IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成30年(行ケ)第10071号「導電性材料の製造方法」事件
名称:「導電性材料の製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10071号 判決日:平成31年2月26日
判決:請求棄却
条文:特許法29条2項
キーワード:進歩性、取消判決の拘束力、訴訟指揮権
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/441/088441_hanrei.pdf
[概要]
特許無効の抗告審判で審理判断されなかった特許無効原因を審決取消訴訟において新たに主張することは許されないが、前件審決で審理判断された主引用例に記載された発明と本件訂正発明を対比し、進歩性を認めると判断したことは、裁判所に委ねられている訴訟指揮権の範囲内に属する事柄であるとして、進歩性を肯定した本件審決が維持された事例。
[事件の経緯]
原告が、無効審判(無効2015-800073号)を請求し、特許庁は請求項9~11等を無効とする審決(前件審決)を下したため、被告(特許権者)が請求項9~11に係る部分の取り消しを求める(訴訟前訴)を提起し、請求が認容され、取消判決(前訴判決:平成29年(行ケ)第10032号)が確定した後、無効審判が再開された。特許庁は、取消判決の拘束力に従い、訂正を認めた上で、請求不成立の審決(本件審決)を下したため、原告は、その取り消しを求めた(本件訴訟)。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明](本件訂正発明9のみ記載。)
【請求項9】
導電性材料の製造方法であって、
前記方法が、
銀の粒子を含む第2導電性材料用組成物であって、前記銀の粒子が、2.0μm~15μmの平均粒径(メジアン径)を有する銀の粒子からなる第2導電性材料用組成物を、酸素、オゾン又は大気雰囲気下で150℃~320℃の範囲の温度で焼成して、前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し(但し、銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く)、それにより発生する空隙を有する導電性材料を得ることを含む方法。
[引用発明との相違点(抜粋)]
相違点9-2:本件訂正発明9では、「所定の雰囲気」が、「酸素、オゾン又は大気雰囲気下」と特定されているのに対して、引用発明5では、「オーブン中」と記載されているだけであって、当該オーブンにおける雰囲気が明記されていない点。
相違点9-3(前訴判決認定の相違点9-A):本件訂正発明9では、第2導電性材料用組成物の焼成により、銀の粒子が互いに隣接する部分において融着するが、銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除くものであると特定されているのに対し、引用発明5では、金属フレークをその端部でのみ焼結して、隣接する金属フレークの端部を融合すると特定されている点。
相違点9-4(前訴判決認定の相違点9-C):本件訂正発明9では、「銀の粒子」の「所定の粒径」が、「2.0μm~15μmの平均粒径(メジアン径)を有する」と特定されているのに対して、引用発明4では、「500nm以下のサイズを有する」と特定されている点。
[取消事由](本件訂正発明9のみに関する。)
取消事由1-1:甲5を主引用例とする本件訂正発明9の進歩性の判断の誤り
取消事由1-2:甲4を主引用例とする本件訂正発明9の進歩性の判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『1 本案前の抗弁について
被告は、確定した前訴判決(取消判決)の拘束力に従って認定判断した本件審決の取消しを求める本件訴訟は、前訴判決による紛争の解決を専ら遅延させる目的で提起されたものであり、本件訴えの提起は、訴権の濫用として評価されるべきものであるから、本件訴えは、不適法であり、却下されるべきである旨主張する。
そこで検討するに、原告主張の本件審決の取消事由中には、前訴判決が判断しなかった相違点についての本件審決の判断に誤りがあることを理由とするもの(前記第3の3(1)ア)が含まれていることに照らすと、本件訴えの提起が、前訴の蒸し返しであるものと直ちにいうことはできず、訴権の濫用に当たるものと認めることはできない。』
『2 取消事由1-1(甲5を主引用例とする本件訂正発明9の進歩性の判断の誤り)について
(1)前訴判決の拘束力等について
確定した前訴判決は、請求項9に係る本件訂正を認めなかった前件審決の判断に誤りがあるとした上で、①前訴被告(本件訴訟の原告)は、本件訂正による請求項9に係る訂正が認められる場合でも、本件訂正発明9は「引用発明1」(本件審決の引用発明5)に基づき容易に想到できる旨主張し、前訴原告(本件訴訟の被告)の反論も尽くされているので、進んで、本件訂正発明9の容易想到性について判断する、②本件訂正発明9と「引用発明1」は、前件審決が認定した本件発明9と「引用発明1」との相違点9-2に加えて、少なくとも相違点9-A及び相違点9-Bの点でさらに相違することが認められる、③相違点9-Aに関し、「引用発明1」の製造方法は、本件訂正発明9の「前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し(但し、銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く)、それにより発生する空隙を有する導電性材料を得る方法」とは異なることが明らかであり、甲5は、銀フレークを端部でのみ焼結させて、端部を融合させる方法を開示すにとどまり、焼成の際の雰囲気やその他の条件を選択することによって、銀の粒子の融着する部位がその端部以外の部分であり、端部でのみ融着する場合は除外された導電性材料が得られることを当業者に示唆するものではないから、「引用発明1」に基づいて、相違点9-Aに係る構成を想到することはできない、④よって、その余の点について判断するまでもなく、本件訂正発明9は、当業者が、「引用発明1」に基づき容易に想到できるということはできない旨判断し、前件審決のうち、本件発明9は甲5に記載された発明と周知技術に基づいて容易に発明をすることができたことを理由に、本件特許の請求項9に係る発明についての特許を無効とした部分を取り消した。
前訴において、原告は、平成29年5月29日付け準備書面(1)(甲56)に基づいて、甲5には、「銀フレークがその端部(銀フレークの周縁部分)でのみ融着している場合」の記載がないから、甲5に記載された発明は、銀フレークがその端部(銀フレークの周縁部分)でのみ融着している構成のものとはいえず、相違点9-Aは、本件訂正発明9と甲5に記載された発明の相違点ではない旨主張した。これに対し被告は、同年6月29日付け準備書面(原告その2)(甲53)に基づいて、甲5には、端部(周縁部分)を有する銀フレークを用い、該銀フレークの端部(周縁部分)のみで、銀フレーク同士を融着させる製造法であり、銀フレークの周縁部分のみ融着した導電性材料を得られるものであることについて十分にサポートされている旨主張し、原告の上記主張を争った。
前訴判決の上記認定判断及び審理経過によれば、前訴判決が前件審決のうち、本件特許の請求項9に係る発明についての特許を無効とした部分を取り消すとの結論を導いた理由は、本件訂正を認めなかった前件審決の判断に誤りがあること、本件訂正後の請求項9に係る発明(本件訂正発明9)は、当業者が甲5に記載された発明に基づいて相違点9-Aに係る本件訂正発明9の構成を容易に想到することができないから、甲5に記載された発明に基づき容易に発明をすることができたとはいえないとしたことの両者にあるものと認められ、かかる前訴判決の理由中の判断には取消判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)が及ぶものと解するのが相当である。
そして、前訴判決確定後にされた本件審決は、前訴判決と同様の説示をし、本件訂正発明9は、当業者が甲5に記載された発明(引用発明5)に基づいて相違点9-3(相違点9-Aと同じ)に係る本件訂正発明9の構成を容易に想到することができないから、その余の点について判断するまでもなく、引用発明5に基づき容易に発明をすることができたとはいえないと判断したものである。
そうすると、本件審決の上記判断は、確定した前訴判決(取消判決)の拘束力に従ってされたものと認められるから、誤りはないというべきである。
(2)原告の主張について
原告は、①前訴判決は、本来、専門的知識経験を有する審判官の審判手続により審理判断をすべき本件訂正発明9の無効理由について、審判官の審判手続による審決を経ずに、技術常識を無視した認定判断をしたものであり、最高裁昭和51年3月10日大法廷判決の趣旨に反するものであるから、前訴判決の上記認定判断に拘束力を認めるべきではなく、前訴判決の拘束力に従った本件審決の相違点9-3の認定及び判断は誤りである、②甲5の図3、甲40の【0033】ないし【0035】及び図5の記載事項に照らすと、甲5記載の銀粒子融着構造は、本件訂正発明9の銀粒子融着構造と一致するから、本件審決における引用発明5の認定に誤りがあり、その結果、本件審決は、相違点9-3の認定及び判断を誤ったものである旨で主張する。
しかしながら、上記最高裁大法廷判決は、特許無効の抗告審判で審理判断されなかった公知事実との対比における特許無効原因を審決取消訴訟において新たに主張することは許されない旨を判断したものであるところ、前訴判決は、前件審決で審理判断された甲5を主引用例として、甲5に記載された発明と本件訂正発明9とを対比し、本件訂正発明9の進歩性について判断したものであり、上記最高裁大法廷判決は、前訴判決と事案を異にするから、本件に適切ではない。
次に、前訴判決が、前記(1)のとおり、前訴被告(本件訴訟の原告)は、本件訂正による請求項9に係る訂正が認められる場合でも、本件訂正発明9は「引用発明1」に基づき容易に想到できる旨主張し、前訴原告(本件訴訟の被告)の反論も尽くされているので、進んで、本件訂正発明9の容易想到性について判断するとした上で、甲5を主引用例とする本件訂正発明9の進歩性について判断したことは、裁判所に委ねられている訴訟指揮権の範囲内に属する事柄であるといえるから、相当である。
さらに、原告は、本件審決における相違点9-3の認定及び判断に誤りがあることの根拠として、前訴判決と同一の引用例である甲5とともに、甲40を挙げるが、甲40は、甲5の記載事項の認定に関する原告の主張を補強する趣旨で提出されたものであって、新たな公知事実(引用例)を追加するものではないから、前訴判決の拘束力を揺るがすものとはいえない。
したがって、本件審決における相違点9-3の認定及び判断に誤りがあるとの原告の上記主張は、理由がない。』
『3 取消事由1-2(甲4を主引用例とする本件訂正発明9の進歩性の判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(3)相違点9-4の容易想到性の判断の誤りの有無について
ア 甲4には、甲4記載の500nm以下のサイズを有する金属粒子である銀を焼結するステップを含む相互接続の形成方法(引用発明4)において、銀の粒子の粒径を2.0μm以上の平均粒径(メジアン径)とする構成とすることについての記載も示唆もない。加えて、甲4には、甲4記載の相互接続の形成方法は、ミクロンサイズの銀の代わりに、ナノスケールの銀を使用することによって、稠密化した金属相互接続を、比較的低い焼結温度(300℃以下)で、かつ、低圧力又は無圧力で確立できることに技術的意義があり、500nmというトップサイズは、焼結温度が上昇しそれに伴って所望の範囲を超える可能性があるので、はんだの代替例として適当でなく、この技法の実施限界であることの開示があること(前記(2)イ)に照らすと、甲4に接した当業者において、引用発明4の銀の粒子の粒径500nm以下(すなわち、0.5μm以下)を、「2.0μm~15μmの平均粒径(メジアン径)」の数値範囲に含まれる構成(相違点9-4に係る本件訂正発明9の構成)に置換する動機付けは存在しないものと認められる。
そうすると、当業者は、甲4に基づいて、相違点9-4に係る本件訂正発明9の構成に容易に想到することができたものと認めることはできない。
したがって、本件審決における相違点9-4の容易想到性に関する判断は、結論において誤りはない。
イ これに対し原告は、本件訂正発明9の「銀の粒子」の平均粒径(メジアン径)の下限値「2.0μm」及び上限値「15μm」のいずれの値についても臨界的な意義がないことからすると、引用発明4において、銀の粒子の粒径を「2.0μm~15μmの平均粒径(メジアン径)」の数値範囲に含まれる構成とすることは、当業者が適宜選択し得る設計的事項であるといえるから、当業者は、引用発明4に基づいて、相違点9-4に係る本件訂正発明9の構成を容易に想到することができた旨主張する。
しかしながら、相違点9-4に係る本件訂正発明9の構成が容易想到かどうかは、引用発明4を出発点として判断すべきものであるところ、前記アのとおり、甲4に接した当業者においては、引用発明4の銀の粒子の粒径の構成を「2.0μm~15μmの平均粒径(メジアン径)」の数値範囲に含まれる構成(相違点9-4に係る本件訂正発明9の構成)に置換する動機付けは存在せず、また、上記構成とすることが設計的事項であるとはいえないから、原告の上記主張は、理由がない。』
[コメント]
前訴判決(審決取消訴訟)では、前件審決において、本件発明の訂正を認めなかったことについて、誤りがあると判断(審決の違法性)しただけではなく、本件審決において審理されていない「訂正後」の本件発明について、進歩性の認定判断まで行っており、審決取消訴訟において認められる「審決の違法性」の判断を超えて、審判段階で審理されていない特許性(進歩性の有無)について判断を下すことが認められるのか、疑問が生じる。
一方で、本件訴訟では、『前訴被告(本件訴訟の原告)は、本件訂正による請求項9に係る訂正が認められる場合でも、本件訂正発明9は「引用発明1」に基づき容易に想到できる旨主張し、前訴原告(本件訴訟の被告)の反論も尽くされている』ことを前提として、「本件訂正発明9の容易想到性について判断」しており、訴訟経済などに鑑みると、本件訴訟における裁判所の判断について、幾分、理解することはできる。
以上
(担当弁理士:西﨑 嘉一)
平成30年(行ケ)第10071号「導電性材料の製造方法」事件
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