IP case studies判例研究

令和3年(行ケ)第10011号「電子レンジ加熱食品用容器」事件

名称:「電子レンジ加熱食品用容器」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和3年(行ケ)第10011号 判決日:令和3年9月21日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、周知事項、設計事項
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/581/090581_hanrei.pdf
[概要]
 公知の事項及び従来周知の事項を考慮すると、相違点に係る構成(「複数の排気長孔からなる排気長孔群」とすること、排気長孔を「レーザー光線照射により幅0.15~1.0mm、長さ1~12mmの範囲内で形成」すること等)は、当業者が適宜選択し得る事項であるとして、本件発明の進歩性を否定した特許取消決定が維持された事例。
[事件の経緯]
 原告は、特許第6495356号の特許権者である。
 当該特許について特許異議の申立て(異議2019-700780号事件)がされた。
 原告は、特許請求の範囲について訂正請求をしたところ、特許庁は、訂正を認めた上、当該特許の請求項1ないし2に係る特許を取り消す決定をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明1](下線部は訂正に係る部分)
 【請求項1】
 電子レンジ加熱のための食品を収容する容器本体部と、前記容器本体部の開口部と嵌合する合成樹脂シートからなる蓋体部とを備えた蓋嵌合容器において、
 前記蓋体部の蓋面部には、前記容器本体部内に収容された食品から発生する水蒸気を外部に排気する複数の排気長孔からなる排気長孔群が、異物混入防止のための、当該排気長孔群を被覆又は包皮する部材を備えることなく形成されており、
 前記排気長孔はレーザー光線照射により幅0.15~1.0mm、長さ1~12mmの範囲内で形成されているとともに、
 前記排気長孔群における前記排気長孔の開孔面積の合計は0.3~100mmである
 ことを特徴とする電子レンジ加熱食品用容器。
[本件発明1と引用発明との対比]
(相違点1)
 本件発明1は、「食品から発生する水蒸気を外部に排気する孔」として、「蓋面部」に、「複数の排気長孔からなる排気長孔群が、異物混入防止のための、排気長孔群を被覆又は包皮する部材を備えることなく形成され」ており、「排気長孔はレーザー光線照射により幅0.15~1.0mm、長さ1~12mmの範囲内で形成されている」とともに、「前記排気長孔群における前記排気長孔の開口面積の合計は0.3~100mmである」のに対し、
 引用発明は、「食品から発生する水蒸気を外部に排気する孔」として、円形板(7)に、直径3.2mmの円形であって、蓋(3)の中央を中心として放射状に8個設けられ、さらに、容器本体(2)の上方開口部の面積に対する開孔率は、0.57%である開孔(9)が形成されている点。
[取消決定の理由の要旨]
 引用発明における「開孔(9)」の形状や配置の決定は、当業者が適宜行う設計的事項であり、「開孔(9)」を「群」として配置し、その形状を、「長孔」とし、寸法を「幅0.15~1.0mm、長さ1~12mm」としたことは、従来周知の形状や寸法及び形成手法を採用したにすぎず、「前記排気長孔群における前記排気長孔の開口面積」の「合計」を、「0.3~100mm」としたことは、上記従来周知の数値を採用した際に、自ずから実現されるものであるにすぎない。
 よって、引用発明において、相違点1に係る本件発明1の構成を備えたものとすることは、当業者が容易に想到し得た事項である。
 また、本件発明1が奏する作用・効果については、引用発明及び上記周知の事項から当業者が容易に予測し得る程度のものである。
[取消事由]
 取消理由2:引用発明に対する進歩性に関する判断の誤り
[原告の主張]
 両発明の解決すべき課題は、本件発明1が「蒸気抜き」と併せて「異物混入防止」の課題も同時に解決するものであるのに対し、引用発明は容器内の蒸気密度及び雰囲気温度を高く保ち、かつ、容器内も異常圧力の上昇を防ぐという「高圧調整」の制御を課題とする相違点を有し、当然に、その主たる構成要素である「蒸気孔」の技術的意義を異にする。
 甲2、3、5及び8の周知技術も本件発明1とは解決課題及び技術思想を互いに異にし、かつ、孔の技術的意義を異にするものであるから、これらを引用発明に適用することはできない。
 そうであるにもかかわらず、引用発明について、異物混入抑制の課題を想定した上で、その解決手段として甲2、3、5及び8を適用し、本件発明1を容易想到であるとした本件決定の判断は誤りである。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『5 取消事由2(引用発明に対する進歩性に関する判断の誤り)
(1)本件発明と引用発明の対比
・・・(略)・・・
(2)相違点1について
 ア 甲1には、「小孔の面積の総計が該開放部面積の0.005~1%に相当し」との記載(前記2(1)ア、同イ(エ)a)や、「小孔の大きさを容器本体の上方開放部面積の0.005~1%、好ましくは、0.2~0.8%とすることが望ましい」との記載(同イ(エ)b)がある。この点、①実施例1として、蓋に直径3.2mmの円形の開孔を、蓋の中央を中心として放射状に8個設けることで、容器本体の上方開放部の面積に対する開孔率を0.57%とすることが記載され(同イ(オ))、②実施例2として、容器の上方開放部に約0.8cmの小孔を設けて開孔率を0.52%とすることが記載されている(同イ(カ))が、それ以上に、「小孔」の形状や大きさ、個数、配置等については具体的な記載がない。
 上記の点に加え、引用発明が、即席麺等の即席食品を短時間で良好な食感に復元することの一方で、調理後に余分の湯を捨てる手間を不必要とすることを目的としたもので(同イ(ア)~(ウ)、(エ)a・b)、蓋の構造について、容器内圧を調圧するといった観点が考慮されて小孔の総面積が設定されていること(同イ(エ)b)を踏まえると、甲1には、当業者において、「小孔」の形状や大きさ、個数、配置等を、その「大きさを容器本体の上方開放部面積の0.005~1%」の範囲内として、任意に設定することの示唆があるということができる。
・・・(略)・・・
 (イ)この点、一定時間又は一定期間にわたり食品を保存するための容器について、一般に、保存中に虫やその他異物が内部に侵入して食品が汚染されることを防止する必要があることは、当業者はもちろん、一般人にとっても公知の事項であるというべきである。このことは、甲2の段落【0002】(前記3(1))、甲3の段落【0003】(同(2))、甲8の「課題を解決するための手段」の記載(同(5)ウ)によっても裏付けられているといえる。
 さらに、上記の必要が、調理時に改めて食品を洗浄等することが予定されていない食品や、小売店等の店舗で販売されるために運搬、陳列等され、虫の接近や塵埃等にさらされ得る食品の容器について、なおさら当てはまることも、当業者はもちろん、一般人にとっても公知の事項であるというべきである。
 したがって、引用発明に接した当業者は、当然に異物混入抑制の課題を認識するものというべきである。
 ウ(ア)甲2の段落【0024】、【0025】、【図10】及び【図13】の記載(前記3(1))によると、蒸気を抜くための「孔」を「群」として配置することは、従来周知の事項であるといえる。
 (イ)甲8の「課題を解決するための手段」及び「作用」の記載(前記3(5)ウ、エ)によると、一定時間にわたり食品を保存するための容器について、孔の大きさを、例えば1mm以下の大きさとすると虫の侵入が防止できることは、従来周知の事項であるといえる。
 (ウ)甲5の段落【0005】~【0008】の記載(前記3(3))からすると、電子レンジで加熱する包装材料に蒸気を逃がすために形成する「孔」の形状を「多角形」、「正方形」、「矩形」とすること、特に一片の長さが1μ~5cmの矩形とすることや、そのような「孔」をレーザー光線によって形成することは、従来周知の事項であるといえる。なお、蒸気を逃がすために形成する孔が、円形、多角形又はスリット状など適宜の形状でよいことは、甲8の「課題を解決するための手段」にも記載されているところである(前記3(5)ウ)。
 エ 前記アの引用発明における「小孔」の特定事項を前提に、前記イの公知の事項及び前記ウの従来周知の事項を考慮すると、引用発明について、「小孔」の「大きさを容器本体の上方開放部面積の0.005~1%」の範囲内としつつ、「小孔」を「複数の排気長孔からなる排気長孔群」とすることや、排気長孔を「レーザー光線照射により幅0.15~1.0mm、長さ1~12mmの範囲内で形成」することは、当業者が適宜選択し得る事項であるといえる。
 そして、甲1の実施例1では、前記ア①のように直径3.2mmの円形の開孔を8個設けるとされているところ、その場合の開孔の面積の合計は、64.3mmとなり(計算式:半径1.6mm×半径1.6mm×π×8個。小数点第2位以下四捨五入)、「前記排気長孔群における前記排気長孔の開口面積の合計は0.3~100mmである」という本件発明1における範囲の中間値に近い位置に収まるものである。
 他方、前記ウ(イ)の周知事項からすると、排気長孔の幅を例えば1mm以下とすると虫の侵入が防止できることは、当業者にとって明らかであるといえ、その場合に、「異物混入防止のための、排気長孔群を被覆又は包皮する部材」が不要であることも当業者にとって明らかであるといえる。この点について、引用発明に関し、上記「被覆又は包皮する部材」を省略することができないとみるべき事情は見当たらない。
 オ そして、本件明細書の記載(前記1(1))に照らしても、本件発明1が奏する作用・効果について、引用発明及び前記ウの周知事項から当業者が予測し得るものを超えた顕著なものであるとは認められない。
 なお、異物混入抑制の点については、本件明細書において、段落【0030】に、「一般に異物として認識される微小な昆虫等の場合、幅が1.0mmよりも小さいと、容器内部への侵入はほぼ阻まれる」という、前記ウ(イ)の従来周知の事項と同様の記載がみられ、同【0042】において、「昆虫等の異物侵入を有効に抑制できる」、「穴を被覆したり包皮したりするフィルム等の部材は、省略可能となる」といった前記エの当業者にとって明らかというべき事項の記載がみられるほかは、具体的な効果についての記載は見当たらない。
 カ 以上によると、引用発明において、相違点1に係る本件発明1の構成を備えたものとすることは、当業者が容易に想到し得た事項であるというべきである。
 キ 原告の主張について
・・・(略)・・・
 (イ)上記(ア)とも関連して、原告は、本件発明1の解決課題は、排気の課題と異物混入抑制の課題の両方を一つの手段により実現するということにあるなどと主張する。
 仮に、本件発明1の解決課題が原告の主張するとおり認められるとしても、前記ア~オで指摘した諸点に照らすと、相違点1に係る本件発明1の構成自体を、引用発明並びに公知の事項及び周知の事項に基づいて当業者において容易に想到することができたことが左右されるものではない。そして、仮に、原告が主張するように、電子レンジ用容器において、排気孔の構成のみによって排気の課題及び異物混入抑制の課題をともに解決することを明確に開示した技術が従来は存在していなかったとしても、上記のとおり相違点1に係る本件発明1の構成自体は容易想到であったことや、前記オのとおり、本件発明1が奏する作用・効果について、引用発明及び前記ウの周知事項から当業者が予測し得るものを超えた顕著なものであるとは認められないことからすると、原告の上記主張は、前記カの判断を左右するものではないというべきである。
・・・(略)・・・
第6 結論
 以上の次第で、原告の請求には理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。』
[コメント]
 原告は、引用発明に「異物混入防止」の課題が明示的に記載されていないことを拠り所にして、引用発明は、本件発明とは「蒸気孔」の技術的意義を異にしており、当業者は相違点1に係る構成を容易に想到できないことを主張したが、裁判所は、「異物混入防止」の課題は、当業者はもちろん、一般人にとっても公知の事項であり、相違点1に係る構成は、従来周知の事項を考慮すると、当業者が適宜選択し得る事項であると判断した。
 本件発明に係る「電子レンジ加熱食品用容器」のように、当業者だけでなく一般人にとっても馴染みのある物品に係る発明の場合、当該発明の課題が広く認識されやすく、関連する(技術的に近い)先行技術文献も多数存在すると考えられるため、進歩性のハードルは高くなる傾向にある。

以上
(担当弁理士:福井 賢一)

令和3年(行ケ)第10011号「電子レンジ加熱食品用容器」事件

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