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審決取消訴訟等
平成28年(行ケ)第10222号「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板」事件
名称:「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10222号 判決日:平成29年11月29日
判決:審決取消
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/269/087269_hanrei.pdf
[概要]
発明の詳細な説明中にCAA値に関する記載があるのは、実施例及び比較例に係る実験条件がCAA値の点で同一であることを示すためであって、課題解決のためにCAA値をコントロールしたものではないことが理解されるから、CAA値について特定のない酸化マグネシウムが本件課題を解決し得るとは認められないということはできない、と判断された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第3761867号の特許権者である。
被告が、本件特許を無効とする無効審判(無効2013-800094号)を請求したところ、特許庁が、本件特許を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、審決を取り消した。
[本件発明]
【請求項1】
方向性電磁鋼板に適用される焼鈍分離剤用酸化マグネシウム粉末粒子であって、該酸化マグネシウム粉末粒子中に含まれるカルシウムが、CaO換算で0.2~2.0質量%であり、リンが、P2O3換算で0.03~0.15質量%であり、ホウ素が、0.04~0.15質量%であり、かつ該酸化マグネシウム粉末粒子中の、カルシウムと、ケイ素、リン及び硫黄とのモル比Ca/(Si+P+S)が、0.7~3.0であることを特徴とする焼鈍分離剤用酸化マグネシウム粉末粒子。
[取消事由]
取消事由1(サポート要件に関する本件審決の認定判断の誤り:クエン酸活性度についての認定判断の誤り) 取消事由2(サポート要件に関する本件審決の認定判断の誤り:Cl、F等の微量成分についての認定判断の誤り)
[審決の概要]
<取消事由1について>
本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、本件各発明は、・・・(中略)・・・優れたフォルステライト被膜を形成でき、かつ性能が一定な酸化マグネシウム焼鈍分離剤を提供すること・・・(中略)・・・を解決すべき課題とする。
各実施例及び各比較例の試験結果によれば、特定のCAA値を有する酸化マグネシウムにおいて、本件微量成分含有量及び本件モル比を有する場合、本件課題を解決し得ることが認められる。
他方、焼鈍分離剤用酸化マグネシウムにおいては、CAA値とフォルステライト被膜の性能との間に相関関係があることは周知である。そうすると、CAA値について何ら特定のない酸化マグネシウムにおいて、本件微量成分含有量及び本件モル比のみの特定をもって、直ちに本件課題を解決し得るとは認められない。
<取消事由2について>
本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、従来の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムにおいては、本件各発明及びその実施例で特定されるカルシウム等の微量成分以外にも、フォルステライト被膜に影響を与えるCl、F等の微量成分が含まれるものと認められる。
しかし、本件明細書の発明の詳細な説明においては、Cl、F等の微量成分の影響については何ら検討がされておらず、試薬(純物質)以外のものを原料とする実施例15~19においても同様である。
そして、Cl、F等の微量成分が含有されるか否かにかかわらず、本件微量成分含有量及び本件モル比のみが特定される本件各発明において、本件課題が解決されるか否かは本件明細書に記載がなく、自明のこととも認められない。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『3 取消事由1(サポート要件に関する本件審決の認定判断の誤り:クエン酸活性度についての認定判断の誤り)について』
『ア 本件各発明は、上記のとおり、方向性電磁鋼板に適用される焼鈍分離剤用酸化マグネシウム粉末粒子を提供するものであるところ、本件課題を解決するための手段として、焼鈍分離剤用酸化マグネシウム中に含まれる微量元素の量を、Ca、P及びBの成分の量で定義し、更にCa、Si、P及びSのモル含有比率により定義して(前記2(4)イ)、本件特許の特許請求の範囲請求項1に記載された本件微量成分含有量及び本件モル比の範囲内に制御するものである。
そして、焼鈍分離剤用酸化マグネシウムに含有される上記各微量元素の量を本件微量成分含有量及び本件モル比の範囲内に制御することにより、本件課題を解決し得ることは、本件明細書記載の実施例(1~19)及び比較例(1~17)の実験データ(前記2(5)~(11))により裏付けられているということができる。
そうすると、当業者であれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づき、焼鈍分離剤用酸化マグネシウムにおいて、本件特許の特許請求の範囲請求項1に記載のとおりCa、P、B、Si及びSの含有量等を制御することによって本件課題を解決できると認識し得るものということができる。』
『イ 本件審決について
・・・(中略)・・・
クエン酸活性度(CAA)に関しては、国際公開01/83848号(甲58。以下「甲58文献」という。)に・・・(中略)・・・との記載がある。また、特開平10-88244号公報(甲67)には・・・(中略)・・・との記載がある。これらの記載によれば、焼鈍分離剤用酸化マグネシウムのCAAとサブスケールの活性度とのバランスが取れていない場合、フォルステライト被膜は良好に形成されないこととなるのは事実であるといえる。
(イ) しかし、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から把握し得る発明は、焼鈍分離剤用酸化マグネシウムに含有されるCa、Si、B、P、Sの含有量に注目し、それらの含有量を増減させて実験(実施例1~19及び比較例1~17)を行うことにより、最適範囲を本件特許の特許請求の範囲請求項1に規定されるもの(本件微量成分含有量及び本件モル比)に定めたというものである。その理論的根拠は、Ca、Si、B、P及びSの含有量を所定の数値範囲内とすることにより、ホウ素がMgOに侵入可能な条件を整えたことにあると理解される(本件明細書の【0016】。前記2(4)カ)。
他方、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を見ても、CAA値を調整することにより本件課題の解決を図る発明を読み取ることはできない。むしろ、これらの記載によれば、本件明細書の発明の詳細な説明中にCAA値に関する記載があるのは、第1の系統及び第2の系統それぞれにおいて、実施例及び比較例に係る実験条件がCAA値の点で同一であることを示すためであって、フォルステライト被膜を良好にするためにCAA値をコントロールしたものではないことが理解される。
そして、CAAの調整は、最終焼成工程の焼成条件により可能である・・・(中略)・・・から、焼鈍分離剤用酸化マグネシウムにおいて、本件微量成分含有量及び本件モル比のとおりにCa、P、B、Si及びSの含有量等を制御し、かつ、焼成条件を調整することによって、本件各発明の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムにおいても、実施例における110~140秒以外のCAA値を取り得ることは、技術常識から明らかといってよい。
したがって、本件審決は、本件各発明の課題が解決されているのはCAA40%が前記数値の範囲内にされた場合でしかないと判断した点において、その前提に誤りがある。』
『4 取消事由2(サポート要件に関する本件審決の認定判断の誤り:Cl、F等の微量成分についての認定判断の誤り)について』
『ア 本件各発明で酸化マグネシウムに添加することが規定されているのは、Ca、Si、P、S、Bの5種類の元素である。そこで、本件明細書の記載のうち、Mg、O、Ca、Si、P、S、B以外の元素に関する記載を検討する。』
『ウ 以上より、本件各発明において規定されたCa、Si、P、S、Bの5種類の元素以外の元素に関しては、Cl、Feにつき水洗により除去可能なこと、及びFにつき任意成分として添加してもよいことが記載されていることを理解し得る。
エ 他方、本件明細書の実施例の概要は、以下のとおりである(前記2(5)~(11))。
(ア)実施例1~14においては、試薬を用いて合成した不純物の混入がないMgOに本件明細書の表2記載の量のCa、Si、P、S、Bを添加したMgOを用いて、効果を確認した。
(イ)実施例15、16、18、19においては、Cl、F等の不純物が含まれる天然材料を原料としてMgOを作成するが、その天然材料に不足する上記5元素のいずれかを本件明細書の表4の添加量になるように添加して作成したMgOを用いて、効果を確認した。
(ウ)その結果、上記のいずれの実施例においても、フォルステライト被膜生成率、被膜の外観、その密着性及び未反応酸化マグネシウムの酸除去性が良好となるという結果が得られた。
オ そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載からは、上記エ(ア)のようにCl、F等の不純物が含まれていなくとも、また、上記エ(イ)のようにそうした不純物が含まれていても、同様に本件課題を解決し得たことを理解し得る。』
『カ 前記のとおり、本件審決は、「発明の詳細な説明においては、上記Cl、F等の微量成分の影響については何ら検討がなされておらず」と指摘するけれども、上記のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明においてCl、F等の微量成分の影響について全く検討がされていないとはいえず、むしろ、その実施例においてCl、F等の微量成分の影響をうかがわせる事情がなかったことから、それ以上の具体的な検討を行う必要がなかったものと認められる。』
[コメント]
CAA値に関して、本件明細書では、実施例でしか触れられていない。しかも、合成例1~15で得られたMgOのCAA値を単に示しているだけである。本件発明との関係について一切の説明はない。実施例(合成例)で得られたものの物性で、請求項に記載のない物性を単に示しただけで、当該物性値の限定のない請求項がサポート要件違反とされることは不当と考える。本判決のように、課題を的確にとらえた上で、特許請求の範囲に記載された発明が、課題を解決できるかを判断すべきである。
本判決から得られる実務上の指針として、実施例に記載した請求項の構成以外の事項について、必須の構成であるとされないためのなんらかの対策を明細書起案時に施しておくことも一策と考える。例えば、本件でいえば、明細書中に、「なお、CAA値は、実施例及び比較例に係る実験条件がCAA値の点で同一であることを示すために記載した。」等の記載をしておくことが考えられる。
以上
(担当弁理士:奥田 茂樹)
平成28年(行ケ)第10222号「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板」事件
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