IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和2年(行ケ)第10039号「熱硬化性コーティングを有する物品及びコーティング方法」事件
名称:「熱硬化性コーティングを有する物品及びコーティング方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10039号 判決日:令和3年1月26日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:相違点の判断
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/985/089985_hanrei.pdf
[概要]
引用発明1に周知事項を併せて考慮すれば、当業者は、引用発明1の被覆層に用いられるエポキシ樹脂が架橋結合していると理解するものと認められるため、相違点2は実質的な相違点ではないという理由により、原告の請求を棄却した事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2017-540560号)に係る拒絶査定不服審判(不服2019-3390号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本願発明]
【請求項1】(本願発明1)
2物品システムにおける感受性の高い物品の腐食を防止するための方法であって、前記2物品システムにおける第1の物品及び第2の物品は、互いに面する表面を有しており、前記2つの物品は、異なる陽極指数を有しており、
前記第1の物品の表面にコーティング材を塗布するステップと、
前記第1の物品の表面上の前記コーティング材を硬化させるステップと、
前記第1の物品の表面を前記第2の物品の表面に接触させて固定するステップとを含み、
前記2つの物品は、標準規格GMW17026下での15年シミュレーション試験後における腐食環境への曝露後、実質的に腐食を呈さず、前記コーティング材料は、コーティング中に架橋結合して架橋エポキシコーティングを形成するエポキシ材料である、2物品システムにおける感受性の高い物品の腐食を防止するための方法。
[取消事由]
取消事由1(相違点2についての判断の誤り)について
[相違点2]
コーティング材料であるエポキシ材料に関して、本願発明1においては、コーティング材料は、「コーティング中に架橋結合して架橋エポキシコーティングを形成する」ものであるのに対して、
引用発明1においては、被覆する材料であるエポキシ樹脂は、熱硬化性樹脂であるものの、コーティング中に架橋結合するとは、特定されていない点。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『(3) 周知の事項について
乙1によると、本件優先日当時、熱硬化性樹脂を使用するための基礎的な事項として、ⓐエポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂は、加熱前は線状の低分子の化合物(プレポリマー;オリゴマー)であるが、単独あるいは硬化剤存在下で加熱すると高分子化/橋架け反応(硬化反応)が進行し3次元構造を持つ不溶・不融の物質(硬化物)となること(乙1の537頁左欄の2行~7行)、ⓑ熱硬化性樹脂は、単独での反応により硬化物となる場合もあるが、多くの場合は硬化剤と呼ばれる化合物と樹脂の反応により硬化物となること(乙1の538頁左欄22行~24行)、ⓒ熱硬化性樹脂単独あるいは樹脂/硬化剤系を加熱すると、最終的に樹脂硬化物が得られること(乙1の538頁左欄38行~39行)、ⓓ実際に使用される場合には、樹脂・硬化剤系にいろいろな添加剤・充てん剤等が混合された配合物系の硬化物となっている場合が多いこと(乙1の537頁左欄7行~10行)、ⓔ熱硬化性樹脂は耐熱性、耐腐食性、含浸性などの良さを生かして接着剤、塗料、電気・電子用材料、複合材料用マトリックス、建設用などの広範囲で多様な分野に応用、使用されていること(乙1の537頁左欄10行~13行)が認められる。
そして、甲2の段落【0038】には、前記第2の4(2)の記載があり、これによると、①コーティング層の粘着を防ぐのに用いられるコーティングのバインダ成分は、エポキシ樹脂を含むことが好ましいこと、②エポキシ樹脂は、望ましいコーティング特性、例えば、良好な粘着及び良好な耐磨耗性を与えること、③エポキシバインダは熱硬化性、すなわち、架橋することができること、④コーティング組成物が熱硬化性となるように調剤される場合には、好適な硬化剤又は架橋剤がバインダに含まれることが認められる。
以上によると、上記の乙1及び甲2に記載されている事項は、本件優先日当時、当業者に広く知られていた事項(周知の事項)であると認められる。
(4) 本願発明1と引用発明1に係る相違点2について
ア 本願発明1と引用発明1に係る相違点2は、エポキシ樹脂について、本願発明1においては、コーティング中に架橋結合して架橋エポキシコーティングを形成するものであるのに対し、引用発明1においては、エポキシ樹脂は、熱硬化性樹脂であるものの、コーティング中に架橋結合するとは、特定されていないというものである。
前記(3)のとおり、本件優先日当時、当業者に、エポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂は、加熱前は線状の低分子の化合物(プレポリマー;オリゴマー)であるが、単独あるいは硬化剤存在下で加熱すると高分子化/橋架け反応(硬化反応)が進行し3次元構造を持つ不溶・不融の物質(硬化物)となることが広く知られていたことが認められる。
引用発明1は、「熱処理して焼き付け塗布」するものである上、甲1の段落【0033】には、「被覆樹脂は、・・・エポキシ樹脂でもよい。上記樹脂は、樹脂強度が高く繰り返し使用に対して樹脂割れが起こりにくい。」と記載されているから、これらに、上記の周知事項を併せて考慮すると、当業者は、引用発明1の被覆層に用いられるエポキシ樹脂(甲1の段落【0009】、【0019】、【0033】、【0039】、【0045】、【0050】)は、架橋結合していると理解するものと認められ、そうすると、相違点2に係る本願発明1の構成を備えていることになり、相違点2は、実質的な相違点ではないことになる。
本件審決は、相違点1に係る本願発明1の構成にすることは、引用発明1により当業者が容易に想到し得たことであるとし、原告はこの点について争わないから、本願発明1は、引用発明1により、当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。
イ 原告は、甲1の被覆層は固体潤滑剤を分散した樹脂であるものの、この被覆層を形成する材料には、硬化剤は含有されていない(甲1の段落【0029】、【0051】)から、引用発明1に記載された被膜樹脂からなる被覆層は、架橋結合といえるものではない、硬化剤を混ぜることなく形成された被膜は、硬化剤を含むエポキシ樹脂により形成された被膜に比べれば強度が非常に弱い被膜であることは周知の事実であると主張する。
しかし、甲1に硬化剤が記載されていないからといって、引用発明1の被覆層が架橋結合していないということはできない。前記アのとおり、引用発明1の熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂は、「熱処理して焼き付け塗布」するものであって、そのように形成された被覆層は樹脂強度が高いものであるから、前記アのとおり、引用発明1と本願発明1に係る相違点2は実質的な相違点ではないということができる。
ウ 原告は、当業者は、本願発明1の課題を解決する際に、引用発明1に記載された固体潤滑剤を含む被覆層に関する発明を選択することは避けるはずであると主張するが、固体潤滑剤を含んでいないことから、直ちに、15年間ガルバニック腐食を防ぐ方法を提供するという本願発明1の課題を解決することができなくなるというべき事情は認められないから、原告が主張する引用発明1が固体潤滑剤を含むとの点は、前記アの判断を左右するものではない。
また、原告は、甲2に記載された発明と、本願発明1及び引用発明1とは、発明の課題と達成方法において関連性が全くなく、甲2に記載された発明を、引用発明1に記載された発明に適用する動機付けはないと主張するが、前記(3)のとおり、甲2は、エポキシ樹脂についての周知の事項の認定に用いており、甲2に記載された発明を引用発明1に記載された発明に適用して相違点2についての判断をしているものではないから、原告の上記主張はこの点において失当である。
(5) 以上によると、取消事由1は理由がない。』
[コメント]
本事件では、原告は、引用発明1の被覆層を形成する材料には、固体潤滑剤の粉末が分散されているため、被覆樹脂の締結部材への密着性は低下するから、引用発明1に記載された固体潤滑剤を含む被覆層では、固体潤滑剤を含まない被覆層に比べて、耐腐食性が低下していると考えるのが相当である等の主張もしていた。
一方、本願では、特許請求の範囲の記載や発明の詳細な説明から、固体潤滑剤を含む(第2の)コーティング材は、エポキシ材料を含む(第1の)コーティング材の硬化層上に、塗布・硬化されるものと理解できる。
よって、上記のように、原告は本願発明1に係るコーティング材が固体潤滑剤を含むことを意識的に除外するような主張をするのであれば、本願発明1では、第1のコーティング材と第2のコーティング材が存在し、当該第1のコーティング材には固体潤滑剤を含まないことについて、予め補正によって特定しておいてもよかったのではないだろうか。
以上
(担当弁理士:片岡 慎吾)
令和2年(行ケ)第10039号「熱硬化性コーティングを有する物品及びコーティング方法」事件
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