IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成28年(行ケ)第10056号「コーヒー飲料」事件
名称:「コーヒー飲料」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10056号 判決日:平成29年9月11日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性(顕著な効果)
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/069/087069_hanrei.pdf
[概要]
本件発明について、主引用発明と比較して当業者が予測できない顕著な効果があるとは言えず、その結果、本件発明は引用発明の組み合わせに基づき容易想到と判断された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5252873号の特許権者である。
被告が、本件特許を無効とする無効審判(無効2014-800165号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が該訂正を認めた上で、本件特許を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1(訂正後)】
重合度が3のトリグリセリン脂肪酸エステルを0.0001~0.5重量%含有し、コーヒー飲料中の、マンナン分解酵素で多糖類低分子化処理されたコーヒー抽出物に由来する多糖類が次の(A)及び(B)の条件の少なくとも1つを満足することを特徴とする乳成分を含有するコーヒー飲料。
(A)ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した分子量1000~4000に多糖類の分子量ピーク頂を有する。
(B)ゲル浸透クロマトグラフィーで測定した多糖類の重量平均分子量が1000~6000である。
[取消事由]
(取消事由1)甲1ないし3記載の発明のいずれかに基づく容易想到性判断(顕著な効果に係る判断)の誤り
(取消事由2)甲4ないし9(本件発明2及び4については、甲4又は9)記載の発明のいずれかに基づく容易想到性判断(顕著な効果に係る判断)の誤り
※以下、取消事由2についてのみ記載する。
[原告の主張]
(取消事由2)
『本件審決は、静菌効果及び沈殿抑制効果における本件発明1と甲4発明等との差異は検討するものの、飲料風味についての効果の差異を検討していない。すなわち、前記1(1)で述べたとおり、本件発明1の効果は、「コーヒー特有の苦味・酸味・渋み」が弱い風味を有することであり、この効果は、甲4発明等が有する静菌効果及び甲1ないし3の記載から当業者が予測できる沈殿抑制効果とは質的に異なる効果である。そして、この効果は、TPがマンナン分解酵素で多糖類低分子化処理されたコーヒー抽出物及び乳成分を含有するコーヒー飲料に存在する場合に奏される効果であるところ、甲4ないし9には、TPを含有するコーヒー飲料の味については何ら記載されておらず、また、甲1ないし3には、マンナン分解酵素による多糖類低分子化処理(以下「マンナン分解酵素処理」という場合がある。)のコーヒー飲料の味への影響に関して何ら記載されていない。したがって、当業者は、甲4等の記載と甲1ないし3の記載を併せて考慮しても、甲4発明等に基づいて、本件発明1の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋み」が弱いとの効果を予測することはできないから、本件審決の上記判断は誤りである。』
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
(取消事由2)
『甲1ないし3の記載に接した当業者であれば、コーヒー飲料を得るためのコーヒー抽出液に対してマンナン分解酵素処理を行うことにより、コーヒー抽出液に含まれるガラクトマンナン等の多糖類が分解され、その結果、高温処理や長期保存によって生じる沈殿の発生というコーヒー飲料における周知の課題を解決できることを当然に理解するものといえる。(以上については、本件審決が認定・判断するとおりであり、原告らも、これを積極的に争う旨の主張はしていない。)』
『そこで、以上を踏まえて、甲4発明において、相違点3に係る本件発明1の構成とすることの容易想到性につき検討するに、上記(イ)のとおり、高温処理や長期保存によりコーヒーの成分に基づく沈殿が発生することは、コーヒー飲料全般に生じ得る課題であり、同じくコーヒー飲料に係る甲4発明にも当てはまる課題であるから、当業者であれば、甲4発明においても、当該課題を解決するために、コーヒー抽出物に対して甲1ないし3記載のマンナン分解酵素処理を行うことは、容易に想到し得ることである。』
『してみると、甲4発明において、相違点3に係る本件発明1の構成とすることは、当該構成に着目する限り、当業者が容易に想到し得たことといえる。』
『原告らは、本件発明1には、「コーヒー特有の苦み・酸味・渋み」が弱いという効果があり、その効果は、TPの含有とマンナン分解酵素処理との組合せにより発現するものであって、甲4発明(TPを含有するものの、マンナン分解酵素処理が行われていないもの)と比較して当業者が予測できない顕著な効果であるといえるから、本件発明1が有する顕著な効果を否定し、その容易想到性を認めた本件審決の判断は誤りである旨主張する。』
『この点、甲4発明において相違点3に係る本件発明1の構成とすることが、その構成という観点からは当業者が容易に想到し得たものといえることは、上記アのとおりであるが、その場合でも、本件発明1に引用発明(甲4発明)と比較した有利な効果が認められ、それが本件特許の優先日当時の技術水準から当業者が予測し得る範囲を超えた顕著な効果といえる場合には、本件発明1の進歩性を認める余地があるものといえる。ただし、先願主義を採用し、発明の公開の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣旨に鑑みれば、上記のような顕著な効果は、明細書にその記載があるか、又は、明細書の記載から当業者がその効果を推論できるものでない限り、進歩性判断の考慮要素とすることはできないというべきである。』
『しかしながら、原告ら主張のように、「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との効果が、TPの含有とマンナン分解酵素処理との組合せにより発現するものであることについては、本件明細書中にその旨を説明する記載はなく、また、当業者が上記官能評価の結果からこれを推論することもできないというべきである。すなわち、本件明細書において、上記官能評価の結果として示されているのは、マンナン分解酵素処理されたコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(実施例1及び2)とマンナン分解酵素処理されたコーヒー抽出物にSEを加えたミルクコーヒー(参考例1及び2)を比較したところ、前者では、「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との意見が多かったのに対し、後者では、「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みがある」との意見が多かったということにすぎず、このような結果からは、乳化剤としてSEではなくTPを添加したことが、「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との風味に寄与することは理解できたとしても、TPの含有にマンナン分解酵素処理を組み合わせることによって上記風味が発現するものであることを直ちに推論することはできない。この点、コーヒー飲料の風味とマンナン分解酵素処理との関係を確認するのであれば、マンナン分解酵素処理されたコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(実施例1及び2)とマンナン分解酵素処理がされていないコーヒー抽出物にTPを加えたミルクコーヒー(本件明細書の比較例1(段落【0054】))との風味の比較が行われてしかるべきところ、本件明細書には、このような比較が行われたことを示す記載はない。また、マンナン分解酵素処理を行ったコーヒー抽出液を用いたコーヒー飲料に係る公知文献(甲1ないし3)をみても、当該処理がコーヒーの風味に与える影響についての記載はなく、技術常識に照らしても、当該処理を行うことによるコーヒー飲料の風味への影響を推測することは困難といえる。』
『原告らは、本件訴訟提起後に自らが実施し、又は第三者機関に実施させた官能評価試験(甲56試験、甲59試験、甲68試験及び甲77試験)の結果を証拠として提出し、これらによって、本件発明1の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との効果がTPの含有とマンナン分解酵素処理の組合せにより発現するものであることが確認できる旨を主張する。
しかしながら、前記のとおり、引用発明と比較した有利な効果が発明の進歩性判断の考慮要素となり得るのは、当該効果が明細書に記載され、又は、明細書の記載から当業者がこれを推論できる場合に限られるところ、本件明細書の記載からは、本件発明1の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との効果を甲4発明と比較した有利な効果として認めることができないことは、上記(ア)bで述べたとおりである。これに対し、原告らの上記主張は、本件明細書の記載を離れ、事後的に実施した官能評価試験の結果に基づいて、本件発明1が甲4発明と比較した有利な効果を有する旨を述べようとするものであって、そもそも失当というべきである。』
『さらに、念のため、原告ら主張の官能評価試験の結果を検討してみても、以下に述べるとおり、これらによって、本件発明1の「コーヒー特有の苦味・酸味・渋みは弱い」との効果がTPの含有とマンナン分解酵素処理の組合せにより発現するものであることが確認できると断ずることはできない。』
『小括
以上の次第であるから、本件発明1について、甲4発明と比較して当業者が予測できない顕著な効果があるとする原告らの主張は理由がなく、したがって、本件発明1に甲4発明と比較した顕著な効果があることを否定し、これを前提に、本件発明1は甲4発明と甲1ないし3記載の事項に基づいて容易に想到し得るものであるとした本件審決の判断に誤りはない。』
[コメント]
本件明細書には課題として、「製造時の高温殺菌処理や製造後の長期保存によっても沈殿物や脂肪の分離などが発生せず、すっきり味であり、しかも、静菌力と乳化安定性を兼ね備えたコーヒー飲料を提供すること」が記載されているが(段落【0004】)、「すっきり味」以外の課題については、そもそも周知技術に対応する本件明細書に記載の参考例1-2でも解決されている点は明らかであり、課題との関係で、顕著な効果に基づく進歩性を主張しようとした場合、結局、「すっきり味」に基づく顕著な効果を主張する以外にない事は、出願段階から予測可能であったと推察できる。そうすると、本件発明の構成の組み合わせ(「トリグリセリン脂肪酸エステルの含有」×「マンナン分解酵素処理」)により、顕著な効果を主張するのであれば、かかる顕著な効果を発現するメカニズムについての記載の充実、および実際に効果発現を確認するための官能試験の記載の充実を、明細書作成者は出願段階で心掛けるべきだったようにも思われる。特に、食品分野の発明の官能試験については、「判断基準が不明確」、「実験条件などが不明確であるため、追加実験できない」などを指摘されることも多いため、明細書作成者は官能試験の記載方法について十分に留意することが求められる。
以上
(担当弁理士:山下 篤)
平成28年(行ケ)第10056号「コーヒー飲料」事件
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