IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成29年(行ケ)10054号「断熱構造」事件
名称:「断熱構造」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)10054号 判決日:平成30年4月10日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:引用発明、阻害要因
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/666/087666_hanrei.pdf
[概要]
当業者は、防火構造の認定にかかわらず、常に、新たな課題に対処すべく、建築構造等の改善をこころみる意識を有するものであるから、甲1が防火認定に係る文献であることそれ自体は、甲1発明2に甲2技術を適用する阻害要因になるものとはいえないとされた事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第4919449号の特許権者である。
被告が、当該特許の請求項1~3に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2015-800217号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が、当該特許を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件訂正発明1]
面材の屋内側表面上に硬質ウレタンフォーム断熱材を現場発泡スプレー法によって積層してなる、建築物の壁部を断熱する目的で用いられる断熱構造であって、
建築物の柱又は間柱の屋外側に面材が取り付けられ、
面材の屋外側に胴縁を介して外壁材が取り付けられ、
外壁材と面材との間に通気層が形成され、
面材はロール状にすることが可能な軟質性材料からなり、
軟質性材料は透湿性及び防水性を備えた材料であり、かつ独立気泡ウレタンフォーム原液を吹き付けた場合に、該フォームの発泡圧又は収縮圧で変形しない程の機械的強度を持たない材料であり、
硬質ウレタンフォーム断熱材は、面材の屋内側表面上にかつ柱又は間柱の間に硬質ウレタンフォームの原液を直接スプレーして発泡させることにより得られ、面材及び柱又は間柱に付着し、そして
硬質ウレタンフォーム断熱材は、水を発泡剤として用い、独立気泡率が10%以下でありかつ密度が10~25Kg/m3である低密度連続気泡構造硬質ウレタンフォームであり、
通気層は、硬質ウレタンフォーム断熱材が付着した面材の凹凸により遮断されない、
断熱構造。
[審決]
本件各訂正発明は、以下の甲第1号証に記載された発明(甲1発明1又は2)及び甲第2号証に記載された技術(甲2技術)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件各訂正発明に係る特許は無効とすべき、というものである。
甲第1号証:「新耐火防火構造・材料等便覧」
甲第2号証:特開平11-343681号公報
[取消事由]
取消事由1 本件訂正発明1の進歩性判断の誤り
取消事由2 本件訂正発明2の進歩性判断の誤り
取消事由3 本件訂正発明3の進歩性判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
甲1発明2の内容
『甲1には、次の発明が記載されているものと認められる(以下、次のとおり特定される発明をもって「甲1発明2」という。)。
「柱又は間柱の屋外側に透湿防水シートが取り付けられ、透湿防水シートの屋外側において通気胴縁に取付けられた留金具に外装材が嵌め込み張り上げられ、外装材と透湿防水シートとの間に通気胴縁がスペーサとなって空間が形成され、透湿防水シートは厚さが0.17mm以下、材質がポリエチレン、ポリエステル又はポリプロピレンの透湿防水シートであり、断熱材が、柱又は間柱の間に透湿防水シートの屋内側表面上に吹き付けて配置され、厚さが15~105mm、密度が25kg/m3~55kg/m3であって、JIS A 9526に従う吹付け硬質ウレタンフォーム断熱材である、断熱材充てん/外装材横張/せっこうボード裏張/真壁造(欠き込み)構造。」』
本件訂正発明1と甲1発明2との対比
『(相違点4’)
本件訂正発明1においては、「硬質ウレタンフォーム断熱材は、水を発泡剤として用い、独立気泡率が10%以下でありかつ密度が10~25Kg/m3である低密度連続気泡構造硬質ウレタンフォームであり、通気層は、硬質ウレタンフォーム断熱材が付着した面材の凹凸により遮断されない」のに対し、甲1発明2では、硬質ウレタンフォーム断熱材は、「密度が25kg/m3~55kg/m3であって、JIS A 9526に従う」ものであり、また、通気層が、硬質ウレタンフォーム断熱材が付着した透湿防水シートの凹凸により遮断されないか否か特定がない点。』
相違点4’についての判断
『甲2技術は、前記のとおり、建築物の壁体の断熱材として、吹き付け施工して用いることができるウレタンフォーム断熱材(【0001】、【0005】、【0032】等)に関するものである。
他方、甲1発明2は、防耐火構造の認定内容を示す甲1に「アキレス充てん断熱工法」という名称(商品名)が記載されていることからすると、硬質ウレタンフォームを用いた断熱構造であって、防火構造基準を満たすことを意図したものであることが明らかである。
ところで、断熱材自体の難燃性等の性能は、建築物における防火構造としては特段の意味を有するものではない。このことは、原告自身も認めているところである。
そうすると、甲1発明2の硬質ウレタンフォーム断熱材を甲2技術の断熱材に置き換えることは、建築物の壁体に対し吹き付け施工できるウレタンフォーム断熱材として、共通の目的及び用途に用いる吹付け硬質ウレタンフォーム断熱材を採用したにすぎず、このようなことは、当業者であれば容易になし得ることといえる。
また、・・・(略)・・・本件訂正発明1の密度の数値範囲の特定については、甲1発明2の硬質ウレタンフォーム断熱材を甲2技術に置き換えることによって当然に満たされるものということができる。
さらに、通気層が遮断されるかどうかは、後記イ(ウ)のとおり各種施工条件等にもよるのであるから、硬質ウレタンフォーム断熱材が付着した面材の凹凸により通気層が遮断されないようにすることも、やはり当業者が適宜なし得たことにすぎない。
以上によれば、相違点4’に関し、甲1発明2に甲2技術を適用して本件訂正発明1の構成に至ることは、当業者であれば容易に想到できたと認められる。』
原告の主張について
『ウ 原告は、甲1発明2に甲2技術を適用する動機付けがないとして、技術分野や課題の共通性が認められないこと、阻害要因が存在することなどを主張する。
しかしながら、原告が主張するとおり、ウレタンフォーム断熱材の難燃性が、防火構造に影響を与えるものではないとしても、前記のとおり、甲1発明2の硬質ウレタンフォーム断熱材と甲2技術とは、建築物の壁体に対し吹き付け施工できるウレタンフォーム断熱材として、共通の目的及び用途に用いるものであるから、甲2技術を採用する動機付けは十分存するものというべきである。
また、現場で断熱構造の施工をする者があえて認定外となるような改変を行わないことは当然であるとしても、防火構造等の建築の設計等に携わる当業者は、防火構造の認定にかかわらず、常に、新たな課題に対処すべく、建築構造等の改善をしようと試みる意識を有するものであるから、甲1が防火認定に係る文献であることそれ自体は、阻害要因になるものとはいえない。
原告が主張する、甲1発明2の吹付け硬質ウレタンフォーム断熱材は、高密度の独立気泡構造硬質ウレタンフォーム断熱材に限定されており、低密度連続気泡構造硬質ウレタンフォーム断熱材は排除されているとの点、及び甲1発明2の吹付け硬質ウレタンフォーム断熱材は、フロン類を発泡剤として用いる硬質ウレタンフォーム断熱材に限定されており、水のみを発泡剤とする硬質ウレタンフォーム断熱材は排除されているとの点も、上記と同様であって、いずれも甲2技術を採用すると認定外になるというにとどまり、当業者がこれを採用することを妨げるものとまではいえないから、やはり阻害要因になるものとはいえない。』
以上
(担当弁理士:森本 宜延)
平成29年(行ケ)10054号「断熱構造」事件
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