点及び相違点は、以下のとおりである。
ア 一致点
ホストである黒鉛の層間に、金属の微粒子がゲストとしてインターカレートされている黒鉛層間化合物
イ 相違点
(ア) 黒鉛層間化合物のゲストとしてインターカレートされる元素微粒子について、本件各発明では、その形成方法に特定がなく、その元素が、リチウムと合金化可能な金属であって、Sn、Si、Pb、Al、Gaから選択される金属であるのに対して、本件引用発明1では、少なくとも2G以上の粉砕加速度で粉砕混合された元素微粒子であって、その元素がリチウムである点(以下「相違点B’」という。)。
(イ)・・・(略)・・・
(2)本件審決が認定した相違点について
ア 相違点1について
・・・(略)・・・
(イ)本件引用発明1における「層間化合物」について
引用例1には、黒鉛粉末とリチウム金属粒子とを混合粉砕することにより、リチウム粒子が微粉末になると同時に、その一部が微粉末化された黒鉛の層間にインターカレートし、リチウム元素微粒子をゲストとする層間化合物を形成すること、実施例3で形成された層間化合物の層間距離が3.71Å(0.371nm)であり、これはリチウムが黒鉛の層間に入って形成された層間化合物の公知の層間距離3.72Å(0.372nm)にほぼ一致するものであることが記載されている(【0026】~【0028】)。また、証拠(甲22)によれば、リチウムをゲストとするステージ1の黒鉛層間化合物における層間距離は3.706Åであることが認められる。
そうすると、本件引用発明1における「層間化合物」は、ホストである黒鉛の層間に、リチウム元素微粒子からなる金属層がゲストとしてインターカレートされた、黒鉛層間化合物であるといえる。
したがって、本件審決が、引用例1には金属の元素微粒子が金属層となっていることは記載も示唆もされていないとして、相違点1は実質的な相違点であると認定したことについては、誤りがある。・・・(略)・・・
イ 相違点2について
本件特許請求の範囲において「前記負極活物質が、ホストである黒鉛の層間に、リチウムと合金化可能な金属の微粒子からなる金属層がゲストとしてインターカレートされた、黒鉛層間化合物から成り」と規定されているところ、本件明細書には、「本発明では、金属の粒子の一部が黒鉛の層間以外に存在する場合も含む」と記載されており(【0074】)、これを負極とした際には、「金属の粒子の一部」は黒鉛層間化合物以外の負極活物質となる。よって、本件各発明における「前記負極活物質が、ホストである黒鉛の層間に、リチウムと合金化可能な金属の微粒子からなる金属層がゲストとしてインターカレートされた、黒鉛層間化合物から成り」とは、他の成分の添加を否定するものではなく、他の成分の添加を許容することを意味するものと解される。
他方、本件引用発明1における「黒鉛複合物」は、ホストである黒鉛の層間に、リチウム元素微粒子からなる金属層がゲストとしてインターカレートされた、黒鉛層間化合物を含むものといえる。
したがって、本件審決が、本件各発明は負極活物質が単なる黒鉛を含んでいないとして、相違点2は実質的な相違点であると認定したことは、誤りである。』
2 相違点に係る容易想到性の判断の誤りについて
『4 相違点の容易想到性について
(1)相違点B’の容易想到性について
・・・(略)・・・
このように、本件引用発明1においては、粉砕法によって黒鉛複合物を形成することが中核を成す技術的思想ということができる。また、引用例1には、リチウムと合金化可能な金属が黒鉛の層間という導電性マトリックス内にあるようにすることにより、電気伝導性を確保し、金属を微粒子化しても電解液が分解しないように抑制することができ、負極を備えた電池の容量を高めるという、本件各発明の技術思想は開示されていない。
したがって、引用例1に接した当業者が、本件引用発明1におけるゲストとしてインターカレートされる「リチウム金属の微粒子」を「リチウムと合金化可能なSn、Si、Pb、Al又はGaから選択される金属の微粒子」に置き換えた上で、さらに、黒鉛層間化合物の製造方法について、本件引用発明1において中核を成す粉砕法に換えて、微細分散工程のない塩化物還元法や気体法その他の方法を採用することを容易に想到できたということはできない。
イ また、前記2⑵のとおり、Si及びAlは、単体金属原子として黒鉛の層間にインターカレートすることはできないことから、これらの元素微粒子と黒鉛粒子とを粉砕法により混合粉砕しても、黒鉛層間化合物を製造することはできないものと認められ、証拠(甲6)によれば、Gaについても、Si及びAlと同様に、この元素微粒子と黒鉛粒子とを粉砕法により混合粉砕しても、黒鉛層間化合物を製造することはできないものと認められる。そして、Sn及びPbについても、本件特許の出願当時、これらを単体金属原子として黒鉛の層間にインターカレートすることができるなど、これらの元素微粒子と黒鉛粒子とを粉砕法により混合粉砕することにより、黒鉛層間化合物を製造することができるとの知見が存在したとは認められない。
したがって、引用例1に接した当業者が、本件引用発明1におけるゲストとしてインターカレートされる「リチウム金属の微粒子」を「リチウムと合金化可能なSn、Si、Pb、Al又はGaから選択される金属の微粒子」に置き換えて、これらの金属の微粒子と黒鉛粒子とを粉砕法により混合粉砕することにより、これらの金属をゲストとする黒鉛層間化合物を製造することを容易に想到できたということもできない。』
3 結論
『以上によれば、本件審決における引用発明1及び相違点の認定には、誤りがある。しかし、前記4のとおり、当業者は、本件引用発明1から本件各発明の構成を容易に想到し得るものではないから、上記誤りは、本件審決の結論に影響を及ぼすものではない。』
[コメント]
審決では、引用例1の明細書の記載を参酌して、リチウムだけでなくリチウム以外の元素微粒子も黒鉛粒子と層間化合物を形成し得ると判断されたが、本判決では、引用例1の明細書の記載だけでなく技術常識も参酌して、リチウム以外の元素微粒子は、引用発明1で特定する粉砕法により黒鉛粒子と混合粉砕しても黒鉛層間化合物を製造することはできないと判断された。
このように、一見すると引用例の明細書中に記載されている選択肢のすべてがある構成要件を満足すると判断できる場合であっても、技術常識を参酌すれば選択肢の一部はある構成要件を満足し得ないこともあるため、引用発明において相違点に係る選択肢がある構成要件を満足し得るのかどうか十分に検討する必要がある。
以上
(担当弁理士:福井 賢一)
平成28年(行ケ)第10183号「負極、二次電池」事件
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