IP case studies判例研究

平成29年(行ケ)第10085号「電力変換装置」事件

名称:「電力変換装置」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10085号 判決日:平成30年3月26日
判決:決定取消
特許法29条2項
キーワード:動機付け
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/599/087599_hanrei.pdf
[概要]
引用発明の課題解決手段と正反対の技術思想を有する周知技術を適用することはないうえ、引用発明の二つのモードの一部の動作のみを切り離し、変更することを示唆するような記載はなく、仮に引用発明の一部の動作のみを切り離したとしても、その動作を変更することに容易に想到することはなく、引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないとされた事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5770412号の特許権者である。
本件特許について特許異議申立てがなされ、原告は訂正を請求したところ、特許庁は本件訂正を認めず当該特許を取り消すとの決定をしたため、原告はその取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求のうち、訂正請求は棄却したが、決定を取り消した。
[本件発明](「/」は原文の改行部分)
<訂正前>
【請求項1】スイッチング素子(130)によって同期整流を行うように構成された電力変換装置であって、/上記スイッチング素子(130)は、ワイドバンドギャップ半導体を用いたユニポーラ素子によって構成されており、/上記ユニポーラ素子内の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして用い、/上記寄生ダイオード(131)は、該寄生ダイオード(131)の順方向電圧が、該寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を超えるまでは導通しないものであり、該立ち上がり電圧は、上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く、/上記ワイドバンドギャップ半導体としてSiCを用いる/ことを特徴とする電力変換装置。
<訂正後>
【請求項1】スイッチング素子(130)によって同期整流を行うように構成された電力変換装置であって、/上記スイッチング素子(130)は、ワイドバンド ギャップ半導体を用いたユニポーラ素子によって構成されており、/上記ユニポーラ素子内の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして用い、/上記寄生ダイオード(131)は、該寄生ダイオード(131)の順方向電圧が、該寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を超えるまでは導通しないものであり、該立ち上がり電圧よりも、上記ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が全使用範囲において低く、/上記ワイドバンドギャップ半導体としてSiCを用いる/ことを特徴とする電力変換装置。
[審決]
訂正後の請求項1は、「寄生ダイオード」の「立ち上がり電圧よりも、上記ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が全使用範囲において低く」することが特許明細書等に記載した事項の範囲内のものではなく、本件訂正は認められないとした。
また、訂正前の請求項1に係る発明に対し、如何なる電流が流れる場合に、「寄生ダイオードの立ち上がり電圧は、上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高いことを表しているのか不明である旨の明確性要件違反を認定するとともに、以下の理由により進歩性を否定した。
その理由とは、訂正前の請求項1に係る発明では、「電力変換装置」は「同期整流を行うように」構成されているのに対し、引用例1に記載の発明はそのように構成されていないが、「MOSFETをオンにし、寄生ダイオード側に電流を流さず、MOSFET側に逆方向電流を流す」同期整流により、発熱損失を低減することができることは周知技術であり(引用例2、3)、ボディダイオード(寄生ダイオード)を還流ダイオードとして用いる引用例1記載の発明において、発熱損失を低減した方が望ましいことは当然のことであるから、引用例1に記載の発明に上記周知技術を適用することは容易になし得たことである。
[取消事由]
原告が主張し、争点となった取消事由は、以下の三点である。
1.本件訂正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤りについて
2.明確性要件の判断の誤りについて
3.進歩性の判断の誤りについて
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1.本件訂正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤りについて
『【図4】に記載された範囲が、本件特許に係る発明が、SiC-SBDを還流ダイオードとして用いる従来技術と比較して消費電力の観点で有利であるとされる軽負荷の範囲を超えて、定格負荷や重負荷の範囲(全使用範囲)までを含むものであることを説明する記載もない。
そうすると、【図4】の電圧電流特性の概略図において、寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧よりも、ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が、低い範囲しか記載されていないことをもって、寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧よりも、ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が、全使用範囲において低いという技術的事項を導くことはできない。』
『本件明細書等の【請求項4】【0028】【0029】は、暖房中間負荷条件という特定の使用範囲におけるスイッチング素子の選定について記載されたものである。また、本件明細書等の【0026】は、還流電流を寄生ダイオードに流す場合と、SiC-SBDに流す場合とを比較したものである。このように、全使用範囲においてユニポーラ素子本体のオン電圧の方が寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも低いという電圧相互の関係にするために、ユニポーラ素子のオン抵抗値が設計されていることをうかがわせる記載は、本件明細書等にはない。』
『本件訂正は、当業者によって、本件明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるから、新規事項を追加するものというべきである。したがって、本件訂正は認められない。』
以上のように、本件訂正が新規事項の追加に当たり、原告主張の取消事由1には理由がない、と判断した。
2.明確性要件の判断の誤りについて
『請求項1において、寄生ダイオード(131)の「立ち上がり電圧は、上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く」と特定されているのは、本件発明1の構成として、同期整流を行う際、寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を、ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高くするという技術的事項を採用する旨特定するものである。
そして、本件発明1に係る電力変換装置において使用される還流電流の程度が限定されていないことと、同期整流を行う際には、常に、寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を、ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高くすることとは、関係がない。』
『したがって、「寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧」は「上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高」いとの本件発明1の特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。同記載が明確ではないから、本件各発明の特許請求の範囲の記載は、明確性要件に適合しないとする本件決定の判断は誤りである。』
以上のように、請求項1に係る発明は明確であり、原告主張の取消事由2には理由がある、と判断した。
3.進歩性の判断の誤りについて
『ア 引用発明は、モータの回生モードにおいて、回生電力の消費能力を高めるという課題に対して、順方向電圧降下が高いボディダイオードに電流を流し、回生電力を消費させるというものである。
このように、引用発明は、モータの回生モードにおいて、ボディダイオードに電流を流し、ボディダイオードにおいて回生電力を損失させるという課題解決手段を採用したものである。一方、本件周知技術は、寄生ダイオード側に電流を流さず、発熱損失を低減させるというものであるから、引用発明の課題解決手段と正反対の技術思想を有するものである。したがって、当業者は、引用発明におけるモータの回生モードにおいて、正反対の技術思想を有する本件周知技術を適用することはない。
そして、引用例には、引用発明の電力変換装置において、力行モードを回生モードから切り離し、力行モードの動作のみを変更することを示唆するような記載はないから、当業者は、力行モードにおける動作のみを変更することを容易に想到することはない。
したがって、引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないというべきである。』
『イ 仮に、当業者が、引用発明の電力変換装置のうち、モータの力行モードにおける動作のみを変更することを想到し得たとしても、引用発明は、モータの力行モードにおいて、ワイドギャップ半導体を用いた場合に生じるボディダイオードの導通損失が大きくなるという課題に対して、ワイドバンドギャップ半導体のスイッチングが速いという特性を用いて、パワートランジスタQHとパワートランジスタQLのいずれもがオフ状態になっているデッドタイムを極力減らすことにより、ボディダイオードの導通状態の時間を短縮し、ボディダイオードにおける導通損失を抑えるというものである。そうすると、引用発明は、モータの力行モードにおいて、ボディダイオードの導通損失を低減させるという課題を有するものの、ワイドバンドギャップ半導体の特性に基づくデッドタイムの短縮化により、これを解決しているものである。
そもそも、本件周知技術は、MOSFETをオンにし、寄生ダイオード側に電流を流さないという同期整流の技術である。一方、引用発明におけるモータの力行モードは、省電力化の観点から、パワートランジスタQH及びQLは二相変調によるオンオフ制御が有利であるとされている(【0032】【図6】)。そして、引用発明は、パワートランジスタQH及びQLのいずれもがオフされる時間であるデッドタイムを、パワートランジスタQH及びQLのターンオフ時間より十分に長く設定することにより、パワートランジスタQH及びQLが貫通電流により破壊されるのを防止するという構成を有するものである(【0005】)。このように、力行モードにおいて二相変調によるオンオフ制御を行う引用発明では、パワートランジスタQH(又はQL)がオフ状態であるデッドタイムにおいて、パワートランジスタQL(又はQH)はターンオフの途中であり、まだ導通している。そして、このような状態の引用発明において、パワートランジスタQH(又はQL)を同期整流によりオンにすることは、貫通電流が流れることになるから、パワートランジスタQH及びQLの破壊につながる。そうすると、引用発明における力行モードにおいて、同期整流によりパワートランジスタをオンにする余地はないから、当業者は、引用発明に、本件周知技術を適用しようと考えるものではない。
したがって、モータの力行モードを前提にした場合であっても、引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないというべきである。』
以上のように、請求項1に係る発明は、当業者が引用発明に基づいて容易に発明をすることはできず、原告主張の取消事由3は理由がある、と判断した。
[コメント]
本判決の取消事由3(進歩性の判断)が興味深い。本件特許は、拒絶査定不服審判での特許審決後に登録された経緯があるため、特許異議申立てに係る特許取消決定に際しては、特許庁審判合議体において進歩性判断のための論理付けが慎重に検討されたと思料するが、それにもかかわらず、本判決では、主引用発明の課題解決手段をかんがみて周知技術を適用する動機付けがない旨を指摘された。本願発明と主引用発明との相違点に係る構成が当業者にとって当然の周知技術であり、一見、組み合わせ容易であると思われる場合でも、当該周知技術が主引用発明の課題、解決手段及び作用効果に照らして適用可能であるか否かを、丁寧に検討することが重要である。
以上
(担当弁理士:赤尾 隼人)

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