IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和元年(行ケ)第10096号「樹脂組成物、及びこれを用いたポリイミド樹脂膜、ディスプレイ基板とその製造方法」事件
名称:「樹脂組成物、及びこれを用いたポリイミド樹脂膜、ディスプレイ基板とその製造方法」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和元年(行ケ)第10096号 判決日:令和2年6月3日
判決:決定一部取消
特許法29条2項
キーワード:相違点の判断
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/522/089522_hanrei.pdf
[概要]
甲1には、本件発明2のアルコキシシラン化合物は記載されておらず、また、甲2-6のアルコキシシラン化合物は、使用する目的や対象が本件発明2とは異なるため、甲2-6のアルコキシシラン化合物を本件発明2のために用いるという動機付けがあるとは認められないという理由により、進歩性が認められないとして特許を取り消した異議決定の一部が取り消された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第6172139号の特許権者である。
当該特許について、特許異議の申立て(異議2018-700095号)がされ、原告が訂正を請求したところ、被告が、当該特許を取り消す決定をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、決定の一部を取り消した。
[本件訂正発明](下線は訂正箇所)
【請求項2】(本件発明2)
(a)一般式(1)で表される構造単位を有するポリアミド酸と、(b)3-ウレイドプロピルトリエトキシシラン、ビス(2-ヒドロキシエチル)-3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン及びフェニルトリメトキシシランからなる群から選択される1以上のアルコキシシラン化合物と、(c)有機溶剤と、を含有し、前記(b)成分の含有量が前記(a)成分に対して0.2~2質量%である樹脂組成物であって、
前記樹脂組成物をシリコン基板又はガラス基板に塗布、加熱し、1~50μmの膜厚を有するポリイミド樹脂膜を形成する工程と、前記ポリイミド樹脂膜上に半導体素子を形成する工程と、前記半導体素子が形成されたポリイミド樹脂膜を支持体から剥離する工程とを含む、ディスプレイ基板の製造方法に用いられる、樹脂組成物。
【化1】
(一般式(1)中、R1は芳香族環を有する2価の有機基を示し、R2は芳香族環を有する4価の有機基を示す。)
[取消事由]
取消事由2-2(本件発明2について:相違点3の判断の誤り)について
[相違点3]
本件発明2では「(b)3-ウレイドプロピルトリエトキシシラン、ビス(2-ヒドロキシエチル)-3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、フェニルトリメトキシシランからなる群から選択される1以上のアルコキシシラン化合物と、・・・を含有し、前記(b)成分の含有量が前記(a)成分に対して「0.2~2質量%である」のに対して、甲1発明1では「(b)アルコキシシラン化合物」を含有すること及びその含有量につき特定されていない点。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『(2) 相違点3について
ア 甲1には、甲1発明1において、ポリイミド樹脂膜の支持体への密着性を向上させることができるカップリング剤として、本件発明2記載のアルコキシシラン化合物は記載されていない。また、本件発明2記載のアルコキシシラン化合物がキャリア基板に形成したポリイミド樹脂膜上に回路を形成後、キャリア基板から剥離するフレキシブルデバイス基板形成用のポリアミド樹脂組成物から形成した樹脂膜のキャリア基板への密着性を向上させるのに適するものであることが本件優先日の当業者の技術常識であったことを認めることができる証拠はない。
そうすると、甲1に接した当業者が、本件発明2に記載されたアルコキシシラン化合物を選択する動機付けがあるとは認められないから、相違点3が容易想到であると認めることはできない。
イ(ア) これに対し、被告は、甲22の記載によると、本件発明2記載のアルコキシシラン化合物は、いずれも、甲1に記載されたγ-アミノプロピルトリエトキシシラン、γ-アミノプロピルトリメトキシシランなどと同様に、シランカップリング剤(接着促進剤)として汎用のものであるとともに、甲2~6の記載から、他の基材に対する接着性改善のためにポリイミド樹脂(前駆体)に対して添加されるシラン化合物として当業者に公知なものであるから、甲1発明1の樹脂組成物において、キャリア基板などの被塗布体との接着性向上のためのシランカップリング剤として、本件発明2記載のアルコキシシラン化合物を使用することは、当業者が適宜なし得ることであると主張する。
・・・(略)・・・
しかし、甲22に記載されたシランカップリング剤のうち、ポリイミドへの添加について言及されているのは、(21)のN-フェニル-γ-アミノプロピルトリメトキシシランのみであり、甲22には、甲1や本件発明2に記載された上記のアルコキシシラン化合物が、ポリイミドに添加されるシランカップリング剤であるとの記載はない。
そうすると、甲22を根拠に、本件発明2記載のアルコキシシラン化合物をポリイミドに添加することが容易想到であると認めることはできない。
・・・(略)・・・
f 上記a~eによると、甲2~6について、以下のようにいうことができる。
甲2において、シランカップリング剤は、金属アルコキシドやその他の物質のポリイミド系重合体の前駆体であるポリアミック酸系重合体への分散性、混合性を向上させ、熱膨張率などの特性にもとづく寸法安定性を改善することを目的とするものであり、本件発明2のように、「支持体と十分な密着性」を有し、かつ、「物理的な方法で綺麗に剥離する」というものではないから、本件発明2とは異なる目的のために配合されている。
甲3において、アルコキシシラン化合物は、透明性を損なわずに、寸法安定性に優れ、かつ無機化合物基板との密着性が高いシリカ粒子が分散してなる新規なポリイミド組成物及びその製造方法を提供するために、ポリイミド溶液に添加し、ポリイミド溶液において水の存在下で反応させるものであり、本件発明2において、アルコキシシランが、ポリイミド前駆体であるポリアミド酸の組成物に配合されるのとは、配合対象が異なっている上、本件発明2のように、「支持体と十分な密着性」を有し、かつ、「物理的な方法で綺麗に剥離する」というものではないから、本件発明2とは異なる目的のために配合されている。
甲4は、ポリイミド銅張積層板のポリイミド層と銅箔との間の接着性を高めるために、ポリイミド前駆体コーティング溶液中に、アルコキシシランを組み込むというもので、本件発明2のように、「支持体と十分な密着性」を有し、かつ、「物理的な方法で綺麗に剥離する」というものではないから、本件発明2とは異なる目的のために配合されている。
甲5は、良好な熱伝導性と接着性を有し、さらに、良好な耐熱性を有する樹脂組成物を提供することを目的とするものであるが、(C)成分の例として、3-ウレイドプロピルトリエトキシシランを含む組成物が、ポリイミド樹脂と無機フィラーの相溶性を高め、ボイド(空隙)を抑制し、少ない無機フィラー含量でも高い熱伝導性が得られると記載されており、本件発明2のように、「支持体と十分な密着性」を有し、かつ、「物理的な方法で綺麗に剥離する」というものではないから、本件発明2とは異なる目的のために配合されている。
甲6は、電子部品の絶縁膜又は表面保護膜用樹脂組成物、パターン硬化膜の製造方法及び電子部品に関するものであり、最終加熱時においてメルトを起こすことなく、最終加熱以降の加熱においても架橋成分等の昇華及びガス成分の発生が少ない層間絶縁膜又は表面保護膜を製造するために、3-ウレイドプロピルトリエトキシシランを添加することができる(段落【0057】)というものであり、シリコン基板に対する接着性増強剤として3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、ビス(2-ヒドロキシエチル)-3-アミノプロピルトリエトキシシランなどのアルコキシシラン化合物を含むことができる(段落【0069】)との記載があるが、「支持体と十分な密着性」を有し、かつ、「物理的な方法で綺麗に剥離すること」が可能なポリイミド樹脂膜を形成することが可能な樹脂組成物を提供するという本件発明2とは添加目的が異なっている。
g 以上によると、甲2~6によって、甲2~6にされたアルコキシシラン化合物を本件発明2のために用いるという動機付けがあるとは認められないから、相違点3が容易想到であると認めることはできない。
なお、甲2~6には、ポリイミド前駆体に添加するシランカップリング剤として、本件発明2における4種のアルコキシシラン化合物のうちの少なくとも1種と甲1記載の他種のものが並列的に列挙されているとしても、甲2~6は、アルコキシシラン化合物を使用する目的や対象が本件発明2とは異なるから、本件発明2において、甲2~6に記載するアルコキシシラン化合物を用いることが容易想到であるとは認められない。
(3) 以上によると、本件発明2は、当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできないから、効果の点について判断するまでもなく、取消事由2-2は理由がある。』
[コメント]
異議決定では、本件発明2のアルコキシシラン化合物のうち、3-ウレイドプロピルトリエトキシシラン及び3-グリシドキシプロピルトリメトキシシランは、いずれもγ-アミノプロピルトリエトキシシラン、γ-アミノプロピルトリメトキシシランなどと同様に汎用のシランカップリング剤であり、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しても、本件発明2のアルコキシシラン化合物を使用した場合に、他のアルコキシシラン化合物を使用した場合に比して特異な効果を奏するものとは認識することができないと判断されていた。
これに対し、本判決では、甲2-6に記載されたアルコキシシラン化合物は、使用する目的や対象が本件発明2とは異なるため、これらのアルコキシシラン化合物を本件発明2のために用いるという動機付けがあるとは認められないので、本件発明2は、容易に発明をすることができたものと認めることはできず、効果の点について判断するまでもないとして、異議決定が取り消された。
確かに、甲2-6のアルコキシシラン化合物は、使用する目的や対象が本件発明2とは異なるが、本件において、この使用する目的とは、結局のところ、本件発明2の効果(支持体に対する密着性と剥離性)に結び付くものであるため、上記の容易想到性の判断においては、本件発明2の効果(本判決では、汎用のシランカップリング剤を含む本件発明1の効果は顕著ではないとされているにもかかわらず、本件の実施例には、本件発明2のアルコキシシラン化合物のみの開示しかなく、汎用のシランカップリング剤との対比がないので、本件発明2が本件発明1よりも密着性と剥離性における顕著な効果があるか不明である)も十分に検討・考慮すべきものではないだろうか。
以上
(担当弁理士:片岡 慎吾)
令和元年(行ケ)第10096号「樹脂組成物、及びこれを用いたポリイミド樹脂膜、ディスプレイ基板とその製造方法」事件
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