IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成30年(行ケ)第10023号「研磨用クッション材」事件
名称:「研磨用クッション材」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10023号 判決日:平成31年3月14日
判決:決定取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性、公知、公然知られ得る状態
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/518/088518_hanrei.pdf
[概要]
本件決定における、本件明細書の記載に基づく本件公知発明の認定手法が相当とはいえないという理由により、本件公知発明の認定が誤りであるとして、本件発明の進歩性を否定した決定が取り消された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5905698号の特許権者である。
当該特許について、特許異議の申立て(異議2016-700992号)がされ、原告が訂正を請求したところ、被告が、当該特許を取り消す決定をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、決定を取り消した。
[本件発明3]
発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが積層一体化されてなる積層シートと、前記積層シートの一方の面に積層一体化されてなる粘着剤層とを有する研磨用クッション材であって、
前記積層シート(中央部を含む領域に貫通孔を有する積層シートを除く)は、厚みが0.3~3.0mmであり、密度が450~600kg/㎥であり、引張強さが1.0~2.0MPaであり、伸びが140~160%であり、ショアA硬度が25~40であり、及び25%圧縮応力が0.30~0.50MPaであることを特徴とする研磨用クッション材。
[本件公知発明]
発泡ポリウレタンシートとPETフィルムとが積層一体化されてなる積層シートであって、
前記積層シートは、厚みが0.8mm又は1.0mmであり、密度が550kg/㎥であり、引張強さが1.5MPaであり、伸びが150%であり、ショアA硬度が32であり、及び25%圧縮応力が0.4MPaであるCMP用研磨パッドのバッククッション材として用いられる積層シート。
[主な取消事由]
本件公知発明を主引用例とする本件発明3及び4の進歩性の判断の誤り(取消事由2)
[本件明細書におけるニッパレイEXTの構造に関する記載(段落0106)]
非発泡のポリエチレンテレフタレート(PET)シート(厚さ50μm)上にポリウレタン系樹脂発泡シートが積層一体化されてなる積層シート(日本発条株式会社製 商品名:ニッパレイEXT)
[裁判所の判断]
『 被告は、本件決定は、本件出願前に販売されていた日本発条製の商品「ニッパレイEXT」と、甲5のカタログ記載のニッパレイEXTの物性値、甲4及び甲5のカタログ記載のニッパレイEXGの物性値及び日本発条に対するニッパレイEXTに関する問合せの回答結果に基づいて本件公知発明を認定したものであり、その認定に誤りはない旨主張するので、以下において判断する。
ア ニッパレイEXTの構造について
被告は、本件決定は、本件明細書の「実施例2」記載のニッパレイEXTが「非発泡のポリエチレンテレフタレート(PET)シート(厚さ50μm)上にポリウレタン系樹脂発泡シートが積層一体化されてなる積層シート」(【0106】)という構造を有していることを、甲5のカタログを参照し、日本発条に問い合わせて確認して認定したものであり、本件決定の認定に誤りはない旨主張する。
しかしながら、当業者は、本件出願前に、本件出願後に公開された本件明細書に接することはできないから、ニッパレイEXTが本件明細書の記載のとおりの構造を有しているかどうかを確認することはできない。
また、本件においては、本件決定の合議体が、本件決定をするに当たり、日本発条に対してどのような方法で問合せをし、どのような回答が得られたのか、その問合せ方法が、行政庁等の公的機関とは異なる一般の第三者でも採り得る通常の方法であることを認めるに足りる証拠はない。もっとも、被告が本件訴訟提起後に日本発条にした問合せに対する同社の回答を記載した本件回答書(乙2の1)には、ニッパレイEXTは、「PETの上にEXGを一体発泡させたものがEXTです。(厚さは違いますが)」との記載がある。この記載によれば、ニッパレイEXTは、上記構造を有しているものと認められるが、本件回答書の記載事項は被告が本件出願後に取得した情報であって、一般の第三者が本件出願前に知り得た情報であるとは直ちにはいえない。
加えて、前記(1)ウ認定のとおり、甲5のカタログには、ニッパレイEXTや貼付されたサンプルの具体的な構造についての記載がないのみならず、当業者が、貼付されたサンプルを視認し、又は自ら測定することにより、ニッパレイEXTの上記構造を知り得たことを認めるに足りる証拠はなく、ましてやニッパレイEXTが、PETフィルム上にニッパレイEXGが積層一体化されてなる積層シートであることを知り得たことを認めるに足りる証拠はない。 以上によれば、被告主張の本件決定における上記認定手法は相当とはいえず、本件においては、ニッパレイEXTが「非発泡のポリエチレンテレフタレート(PET)シート(厚さ50μm)上にポリウレタン系樹脂発泡シートが積層一体化されてなる積層シート」という構造を有していることが本件出願前に公然知られ得る状態にあったことを認めるに足りる証拠はない。』
[コメント]
ニッパレイEXTが、本件明細書の記載のとおりの構造を有しているかどうかを本件出願前に、当業者は確認することはできない、と裁判所は判断した。この判断は納得できる。なぜなら、本件明細書の実施例2に記載のニッパレイEXTの構造を、被告(特許庁)が、メーカーに問い合わせて確認したところ、本件出願時点では、本件明細書が公知の刊行物とはなっていないので、そのような目的の問い合わせを当業者がおこなうことはできないためである。そう考えると、仮に、本件出願前に販売されていた商品「ニッパレイEXT」の構造を確認する目的で問い合わせをおこなって確認した、と被告が主張していたならば、今回のような判断にはならなかったかもしれない。なぜなら、そのような問い合わせは、本件明細書の記載を確認する目的でなされたものではないためである。なお、そのような主張をする場合には、その問い合わせの結果を、一般の第三者が本件出願前に知り得たことを立証することも肝要である。
以上
(担当弁理士:森本 宜延)
平成30年(行ケ)第10023号「研磨用クッション材」事件
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