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平成29年(行ケ)第10046号「有機物質に由来する揮発性有機化合物の吸着」事件

「有機物質に由来する揮発性有機化合物の吸着」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10046号 判決日:平成29年12月13日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、顕著な効果、明細書の誤記
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/312/087312_hanrei.pdf
[概要]
本願明細書における「SiO2:Al2O3比が23」のゼオライトとの記載が、「Si:Al比が23:1」のゼオライトの明らかな誤記であるとまではいえないため、本願発明が格別顕著な効果を奏するものであるということはできないとして、本願発明の進歩性を否定した審決が維持された事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2008-538426号)に係る拒絶査定不服審判(不服2014-26368号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本願発明](文中の「/」は、改行箇所)
【請求項1】
パラジウムドーピングされた水素-ZSM-5の使用であって、/有機物質に由来する揮発性有機化合物(VOC)を吸着するものであり、/前記水素-ZSM-5のSi:Al比が22:1~28:1であり、/前記VOCが、-10℃~30℃の温度で吸着されてなる、使用。
[審決]
本願発明は、特開平9-249824号公報(甲15。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、とするものである。
[本願発明と引用発明との一致点及び相違点](文中の「/」は、改行箇所)
(1) 本願発明と引用発明との一致点
「パラジウムドーピングされた水素-ZSM-5の使用であって、/揮発性有機化合物(VOC)を吸着するものである使用。」の点
(2) 本願発明と引用発明との相違点
相違点1
本願発明の揮発性有機化合物(VOC)が「有機物質に由来する」ものであるのに対し、引用発明のエチレンは由来が不明である点。
相違点2
本願発明の水素-ZSM-5の「Si:Al比が22:1~28:1」であるのに対し、引用発明のH型ZSM5のシリカ/アルミナ比が90(Si:Al比が45:1)である点。
なお、審決で認定された相違点3は本件の争点と関係がないので省略する。
[取消事由]
(1) 引用発明の認定の誤り(取消事由1)
(2) 一致点・相違点の認定の誤り(取消事由2)
(3) 相違点1についての進歩性判断の誤り(取消事由3-1)
(4) 相違点2についての進歩性判断の誤り(取消事由3-2)
[裁判所の判断]
『6 取消事由3-2(相違点2についての進歩性判断の誤り)について
(1) 引用例の【0015】によれば、シリカ/アルミナ比を56以上とすることにより、疎水性が十分に向上し、その結果、高湿度雰囲気下でも吸湿が抑制されて、浄化性能(吸着性能)の低下が少なくなるが、430では逆に吸着性能が低下してしまうため、シリカ/アルミナ比は(56以上)92以下で良いことが理解できる。
また、高湿度雰囲気下においてシリカ/アルミナ比の異なる合成ゼオライトH型ZSM5によるアンモニアの吸着を測定した結果である【図1】から、シリカ/アルミナ比が56と92の場合で、吸着性能が略同等であることが読み取れる。
さらに、ゼオライトの吸着特性に及ぼす因子として、細孔構造、イオン交換・化学反応による細孔径制御、Si/Al比の相違による親疎水性制御があり、一般的に、結晶骨格のSi/Al比が低い(Al原子数が多い)ほど、親水性となり水分吸着量が高くなること、逆に、Si/Al比が高くなる(Al原子数が少なくなる)に従い疎水性を示すことが当業者に知られている(甲21、22)。
以上を踏まえると、引用例の【図1】においては、アンモニアを対象として(パラジウムでイオン交換されていない)合成ゼオライトH型ZSM5の吸着性能を測定しているものの、前記のとおり、高湿度雰囲気下での吸着性能の低下は、吸着剤の吸湿、すなわち、吸着剤への空気中の水分の吸着により生じるものであるから、アンモニア以外のエチレンのようなガスであっても同様に、吸着剤が吸湿すれば吸着性能は低下し、一方、吸着剤の疎水性が十分に向上すれば、吸湿による吸着性能の低下が防止され、各種臭気成分に対する本来の吸着性能が発揮されるものと理解できる(なお、エチレンは引用例において吸着対象としている臭気成分の一つであるところ、エチレンを含むオレフィンやアンモニアは、いずれも、電子密度の局在により、ゼオライトと相互作用を示すことが認められ〔乙3〕、ゼオライトへの吸着に関し類似の性質を示すものといえる。)。
そして、この疎水性の向上は、ゼオライトの骨格を形成する成分であるシリカ/アルミナ比の向上によるものであり、ゼオライトの骨格以外の成分であるカチオンがパラジウムに置き換えられても、上記の傾向は同様に当てはまるといえるから、パラジウムでイオン交換されたH型ZSM5についても、シリカ/アルミナ比が56と92の間で吸着性能が略同等になることが引用例の記載から理解できる。
そうすると、引用例の記載は、エチレンを含め、臭気成分の吸着剤として、【図2】ないし【図9】の吸着試験で用いられたシリカ/アルミナ比が90であるパラジウムでイオン交換されたH型ZSM5に限らず、シリカ/アルミナ比56と92の間にあるパラジウムでイオン交換されたH型ZSM5も、上記と同等の吸着性能を持つものとして用いることができることを示唆するものといえる。そして、シリカ/アルミナ比56と92は、Si:Al比で表すと、それぞれ、28:1と46:1であるから、引用発明において、引用例の示唆に基づき、パラジウムでイオン交換されたH型ZSM5、すなわち、パラジウムでドープされた水素-ZSM-5として、シリカ/アルミナ比56のものを用いた場合には、そのSi:Al比は28:1となり、本願発明の範囲内のものとなることが分かる。
したがって、引用発明において、シリカ/アルミナ比を56(Si/Al比が28:1)に変更することは、当業者が適宜なし得る設計変更にすぎないといえる。
(2) 原告主張の「顕著な効果」について
原告は、本願明細書の【0048】及び【図3】において「SiO2:Al2O3比が23:1」と記載されているのは、「Si:Al比が23:1」の明らかな誤記であり、これを是正すると、本願発明において「Si:Al比が22:1~28:1」としたことによる顕著な効果が本願明細書の【図3】に示されていると主張する。
しかしながら、かかる原告の主張は採用できない。
すなわち、本願においては、原告が指摘する【0048】に「図3は、様々なパラジウムドーピングされたゼオライト(SiO2:Al2O3比を括弧内に示す)によるエチレン吸着を示し、」との記載があるところ、原告は、【0048】及び【図3】において「SiO2:Al2O3比」が「23:1」と記載されていると主張するが、いずれの箇所においても「23:1」との記載はなく、【図3】において、SiO2:Al2O3比を表す数値として「23」という数値が記載されているのみである(本願明細書には、ほかにも、【0034】に「SiO2:Al2O3比23」との記載がある。)。
ところで、ゼオライトの組成については、請求項におけるSi:Al比(原子比)による表示のほかに、慣用的に、SiO2:Al2O3のモル基準によるシリカ/アルミナ比(分子比)でも表示されていると認められるところ(甲14。これは、原告自身が審判手続で主張した事項である。)、本願においては、Si:Alの原子比を記載するときは、例えば、請求項1における「Si:Al比が22:1~28:1」のように、右辺に1を表示した比で表示しているのに対し、【0034】のようにSiO2:Al2O3比を示すときは、Si:Al比を記載するときの形式である「23:1」のような表示形式を採らず、「SiO2:Al2O3比23」のように、ゼオライト中のSiO2の存在量を、Al2O3を基準としたモル数を表す「23」という単一の数値で表示しており、両者を使い分けているものと認められ、このことからすると、前記【0048】及び【図3】の表示方法は、むしろ、SiO2とAl2O3のモル基準によるシリカ/アルミナ比についての表示方法と一致するものであるといえる。また、前記「23」という数値が、SiO2:Al2O3比の値として不合理なものであることを示す特段の事情があるとも認められない。
そうすると、本願明細書の【0048】及び【図3】における「SiO2:Al2O3比」との記載が、請求項の記載と整合していないとしても、「Si:Al比が23:1」の明らかな誤記であるとまではいえない。そして、これを前提にすれば、【図3】において最もエチレン吸着量が最も大きいZSM5(23)は、飽くまでSiO2:Al2O3比23のゼオライトであり、そのSi:Al比は「46:1」であって、原告が主張するように、【図3】が、Si:Al比が「23:1」の場合にエチレンの吸着量が顕著に大きいことを示し、Si:Al比が「22:1~28:1」である本願発明が格別顕著な効果を奏するものであるということはできない。
したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。
(3) 以上によれば、相違点2について想到容易と認めた審決の判断に誤りがあるとは認められず、原告主張の取消事由3-2は理由がない。』
[コメント]
原告は、本願明細書において、「SiO2:Al2O3比が23」と記載されているのは、「Si:Al比が23:1」の明らかな誤記であり、また、引用例においては、その技術的課題の解決の観点から、シリカ/アルミナ比を56以上92以下(Si:Al比で28:1~46:1)にすることが奨励されているのであるから、シリカ/アルミナ比をそれ以下に下げる動機付けは存在せず、Si:Al比が23ないしその近傍でエチレンの吸着量が著しく増大することなど、引用例からは全く予想ができない結果であると主張した。
しかし、裁判所は、上記の記載は明らかな誤記であるとまではいえない以上、本願の「SiO2:Al2O3比が23」は「Si:Al比が46:1」であるため、本願発明が格別顕著な効果を奏するものであるということはできないと判断した。
本判決のように、本願明細書の記載が誤記であるという原告の主張が支持できる合理的な理由はないと思われ、本判決の判断は妥当であるといえる。化学発明における単位の表示方法の記載には、十分注意すべきと考えさせられる事件である。
以上
(担当弁理士:片岡 慎吾)

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