IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成29年(行ケ)第10122号「ネマチック液晶組成物」事件
名称:「ネマチック液晶組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10122号 判決日:平成30年11月22日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:引用発明の認定、進歩性
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/152/088152_hanrei.pdf
[概要]
甲1では、実用的なネマチック相を有する液晶組成物を得るために、いずれの実施例においてもCC-3-V1が併用されていると理解すべきであり、広い温度範囲のネマチック相を得る目的で配合されているCC-3-V1などを、専らネマチック相の温度範囲が狭いCC-3-Vに置き換えるとともに、配合量を35重量%以上とすることまで、容易に想到できたということはできない、として進歩性を肯定する審決が維持された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5240487号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~6に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2015-800224号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、被告の訂正請求を認めた上、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明1](訂正後)
【請求項1】
第一成分として構造式(1)、
【化1】
(省略:pdf版要約をご参照ください。)
で表される化合物を35~65%含有し、第二成分として一般式(2)
【化2】
(省略:pdf版要約をご参照ください。)
(式中、R1は炭素数1~15のアルキル基であり、
B1、B2、B3はそれぞれ独立的に
(a)トランス-1,4-シクロへキシレン基
(b)1,4-フェニレン基
からなる群より選ばれる基であり、上記の基(b)はCH3又はハロゲンで置換されていても良く、
L1は単結合を表し、L2、L3はそれぞれ独立的に単結合、-CH2CH2-又は-CF2O-を表し、
Q1は単結合であり、
X1、X3はそれぞれ独立してH又はFであり、X2はFである。)で表される化合物群から選ばれる3種以上の化合物を10~30質量%含有し、
前記構造式(1)で表される化合物及び前記一般式(2)で表される化合物を55~95%含有し、
加熱150℃1時間後の60℃での保持率(%)(セル厚6μmのTN-LCDに注入し、5V印加、フレームタイム200ms、パルス幅64μsで測定したときの測定電圧と初期印加電圧との比を%で表した値)が96%以上に保たれることを特徴とするネマチック液晶組成物(ただし、・・・(略)・・・を除く)。
[主な取消事由]
甲1記載の発明の認定の誤り(取消事由1)
本件発明と甲1記載の発明との相違点の容易想到性判断の誤り(取消事由2)
[審決が認定した甲1発明並びに本件発明と甲1発明との一致点及び相違点]
<甲1発明>
正の誘電異方性を有する極性化合物の混合物に基づく液晶媒体であって、
式I
(省略:pdf版要約をご参照ください。)
で表される1種または2種以上の化合物および式IA
(省略:pdf版要約をご参照ください。)
で表される1種または2種以上の化合物を含み、ここで、該媒体中の式Iで表される化合物の比率は、少なくとも18重量%、好ましくは24重量%以上であり(個々の基は、以下の意味:
・・・(略)・・・)
(式Iで表される化合物として、)式I-1~I-5で
(省略:pdf版要約をご参照ください。)
で表される1種または2種以上の化合物を含み、
式IAで表される化合物の、全体としての混合物中の比率が、5~40重量%、好ましくは10~30重量%であって、20℃における電圧保持比が少なくとも98%、好ましくは>99%であるネマチック液晶媒体。
<一致点>
第一成分としてアルケニル基を有する化合物を特定量含有し、第二成分として2種以上の四環化合物を10~30質量%含有するネマチック液晶組成物。
<相違点1-1>
アルケニル基を有する化合物の構造及び含有量が、本件発明1では、「構造式(1)で表される化合物(式略)」及び「35~65%」であるのに対し、甲1発明では、「式Iで表される1種または2種以上の化合物(式略)」及び「少なくとも18重量%、好ましくは24重量%以上」である点。
<相違点1-2>~<相違点1-5>
省略
[甲1発明〔原告〕(原告が主張する甲1発明)]
正の誘電異方性を有する極性化合物の混合物に基づく液晶媒体であって、式Iで表される1種または2種以上の化合物(式は省略)および式IAで表される1種または2種以上の化合物(式は省略)を含み、ここで、該媒体中の式Iで表される化合物の比率は、少なくとも18重量%、好ましくは24重量%以上であり、
(式Iで表される化合物として、)CC-3-V及びCC-5-VなどのCC-n-V並びにCC-3-V1などのCC-n-V1を含み、
式IAで表される化合物の、全体としての混合物中の比率が、5~40重量%、好ましくは10~30重量%であって、20℃における電圧保持比が少なくとも98%、好ましくは>99%であるネマチック液晶媒体。
[裁判所の判断]
取消事由1(甲1記載の発明の認定の誤り)について
『原告は、甲1の請求項1記載の式Iの化合物に着目し、段落【0045】~【0047】に、CC-n-V及びCC-n-V1が「さらに特に好ましい化合物」として挙げられ、8つの実施例のうち5つで、CC-3-VとCC-3-V1が併用されていることなどを根拠として、甲1には甲1発明〔原告〕が記載されていると主張する。
そこで検討するに、審決が認定した甲1発明と原告が主張する甲1発明〔原告〕とは、式Iの化合物に対応するものを、請求項3に記載された式I-1~I-5の化合物と特定するか(甲1発明)、実施例に記載されたCC-3-V及びCC-5-VなどのCC-n-V並びにCC-3-V1などのCC-n-V1の化合物と特定するか(甲1発明〔原告〕)において相違する。
しかし、甲1において、24重量%以上の比率で用いることが可能と明記されているのは、請求項1に記載された式Iの化合物や請求項3に記載された式I-1~I-5の化合物であって、その下位概念であるCC-3-V、CC-5-VなどのCC-n-VやCC-3-V1などのCC-n-V1ではない。また、甲1には、CC-3-Vなど下位概念で示された上記各化合物を単独で24重量%以上の比率で用いた実施例はなく、そのような処方を具体的に示唆する記載も見当たらない。
以上によれば、甲1に記載されている発明として、式Iの化合物を「CC-3-V及びCC-5-VなどのCC-n-V並びにCC-3-V1などのCC-n-V1を含み」を付加して認定すべき特段の理由があるとはいえない。
したがって、審決の甲1記載の発明の認定に誤りがあるとはいえない。』
取消事由2(本件発明と甲1記載の発明との相違点の容易想到性判断の誤り)について
『(1) 原告は、相違点1-1に関し、液晶組成物の粘度を低減し、液晶ディスプレイの応答時間を短くすることを目的として、甲1発明において、CC-3-Vの濃度を、24重量%以上、例えば35重量%とすることは、当業者が容易に想到し得たと主張するので、以下、検討する。
(2) 当業者は、液晶組成物の粘度低減の手段として、CC-3-Vに着目するかについて
・・・(略)・・・
イ 上記アの技術常識を踏まえると、甲1記載の実施例に接した当業者は、上記ア(ア)のとおり、CC-3-V及びCC-5-Vは、CC-3-V1、CC-1V-V1よりも回転粘度が低いから、単に低い回転粘度を有する液晶組成物を得ようとする場合には、CC-3-VやCC-5-Vに着目するといえる。
しかし、上記ア(イ)のとおり、モノアルケニルビシクロヘキサン化合物のネマチック相の温度範囲が狭いことから、ネマチック相に与える影響も考慮した場合には、当業者は、①CC-3-V、CC-3-V1、CC-5-Vなどのモノアルケニルビシクロヘキサン化合物より、CC-1VV1などのビスアルケニルビシクロヘキサン化合物が好ましく、②モノアルケニルビシクロヘキサン化合物の中では、CC-3-Vよりも、CC-3-V1、CC-5-Vが好ましい、と認識するというべきである。
(3) CC-3-Vを35重量%以上とすることが容易に想到できたかについて
甲1には、例M1~例M8として、CC-3-V、CC-3-V1、CC-5-Vを2種以上用いた液晶組成物が記載されているものの、これらのうちの1種のみを用いた液晶組成物は具体的に開示されていない。
そして、甲1の例M1~例M8のいずれの液晶組成物においても、CC-3-V1が併用されているところ、この記載に接した当業者は、(2)アにおいて認定した技術常識を踏まえると、CC-3-V、CC-5-Vなどを使用することにより、液晶組成物の粘度を低下させられるものの、CC-3-Vは、等方性液体に転移する温度が最も低く、ネマチック相の温度範囲が狭いものであるから、実用的なネマチック相を有する液晶組成物を得るために、適度な温度範囲のネマチック相を有し、スメクチック相を有しないCC-3-V1が併用されていると理解するというべきである。
したがって、上記(2)イにおいて説示したとおり、当業者は、ネマチック相に与える影響を考慮すると、モノアルケニルビシクロヘキサン化合物の中では、CC-3-Vよりも、CC-3-V1、CC-5-Vが好ましいと理解すると考えられることに鑑みると、甲1において、式Iの化合物の濃度が「24重量%以上」と特定されているとしても、例M1~例M8において、広い温度範囲のネマチック相を得る目的で配合されているCC-3-V1などを、専らCC-3-Vに置き換えるとともに、CC-3-Vの配合量を35重量%以上とすることまで、容易に想到できたということはできない。』
(担当弁理士:奥田 茂樹)
平成29年(行ケ)第10122号「ネマチック液晶組成物」事件
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