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平成30年(行ケ)第10076号「豆乳発酵飲料及びその製造方法」事件

名称:「豆乳発酵飲料及びその製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10076号 判決日:平成31年3月13日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、相違点の認定、発明の効果
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/529/088529_hanrei.pdf
[概要]
明細書からは、4つの相違点に係る構成を組み合わせ、一体のものとして採用したことで、タンパク質成分等の凝集の抑制と共に、酸味が抑制され、後に残る酸味が少なく後味が優れるという効果を奏するものと把握することはできないため、上記の各相違点を1つの相違点として認定することはできず、さらには、官能評価試験の結果は、客観性ないし信頼性を備えた実験結果であると認められない等として、進歩性を否定した審決を維持した事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5622879号の特許権者である。
被告が、当該特許の請求項1~10に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2017-800013号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が、当該特許を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件訂正発明]
【請求項1】(下線は訂正箇所)
pHが4.5未満であり、かつ7℃における粘度が5.4~9.0mPa・sであり、ペクチン及び大豆多糖類を含み、前記ペクチンの添加量が、ペクチン及び大豆多糖類の添加量総量100質量%に対して、20~60質量%である、豆乳発酵飲料(但し、ペクチン及び大豆多糖類が、ペクチンと大豆多糖類とが架橋したものである豆乳発酵飲料を除く。)。
[相違点](引用発明1-1との対比のみ記載)
『(a) 相違点1-1:pHについて、本件発明1では、4.5未満であるのに対して、引用発明1-1では、2.5~5.0である点。
(b) 相違点1-2:本件発明1では、7℃における粘度が5.4~9.0mPa・sであるのに対して、引用発明1-1では、粘度が不明である点。
(c)相違点1-3:本件発明1は、ペクチンの添加量が、ペクチン及び大豆多糖類の添加量総量100質量%に対して、20~60質量%であるのに対して、引用発明1-1は、ペクチンと大豆多糖類との比率が不明である点。
(d) 相違点1-4:食品について、本件発明1は、豆乳発酵飲料であるのに対して、引用発明1-1は、酸性蛋白食品である点。』
[原告の主張](筆者にて適宜抜粋)
『ア 主位的主張
(ア) 本件審決は、本件発明1と引用発明1-1との相違点として相違点1-1~1-4を認定したが、これらの相違点に係る本件発明1の構成は1つのまとまりのあるものとして相違点の認定がされなければならない。
すなわち、相違点の認定をするに当たっては、発明の技術的課題の解決の観点から、まとまりのある構成を単位として認定されなければならない。そして、本件明細書によれば、本件発明1の課題は、蛋白質成分等の凝集が抑制されることとともに、酸味が抑制され、後に残る酸味が少なく後味の優れた豆乳発酵飲料を提供することである。
・・・(略)・・・
以上のとおり、相違点1-1~1-4に相当する本件発明1の構成は互いに技術的に関連しており、それぞれ独立の要素として容易想到性を判断することは発明の本質に沿わず、許されない。これらの相違点は1つの相違点として認定し、その1つの相違点に関する容易想到性が判断されなければならない。
・・・(略)・・・
(ウ) 引用発明1-1から本件発明1に至るには、pHを4.5未満とし、ペクチンの添加割合をペクチン及び大豆多糖類の添加量総量100質量%に対して20~60質量%と調整し、最終的な粘度を7℃において5.4~9.0mPa・sと限定しなければならない。
しかし、上記各構成は、これらを同時に満たす場合に、酸味を抑制し、後に残る酸味を減少させるという効果が発見されたことから特定されるに至ったものであり、かつ、上記効果も一般的に知られた効果ではなかった以上、想到することが容易なものとはいえない。』
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(ウ) 原告の主位的主張について
・・・(略)・・・
c その点を措くとしても、タンパク質成分等の凝集抑制の効果について、本件明細書によれば、請求項2、【0011】及び【0072】に記載された試験方法により沈殿量を評価した場合の沈殿量が0cm超かつ11cm未満にある場合、タンパク質成分等の凝集がより抑制されると説明されている(【0011】、【0012】)。また、表4及び図3には、pH4.3及び4.5それぞれの場合においてペクチン添加量の割合を変化させた豆乳発酵飲料の沈殿量を示す実験結果が記載されているところ、沈殿量が0cm超かつ11cm未満を満たさないものはペクチン及び大豆多糖類を共に含まないサンプルNo.1(pH4.3及び4.5)、大豆多糖類のみを含むNo.12(pH4.3及び4.5)、ペクチンを10質量%で含むNo.11(pH4.3及び4.5)に止まり、ペクチンを20~100質量%で含むNo.2~No.10は、pHの高低に依拠することなくタンパク質成分等の凝集の抑制効果を奏することが示されている。
この点に鑑みると、タンパク質成分等の凝集の抑制効果につき、ペクチン添加量の割合が20~60質量%の範囲内にあることやpHの高低との関連性を見出すことは、必ずしもできない。
また、本件明細書によれば、pH4.5の場合でも、No.2~No.10ではペクチン及び大豆多糖類の混合物を添加することによりタンパク質成分等の凝集の抑制効果があるとされているところ(【0076】)、このうちペクチンを50~20質量%含むNo.7~No.10は、7℃における粘度が5.4mPa・s未満である(表3及び図2)。この点に鑑みると、タンパク質成分等の凝集の抑制効果と5.4~9.0mPa・sの粘度範囲との間に何らかの関連性を見出すことはできない。
以上によれば、タンパク質成分等の凝集の抑制効果は、ペクチン添加量、pH及び粘度の全てが請求項に規定された範囲にある場合に初めて奏する効果であるとは認められない。
・・・(略)・・・
また、後に残る酸味の点では、ペクチンを60~0質量%で含むNo.6~No.12がより優れていると評価され(【0081】、表5、図5)、口当たりの滑らかさの点では、ペクチンを60~30質量%で含むNo.6~No.9が優れていると評価されている(【0082】、表5、図6)。もっとも、ペクチンのみを含むNo.2も、後に残る酸味及び口当たりの滑らかさの両面でこれらの範囲内にある評点を得ている。また、口当たりの滑らかさの点では、ペクチンを20質量%含むNo.10は口当たりの滑らかさの評点が低く、逆に、大豆多糖類のみを含むNo.12は口当たりの滑らかさで優れているとされる上記サンプルの数値の範囲内に含まれる。
このように、pH4.3の場合の官能評価の結果からも、酸味の抑制、後に残る酸味の低減、口当たりの滑らかさに係る効果は、ペクチンと大豆多糖類を併用しない場合やペクチンの添加量が20~60質量%から外れる場合でも得られることが示されているから、これらの効果は、pH、粘度及びペクチン添加量の全てが請求項に規定された範囲にある場合に初めて奏する効果であるとは認められない。
e このほか、本件明細書には豆乳発酵飲料以外の豆乳飲料や酸性乳飲料を比較対象とした実験結果が記載されていないことも考慮すると、本件明細書からは、本件各発明につき、相違点1-1~1-4に係る構成を組み合わせ、一体のものとして採用したことで、タンパク質成分等の凝集の抑制と共に、酸味が抑制され、後に残る酸味が少なく後味が優れるという効果を奏するものと把握することはできない。
したがって、この点に関する原告の主位的主張は採用できない。』
『(4) 本件発明1の効果
・・・(略)・・・
そもそも、本件明細書には、味覚面の効果の各評価項目におけるパネルの個別の評点は明記されておらず、各評価項目における7人のパネルの評点に係る詳細は不明である上、各パネル及び各評価項目で、加点又は減点が適正に行われることを担保するための評価基準及び評価手法や、評点が分散した場合の統計上の措置等も明らかでない。このことに鑑みると、本件明細書記載の官能評価試験の結果をもって、本件発明1の奏する効果に基づく進歩性を評価するに足りる程度の客観性ないし信頼性を備えた実験結果であるとは認められない。』
[コメント]
原告は、「相違点の認定をするに当たっては、発明の技術的課題の解決の観点から、まとまりのある構成を単位として認定されるべきである」ことから、審決で認定された相違点1-1~1-4は1つの相違点として認定し、この1つの相違点は引例から当業者にとって容易想到ではないことを主張した。
しかしながら、裁判所は、明細書からは、上記の各相違点に係る構成を組み合わせ、一体のものとして採用したことで、タンパク質成分等の凝集の抑制と共に、酸味が抑制され、後に残る酸味が少なく後味が優れるという効果を奏するものと把握することはできないため、上記の各相違点を1つの相違点として認定することはできないとしたうえで、上記の各相違点は容易想到であり、さらに、官能評価試験の結果は、客観性ないし信頼性を備えた実験結果であると認められない等として、上記の効果は格別なものとは認められないと判断して、進歩性を否定した審決を維持した。
上記の「相違点の認定をするに当たっては、発明の技術的課題の解決の観点から、まとまりのある構成を単位として認定されるべきである」は、「建築板」事件(平成29年(行ケ)第10087号)にて、本事件の同裁判長により判示されている。「建築板」事件では、本事件とは異なり、顔料の組合せがひとまとまりの相違点として判断されている。両者の判決を鑑みると、「発明の技術的課題の解決の観点から、まとまりのある構成を単位として認定される」か否かは、明細書(とくに実施例と比較例との対比)から、各相違点に係る構成の(技術的意義の)関連性を、課題解決するための発明の効果をもって、客観的かつ合理的に説明できるかによるといえる。
以上
(担当弁理士:片岡 慎吾)

平成30年(行ケ)第10076号「豆乳発酵飲料及びその製造方法」事件

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