IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成30年(行ケ)第10068号「合わせガラス」事件
名称:「合わせガラス」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10068号 判決日:平成30年12月10日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:容易想到性、技術分野の同一性、構造、機能及び課題の共通性、除くクレーム
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/181/088181_hanrei.pdf
[概要]
当業者であれば、技術分野の同一性、構造及び機能並びに課題の共通性に鑑み、主引用発明において中間膜として用いられている(可塑剤が添加された)PVBフィルムを副引用発明の(可塑剤が添加されていない)ブロック共重合体水素化物中間膜に一体として置き換えることを容易に想到することができるとして、主引用発明との相違点として除くクレーム(可塑剤を含むものを除く)を含む発明の進歩性を否定した審決が維持された事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2015-542064号)に係る拒絶査定不服審判(不服2017-6211号)を請求し、拒絶理由通知を受けて補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本願発明]
【請求項1】
第1のガラス板、第1の中間膜、熱線反射膜を積層した透明フィルム、第2の中間膜、及び第2のガラス板の順に積層してなる合わせガラスであって、
前記第1の中間膜及び第2の中間膜は、いずれも変性ブロック共重合体水素化物[E]から形成されたものであり(ただし、可塑剤を含むものを除く)、
前記変性ブロック共重合体水素化物[E]は、ブロック共重合体[C]の、全不飽和結合の90%以上を水素化したブロック共重合体水素化物[D]に、アルコキシシリル基が導入されたものであり、
前記ブロック共重合体[C]は、芳香族ビニル化合物由来の繰り返し単位を主成分とする少なくとも2つの重合体ブロック[A]と、鎖状共役ジエン化合物由来の繰り返し単位を主成分とする少なくとも1つの重合体ブロック[B]とからなり、
全重合体ブロック[A]のブロック共重合体全体に占める重量分率をwAとし、全重合体ブロック[B]のブロック共重合体全体に占める重量分率をwBとしたときに、
wAとwBとの比(wA:wB)が30:70~60:40であり、
a.前記熱線反射膜を積層した透明フィルムが、第1及び第2のガラス板の面積より小さい面積を有し、
b.前記熱線反射膜を積層した透明フィルムが、第1及び第2の中間膜の面積より小さい面積を有し、
c.前記熱線反射膜を積層した透明フィルムの端が、第1及び第2のガラス板の端に対して全周囲に亘って2mm以上離れて配置され、
d.前記熱線反射膜を積層した透明フィルムの端が、第1及び第2の中間膜の端に対して全周囲に亘って2mm以上10mm以下、離れて配置されており、
e.前記熱線反射膜を積層した透明フィルムが、第1及び第2の中間膜に包埋された状態である、
合わせガラス。
[審決が認定した本願発明と引用発明との相違点](筆者にて適宜抜粋)
(相違点1)
第1の中間膜及び第2の中間膜が、本願発明では、「いずれも変性ブロック共重合体水素化物[E]から形成されたものであり(ただし、可塑剤を含むものを除く)、前記変性ブロック共重合体水素化物[E]は、ブロック共重合体[C]の、全不飽和結合の90%以上を水素化したブロック共重合体水素化物[D]に、アルコキシシリル基が導入されたものであり、
前記ブロック共重合体[C]は、芳香族ビニル化合物由来の繰り返し単位を主成分とする少なくとも二つの重合体ブロック[A]と、鎖状共役ジエン化合物由来の繰り返し単位を主成分とする少なくとも一つの重合体ブロック[B]とからなり、
全重合体ブロック[A]のブロック共重合体全体に占める重量分率をwAとし、全重合体ブロック[B]のブロック共重合体全体に占める重量分率をwBとしたときに、
wAとwBとの比(wA:wB)が30:70~60:40である。」のに対し、引用発明では、「PVBフィルム」である点。
[相違点1についての審決の判断の要旨]
引用発明の目的の一つは、プラスチックフィルムのエッジが、ガラスのエッジと同じで水分にさらされるような形状に比べ、水分による劣化を防止することであるところ、当該水分とは、直接さらされる水分のみならず、PVBフィルム中間膜の吸湿による水分も同じであることが、当業者に明らかであるから、引用発明で使用するPVBフィルム中間膜を、より低吸湿性に優れている、引用文献2記載の中間膜へ置き換えて、水分による劣化防止を確実なものとすることは、当業者が容易に想到し得る。
[取消事由](筆者にて適宜抜粋)
1 相違点1の判断の誤り(取消事由1)
2 手続違背(取消事由2)
[原告主張の取消事由1の要旨]
引用発明のPVBフィルム中間膜には、樹脂成分であるPVBのみならず可塑剤も含まれているから、そのような樹脂成分であるPVBを、引用文献2に記載されたアルコキシシリル基が導入されたブロック共重合体水素化物[3]に代えたとしても、当該置き換えにより得られる中間膜は、アルコキシシリル基が導入されたブロック共重合体水素化物[3]及び可塑剤を含む組成物で構成されるものとなって、可塑剤を含まない本願発明の中間膜とは異なるものとなり、本願発明の構成に至らない。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『5 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
(1)ア まず、引用文献2に記載されたアルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]と本願発明の変性ブロック共重合体水素化物[E](ただし、可塑剤を含むものを除く)との同一性について検討すると、以下のとおり、当業者は、引用文献2のアルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]には可塑剤は含まれていないと認識するものと認められる。また、引用文献2の・・・(略)・・・からすれば、引用文献2のアルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]と本願発明にいう変性ブロック共重合体水素化物[E]とは、同じものを指しているといえるから、引用文献2のアルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]と本願発明にいう変性ブロック共重合体水素化物[E](ただし、可塑剤を含むものを除く)とは同じものであると認められる。
(ア) 証拠(乙1)によると、合わせガラスの技術分野でPVBを用いた中間膜に可塑剤が添加されるのは、PVBについて、単独では剛性が大きく、合わせガラス用中間膜としては柔軟性が不足するという欠点があるからであると認められる。
(イ) これに対し、引用文献2によっても、アルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]について、PVBと同様の欠点があるとは認められない。むしろ、引用文献2の【0014】の「本発明に用いるブロック共重合体水素化物[3]は、・・・ガラス転移温度が低く柔軟性に優れた重合体ブロック[B]を有しているため、このものを含有する接着剤は、耐熱性、低温柔軟性、低吸湿性、透明性、低複屈折性、耐候性、および、ガラスや金属等との接着性に優れる。」との記載や・・・(略)・・・引用文献2において、アルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]からなる中間膜の性能を向上させる配合剤として可塑剤は挙げられていないこと(【0059】~【0072】、【0112】)からすると、引用文献2に接した当業者は、柔軟性に優れた全重合体ブロック[B]の重量分率が正しく調整されさえすれば、アルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]は、特に可塑剤を添加することなく、合わせガラス用の中間膜として相応しい柔軟性を発揮するものであると認識すると認められる。
(ウ) 以上からすると、当業者は、引用文献2に記載されたアルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]には可塑剤は含まれていないと認識するものと認められる。
イ 次に、引用発明に引用文献2を組み合わせることが容易想到であるかどうかについて検討する。
(ア) 前記2、3のとおり、引用発明は自動車の窓用の合わせガラスに関する発明であり、引用文献2に記載された合わせガラスも自動車の窓に用いることが可能なものであるから、引用発明と引用文献2の発明は、同一の技術分野に属するものということができる。
(イ) 前記2(2)のとおり、引用発明は2枚のPVBフィルム中間膜の間に赤外線反射機能を有するプラスチックフィルムを挟み込んだ合わせガラスに関する発明である。一方、前記3(1)の引用文献2の記載(【0089】、【0090】及び【0093】)からすると、当業者は、引用文献2のアルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]は、ガラス板とガラス板を接着するという用途だけではなく、ガラス板と樹脂板等との接着にも適用できるものであり、かつ、引用文献2の発明では、引用発明と同様に、アルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]からなる複数のシートの間に、赤外線や熱線の遮蔽機能を持つ樹脂フィルム等を挟むことができるものと理解するから、引用発明と引用文献2の発明には共通した機能、構造が見られるということができる。
(ウ) さらに、引用発明は、赤外線反射膜を形成してなるプラスチックフィルムのエッジをプラスチック挿入合わせガラスのエッジより内側に位置させることにより、プラスチックフィルムが水分にさらされて劣化するのを防ぐという効果があるから、引用発明には、水分によって合わせガラスが劣化するのを防止するという課題があることが分かる。他方、引用文献2は、中間膜を低吸湿性のものへと変更することで、合わせガラスの劣化防止を図るというものである。そして、引用文献1、引用文献2の各記載に前記4の引用文献3の記載及び弁論の全趣旨を総合すると、合わせガラスを劣化させる水分としては、プラスチックフィルムや中間膜が外部から直接さらされる水分の他に、中間膜が吸湿する水分もあることが当業者に知られていたことが認められる。そうすると、引用文献2の発明と引用発明との間には、水分によって合わせガラスが劣化するのを防止するという共通する課題が存在していたということができる。
(エ) そして、前記3の引用文献2に接した当業者は、引用発明で用いられているPVBについて、吸湿性が高く、PVBを用いた合わせガラスは耐久性が十分ではなく、PVBの取扱い自体にも難がある一方、引用文献2のアルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]は、低吸湿性に優れたもので、取扱いも容易なものであって、合わせガラスの耐久性を向上させるものであると認識するということができる。
そうすると、当業者は、上記のような技術分野の同一性、構造及び機能並びに課題の共通性を踏まえ、引用発明で中間膜として用いられている(可塑剤が添加された)PVBフィルムを引用文献2の(可塑剤が添加されていない)アルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]中間膜に一体として置き換えることを容易に想到するということができる。
ウ 以上からすると、相違点1は、当業者に容易に想到することができたものである。そして、相違点2は、審決が判断しているとおり、実質的な相違点ではないから、本願発明は、引用文献1、2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものといえる。
(2) この点、原告は、①引用発明のPVBフィルムは、PVBに可塑剤が添加されたものであるところ、引用文献2を引用発明に適用するに当たり、当業者は、引用発明のPVBフィルムのうちの樹脂成分たるPVBのみを引用文献2のアルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]に置き換えようとするから、引用文献2を引用発明に組み合わせて得られるのは、アルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]及び可塑剤を含む組成物からなる中間膜であって、本願発明の構成に至らない、・・・(略)・・・ 被告の主張するように、引用発明のPVBフィルム中間膜を単純に一体的に引用文献2に記載されたアルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]中間膜に置き換えるということはしないと主張する。
ア 前記(1)のとおり、当業者は、引用発明の(可塑剤が添加された)PVBフィルム中間膜を一体的に、引用文献2に記載された(可塑剤が添加されていない)アルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]中間膜に置き換えることを容易に想到すると認められ、敢えて引用発明のPVBフィルムの可塑剤はそのままで、樹脂成分であるPVBのみをアルコキシシリル基を有するブロック共重合体水素化物[3]に置き換えるとは考え難く、また、このようなことからすると、当業者が、樹脂添加剤の種類、それらの配合量等について、種々の組成物を調整して、その吸湿性を測定し、より吸湿性の低い組成物を探索するとも考えられない。したがって、原告の上記①の主張は採用することができない。
・・・(略)・・・
第6 結論
よって、原告の請求には理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。』
[コメント]
副引例である引用文献2は、原告の先行出願であり、当該引用文献2には本願発明の最も重要な技術的特徴である「変性ブロック共重合体水素化物[E]」がそのまま記載されていたため、「変性ブロック共重合体水素化物[E]」の構成をさらに限定して進歩性を主張することができなかったと思われる。実際、このようなケースは散見されるので注意すべきである。
関連発明を出願する場合には、自社の先行出願をしっかり調査し、自社の先行出願が引用文献として挙げられた場合でも対処できるように、先行出願に記載されていない技術的特徴を予め検討し、明細書中に記載しておくべきである。
以上
(担当弁理士:福井 賢一)
平成30年(行ケ)第10068号「合わせガラス」事件
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