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平成30年(行ケ)第10033号「二酸化炭素含有粘性組成物」事件

名称:「二酸化炭素含有粘性組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10033号 判決日:平成31年2月4日
判決:請求棄却
条文:特許法29条2項
キーワード:進歩性、容易想到性の判断、動機付け、容易の容易
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/396/088396_hanrei.pdf
[事案の概要]
主引用発明から本願発明に至る動機付けに関する主張において、主引用発明には当該主張を基礎づける課題の存在は認められないとして、進歩性を肯定した審決を維持した事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第4912492号の特許権者である。
原告が、当該特許発明についての特許を無効とする無効審判(無効2017-800050号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本願発明]
【請求項1】
医薬組成物又は化粧料として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得るためのキットであって、
1)炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と、酸を含有する顆粒剤、細粒剤、又は粉末剤の組み合わせ;
2)酸及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と、炭酸塩を含有する顆粒剤、細粒剤、又は粉末剤の組み合わせ;又は
3)炭酸塩と酸を含有する複合顆粒剤、細粒剤、又は粉末剤と、アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物の組み合わせ;
からなり、
含水粘性組成物が、二酸化炭素を気泡状で保持できるものであることを特徴とする、
含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する前記二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット。
[取消事由]
相違点1に関する容易想到性判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(2) 容易想到性について
ア 引用発明は、「Arg・炭酸塩含有PEG被覆粉末1」と「酸含有PEG被覆粉末2」の混合物を、用時に水と組み合わせるものであり、本件発明1-1は「Arg・炭酸塩含有含水粘性組成物」と「酸含有粉末剤等」の組み合わせということができるから、相違点1に係る構成の容易想到性に関し、引用発明において、「Arg・炭酸塩含有PEG被覆粉末1」のみをあらかじめ水に溶解させ、「Arg・炭酸塩含有含水粘性組成物」とすることを当業者が容易に想到することができるかについてまず検討する。
イ 甲1文献の「比較例4、8~10は発泡性、ガス保留性試験においては実施例2同様良好であったが、経日安定性に著しく劣った。」(上記2(1)ケ)との記載から、引用発明は経日安定性に問題があることが理解され、当業者は、経日安定性の改善を課題として見いだすといえる。
そして、① 甲1文献に「後記特定組成の発泡性化粧料は、2剤型である為経日安定性に優れ、」(同エ)との記載があり、経日安定性試験の結果が◎又は○である実施例1~11(第1表)はクエン酸と水からなる第1剤とArg・炭酸塩含有PEG被覆粉末である第2剤の2剤型の構成であること(同ク)、② 経日安定性が○である比較例3(第2表)は同様の第1剤と炭酸水素ナトリウムのみをPEGで被覆した粉末の2剤型の構成であること(同ケ)から、炭酸塩と酸とを2剤に分ければ経日安定性が向上すること、及び、酸を水溶液とし、炭酸塩をPEGで被覆すればアルギン酸ナトリウムが存在せずとも経日安定性は十分となることが理解できる。そうすると、これらの甲1文献に開示された事項に基づき、引用発明の経日安定性を改善しようとした場合、炭酸塩と酸との反応で経日安定性が低下することを避けるため、引用発明において、「Arg・炭酸塩含有PEG被覆粉末1+酸含有PEG被覆粉末2の混合物」という構成を、「Arg・炭酸塩含有PEG被覆粉末1」と「酸含有PEG被覆粉末2」との2剤に分けることは、当業者であれば容易に想到するといえる。
このように、甲1文献の記載から、経日安定性の改善のために引用発明1の構成を2剤に変更するという解決手段を読み取れるにもかかわらず、さらに、このように分けた2剤のうちの一方である、「Arg・炭酸塩含有PEG被覆粉末1」をあらかじめ水に溶解させて「Arg・炭酸塩含有含水粘性組成物」に置き換える動機付けは見当たらない。
ウ 以上によれば、本件発明1について、当業者が、引用発明の「Arg・炭酸塩含有PEG被覆粉末1」を「Arg・炭酸塩含有含水粘性組成物」に置き換えることを容易に想到することができたとは認められない。
また、以上によれば、本件発明2~5、7についても、同様に、相違点に係る構成を容易に想到することができたとはいえない。』
『(3) 原告の主張について
ア ダマ形成問題について
・・・(略)・・・(ア)このように、原告は、引用発明について、①ダマ形成問題、②「気泡状の二酸化炭素の持続性」ないし「気泡状の二酸化炭素の安定化効果」の向上、③「閉じ込め効果の向上」及び④経日安定性の向上の課題があることを主張するから、当業者がこのような課題を見いだすといえるかを検討する。
a このうち、甲1文献には引用発明について④の課題があることが記載されているものの、当該課題の解決のために「Arg・炭酸塩含有PEG被覆粉末1」を「Arg・炭酸塩含有含水粘性組成物」に置き換えることの動機付けがないことは、上記(2)イに説示したとおりである。
b 他方、引用発明に上記①~③の課題があることについては甲1文献には記載も示唆もない。
一般に、ダマとは粉末の水和が早いことにより起こり、粉末の回りを水分子が取り囲んで塊となり、粉末の内部まで水が浸透していかず、粉末が均一に水に分散しない状態をいうと解され、アルギン酸ナトリウムを水に溶解する際にダマが生じる問題があることが認められる(甲2、30~34)。しかし、甲1文献にはこのような問題について記載も示唆もない。そして、引用発明のように炭酸塩とアルギン酸ナトリウムの混合物がPEGで被覆された粉末においては、アルギン酸ナトリウムは少しずつ水に溶解することが容易に理解され、このような炭酸塩とアルギン酸ナトリウムとの混合物がPEGで被覆された粉末と、被覆のないアルギン酸ナトリウム粉末では水和のし易さが異なるから、引用発明にアルギン酸ナトリウムを水に溶解する際の一般的な問題が同等に当てはまるということはできず、当業者が、引用発明につきダマ形成問題の課題を見いだすとは認められない。
また、原告は、酸と炭酸塩の反応がアルギン酸の水全体に対する溶解よりも速く発生することを指摘するが、このような問題は甲1文献に記載がなく、かえって、ガス保留性は◎という引用発明の試験結果に照らせば、引用発明の構成について、当業者が、気泡状の二酸化炭素の持続性ないし気泡状の二酸化炭素の安定化効果の向上、閉じ込め効果の向上という課題があると解するとはいえない。
c 以上に照らせば、原告の主張は採用できず、当業者が引用発明について、上記①~③の課題を認識するとは認められない。
(イ) 以上のとおり、引用発明において、原告の主張する①~③の課題を見いだすことは認められないし、④の課題を解決するために、「Arg・炭酸塩含有PEG被覆粉末1」をあらかじめ水に溶解して「Arg・炭酸塩含有含水粘性組成物」とすることの動機付けがあるということはできない。
よって、原告の主張は採用できない。』
『イ 攪拌が不便かつ煩わしいという問題について
原告は、攪拌により反応する2剤を分散させて該反応に遅れることなく均一な混合体を調製するという観点からも、また、アルギン酸ナトリウムのダマ形成問題の観点からも、均一なパック剤調製のために素早く徹底的な攪拌が必要となり、その結果、かかる操作が不便かつ煩わしいという課題があること、その課題の解決のために、引用発明と甲2文献などに記載されたアルギン酸塩の事前溶解の技術を組み合わせる動機付けが存在することを主張する。
(ア)・・・(略)・・・
しかし、甲3文献は、パウダー形状のアルギン酸水溶性塩とカルシウム塩の組み合わせを含むゲル形成組成物について急速で徹底的な攪拌が必須であることを指摘したのにとどまるから、直ちにこれを一般化して、カルシウム塩をその成分として含まない引用発明にも上記の指摘が妥当するとは限らず、原告の主張は採用できない。
(イ)また、・・・(略)・・・
このような問題は甲1文献に記載がなく、かえって、発泡性及びガス保留性は◎という引用発明の試験結果に照らせば、引用発明の構成において、少しでも多くの二酸化炭素を取り込むために、素早く徹底的な攪拌操作をする必要があり、これが煩わしいという課題があるとは解し得ない。
(ウ)さらに、・・・(略)・・・
しかし、引用発明において、ダマが形成されるという問題が生じると理解することはできないのは上記ア(ア)に説示したとおりである。なお、原告は、PEGの被覆によりダマが形成されるという問題が解消しないことの根拠として甲33文献を挙げるが、原告の指摘する「主成分(ママコを生じ易い糊料)の特性が阻害されたり、糊液粘度も変動する等の問題点を抱えており、ママコの形成方法ないし消失法として効果的でなかった」との記載は、PEGの被膜によりママコが消失したとしても、異なる問題が生じ得ることを示したものと解され、引用発明においてダマ形成問題があることの根拠とはならないのは明らかであるから、原告の主張は採用できない。
(エ) 以上のとおり、引用発明において、当業者が原告の主張する課題を見いだすとは認められないから、アルギン酸塩の事前溶解の技術を組み合わせることの動機付けがあるということはできず、原告の主張は採用できない。』
『(4) 以上によれば、本件発明1~5、7について容易想到性が認められないとした本件審決に誤りはなく、取消事由は理由がない。』
[コメント]
本判決では、進歩性を肯定した審決が維持されている。その中で、主引用発明から本件特許発明に至る動機付けについての主張が認められなかった。より具体的には、原告は、主引用発明において明示されてはいないが認識できるとする複数の課題の存在を理由に、相違点の差異を克服して本件特許発明に想到しうるという動機付けを基礎づけようとしていたが、いずれも裁判所に認められなかった。
本件特許発明の構成は一見するとシンプルに見え、本件特許発明の用途である医薬・化粧料分野の研究開発に従事する者にとって、主引用発明からのその程度の相違は創意工夫で日常的に検討しうる程度のようにも思える。しかしながら、そのような程度の相違であっても、適切な証拠を集めて論理を構築する難しさが再確認される事案である。また、本判決では、原告主張の論理構成の途中の段階(2剤に分ける)までの容易想到性は認めたものの、その先の段階(特定の水粘性組成物に置換する)の容易想到性は否定しており、いわゆる“容易の容易”を認めなかった一例としてみることもできるだろう。本判決は、動機付けについて慎重に検討するという、近年の進歩性の判断手法に沿うものといえる。
なお、本件特許の親出願特許についての無効審決取消訴訟についての判決(平成30年(行ケ)10054号)も本判決と同日に言い渡されている。親出願特許は、「化粧料、医薬組成物」の用途の構成に関して本件特許よりさらに特定している点が異なってはいるが、判決中の説示は本件特許に対する判断とほぼ同一である。また、JPOのJ-PlatPatによると、本件特許と親出願特許は本件以外にも多数の無効審判(7件、9件)を受けており、本件特許はシンプルな構成の特許であるがゆえに競合他社の大きな障害になっているように解される。
以上
(担当弁理士:東田 進弘)

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