IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和2年(行ケ)第10066号「2軸ヒンジ並びにこの2軸ヒンジを用いた端末機器」事件
名称:「2軸ヒンジ並びにこの2軸ヒンジを用いた端末機器」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10066号 判決日:令和3年1月14日
判決:審決一部取消
特許法第29条第2項
キーワード:動機付け
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/980/089980_hanrei.pdf
[概要]
本件発明1(請求項1)は甲1発明から進歩性が否定されたが(審決維持)、本件発明2(請求項2)は、甲2発明の相違点Aに係る構成を本件発明2の構成とすることが甲1文献により動機付けられているということはできない、と判断されて、本件発明2およびそれを引用する本件発明3(請求項3)に係る特許を無効とする審決が取り消された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5892573号の特許権者である。
被告は、無効審判請求(無効2018-800003号事件)し、特許庁は、訂正請求を認めた上で、「特許第5892573号の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。 知財高裁は、原告の請求の一部を認容し、請求項2及び3に係る部分の審決を取り消した。
[特許請求の範囲の記載]
【請求項1】
所定間隔を空けて設けられ、第1の筐体側へ取り付けられる第1ヒンジシャフトと第2の筐体側へ取り付けられる第2ヒンジシャフトとを平行状態で互いに回転可能となるように連結した部材間に、前記第1ヒンジシャフトと前記第2ヒンジシャフトを交互に回転させる選択的回転規制手段を設け、
この選択的回転規制手段を、前記各部材の間に前記第1ヒンジシャフトと前記第2ヒンジシャフトのそれぞれに回転を拘束させて当該第1ヒンジシャフトと当該第2ヒンジシャフトと共に回転可能に設けられた第1ロックカム部材及び第2ロックカム部材と、前記第1ロックカム部材及び前記第2ロックカム部材の間にスライド可能に設けられ、前記第1ロックカム部材及び前記第2ロックカム部材のいずれか一方の回転が許容されるときにはいずれか他方の回転をロックするところの単一の部材で一体に形成したロック部材とで構成し、
さらに前記第1ヒンジシャフト及び又は前記第2ヒンジシャフトの回転時にフリクショントルクを発生させるフリクショントルク発生手段と、
前記第1ヒンジシャフト及び又は前記第2ヒンジシャフトの所定角度の回転時に吸込み機能を発揮させる吸い込み手段と、
前記第1ヒンジシャフト及び又は前記第2ヒンジシャフトの回転角度を規制するストッパー手段を設け、
前記フリクショントルク発生手段を、前記第1ヒンジシャフト及び前記第2ヒンジシャフトの各フランジ側と前記選択的回転規制手段の一方の側に設けたところの前記第1ヒンジシャフトと前記第2ヒンジシャフトを回転可能に挿通させた第1軸受孔と第2軸受孔を有するフリクションプレートと、前記フリクションプレートの隣に前記第1ヒンジシャフトに対し軸方向にスライド可能であるが回転を拘束させて取り付けたフリクションワッシャーと、前記フリクションプレートの隣に前記第2ヒンジシャフトに対し軸方向へスライド可能であるが回転を拘束させて取り付けたフリクションワッシャーを有するものとし、
前記吸い込み手段を前記選択的回転規制手段の他方の側に設けたところの前記第1ヒンジシャフトと前記第2ヒンジシャフトを回転可能に挿通させた第1軸受部と第2軸受部を有する連結部材と、この連結部材に隣接して設けたところの前記第1ヒンジシャフトと前記第2ヒンジシャフトに回転を拘束されると共に軸方向へスライド可能に取り付けられた第1カムフォロワーと第2カムフォロワーとを有するものとし、
この第1カムフォロワーと第2カムフォロワーに接して設けた前記フリクショントルク発生手段と前記吸い込み手段の両方に作用する弾性手段とを設けたことを特徴とする、2軸ヒンジ。
【請求項2】
所定間隔を空けて設けられ、第1の筐体側へ取り付けられる第1ヒンジシャフトと、第2の筐体側へ取り付けられる第2ヒンジシャフトとを平行状態で互いに回転可能となるように連結した部材間に、前記第1ヒンジシャフトと前記第2ヒンジシャフトを交互に回転させる選択的回転規制手段を設け、
この選択的回転規制手段を、所定間隔を開けて設けられ、前記第1ヒンジシャフトと前記第2ヒンジシャフトをそれぞれ回転可能に挿通させて成る連結部材及びスライドガイド部材と、前記連結部材及び前記スライドガイド部材の間に前記第1ヒンジシャフトと前記第2ヒンジシャフトのそれぞれに回転を拘束させて当該第1ヒンジシャフトと当該第2ヒンジシャフトと共に回転可能に設けられた第1ロックカム部材及び第2ロックカム部材と、前記連結部材と前記スライドガイド部材に対しスライド可能に係合されると共に、前記第1ロックカム部材と前記第2ロックカム部材の間に設けられ、前記第1ロックカム部材及び前記第2ロックカム部材のいずれか一方の回転が許容されるときにはいずれか他方の回転をロックするところの単一の部材で一体に形成したロック部材、とで構成することにより、
前記第1の筐体と前記第2の筐体が共に閉成状態にある時には前記第1ヒンジシャフトと前記第2ヒンジシャフトのどちらかの回転が許容されて前記第1の筐体と前記第2の筐体の相対的な開閉操作を行い、前記第1ヒンジシャフトと第2ヒンジシャフトのいずれか一方が回転が許容された際には、他方の回転を規制するように構成することにより、
前記第1の筐体と前記第2の筐体が合計で360度に渡って上下方向に開閉操作できるように成したことを特徴とする、2軸ヒンジ。
[取消事由]
取消事由1(本件発明1、3についての進歩性の有無の判断の誤り)
取消事由2(本件発明2、3についての進歩性の有無の判断の誤り)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『3 取消事由1のうち甲1発明を主引用発明とした場合の本件発明1の進歩性について
・・・(略)・・・
(3) 相違点の判断
・・・(略)・・・本件発明1の「フリクショントルク」とは、任意の開閉角度で自由に停止保持させることを可能とするフリクショントルクを意味するが、同フリクショントルクを「フリクショントルク発生手段」のみによって発生する必要はないというべきである。そして、ヒンジが上記のフリクショントルクを発生させており、同ヒンジにおいて、フリクショントルクのほとんどを発生させているなど、同ヒンジのフリクショントルク発生機能を担っていると明確に認識できる部材がない場合は、同フリクショントルクを発生させる部材であって、本件特許の特許請求の範囲の請求項1に記載された構成を有する部材であれば、本件発明1の「フリクショントルクを発生させるフリクショントルク発生手段」に当たると解するのが相当である。
・・・(略)・・・
そして、甲1文献の記載によると、支持片511は、第1回転軸11及び前記第2回転軸12の各フランジ側と位置制限構造50の一方の側に設けられ、二つの孔に第1回転軸11と第2回転軸12を回転可能に挿通させており、第1ストッパ輪411は、支持片511の隣に位置し、第1回転軸11に対し軸方向にスライド可能であるが回転を拘束されて取り付けられており、第2ストッパ輪412は、持片511の隣に位置し、第2回転軸12に対し軸方向にスライド可能であるが回転を拘束されて取り付けられていると認められる。
したがって、支持片511及び第1ストッパ輪411・第2ストッパ輪412は、本件発明1の「フリクショントルクを発生させるフリクショントルク発生手段」に当たるというべきである。
・・・(略)・・・
イ 相違点2について
(ア) 前記(1)のとおり、甲1発明の「切換片53」の構成は、揺動可能な輪部533を有するとともに、輪部533に第1位置制限カム521と第2位置制限カム522との間に介在する第1位置制限ブロック531及び第2位置制限ブロック532が外向きに突設されるというものであるところ、このような構成の部材は、製造コスト、手間等を考慮して単一の部材で一体として形成することが当業者にとって格別困難であったとはいえないから、「切換片53」を単一の部材として構成するか、複数の部材を組み立てたものとして構成するかは、当業者が適宜選択し得るものである。
(イ) また、甲1文献によると、第1位置制限ブロック531・第2位置制限ブロック532の両側面に突設されたそれぞれ一対の第1ガイドブロック531a及び一対の第2ガイドブロック532aは、支持片511、512上に設けられたガイド溝511c、512c内に挿入されて、輪部533の両側に設けられた短軸534を中心として切換片53が揺動することにより、一対の第1ガイドブロック531a及び一対の第2ガイドブロック532aが、ガイド溝511c、512c内で揺動するものであることが認められるところ、本件発明1の選択的回転規制手段を構成する「ロック部材」は、「前記第1ロックカム部材及び前記第2ロックカム部材の間にスライド可能に設けられ」ていれば足りるから、同「ロック部材」の「スライド」は、甲1発明の「切換片53」の上記のような態様の「揺動」も含むものと認められる。
したがって、相違点2のうち、本件発明1の「ロック部材」が、「前記第1ロックカム部材及び前記第2ロックカム部材の間にスライド可能に設けられ」ているのに対し、甲1発明の「切換片53」は、「前記切換片53は揺動可能な輪部533を有するとともに、前記輪部533に前記第1位置制限カム521と第2位置制限カム522との間に介在する第1位置制限ブロック531及び第2位置制限ブロック532が外向きに突設され」ている点は、実質的な相違点ということはできない。
・・・(略)・・・
4 取消事由2のうち甲2発明を主引用発明とした場合の本件発明2の進歩性について
・・・(略)・・・
(3) 相違点の判断
ア 相違点Aについて
本件審決は、・・・(略)・・・甲2発明に甲1文献記載技術的事項2を適用して、甲2発明の相違点Aに係る構成を本件発明1の構成とすることは容易であると判断し、被告も同様の主張をする。
しかし、・・・(略)・・・甲2発明に係るヒンジは、接続部材3に接続される接続板41と、同接続板41に設置され、それぞれ第1回転軸11及び第2回転軸21とが設置される第1嵌接部42及び第2嵌接部43とを有する軸スリーブ4並びに同軸スリーブ4を収容するハウジング5を備えていることが認められ、同部材により、第1回転軸11及び第2回転軸21を安定して平行状態で回転可能に支持できるから、甲2発明においては、甲1文献記載技術的事項2を適用する必要はない。
・・・(略)・・・甲1発明における支持片512は、第1自動閉合輪213・第2自動閉合輪223と共に自動閉合機能を発揮する部材を構成すること、第1位置制限ブロック531・第2位置制限ブロック532に突設された第1ガイドブロック531a・第2ガイドブロック532aを伸入させるガイド溝512cを備えて、切換片53の揺動範囲を制限する機能を有していること、第1トルク装置21及び第2トルク装置22は、第1自動閉合輪213・第2自動閉合輪223に接して設けられ、第1自動閉合輪213・第2自動閉合輪223を圧迫しており、この作用により、上記の自動閉合機能が発揮されることが認められるから、これらの部材(第1自動閉合輪213・第2自動閉合輪223、支持片512、切換片53)は、機能的に連動しており、一体的に構成されているといえる。また、甲1発明における支持片511は、・・・(略)・・・、これらの部材(切換片53、第1位置制限カム521・第2位置制限カム522、支持片511、第1ストッパ輪412・第2ストッパ輪411)も、機能的に連動しており、一体的に構成されているといえ、さらに、これらの部材と上記の第1自動閉合輪213・第2自動閉合輪223、支持片512も一体的に構成されているといえる。そして、上記のとおり、甲2発明は、軸スリーブ4及びハウジング5を備えることにより、第1回転軸11及び第2回転軸21を安定して平行状態で回転可能に支持できる構成を有しており、甲1文献記載技術事項2を適用する必要がないことを考慮すると、上記の一体的に構成された部材から、支持片511及び支持片512のみを取り出して、一対の支持片を有するという構成を甲2発明に適用する動機付けはないというべきである。
また、前記(1)のとおり、甲2発明の接続部材3は、第1位置制限部113に当接して第1回転軸11の回転を制限する第1位置決め部35と、第2位置制限部213に当接して第2回転軸21の回転を制限する第2位置決め部36とを有するのであるから、甲2発明は、甲1発明のストッパ機構に相当する部材を備えていると認められ、また、前記(2)のとおり、甲2発明は、選択的回転規制手段を有しているところ、甲1発明の上記の一体的に構成された部材は、ストッパ機構と選択的回転規制手段を含むものであるから、甲1発明の上記の一体的に構成された部材を甲2発明に適用しようする動機付けもないというべきである。
したがって、甲2発明に甲1文献記載技術的事項2を適用する動機付けはないというべきであり、甲2発明の相違点Aに係る構成を本件発明2の構成とすることが甲1文献により動機付けられているということはできない。』
[コメント]
本件発明1は、甲1発明の構成から容易想到であるとして審決が維持されたが、本件発明1は、「フリクションワッシャー」の「枚数」と「切換片53」の「揺動」を排除した構成への訂正をしていたのであれば、甲1発明との相違がより明確になっていたと思われる。しかし、本件特許の原出願である特許第5704613号、特許第5892566号においてそれらを限定した請求項が存在することから本件発明1ではそのような訂正を行わず、特許第5704613号および特許第5892566号の独立請求項が「スライドガイド部材」を備えるものであることから「スライドガイド部材」を含めない構成での権利化を重要視したものと考える。
本件発明2は、甲2発明に甲1文献記載技術的事項2を適用する動機付けはないとして審決が取り消された。動機付けについて裁判所は、『機能的に連動しており、一体的に構成され、・・・(略)・・・上記の一体的に構成された部材から、支持片511及び支持片512のみを取り出して、一対の支持片を有するという構成を甲2発明に適用する動機付けはない』とし、『甲2発明は、甲1発明のストッパ機構に相当する部材を備え・・・(略)・・・甲2発明は、選択的回転規制手段を有し・・・(略)・・・甲1発明の上記の一体的に構成された部材は、ストッパ機構と選択的回転規制手段を含むものであるから、甲1発明の上記の一体的に構成された部材を甲2発明に適用しようする動機付けもない』と判断した。機械要素が連動して発揮する機能の一体構成の捉え方や、その一部を抜き出して他へ適用する是非について参考となる判決である。
以上
(担当弁理士:丹野 寿典)
令和2年(行ケ)第10066号「2軸ヒンジ並びにこの2軸ヒンジを用いた端末機器」事件
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