IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成29年(行ケ)第10158号「止血および他の生理学的活性を促進するための組成物および方法」事件
名称:「止血および他の生理学的活性を促進するための組成物および方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10158号 判決日:平成30年10月30日
判決:請求棄却
条文:特許法29条2項
キーワード:進歩性、引用発明の認定、容易想到性の判断
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/094/088094_hanrei.pdf
[事案の概要]
主引用発明に副引用発明を組み合わせる動機付けがあると認定した上で、それらに基づいても本件特許発明における物質のみが有効成分となって止血作用を有することまでは理解できないとして、進歩性を肯定した審決を維持した事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5204646号の特許権者である。
原告が、当該特許発明についての特許を無効とする無効審判(無効2016-800082号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本願発明]
【請求項1】
必要部位において、出血を抑制するための処方物であって、該処方物は、自己集合性ペプチドを含み、ここで、該自己集合性ペプチドが、アミノ酸配列RADARADARADARADA(配列番号1)に示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか、またはその混合物からなり、該自己集合性ペプチドのみが、該処方物における自己集合性ペプチドである、処方物。
[取消事由]
1.本件発明1の進歩性判断の誤り(取消事由1)
ア.引用発明の認定並びに一致点及び相違点の認定の誤り
イ.容易想到性の判断の誤り
2.本件発明2ないし17の進歩性判断の誤り(取消事由2)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
2 取消事由1(本件発明1の進歩性判断の誤り)について
『(1) 引用発明について
・・・(略)・・・
ウ 原告の主張について
・・・(略)・・・
引用例3は、・・・(略)・・・
そして、同ウェブページには「製品の特徴」として「メディカル分野、化粧品分野 ■骨充填剤 ■再生医療における細胞培養用scaffold ■美容形成(しわとり)注入剤 ■止血剤 ■じょくそう用製剤 ■化粧品」と記載されている。引用例3においても、本件製品が「止血剤」としても利用可能である旨説明されているのみである。
(ウ) このように、引用例1ないし3には、RADA16から構成される本件製品を止血のためにどのように用いるか、本件製品がどのような機序で止血作用を発揮するかなどについて記載されていない。
そうすると、引用例1ないし3を全体的に把握したとしても、これらに、RADA16が止血作用を有することについて、その技術的思想が把握できる程度に開示されているといえるものではない。』
『(3) 容易想到性
ア 動機付け
引用例1ないし3は、いずれも、3DMジャパン社が、本件製品について説明する一連のウェブページである。また、引用例1に開示された引用発明は、本件製品の成分に関するものであって、引用例2及び3により利用可能となった事項は、本件製品の概要、用途等に関するものであり、本件製品が止血剤として利用できることである。したがって、当業者には、引用例2及び3により利用可能となった事項を、引用例1に開示された引用発明に適用する動機付けがある。
イ 引用例1と引用例2及び3との組合せ
(ア) 引用発明に引用例2及び3により利用可能となった事項を適用することにより、相違点に係る本件発明1の構成に至るかについて検討する。
(イ) 本件発明1の構成
・・・(略)・・・
このように、本件明細書には、自己集合性ペプチドをイオン含有液等に導入することで、ペプチドの自己集合が進み巨視的構造体に至るという機序が示され、また、自己集合性ペプチドのみで止血や胃液の漏出停止等が達成されたことを示す実施例が記載されている。本件明細書では、本件発明1に係る処方物について、自己集合性ペプチドのみが出血を抑制するために機能する旨説明されている。
c 以上のとおり、特許請求の範囲の記載によれば、本件発明1に係る処方物は、RADA16のみを有効成分とする止血剤と解するのが自然であって、本件明細書においても、本件発明1に係る処方物について、自己集合性ペプチドのみが出血を抑制するために機能する旨説明されている。
よって、本件発明1に係る処方物は、RADA16のみが有効成分となって出血を抑制する処方物ということができる。』
『(ウ) 引用例1ないし3の記載
a 当業者には、引用例1に開示された引用発明である「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液、3%水溶液又は3%ゲル」に、引用例2及び3により利用可能となった事項を適用する動機付けがある。
そして、引用例3には、本件製品の特徴として「メディカル分野、化粧品分野 ■骨充填剤 ■再生医療における細胞培養用scaffold ■美容形成(しわとり)注入剤 ■止血剤 ■じょくそう用製剤 ■化粧品」と記載されている。
そうすると、当業者は、引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項に基づいて、「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液、3%水溶液又は3%ゲル」を、何らかの方法により用いれば止血作用が発揮されることを理解することができる。
b 一方、引用例1には、RADA16から構成される本件製品が、ナノレベルの細さのファイバー構造を有し、NaCl成分との接触によりゲル化する旨記載されるとともに、ゲルの微視的構造、巨視的構造に関する写真が示されている。引用例1には、RADA16が「ゲル化をもたらす成分」であることが開示されている。
しかし、「ゲル化をもたらす成分」を止血剤として機能させるためには、出血部位に適用後、短時間のうちに生体組織とよく接着するものであることが求められる(甲207の257頁、乙24の1423頁)。引用例1ないし3からは、RADA16のゲル化が短時間で進み、生体組織とよく接着するか否かは不明である。また、前記(1)ウ(イ)のとおり、引用例1には、RADA16から構成される本件製品が細胞培養の足場として機能することを前提として説明がされている。そして、細胞培養の足場として機能するゲルにおいては、ゲル化の速度は特に問題とならない(甲203の495頁の図2、乙23、27)。引用例1ないし3の記載からは、他の成分を加えることなくRADA16のみが短時間でゲル化し、止血剤として機能することまで理解できるものではない。
そうすると、当業者は、引用例1ないし3の記載に基づいて、「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液、3%水溶液又は3%ゲル」において、RADA16のみが有効成分になって、止血作用を有することまで理解できるものではない。
・・・(略)・・・
したがって、引用例1ないし3の記載のみに基づいた場合、当業者は、引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項から、本件発明1を容易に発明をすることができないというべきである。』
『(オ) 周知技術の参酌
a 前記のとおり、当業者は、引用例1ないし3の記載に基づいて、「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液、3%水溶液又は3%ゲル」を、何らかの方法により用いれば止血作用が発揮されることを理解することができる。
そこで、優先日当時の周知技術を参酌することにより、当業者が、上記理解にとどまらず、更に、「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液、3%水溶液又は3%ゲル」において、RADA16のみが有効成分になって、止血作用を有することまで理解できるかについて検討する。
b ゲル生成による止血剤に関する周知技術
引用例1には、RADA16が「ゲル化をもたらす成分」であることが開示されているところ、優先日当時、ゲル生成によって出血部位を塞ぐことによって機能する止血剤が多数存在したことが認められる(甲203~208、210~213)。
しかし、以下のとおり、これらのゲル生成によって出血部位を塞ぐことによって機能する止血剤は、①複数の成分が組み合わさることにより出血部位を塞ぐゲルになるもの(下記c)、②一つの成分が出血部位で血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルになるもの(下記d)、③一つの成分が出血部位で共有結合することにより出血部位を塞ぐゲルになるもの(下記e)があるほか、当該成分のみで出血部位を塞ぐゲルになるか否か不明なもの(下記f)がある。
c 複数の成分が組み合わさることにより出血部位を塞ぐゲルになる止血剤
・・・(略)・・・
d 一つの成分が出血部位で血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルになる止血剤
・・・(略)・・・
e 一つの成分が出血部位で共有結合することにより出血部位を塞ぐゲルになる止血剤
・・・(略)・・・
f 当該成分のみで出血部位を塞ぐゲルになるか否か不明な止血剤
・・・(略)・・・
(e) 以上によれば、ゲル生成による止血剤に関する周知技術を参酌しても、当業者は、引用発明に係る止血剤について、「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液、3%水溶液又は3%ゲル」において、RADA16のみが有効成分になって、止血作用を有することまで理解できるものではない。
h よって、当業者は、優先日当時における周知技術を参酌しても、引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項から、本件発明1を容易に発明をすることができないというべきである。』
[コメント]
本判決では、進歩性を肯定した審決が維持されているが、その中で、進歩性の存否について技術面も詳細に踏まえながら丁寧に認定されている。
より具体的には、引用発明の組合せの動機付けまでは認めた上で、相違点にかかる本件特許発明の構成には至らないと判示されている。原告側の主張が、止血剤における組成・作用機序、止血メカニズムなどの相違を捨象して技術的事項を抽象化するような方向であったことに対し、被告(特許権者)側は、明細書及び技術常識に基づき、止血剤における組成・作用機序、止血メカニズムなどの相違を、例えば、同じ止血剤でも非常に多種多様の作用機序があること等を詳細に主張しており、裁判所もこの被告(特許権者)側の技術面での主張を十分踏まえた認定をしている。本件特許には作用機序や考察等の技術面が十分に記載されていたことも有利に働いたといえる。
また、本判決では、原告側の提出した証拠中の記載が、結果的に自己の容易想到性を否定する論拠に用いられている箇所が散見され、裁判所も当該技術に十分精通した上での判断であったように窺われる。当事者として、自己の提出した証拠が不利益に用いられ得ないか、不必要な技術資料まで提出していないか等をより慎重に検討すべきことの重要性が再確認される。
以上
(担当弁理士:東田 進弘)
平成29年(行ケ)第10158号「止血および他の生理学的活性を促進するための組成物および方法」事件
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