IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成29年(行ケ)第10114号「ICU鎮静のためのデクスメデトミジンの用途」事件
名称:「ICU鎮静のためのデクスメデトミジンの用途」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10114号 判決日:平成30年7月18日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:用途発明の新規性
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/881/087881_hanrei.pdf
[概要]
特許請求の範囲に記載の用途「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」に関し、その意義を請求項1の文言及び明細書の記載に基づき「実際の鎮静」と「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療としての鎮静」の何れもが必要であると限定的に解釈して、これら「鎮静」に関する開示のない引用文献に対する新規性、進歩性等を肯定した審決を維持した事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第4606581号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~12に係る発明につき特許を無効とする無効審判(無効2016-800031号)を請求し、本件無効審判請求を不成立とする審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における、デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用であって、該患者が覚醒され、見当識が保たれる使用。
[取消事由]
(1)取消事由1(甲3に基づく新規性判断の誤り)(無効理由3関係)
(2)取消事由2(甲3及び周知技術に基づく進歩性判断の誤り)(無効理由4.02関係)
(3)取消事由3(甲5に基づく新規性判断の誤り)(無効理由3関係)
(4)取消事由4(甲5及び周知技術に基づく進歩性判断の誤り)(無効理由4.03関係)
(5)取消事由5(原文新規事項に関する判断の誤り)(無効理由2関係)
(6)取消事由6(明確性要件の判断の誤り)(無効理由7関係)
※以下、取消事由1についてのみ記載する。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『1 取消事由1(甲3に基づく新規性判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(2) 本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の意義について
ア まず、本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には、「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用語の意義を規定した記載はない。
次に、本件明細書を参酌すると、「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用語の意義を規定した記載はないが、①「ICU状況における鎮静」の用語は、ICU(集中治療室)における「患者の実際の鎮静」に加えて、「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療も含む」こと(【0001】)、②危機的な病状の段階から回復する患者(重篤患者)のICU滞在中における最も共通した不快な記憶は、「不安、苦痛、疲労、衰弱、乾き、様々なカテーテルの存在、および理学療法などの少数派の処置」であり、ICU鎮静のねらいは、「患者が、興奮することなく、快適であり、くつろいでいて、また静脈ライン(iv‐line)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐えることを保証すること」であり(【0002】)、集中治療を受けている重篤患者の鎮静は、「苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の処置」をも含んでいること(【0003】)、③α2-アゴニストであるデクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩が、「患者を安心させるためにICUにおいて患者に投与するのに理想的な鎮静剤」であること(【0024】)、④ICUにおける鎮静の性質は、独特なものであり、デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩によって鎮静化された患者は、治療が容易にできるよう覚醒され、見当識が保たれており、患者は呼び覚まされ、質問に応答することができ、気づいているけれども、「不安そうではなく、気管チューブをよく許容している」こと(【0027】)、⑤実施例はデクスメデトミジンが、「鎮静化と患者の快適化の独自の性質を提供するので、ICUにおいて患者を鎮静化するための理想的な薬剤であることを示す」こと(【0035】)、⑥「集中治療室」の用語は、「集中治療を提供するようないかなる環境をも包含する」こと(【0026】)の記載がある。上記⑥に関連し、一般に、「ICU」とは、「内科系・外科系を問わず、呼吸・循環・代謝・その他の全身管理を集中的に行うことにより、治療効果を期待し得る急性重症患者を収容する部門」を意味する(甲48)。
そして、請求項1の文言及び本件明細書の上記記載事項等を総合すると、本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」は、集中治療を受けている重篤患者の実際の鎮静に加えて、(呼吸、循環、代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在、理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静を意味するものであり、この両方の鎮静が必要であるものと認められる。
本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用語に関する本件審決の認定は、これと同旨をいうものと認められるから、誤りはない。
・・・(略)・・・
(4)本件発明1と甲3に記載された発明との同一性について
・・・(略)・・・甲3には、研究の対象とされた24人の血管外科患者が、その外科手術後に、集中治療室(ICU)に収容されたことや、集中治療を受けたことを明示した記載はない。
次に、甲3の表1「被験患者の人口統計学的特徴および臨床的特徴(24名)」(別紙2)は、24人の血管外科患者をプラセボ群、低用量群、中用量群及び高用量群に区分した上で、各群ごとの患者の心臓病歴、外科手術の区分(大動脈手術、頚動脈手術及び末梢血管手術の3種類)、手術時間等の特徴について記載したものである。
・・・(略)・・・一般に、「大動脈手術」には、開胸手術や開腹手術といった侵襲性の高い手術が含まれることに照らすと、術後の集中治療を要する患者であった可能性が高く、「集中治療を受けている重篤患者」に該当するものと認められる。
・・・(略)・・・原告らは、甲3記載の血管外科患者は、血管手術を受けた外科患者であって、全身麻酔を受けている以上、術後は集中治療室で麻酔からの離脱を確認することは当然であるから、「集中治療を受けている重篤患者」に該当する旨主張するが、全身麻酔からの離脱を確認するために「集中治療室」に収容されているからといって、呼吸・循環・代謝・その他の全身管理を集中的に行われていることが認められない以上、集中治療を受けているということはできない。
・・・(略)・・・甲3には、甲3記載の血管外科患者について、その手術後に、実際の鎮静と(呼吸、循環、代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在、理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静のいずれもが確認されたことについての記載はない。また、甲3には、甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与が上記両方の鎮静の用途に使用するものであったことについての記載もない。
したがって、甲3には、本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」についての開示がない。
b 前記1(2)イ記載の「鎮痛」に関する認定事実及び甲3記載の「デクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は、手術のストレスにより交感神経系が刺激され、内分泌反応を引き起こして血圧や心拍数を増加させることを抑制するために、交感神経を遮断する作用であること(前記(3)ア(イ))に照らすと、原告らのいう甲3記載の「手術後の該患者」(血管外科患者)の「鎮痛」や「デクスメデトミジンの交感神経遮断作用」は、いずれも集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在、理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静に該当しない。
c 以上によれば、甲3記載の血管外科患者に対するデクスメデトミジンの投与が、本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の用途の使用に当たるとの原告らの主張は、採用することができない。
(ウ) 前記(ア)及び(イ)によれば、甲3には「集中治療を受けている重篤患者」についての開示はあるものの(前記(ア))、「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」についての開示がないから(前記(イ))、甲3に本件発明1の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における、デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用」が記載されているとの原告らの主張は、理由がない。』
[コメント]
本件訴訟の前段階である無効審判の審決では、特許請求の範囲に記載の用途「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」の意義について、「「重篤患者」を中症患者及び軽症患者などといった重篤患者以外の患者から区別する基準は、病気または外傷の別、病気の原因臓器、病気の進行度、治療方法の選択などに応じて様々であることを考慮すると、当業者は、上記「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」という、本件特許発明の用途を特定する用語の意義を、特許請求の範囲の記載のみでは一義的に解釈することができるとはいえない」ことが指摘され、その意義の解釈が争点となった。
当該用途の意義は、請求項にも、明細書にも直接的な規定がなされていなかった。裁判所は、請求項の文言及び明細書の記載を総合することにより、「集中治療を受けている重篤患者の実際の鎮静」に加えて、「(呼吸、循環、代謝その他の全身管理が集中的に行われる)集中治療の状況下での様々なカテーテルの存在、理学療法などの処置によって生じる苦痛および不安などの「患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療」としての鎮静」を意味するものであり、この両方の鎮静が必要である、との限定的な解釈を行った。よって、本件特許の用途は、特殊な環境下にある重篤患者の鎮静であって、通常の環境下にある健常者又は軽症患者の鎮静とは異なるという観点で、甲3等の先行文献に記載の用途との相違点が認定された。
一見、同様の用途について先行文献にて開示されている場合であっても、対象となる患者群(摂取群)の特殊性や、そのような患者群における特殊な状況で求められる用途の意義を細かく説明(通常は、その用途を請求項において規定)することにより、用途において差別化することに繋がる可能性がある。
以上
(担当弁理士:春名 真徳)
平成29年(行ケ)第10114号「ICU鎮静のためのデクスメデトミジンの用途」事件
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