IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成29年(行ケ)第10007号「2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン」事件
名称:「2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10007号 判決日:平成30年1月22日
判決:請求棄却
特許法29条2項、36条4項1号、36条6項1号
キーワード:容易想到性、実施可能要件、サポート要件、物質発明
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/402/087402_hanrei.pdf
[概要]
新規な化学物質に関する本件特許について、本件訂正は新たな技術的事項を導入するものではないため訂正要件に違反しておらず、本件訂正明細書は実施可能要件を満たしており、本件訂正発明はサポート要件を満たしており、本件訂正発明は引用発明に基づいて容易に想到できないとした審決が維持された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第4592183号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1、3及び4に係る発明について特許を無効とする無効審判(無効2015-800065号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件訂正発明1]
【請求項1】
式Ⅰa
[但し、R1が、ハロゲンを表し、R2が、-S(O)nR3を表し、R3が水素、C1~C6アルキルを表し、nが1又は2を表し、Qが2位に結合する式Ⅱ
[但し、R6、R7、R8、R9、R10及びR11が、それぞれ水素又はC1~C4アルキルを表し、上記CR8R9単位が、C=Oで置き換わっていても良い]
で表されるシクロヘキサン-1,3-ジオン環を表し、
X1が酸素により中断されたエチレン鎖または-CH2O-を表し、
Hetが、
オキシラニル、2-オキセタニル、3-オキセタニル、2-テトラヒドロフラニル、3-テトラヒドロフラニル、2-テトラヒドロチエニル、2-ピロリジニル、2-テトラヒドロピラニル、2-ピロリル、5-イソオキサゾリル、2-オキサゾリル、5-オキサゾリル、2-チアゾリル、2-ピリジニル、1-メチル-5-ピラゾリル、1-ピラゾリル、3,5-ジメチル-1-ピラゾリル、または4-クロロ-1-ピラゾリルを表す]
で表される2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン又はその農業上有用な塩。
[審決の理由の要旨]
本件訂正を認めた上、①本件訂正発明は、実施可能要件に違反しない、②本件訂正発明は、サポ-ト要件に違反しない、③本件訂正発明1及び3は、引用例1(特開平8-20554号公報)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び引用例2ないし4(特開平7-206808号公報、特開平6-321932号公報、特開平6-271562号公報)に記載された発明(以下「引用発明2」などという。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
[審決が認定した本件訂正発明1と引用発明1との相違点]
(ア)相違点1 本件訂正発明1は、R2が、-S(O)nR3であるのに対し、引用発明1においては、対応する基が、ハロゲンの1種であるクロロ(塩素)である点
(イ)相違点2 本件訂正発明1は、Hetが、オキシラニル、・・・(略)・・・、又は4-クロロ-1-ピラゾリルであるのに対し、引用発明1においては、対応する基が、特定の基Xを0、1又は2個有するフェニル基である点
[取消事由]
(1)本件訂正の可否(取消事由1)
(2)実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由2)
(3)サポ-ト要件に係る判断の誤り(取消事由3)
(4)本件訂正発明1の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由4)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 取消事由1(本件訂正の可否)について
(1)・・・(略)・・・すなわち、本件訂正発明は、本件発明のR1を1種類(ハロゲン)、R2を1種類(-S(O)nR3)、X1を2種類(酸素により中断されたエチレン鎖又は-CH2O-)、Hetをヘテロシクリル基及びヘテロ芳香族基(ヘテロアリール)のうちの本件明細書に挙げられている多数の物質の中から18種類又は15種類の化合物に限定したものである。そして、本件訂正後の化学物質群は、いずれも本件訂正前の請求項に記載された各選択肢に内包されていることが明らかである。したがって、本件訂正は、特許請求の範囲を減縮するものである。
また、訂正後の化学物質群は、訂正前の基本骨格(シクロヘキサン-1,3-ジオンの2位がカルボニル基を介して中央のベンゼン環に結合した構造。本件共通構造)を共通して有するものである。加えて、訂正後の化学物質群について、訂正前の化学物質群に比して顕著な作用効果を奏するとも認め難い。そうすると、選択肢を削除することによって、本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
このように、本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とし、また、本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を導入するものでないから、本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項の範囲内である。
したがって、本件訂正は、特許法134条の2第9項が準用する126条5項の規定に違反しない。
3 取消事由2(実施可能要件に係る判断の誤り)について
(1)・・・(略)・・・実施可能要件を満たすためには、明細書の発明の詳細な説明は、当業者が「その物を製造できるように」、また、「その物を使用できるように」記載されていなければならない。
(2)本件訂正発明に係る化学物質の製造について
・・・(略)・・・
(ウ)そうすると、請求項1の式IaにおけるX1が「-CH2O-」、「-CH2OCH2-」のいずれの場合についても、本件明細書の記載と出願時の技術常識に基づけば、当業者に通常期待し得る程度を超える試行錯誤を求めることなく、当該化学物質を製造することができるものと認められる。
(3)本件訂正発明に係る化学物質の使用について
・・・(略)・・・
イ 本件訂正明細書において本件訂正発明に係る化学物質について使用することができるように記載されているか否かについて判断する。
・・・(略)・・・
そうすると、当業者は、本件訂正発明に係る、本件共通構造を有する2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン化合物を【0136】~【0140】に記載の使用実施例に従って施用すれば、従来技術から除草剤の有効成分とされる2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン化合物と同様に課題を解決できることを理解することができるから、実際に除草試験を行った結果の記載の有無にかかわらず、過度の試行錯誤を要することなく、本件訂正発明に係る新規化学物質を除草剤として使用することができる。
・・・(略)・・・
したがって、本件訂正明細書は実施可能要件を満たしている。
4 取消事由3(サポ-ト要件に係る判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(3)前記(2)のとおり、本件訂正発明の課題は、優れた除草活性と作物に対する安全性を有する新規な2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン化合物を提供することにあるものと認められる。前記3(3)イで検討したとおり、当業者は、本件訂正発明の化学物質の化学構造と従来技術の除草化学物質との共通性から、本件訂正発明に係る化学物質が、従来技術の除草剤の有効成分と同様に課題を解決できることを推認することができる。例えば、引用例1ないし4は、いずれも「シクロヘキサンジオン誘導体および除草剤」であり、いずれも「優れた除草活性と作物に対する安全性を有する」とされ、優れた除草活性を示すことが開示されている。
また、サポ-ト要件を満足するために、発明の詳細な説明において発明の効果に関する実験デ-タの記載が必ず要求されるものではない。特に本件訂正発明は、新規な化学物質に関する発明であるから、医薬や農薬といった物の用途発明のように具体的な実験デ-タ、例えば、具体的な除草活性の開示まで求めることは相当でない。
・・・(略)・・・
以上のとおり、本件訂正発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえるから、請求項の記載はサポ-ト要件を満たすものである。
5 取消事由4(本件訂正発明の容易想到性に係る判断の誤り)について
・・・(略)・・・
イ 相違点1の容易想到性
(ア)相違点1は、本件訂正発明1は、R2が、-S(O)nR3であるのに対し、引用発明1においては、対応する基が、ハロゲンの1種であるクロロ(塩素)である点である。
(イ)引用例1では、シクロヘキサンジオン化合物のベンゼン環の3位に直鎖状の基が結合している化合物(従来技術である比較薬剤AないしD)に対して、同位置に置換フェニル基を導入することにより優れた除草効果を奏することを見いだしている。そして、引用例1においては、上記ベンゼン環の4位(本件訂正発明のR2に相当)に結合する基は塩素に固定されていることから、ベンゼン環の4位にアルキルスルホニル基(-S(O)nR3)である化合物が開示された引用例2を参酌しても、引用発明1の上記4位の塩素基をアルキルスルホニル基に変更する動機付けはない。
ウ 相違点2の容易想到性
・・・(略)・・・
(イ)引用例2(化学物質16~18、29~31)、引用例3及び引用例4には、シクロヘキサンジオンのベンゼン環の3位に、OCH2基やO(CH2)2基を介して外形上はヘテロ環構造を結合する化合物が記載されているといえる。
しかし、引用例2ないし4のいずれにも前記相違点2に係る特定のHetのいずれかについての開示はない。また、引用例2ないし4のいずれにも、ベンゼン環の3位を特定のヘテロ環オキシメチルとすることは記載されておらず、3位の基としてヘテロ環を有する構造が少数記載されているものの、ベンゼン環に結合する部分の構造はヘテロ環メチルオキシ(-OCH2-ヘテロ環)か、ヘテロ環エチルオキシ(-OCH2CH2-ヘテロ環)であって、ヘテロ環の連結基は本件訂正発明1におけるX1とは異なる。したがって、引用発明1に、引用例2ないし4に記載された発明を組み合わせても、3位の構造が、本件訂正発明1に係る特定のヘテロ環オキシメチル(-CH2O-Het)構造を有する化学物質を得ることはできない。
そうすると、引用発明1に、引用例2ないし4に記載されている事項を組み合わせても、引用発明1に係る化合物におけるベンゼン環の3位の置換基が本件訂正発明1に係る特定のHet構造とはならない。そして、上記組合せによって得られる化合物について、引用発明1の特定のHet構造(相違点2)に置換する動機付けがあるともいえない。
・・・(略)・・・
以上のとおり、本件訂正発明1は、引用発明1及び引用例2ないし4に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。』
[コメント]
実施可能要件について、審査基準には、『化学物質に関する技術分野のように、一般に物の構造や名称からその物をどのように作り、どのように使用するかを理解することが比較的困難な技術分野に属する発明の場合に、当業者がその発明の実施をすることができるように発明の詳細な説明を記載するためには、通常、一つ以上の代表的な実施例が必要である。』と記載されている。本判決では、審査基準に記載のように、化合物質の代表的な実施例を有する場合であり、具体的な実施例の直接的な記載がない化学物質についても、明細書の記載と出願時の技術常識に基づいて、当業者が過度の試行錯誤を要することなく製造できることが認められて実施可能要件は満たされる場合もありうることが示された。
また、サポート要件については、化学物質に関する発明の課題は、一般的には、新規かつ有用な化学物質を提供することであることが示されて、従来の除草化学物質との化学構造の共通性から、除草剤と同様の課題を解決できることが推認された。また化学物質に関する発明では、用途発明に要求される具体的な実験データは必ず要求されるものではなく、発明の効果に関する実施例がなくてもサポート要件は満たされることが示された。
以上
(担当弁理士:福井 賢一)
平成29年(行ケ)第10007号「2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン」事件
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