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平成29年(行ケ)第10138号「気体溶解装置及び気体溶解方法」事件

名称:「気体溶解装置及び気体溶解方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10138号 判決日:平成30年4月18日
判決:請求棄却
特許法36条4項1号、36条6項1号、2号
キーワード:実施可能要件、サポート要件、明確性要件
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/673/087673_hanrei.pdf
[概要]
当業者であれば、本件発明は、本件明細書に例示された経路を含む何らかの経路により水素水を循環させるものであると理解することができるとして、サポート要件、明確性要件、及び実施可能要件に違反するものではないと判断された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5865560号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~10に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2016-800035号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明1]
【請求項1】
水に水素を溶解させて水素水を生成し取出口から吐出させる気体溶解装置であって、
固体高分子膜(PEM)を挟んだ電気分解により水素を発生させる水素発生手段と、
前記水素発生手段からの水素を水素バブルとして水に与えて加圧送水する加圧型気体溶解手段と、
前記加圧型気体溶解手段で生成した水素水を導いて貯留する溶存槽と、
前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路と、を含み、
前記溶存槽に貯留された水素を飽和状態で含む前記水素水を前記加圧型気体溶解手段に送出し加圧送水して循環させ前記水素バブルをナノバブルとするとともにこの一部を前記水素発生手段に導き電気分解に供することを特徴とする気体溶解装置。
[取消事由]
1.本件発明1ないし10についてサポート要件違反がないとした判断の誤り(取消事由1)
2.本件発明1ないし7について明確性要件違反がないとした判断の誤り(取消事由2)
3.本件発明1ないし5及び7ないし10について実施可能要件違反がないとした判断の誤り(取消事由3)
[原告の主張の要旨](本件発明1について)
1.取消事由1(サポート要件違反)について
図1に示された気体溶解装置は、加圧型気体溶解手段3によって生成され、溶存槽4に貯留された水素水を気体溶解装置の内部で循環させるようには構成されておらず、図3に示された気体溶解装置は、その内部に、「溶存槽4(41、42)」に貯留された水素水を「加圧型気体溶解手段3」に送出する「加圧送水通路」を備えてはいないから、本件発明1は、図1に示された気体溶解装置、図3に示された気体溶解装置のいずれによってもサポートされていない。
2.取消事由2(明確性要件違反)について
請求項1には、「溶存槽」に貯留された水素水を、「管状路」を介して、「取出口」に送るとの記載がある一方で、「溶存槽」に貯留された水素水を「加圧型気体溶解手段」に送出するとの記載があり、明らかに矛盾した記載を含んでいる。
3.取消事由3(実施可能要件違反)について
請求項1はウォーターサーバーを発明特定事項としていないが、実施例1、3ないし13には、図3に示すウォーターサーバーに気体溶解装置を接続した場合の実験条件しか記載されていない、また、実施例2は、図1に示す気体溶解装置を用いたものであるが、どのように水素水を生成、循環させたのか不明であるから、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1及び8を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。
[裁判所の判断]
『2 取消事由1(サポート要件違反)について
・・・(略)・・・
(3)本件発明1について
ア 請求項1の記載
・・・(略)・・・
イ 本件明細書の記載
・・・(略)・・・
ウ 以上によれば、当業者は、本件発明1の「溶存槽」と「加圧型気体溶解手段」との間で、水素水を「送出し加圧送水して循環させ」る経路として、「溶存槽」と「加圧型気体溶解手段」との間に、ウォーターサーバーを用いる場合、水槽を用いる場合、加圧型気体溶解手段で加圧して気体を溶解した液体を、排出せずに循環して加圧型気体溶解手段に送る経路を用いる場合とがあり、いずれの場合も、水素水が過飽和の状態を安定に維持して提供することができるとの課題が解決できることを認識できるといえる。
そして、本件明細書のウォーターサーバー等を用いるとの記載から、当業者は、気体溶解装置をウォーターサーバー等へ容易に取り付けることができるという課題も解決できることを認識することができる。
よって、当業者は、発明の詳細な説明の記載に基づき、請求項1に記載のとおり、「前記溶存槽に貯留された水素を飽和状態で含む前記水素水を前記加圧型気体溶解手段に送出し加圧送水して循環させ前記水素バブルをナノバブルとする」ことによって、本件発明の課題を解決できると認識することができる。
エ 原告の主張について
・・・(略)・・・
しかし、本件明細書には、図1に示された気体溶解装置について、「溶存槽4に保存された液体は、降圧移送手段5である細管5a内で層流状態を維持して流れることで降圧され(S6)、水素水吐出口10から外部へ吐出される(S7)。」(【0034】)との記載がある一方で、「本発明の気体溶解装置1は、加圧型気体溶解手段3で加圧して気体を溶解した液体を、排出せずに循環して加圧型気体溶解手段3に送り、循環した後に、降圧移送手段5に送る」(【0037】)との記載がある。したがって、図1に示された気体溶解装置は、加圧型気体溶解手段3によって生成され、溶存槽4に貯留された水素水を気体溶解装置の内部で循環させるように構成されていると認められる。
また、本件明細書には、前記イのとおり、本件発明1の「溶存槽」と「加圧型気体溶解手段」との間に水素水を循環させる経路として、ウォーターサーバーを用いる場合、水槽を用いる場合、加圧型気体溶解手段で加圧して気体を溶解した液体を、排出せずに循環して加圧型気体溶解手段に送る経路を用いる場合の開示がある一方、これらの場合に循環の経路が限定されるとの記載や示唆はない。したがって、当業者であれば、本件発明1においては、水素水が、これらの場合を含む何らかの経路で循環すればよく、図3に示された気体溶解装置は、水素水を「送出し加圧送水して循環させ」る経路の例示にすぎないことを理解できる。
よって、原告の主張は採用することができない。
オ 小括
以上によれば、本件発明1は、特許法36条6項1号に規定された要件に違反するものではない。』
『3 取消事由2(明確性要件違反)について
・・・(略)・・・
(2)本件発明1について
ア 請求項1の「前記溶存槽に貯留された水素を飽和状態で含む前記水素水を前記加圧型気体溶解手段に送出し加圧送水して循環させ」とは、「溶存槽」と「加圧型気体溶解手段」との間を「送出し加圧送水して循環させ」ることを意味するものであり、本件発明1は、「溶存槽」と「加圧型気体溶解手段」との間で、何らかの経路により、水素水を「送出し加圧送水して循環させ」るとの構成を備えていると理解できること、また、本件明細書には、「循環」の経路として、ウォーターサーバーを用いる場合、水槽を用いる場合、加圧型気体溶解手段で加圧して気体を溶解した液体を、排出せずに循環して加圧型気体溶解手段に送る場合の開示があり、これらは「循環」経路の例示と理解できることは、前記2(3)で検討したとおりである。
そうすると、当業者は、本件発明1は、本件明細書に例示された、ウォーターサーバーを用いる場合、水槽を用いる場合、加圧型気体溶解手段で加圧して気体を溶解した液体を、排出せずに循環して加圧型気体溶解手段に送る場合を含む、何らかの経路により水素水を循環させるものであることを理解することができるというべきである。
よって、請求項1の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。
イ 原告の主張について
・・・(略)・・・
しかし、請求項1の記載は、「溶存槽」と「加圧型気体溶解手段」との間で、何らかの経路により、水素水を「送出し加圧送水して循環させ」るとの構成を備えていれば足りるとするものと解されることは、前記アのとおりである。そうすると、溶存槽に貯留された水素水を、管状路を介して、取出口から吐出するとともに、排出せずに循環して加圧型気体溶解手段に送る構成についても、「循環」が行われている以上、「溶存槽」と「加圧型気体溶解手段」との間で、水素水を「送出し加圧送水して循環させ」るものと理解することができる。
よって、請求項1の記載に矛盾があるとはいえないから、原告の主張は採用できない。
ウ 小括
以上によれば、本件発明1は、特許法36条6項2号に規定された要件に違反するものではない。』
『4 取消事由3(実施可能要件違反)について
・・・(略)・・・
(2)本件発明1及び8について
・・・(略)・・・
したがって、当業者は、循環の経路として、ウォーターサーバーを用いる場合、水槽を用いる場合、加圧型気体溶解手段で加圧して気体を溶解した液体を、排出せずに循環して加圧型気体溶解手段に送る場合についての本件明細書の記載を参考にして、過度の試行錯誤を要することなく、「前記溶存槽に貯留された水素を飽和状態で含む前記水素水を前記加圧型気体溶解手段に送出し加圧送水して循環させ前記水素バブルをナノバブルとする」との構成を備えた本件発明1及び8を実施することができるというべきである。
よって、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1及び8を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているということができる。
イ 原告の主張について
・・・(略)・・・
しかしながら、本件発明1及び8は、本件明細書に例示された、ウォーターサーバーを用いる場合、水槽を用いる場合、加圧型気体溶解手段で加圧して気体を溶解した液体を、排出せずに循環して加圧型気体溶解手段に送る場合を含む、何らかの経路により水素水を循環させるものであることは、前記2(3)、(4)で検討したとおりである。そして、本件明細書には、ウォーターサーバーを用いた実施例1、3ないし13の実験条件が、他の経路により循環させる構成について当てはまらないと解すべき根拠となる記載はない。
また、実施例2についても、加圧型気体溶解手段で加圧して気体を溶解した液体を、排出せずに循環して加圧型気体溶解手段に送る場合を含む、何らかの経路により水素水を循環させるものであると理解することができる。
そうすると、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明を参考にして、本件発明1及び8を実施することができるといえるから、原告の主張は採用できない。
ウ 小括
以上によれば、本件発明1及び8は、特許法36条4項1号に規定された要件に違反するものではない。』
『5 結論
以上によれば、原告主張の取消事由はいずれも理由がないから、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。』
[コメント]
原告は、本件発明が図面の記載と一致していない、あるいは図面の記載と矛盾することを根拠にサポート要件違反等を主張したが、裁判所は、明細書中の記載も参酌して、当業者であれば、本件発明の「前記溶存槽に貯留された水素を飽和状態で含む前記水素水を前記加圧型気体溶解手段に送出し加圧送水して循環させ」とは、「溶存槽」と「加圧型気体溶解手段」との間を「送出し加圧送水して循環させ」ることを意味するものであり、「溶存槽」と「加圧型気体溶解手段」との間で、何らかの経路により、水素水を「送出し加圧送水して循環させ」るとの構成を備えていることが理解できるとして、サポート要件等を満足すると判断した。
図面は、明細書の内容を理解し易くするための明細書の補助的役割を果たすものであり、必ずしも発明の構成のすべてが表されているわけではなく(部材等の記載が省略されている場合もある)、発明の内容によっては図面で表せない場合もあるため、図面だけでなく明細書の記載や技術常識も参酌して発明を特定する必要がある。
なお、本件事件と関連する特許権侵害差止等請求事件(平成28年(ワ)第24175号)では、本件原告が製造する水素水サーバーは本件被告の特許権を侵害するものではないと判断されている。
以上
(担当弁理士:福井 賢一)

平成29年(行ケ)第10138号「気体溶解装置及び気体溶解方法」事件

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