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令和元年(行ケ)第10139号「メタルマスク及びその製造方法」事件

名称:「メタルマスク及びその製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和元年(行ケ)第10139号 判決日:令和2年8月27日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、動機付け、阻害要因
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/659/089659_hanrei.pdf
[概要]
 相違点に係る構成(認識マークが交流電源による電解マーキングによって刻印されること)が副引例に記載されているとしても、主引用発明及び副引例記載技術は、技術分野、技術の適用対象、要求される機能、材料がいずれも異なるため、副引例記載技術を主引用発明に適用する動機付けがなく、また、副引例記載技術を主引用発明に適用することには阻害要因があるとして、進歩性を肯定した審決が維持された事例。
[事件の経緯]
 被告は、特許第4192197号の特許権者である。
 原告が、当該特許の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2018-800133号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が、訂正を認めた上で、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件訂正発明1]
【請求項1】
 半田ペーストをプリント配線板に塗布形成するために形成された開口パターンと、
 前記プリント配線板への位置合わせ用のために前記開口パターンに近接して設けられ、交流電源による電解マーキングによって刻印された複数の認識マークと、
を備えたことを特徴とするメタルマスク。
[審決の理由の要旨]
 本件訂正発明1と甲1発明との間の相違点3につき、甲3文献に記載された交流電源による電解マーキング法(以下「甲3記載技術」という。)を甲1発明のアライメントマークに用いることには阻害要因が存在し、このほか甲2文献及び甲4ないし甲15文献に記載された事項を勘案しても、相違点3に係る構成を当業者が容易に想到し得るものであるということはできない。
[審決が認定した本件訂正発明1と甲1発明との間の相違点](筆者にて適宜抜粋。なお、相違点1及び2についての審決の認定又は判断については、当事者間に争いがない。)
(相違点3)
 本件訂正発明1では、認識マークが、「交流電源による電解マーキングによって刻印される」のに対して、甲1発明では、アライメントマークは、「マスクの一方の面に凹部が形成され、前記凹部の少なくとも底面に、前記一方の面の色と異なる色を有する金属層が形成され」るものである点
[取消事由](筆者にて適宜抜粋)
1.取消事由1(本件訂正発明1の進歩性についての判断の誤り)
[原告の主張の要旨]
1 取消事由1(本件訂正発明1の進歩性についての判断の誤り)について
(1) 動機付けがあること
ア 示唆があること
(ア) 甲1文献には、従来のアライメントマークの課題として充填物質が離脱してしまうことが挙げられるとともに(甲1【0005】等)、アライメントマークを形成する手段は電解めっき法等に限定されない旨が記載されている(甲1【0024】)。このように、甲1発明が発明された時点において、当業者には、適宜の手段によってマスクから離脱しないアライメントマークを形成することが課題として認識されていた。
 他方で、甲3記載技術である交流電源による電解マーキング法によって刻印された認識マークが、メタルマスクの洗浄時であっても決して脱落することはないものであること(本件明細書【0028】)は、当業者に周知な事実である。
 したがって、甲1発明に接した当業者は、適宜の方法により脱落しない認識マークを形成することが課題であると認識し、又は示唆されるから、脱落しないことを技術的特徴とする甲3記載技術を甲1発明に適用することを容易に想到することが可能である。
イ 技術分野、作用及び機能の共通性
(ア) 甲3記載技術は、金属製の被加工物にマークを施す技術であり、メタルマスクという金属板に認識マークを施す技術である甲1発明と、技術分野において密接に関連している。
(2) 阻害要因は存在しないこと
 本件審決は、甲3文献において、電解マーキング法に関し、「(1)得られるマーキング皮膜は被加工物の酸化物、或いは反応生成物に限られるため、物理的及び科学的に安定した黒色皮膜を得ることが困難であり、皮膜の退色、離脱、溶出等の問題がある。」(以下「欠点(1)」という。)、「(2)同法では原理上表面がエッチングされ、その上に黒色皮膜が生成されるので、エッチング深さの制御及び皮膜厚さの制御は事実上不可能であり、ドリル等のような高精度を要求される工具類のマーキングには不適当である。」(以下「欠点(2)」という。)、「(3)電解液の補充が多すぎるとマーキングパターンに滲みが発生する一方、少なすぎると掠れが発生し、かつ、表面がエッチングされて傷が残るため、再度マーキングすることはできない。」(以下「欠点(3)」という。)、「(4)解像度に限度があり、同法では0.2mm幅の線が限界であるし、また、上記(3)の理由によって明瞭さに欠ける。」(以下「欠点(4)」という。)と記載されていることを理由に、同法を甲1発明のアライメントマークに用いることには阻害要因があるとしているが、欠点(1)ないし(4)は、いずれも阻害要因とはなり得ない。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『3 取消事由1(本件訂正発明1の進歩性についての判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(2)相違点3の容易想到性について
ア 上記(1)ウのとおり、甲3文献には、金属製の被加工物にマークを施す方法として、交流電源による電解マーキング法(甲3記載技術)が一般に採用されている旨が記載されており、相違点3に係る構成(認識マークが交流電源による電解マーキングによって刻印されること)が記載されているものといえる。
 そこで、本件出願時における当業者が、甲3記載技術を甲1発明に適用することを容易に想到することができたか否かについて、以下、検討する。
イ(ア) 前記2(1)のとおり、甲1発明は、プリント配線板との位置合わせ用のマークであるアライメントマーク(認識マーク)を備えた金属製の印刷用マスクに関する発明である(甲1【0001】ないし【0003】)。また、アライメントマークは、印刷用マスクをプリント配線板に対して正しい位置に配置するためのものであり、カメラで読み取られるなどしてその位置座標が正確に認識されることによって位置合わせ用のマークとしての機能を果たすものといえる(甲1【0003】、【0004】)から、形成されるアライメントマークには、その形状や記載内容に係る精度よりも、マークの位置や輪郭の寸法に係る精度が強く求められるものということができる。
 他方で、上記(1)のとおり、甲3文献には、高速度鋼や超鋼合金製の工具類に文字や数字等のパターンをマーキングする方法として、甲3記載技術が従来の技術として挙げられるとともに、その課題を解決する手段として湿式鍍金法を用いたマーキング方法が記載されている。そして、甲3文献に記載されたこれらの技術は、高精度を要求されるドリル等の工具類に識別情報としての文字や数字等を表示するためのものであるから、マーキングされる文字や数字等には、その位置や大きさに係る精度よりも、文字や数字等としての明瞭さや高い解像度が強く求められるものということができる。
 これらの事情を考慮すると、甲1発明及び甲3記載技術は、各技術が属する分野が異なるものである上、技術の適用対象や要求される機能も異なるというべきである。
 これに加え、前記2(1)のとおり、甲1発明における被加工品は、金属製の印刷用マスクであるところ、その材料としてはニッケル合金やニッケル-コバルト合金等が好ましいとされている(甲1【0012】)のに対し、上記(1)によれば、甲3文献における被加工品は、高速度鋼や超硬合金性の工具類であるから、甲1発明及び甲3記載技術は、被加工品の材料も異なる。
 以上によれば、甲1発明及び甲3記載技術は、技術分野や技術の適用対象、要求される機能、材料がいずれも異なるというべきである。
(イ) 前記2(1)カによれば、甲1発明におけるアライメントマークの形成方法は、印刷用マスクに用いられる基板にエッチング法やレーザー加工法等によってあらかじめ凹部を設けた上で、当該凹部の少なくとも底部に電解めっき法等によって金属層を形成するというものである。これに対し、前記1(2)カ及び上記(1)ウによれば、甲3記載技術である交流電源による電解マーキング法においては、金属イオンの溶出及び再溶出による凹みの発生と、溶出した金属イオンの付着及び再付着による皮膜の形成とは、同じ工程で行われるものと解すべきである(本件審決においても説示されているとおりである。)から、同法は、あらかじめ凹部を形成するという工程を経ることなく被加工物の表面に皮膜を形成するというものである。このように、甲1発明と電解マーキング法は、あらかじめ凹部を形成するという工程を経るか否かという点において実質的に異なる金属層又は皮膜の形成方法であるから、技術の内容においても違いが存するものというべきである。
 また、このほか、本件において原告が証拠として提出した各文献において、電解マーキング法を甲1発明に適用し得ることが示唆されているといえるものは存しない。
(ウ) 以上のとおり、甲1発明及び甲3記載技術は、技術分野や技術の適用対象、要求される機能、材料、技術の内容の各点において異なるものである上、甲1文献その他の各文献において、甲3記載技術を甲1発明に適用し得ることを示唆する記載があるともいえないことからすれば、本件出願時における当業者において、甲3記載技術を甲1発明に適用する動機付けがあったということはできない。
ウ(ア) 前記2(1)ウ及びエのとおり、甲1発明は、従来の印刷用マスクにおいては、アライメントマークとして充填されたカーボン樹脂等が洗浄の際に離脱してしまうという課題が存在したことから、このような離脱等を防止するとともに、確実にしかも容易に認識することができるアライメントマークを形成することを目的としている。そして、前記2(1)カのとおり、甲1発明においては、この課題を解決するための手段として、印刷用マスクに用いられる基板にあらかじめ凹部を設けた上で、当該凹部の少なくとも底部に金属層を形成する方法が採用されているところ、金属層を形成する方法としては電解めっき法等のめっき法が好ましいとされている(甲1【0024】)。
(イ) 他方で、上記(1)のとおり、甲3文献においては、電解マーキング法について、金属製の被加工物にマークを施す方法として一般に採用されているものの、欠点(1)ないし(4)を有することから、これらの欠点を克服するための方法として、電気鍍金(電解めっき)を用いた文字や数字等のマーキング方法を採用すべきである旨が記載されている。
(ウ) そうすると、甲1文献においては、めっき法を採用するのが好ましいとされている一方で、甲3文献においては、甲3記載技術である電解マーキング法について、電解めっき法に劣るマーキング方法であると否定的な評価がされているのであるから、甲1文献及び甲3文献に接した当業者が、敢えてめっき法とは異なる甲3記載技術を甲1発明に適用しようとすることは考え難いというべきである。
(エ) また、上記(ア)によれば、甲1発明においては、アライメントマークの耐久性や識別性等の向上がその目的とされているといえるのに対し、上記(1)エ(ア)のとおり、甲3文献においては、甲3記載技術について、「得られるマーキング皮膜は・・・安定した黒色皮膜を得ることが困難であり、皮膜の退色、離脱、溶出等の問題がある」(欠点(1))、「明瞭さに欠ける」(欠点(4))など、上記の甲1発明の目的を達することを阻害する欠点が存在する旨が記載されている。
(オ) 以上の各事情を考慮すると、甲3記載技術を甲1発明に適用することについては、阻害要因があるというべきである。
エ 以上検討したところによれば、本件出願時における当業者において、甲3記載技術を甲1発明に適用する動機付けはなく、むしろ、これを適用することには阻害要因があったというべきである。
 したがって、相違点3につき、本件出願時における当業者が、甲3記載技術を甲1発明に適用することを容易に想到することができたということはできない。』
『5 結論
 以上によれば、本件審決が、本件各訂正発明について、いずれも当業者が容易に想到することができたとはいえず、進歩性があると判断したことに誤りはなく、原告が主張する取消事由は、いずれも理由がない。』
[コメント]
 本件事件では、本件訂正発明1と甲1発明との相違点3に係る構成(認識マークが交流電源による電解マーキングによって刻印されること)が甲3文献の【従来の技術】に明示的に記載されていたが、甲1発明及び甲3記載技術は、技術分野、技術の適用対象、要求される機能、材料がいずれも異なっており、しかも、甲3文献には「交流電源による電解マーキング法」の欠点が記載されていたため、甲3記載技術を甲1発明にあえて適用する動機付けはなく、むしろ、これを適用することには阻害要因があると判断された。
 このように、副引例に相違点に係る構成が明示的に記載されており、一見すると相違点に係る構成は容易に想到することができると思えても、技術分野、技術の適用対象、要求される機能等の違いにより、副引例に記載の技術を主引例に適用する動機付けがない場合や、あるいは副引例に記載の技術を主引例に適用することに阻害要因がある場合(欠点、好ましくない、避けるべきである等の記載がある場合)もあるため、副引例の記載内容を十分に検討することが必要である。

以上
(担当弁理士:福井 賢一)

令和元年(行ケ)第10139号「メタルマスク及びその製造方法」事件

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