IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成31年(行ケ)第10041号「創傷被覆材用表面シートおよび創傷被覆材」事件
名称:「創傷被覆材用表面シートおよび創傷被覆材」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成31年(行ケ)第10041号 判決日:令和3年2月4日
判決:請求棄却
関連条文:特許法29条2項
キーワード:進歩性、相違点の判断、サポート要件、明確性
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/012/090012_hanrei.pdf
[概要]
本件特許発明と主引用発明との相違点について、副引例に記載の事項を技術常識であることを前提とする、主引用発明への適用の動機付けの主張について、本件特許発明と主引用発明との課題の相違や、相違点に係る本件特許発明の発明特定事項と副引例に記載の事項との技術的意義の相違から、副引例に記載の事項の主引用発明への動機付けはないとの審決が維持された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5433762号の特許権者である。
原告が、本件特許に係る全請求項に記載の発明についての特許を無効とする無効審判(無効2017-800084号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、当該特許の訂正を認めた上で、請求項6、7、9ないし13に係る発明について無効審判の請求を不成立とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本願発明]
【請求項1】(下線部は訂正事項)
少なくとも透液層(1)と吸収保持層(3)との2つの層を備えた創傷被覆材であって、
創傷部位(15)と対面するように使用される側から順に、上記の透液層(1)と吸収保持層(3)とを直接積層してなり、
上記の透液層(1)は、上記の創傷部位(15)と対面する第1表面(11)と、これとは反対側の第2表面(12)と、両表面(11・12)間に亘って厚さ方向に貫通する多数の貫通孔(13)とを有し、
上記の貫通孔(13)は開孔率が3.07%以上であって、上記の第1表面(11)側から第2表面(12)側への液体の透過を許容し、
上記の第1表面(11)が疎水性を備えている樹脂製のシート材からなり、
上記の吸収保持層(3)は、水を吸収保持可能なシート材を含有する創傷被覆材において、
上記の吸収保持層(3)は上記の透液層(1)と一体化されておらず、
上記の貫通孔(13)の深さが100~2000μmであり、
上記の貫通孔(13)が50~400個/cm2の密度で存在することを特徴とする創傷被覆材。
【請求項6】
上記のシート材は、低密度ポリエチレン樹脂材料を用いて形成し、
前記の貫通孔(13)は、上記の第1表面(11)での開口面積が直径280~1400μmの円形に相当する、請求項1~4のいずれかに記載の創傷被覆材。
【請求項7】
上記の第1表面(11)と第2表面(12)との間の寸法は100~2000μmであり、
前記の貫通孔(13)は、上記の第1表面(11)での開口面積が直径280~1400μmの円形に相当し、上記の第2表面(12)での開口面積が上記の第1表面(11)での開口面積より小であり、50~400個/cm2の密度で存在する、請求項1~6のいずれかに記載の創傷被覆材。
【請求項9】
上記の吸収保持層(3)の、創傷側とは反対側の表面に保護層(4)をさらに備え、この保護層(4)は、樹脂フィルム、織布、編布もしくは不織布からなり、上記の貫通孔は、上記の第1表面から上記の第2表面に向かって減少する孔径を有し、上記の開孔率が15~60%であり、上記の貫通孔の深さが100~2000μmであり、上記の貫通孔が50~400個/cm2の密度で存在し、上記の創傷部位と上記の第2表面との間に貯留空間を有し、上記の創傷部位の上に滲出液を保持する、請求項1~7のいずれかに記載の創傷被覆材。
[審決]
ア 本件発明1の発明特定事項である「上記の吸収保持層(3)は上記の透液層(1)と一体化されていない」点は、優先権主張の基礎とされた先の先願には記載されておらず、本件発明についての新規性、進歩性の判断基準日は、優先日ではなく、国際出願日である。
イ 本件発明6は、甲1発明及び甲2ないし4、6、7、9に記載された事項に基づいて、本件発明7、9ないし13は、甲1発明及び甲2ないし4、6、7に記載された事項に基づいて、いずれも当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、特許法29条2項違反の無効理由1は理由がない。
ウ 本件発明1の「開孔率が3.07%以上」との記載は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていた事項に等しい事項であり、特許法36条6項1号に規定する要件(以下「サポート要件」という。)を満たしているから、無効理由3は理由がない。
エ 本件発明1の「開孔率が3.07%以上であって」に関し、開孔率の上限が規定されていないことのみを理由として、本件発明は明確でないとはいえず、その特許請求の範囲は特許法36条6項2号に規定する要件に適合するから、無効理由4は理由がない。
[取消事由]
取消事由1-1(甲1発明を主引用例とする本件発明6の容易想到性の判断の誤り)
取消事由1-2(甲1発明を主引用例とする本件発明7の進歩性の判断の誤り)
取消事由1-3(甲1発明を主引用例とする本件発明9-13の容易想到性の判断の誤り)
取消事由2(本件発明6及び7のサポート要件違反の判断の誤り)
取消事由3(本件発明6及び7の明確性要件違反の判断の誤り)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『4 取消事由1-1(甲1発明を主引用例とする本件発明6の容易想到性の判断の誤り)
(1)本件発明の特許法41条2項の適用について
・・・(略)・・・
しかし、基礎出願明細書に当たる甲12の【0019】には「本発明の被覆材は、少なくとも2つの層から構成される創傷被覆材であって、創傷部位に接するように使用される側からA層、C層の順に積層され一体化してなる態様であってもよい。」との記載があるものの、その内容は、A層(透液層)、B層(透液制限層)及びC層(吸収保持層)の組み合わせに関する複数の選択肢が示され、いずれも一体化してなる態様を説明していること、基礎出願明細書等には、実施例を含め、A層とC層が一体化しない構成に関する記載はないことからすると、基礎出願時における本件発明が、A層とC層が積層されるが一体化しない態様を許容する趣旨であると解することはできない。
したがって、被告の上記主張は採用することができない。
(2)甲1発明に甲7に記載された発明を適用することによる相違点6Bの容易想到性の判断の誤りについて
・・・(略)・・・
本件発明6は、貫通孔に関し、開孔率が3.07%以上であって、深さが100~2000μmであり、50個~400個/cm2の密度で存在し、開口面積が直径280~1400μmの円形であるとの発明特定事項(相違点6B)を有するところ、前記1(2)のとおり、第1表面のシート材のこの貫通孔は、創傷から滲み出した滲出液を貯留し、創傷面との間や上記の貫通孔内などに滲出液を保持して湿潤環境を良好に維持するものでありながら、その貫通孔は上記の第1表面側から第2表面側への液体の透過を許容して、創傷部位に過剰の滲出液を保持することがないという技術的意義を有するものと認められる。
これに対し、・・・(略)・・・、甲1発明においては、被覆層を貫通する孔60は、傷からの体液を吸収層へ移動させるようにする機能を有するものであり、創傷を湿潤状態に保ち、傷の治癒を促進することができるのは、必要とされる吸収量にあわせて材料を調整し、特に水吸収時にゲルを形成する物質を含ませることが好ましい吸収層によってであり、被覆層を貫通する孔の機能によるものではないと理解することが相当であり、甲1の発明の詳細な説明には、被覆層20に設けられた孔60に創傷部位からの滲出液を保持し、創傷面の湿潤状態を保つことについての記載や示唆はない。
・・・(略)・・・
そうすると、甲7の貫通孔は、そもそも創傷面からの滲出液を貯留する機能を有しないから、甲7に記載された貫通孔の開孔率、深さ、密度、直径に関する技術的事項を甲1発明に適用しても、第1表面のシート材に創傷から滲み出した滲出液を貯留するための貫通孔を設ける本件発明6に想到することができないし、また、創傷を湿潤状態に保ち、傷の治癒を促進することができるのが孔の機能によるものではない甲1発明に甲7に記載された発明を適用する動機付けもない。
(3)甲1発明に甲4に記載された発明を適用することによる相違点6Bの容易想到性について
・・・(略)・・・
他方、甲4には、甲1発明における被覆層に相当するところのシート材(第1層)には、厚さ方向に貫通する孔を多数有する貫通孔が設けられており、この貫通孔については、密度、開孔率および深さを示唆された好ましい範囲とすることは、創傷面と第2層との間において適度な貯留空間を形成して創傷面上に適度な滲出液を保持するとともに、滲出液が面内方向に広がるのを防止する点で有利であることが開示されている・・・(略)・・・。しかし、甲4の創傷被覆材は、創傷部位に近接する上記シート材(第1層)、表面が撥水性であり加圧により水が透過可能となるシート材(第2層)、水を吸収し保持することが可能なシート材(第3層)からなり、創傷部位に接する側から第1層、第2層、第3層の順に積層され一体化してなるものであり・・・(略)・・・滲出液量が少ない初期段階において滲出液を透過、吸収させず、滲出液量が過剰になる段階において余剰な分の滲出液を透過、吸収させることにより、治癒効果を高める適度な湿潤環境を具現する([0044])との記載がある。
そうすると、甲4に記載された発明は、創傷面と第2層との間において適度な貯留空間を形成して創傷面上に適度な滲出液を保持するとともに、滲出液が面内方向に広がるのを防止する機能を有する多数の孔が設けられた第1層と、初期耐水圧シート材である第2層、水を吸収し保持することが可能なシート材(第3層)を一体化させた構造を有することにより、創傷面の湿潤状態を保つ技術的意義を有するものであるから、甲4に記載された発明のうち第1層のみを取り出して、甲1発明に適用する動機付けはない。』
『5 取消理由1-2(甲1発明を主引用例とする本件発明7の容易想到性の判断の誤り)
・・・(略)・・・
・・・(略)・・・甲1発明に甲4に記載された発明又は甲7に記載された発明をそれぞれ適用する動機付けがないことは、前記4(2)及び(3)のとおりであるから、相違点7に関しても、当業者が容易に想到し得たとはいえない。』
『6 取消理由1-3(甲1発明を主引用例とする本件発明9ないし13の容易想到性の判断の誤り)
・・・(略)・・・
・・・(略)・・・甲1発明に甲4記載された発明又は甲7に記載された発明をそれぞれ適用する動機付けがないことは、前記4(2)及び(3)のとおりであるから、相違点9に関しても、当業者が容易に想到し得たとはいえない。』
『7 取消理由2(本件発明6及び7のサポート要件違反の判断の誤り)
・・・(略)・・・
これらの記載は、本件発明の創傷被覆材用表面シートは、創傷被覆材の湿潤環境を維持するために、創傷部位と対面する第1表面(11)と反対側の第2表面(12)にわたって多数の貫通孔(13)を設け、この貫通孔の密度、開孔率及び深さを好ましい範囲とすることによって、創傷部位と第2表面(12)との間に適度な貯留空間(14)を形成し、創傷部位上に適量の滲出液を保持するとともに、第1表面が疎水性を備えることにより、滲み出した滲出液を速やかに吸い上げてしまうことなく湿潤環境を維持できることを示しているものといえる。
(3)そして、創傷部位上に適量の滲出液を保持するための貫通孔の開孔率は、本件明細書の「第1表面(11)での開口面積が、直径280~1400μmの円形に相当することが好ましい。」(【0028】)、「貫通孔(13)は、50~400個/cm2の密度で存在することが好ましく、60~325個/cm2の密度で存在することがより好ましい。」(【0030】)との記載から、貫通孔の孔径及び密度に関する好ましい範囲のうち、直径の最小値である280μm、密度の最小値である50個/cm2を基に計算すると、次の計算式により、開孔率は3.07%となる。
50×π×(2.8/2)2×10-4cm2=3.07×10-2cm2
そうすると、請求項6が引用する請求項1の「開孔率3.07%以上」との発明特定事項は、本件明細書の発明の詳細な説明に直接の記載はないものの、記載されているに等しい事項であるといえるから、貫通孔に関して上記の開孔率とすることにより、本件発明の課題を解決すると認識するといえる。』
『8 取消事由3(本件発明6及び7の明確性要件違反の判断の誤り)
・・・(略)・・・
しかし、「開孔率3.07%以上」という記載そのものは明確である上、開孔率の上限値が規定されていないとしても、当業者からすれば、実質的に孔として存在し得ないような開孔率を有するものを含まないことは明らかであるから、開孔率の上限が規定されていないことを理由として、特許権の独占権の範囲についての予測可能性を奪うものであるということはできない。』
[コメント]
本件発明の「貫通孔」は「創傷から滲み出した滲出液を貯留」(貯留空間)を有し、一方、甲1発明の「貫通孔」は貯留空間を示唆していないことが、審決、判決においても認定されている。但し、請求項1に記載の貫通孔の密度、開孔率、深さにより、「貯留空間」を形成することはできることを明細書中に記載しているものの、「適度な貯留空間」が形成されていることを規定しているとはいえないとして、審決では無効理由ありになっている。一方、請求項6(開口面積)での限定により、「貯留空間」を形成することができるとして、審決では無効理由なし(判決では審決維持)となっている。課題、機能との関係において、それに関連する発明特定事項を十分に記載し、かつそれらとの関係をしっかりと説明することの重要性が分かる。
以上
(担当弁理士:光吉 利之)
平成31年(行ケ)第10041号「創傷被覆材用表面シートおよび創傷被覆材」事件
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