IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成30年(行ケ)第10117号「脂質含有組成物およびその使用方法」事件
名称:「脂質含有組成物およびその使用方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10117号 判決日:平成31年4月12日
判決:審決取消
特許法36条6項1号、同項2号
キーワード:サポート要件、明確性要件
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/601/088601_hanrei.pdf
[概要]
明確性要件について、本願発明の特定事項A及びCは、明細書の記載を考慮すれば第三者の利益を不当に害するほどに不明確であるということはできず、また、サポート要件について、特定事項Gを形式的に判断し、実質的に検討判断していないとして、本願発明は明確性要件及びサポート要件を満たしていないとした審決を取り消した事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2014-99072号)に係る拒絶査定不服審判(不服2016-5871号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本願発明]
【請求項1】(筆者にて分説し、特定事項A~Iを追記)
A 対象の一つ以上の要素の、前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標としての使用であって、
B 前記対象の一つ以上の要素は、以下:前記対象の年齢、前記対象の性別、前記対象の食餌、前記対象の体重、前記対象の身体活動レベル、前記対象の脂質忍容性レベル、前記対象の医学的状態、前記対象の家族の病歴、および前記対象の生活圏の周囲の温度範囲から選択され、
C ここで前記配合物が、1又は複数の、相互に補完する一日用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含み、
D ここでω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比、およびそれらの量が、前記一つ以上の要素に基づいており;
E ここでω-6対ω-3の比が、4:1以上、ここでω-6の前記用量が40グラム以下であり;
F または前記対象の食餌および/または配合物における抗酸化物質、植物化学物質、およびシーフードの量に基づいて1:1~50:1;
G またはここでω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり、かつω-6の用量が、40グラム以下であり;
H またはここで前記脂肪酸の含有量は、下記表6:
【表1】
と適合する、
I 前記使用。
[取消事由](筆者にて適宜抜粋)
(2)明確性要件の判断の誤り(取消事由2)
(3)サポート要件の判断の誤り(取消事由3)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『3 取消事由2(明確性要件の判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(2)「対象の一つ以上の要素の、前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標としての使用」との記載(特定事項A)の明確性
・・・(略)・・・
カ 特定事項Aの明確性
以上によれば、特定事項Aは、「脂質含有配合物を対象に投与するに当たり、当該脂質含有配合物を選択するために、当該対象の「要素」のうち、一つ又は複数を「指標」として使用する方法」と解釈するのが合理的であって、特定事項Aを、このように解釈することは、その余の特定事項の解釈とも整合するものということができる。
キ 被告の主張について
(ア)被告は、本願発明は「年齢」や「性別」のような属性を、ありふれた油脂を選択するための指標として使用する方法をいうところ、「指標として」という記載は抽象的であり、いかなる行為までが「指標」として使用する行為に含まれ得るのか明確ではないから、本願発明の外延は明確ではない、要素を何らかの形で脂質含有配合物を選択するための指標として用いたか否かについては、明確に判別することはできない旨主張する。
しかし、脂質含有配合物を対象に投与するに当たり、年齢、性別等の対象の要素をメルクマールにして、その脂質含有配合物の構成を決定すれば、要素を「指標として」使用したといえる。また、これにより決定される脂質含有配合物の構成がありふれたものであったとしても、ありふれていることを理由に発明の外延が不明確であると評価されるものではない。そうすると、「指標として」という記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。
・・・(略)・・・
(ウ)被告は、本願明細書は「要素」の使用方法を明らかにするものではなく、それが技術常識でもない旨主張する。
被告の上記主張は、本願発明は、対象に投与する脂質含有配合物を選択するために、どのように「要素」を使用するかについて特定した方法であるという解釈を前提とするものである。
しかし、特定事項F及びHに係る特許請求の範囲の記載においては、「要素」である食餌及び生活圏周囲の温度範囲を、どのように使用するかについて特定されているものの、これらの特定事項と選択関係にある特定事項E及びGには、「要素」の使用方法に関する記載はない。特定事項F及びHは、本願発明の方法によって選択される対象物である脂質含有組成物の構成を特定するものにすぎないと解すべきである。そして、その余の本願発明に係る特許請求の範囲の記載には、「要素」の使用方法に関する記載はない。
したがって、被告の上記主張は、特許請求の範囲の記載を離れた本願発明の解釈を前提とするものであるから、採用できない。なお、本願発明の課題を解決するためには、脂質含有配合物の選択に当たり、特定の「要素」をどのように使用するかについてまで特定しなければならないにもかかわらず、特許請求の範囲に記載された発明が、脂質含有配合物の選択に当たり、特定の「要素」を使用する方法について特定するにとどまるというのであれば、それは、サポート要件の問題であって、明確性要件の問題ではない。明確性要件は、出願人が当該出願によって得ようとする特許の技術的範囲が明確か否かについて判断するものであって、それが、発明の課題を解決するための構成又は方法として十分か否かについて判断するものではない。
ク 小括
以上によれば、特定事項Aは、脂質含有配合物を対象に投与するに当たり、当該脂質含有配合物を選択するために、当該対象の「要素」のうち、一つ又は複数を「指標」として使用する方法である旨特定するものである。特定事項Aに係る特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。
(3)「ここで前記配合物が、1又は複数の、相互に補完する一日用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含み」との記載(特定事項C)の明確性
・・・(略)・・・
イ 「相互に補完」について
・・・(略)・・・
(ウ)このように、特定事項Cに係る特許請求の範囲の記載に加え、本願明細書の記載を考慮すれば、特定事項Cは、②脂質含有配合物の1又は複数の部分に含まれる脂肪酸同士が「相互に補完」して脂質含有配合物全体に含まれる一日用量の脂肪酸になる旨特定するものということができる。
ウ 「一日用量」について
・・・(略)・・・
(ウ)このように、特許請求の範囲の記載に加え、本願明細書の記載を考慮すれば、特定事項Cは、②脂質含有配合物が、「一日用量」に相当する「脂肪酸」を含み、かつ、当該「脂肪酸」が「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸」を含む旨特定するものということができる。
・・・(略)・・・
オ 小括
以上によれば、特定事項Cは、対象に投与される脂質含有配合物が脂肪酸を含み、当該脂肪酸は、具体的には、ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸とともに、その余の脂肪酸を含むことができ、これらの脂肪酸全体の量が脂肪酸の一日用量に相当し、これらの脂肪酸は、当該脂質含有配合物の1又は複数の部分に含まれる旨特定するものである。特定事項Cに係る特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。
(4)よって、取消事由2は理由があり、本願発明は明確性要件違反を理由に拒絶すべきものとはいえない。』
『4 取消事由3(サポート要件の判断の誤り)について
(1)本件審決は、サポート要件について、「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり、かつω-6の用量が、40グラム以下であり」との技術的事項が、本願明細書の発明の詳細な説明には記載されていないから、本願発明の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないと判断した。
そして、本件審決は、本願発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かについて、何ら検討判断していない。
(2)しかしながら、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
そうすると、本願発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かについて、何ら検討することなく、選択関係にある特定事項EないしHのうち特定事項G「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり、かつω-6の用量が、40グラム以下であり」との技術的事項が、本願明細書の発明の詳細な説明には記載されていないことの一事をもって、サポート要件に適合しないとした本件審決は、誤りである。
・・・(略)・・・
(4)したがって、本件審決は、サポート要件を形式的に判断した部分について誤りがあるだけではなく、そもそも同要件を実質的に検討判断しておらず、その判断枠組み自体に問題がある。よって、取消事由3は、その趣旨をいうものとして理由がある。』
『5 結論
以上のとおり、原告主張の取消事由2及び3は理由があるから、原告の請求を認容することとし、主文のとおり判決する。』
[コメント]
裁判所が、『明確性要件は、出願人が当該出願によって得ようとする特許の技術的範囲が明確か否かについて判断するものであって、それが、発明の課題を解決するための構成又は方法として十分か否かについて判断するものではない。』と判示したことは注目すべき点である。本来、明確性要件とサポート要件は、求められる要件が異なるため明確に区別されるべきであるが、審査官は、時に拒絶理由通知において明確性要件違反とサポート要件違反を混同しているような指摘をしていることがあるため、その指摘が妥当かどうかを検討した上で反論すべきである。
以上
(担当弁理士:福井 賢一)
平成30年(行ケ)第10117号「脂質含有組成物およびその使用方法」事件
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