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令和2年(行ケ)第10139号「大面積ペロブスカイト膜の製造方法、ペロブスカイト太陽電池モジュール、並びにその製造方法」事件

名称:「大面積ペロブスカイト膜の製造方法、ペロブスカイト太陽電池モジュール、並びにその製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10139号 判決日:令和3年10月28日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:相違点の認定の誤り
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/657/090657_hanrei.pdf
[概要]
 本件補正発明1における前駆体溶液のフィルムを「スロットダイコーティングしたフィルム」と限定して解釈することはできず、また引用発明1において各相違点に係る本件補正発明1の構成とすることは容易想到であるため、審決の容易想到性判断に誤りはないと判断し、原告の請求を棄却した事例。
[事件の経緯]
 原告は特願2017-43319号の特許出願人である。
 原告が、本件特許出願の拒絶査定に対する不服審判請求(不服2019-7525号)をするとともに、手続補正書を提出した(以下、この手続補正を「本件補正」という。)ところ、特許庁は、本件補正を却下した上、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件補正発明1]
 本件特許出願に係る本件補正後の請求項1に係る記載は、以下のとおりである。
[請求項1]
 導電基板に前駆体溶液を数十秒供給することによって、フィルムを形成するステップと、
 前記数十秒で形成された前記フィルムを逆溶剤に浸漬することによって、ペロブスカイト膜を形成するステップとを備え、
 前記ペロブスカイト膜を構成するペロブスカイトの一般式はABX3で示され、前記前駆体溶液の溶質には少なくともA、B、及びXが含まれ、
 前記ペロブスカイト膜のペロブスカイト結晶は前記導電基板上に連続且つ均一に分布されるとともに、前記ペロブスカイト結晶の分布面積は25cm2~10000cm2あり、前記導電基板の面積は25cm2~10000cm2であることを特徴とする、大面積ペロブスカイト膜の製造方法。
[主な取消事由]
 取消事由1(相違点2の認定の誤り)
 取消事由2(相違点2の判断の誤り)
[相違点2]
 前駆体溶液のフィルムからのペロブスカイト膜の形成が、本件補正発明1では、「前記フィルムを逆溶剤に浸漬すること」によって行われるのに対し、引用発明1は、当該構成について特定されていない点。
[裁判所の判断]
 取消事由1(相違点2の認定の誤り)について
『(2)原告の主張について
 ア 原告は、相違点2に係る本件補正発明1の構成を「スロットダイコーティングしたフィルムを逆溶剤に浸漬すること」と認定すべきである旨主張する。
 しかしながら、前記第2の3のとおり、本件補正発明1に係る請求項1には、当該フィルムにつき「スロットダイコーティングした」などの限定はされていない(なお、前記1(1)のとおり、本件補正後の請求項3には、同請求項1と異なり、前駆体溶液が「スロットダイコーティングによって前記導電基板に塗布されることで、前記フィルムを形成する」との限定があることにも照らすと、同請求項1は、そのような限定をしない趣旨のものと解される。)。』
『イ 原告は、相違点2に係る引用発明1の構成を「スピンコーティングしたフィルムを加熱処理すること」と認定すべきである旨主張する。
 しかしながら、上記アのとおり、本件補正発明1において、前駆体溶液のフィルムの形成方法につき何らの限定もされていない以上、本件補正発明1と引用発明1の対比において、引用発明1における前駆体溶液のフィルムにつき、これを「スピンコーティングしたフィルム」と認定する必要はない(本件補正発明1は、前駆体溶液のフィルムがスピンコーティングにより形成される場合を含むから、当該フィルムの形成方法につき、本件補正発明1と引用発明1との間に相違はない。)。
 また、引用発明1の内容(前記第2の4(1)ア(ア))のとおり、同発明は、前駆体溶液を基板に塗布した後、加熱処理を行うものである。しかしながら、特許出願に係る発明と先行発明との相違点の認定は、前者が新規性及び進歩性を有するか否かの判断のために行われるものであるところ、前者が進歩性を有するか否かの判断に当たっては、前者の構成の容易想到性のみが問題となるのであるから、後者が前者の有する構成と異なる構成を有する場合であっても、後者が有する構成を認定することなく、単に後者が前者の構成を備えない旨を認定することでも足りると解するのが相当である。したがって、本件補正発明1と引用発明1との対比においても、引用発明1が「フィルムを加熱処理すること」との構成を有することを認定することなく、単に引用発明1が本件補正発明1の有する構成を備えていない旨のみを認定した本件審決は相当である。
 以上のとおりであるから、原告の上記主張は、採用することができない。』
 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について
『(2) 引用発明1において本件技術を採用することの容易想到性
 引用発明1と本件技術は、共に太陽電池に用いられるペロブスカイト膜の製造方法という同一の技術分野に属する上、基板に前駆体溶液を塗布し、そのフィルムにおけるペロブスカイト結晶化を促進させてペロブスカイト膜を作製するという点で、技術思想においても共通するところがある。また、本件技術は、平面で非常に均一なペロブスカイト膜を短時間で形成するとの利点をもたらすものであるところ、これは、太陽電池に用いられるペロブスカイト膜の製造において、一般的かつ普遍的に求められる利点であるといえる。なお、本願明細書の記載(前記1(2)の段落【0039】、【0045】)によれば、上記のペロブスカイト結晶化を促進させる方法として、加熱処理を施すか逆溶剤に浸漬するかは、互いに代替可能な手段であると認められ、引用発明1において本件技術を採用することにつき阻害要因があるとはいえない。
 以上によると、引用発明1において本件技術を採用し、同発明における加熱処理に代えて相違点2に係る本件補正発明1の構成(逆溶剤への浸漬)とすることは、本件優先日当時の当業者において容易に想到し得たものと認めるのが相当である。』
『(3)原告の主張について
・・・(略)・・・
 イ 原告は、本件補正発明1はスロットダイコーティングによりフィルムを形成するものであるのに対し、引用発明1はスピンコーティングによりフィルムを形成するものであるから、この点でも、両者は製造方法を大きく異にし、当業者は相違点2に係る本件補正発明1の構成には容易に想到し得ない旨主張する。
 しかしながら、本件補正発明1におけるフィルムを「スロットダイコーティングしたフィルム」と限定して解釈することができないことは、前記2(2)アにおいて説示したとおりであるから、同発明におけるフィルムの形成方法がスロットダイコーティングのみであることを前提とする原告の上記主張は、その前提を誤るものとして採用することができない。』
[コメント]
 本願明細書によれば、「大面積、連続且つ均一なペロブスカイト膜の製造方法と、このペロブスカイト膜を備えた太陽電池モジュール及びその製造方法を提供すること」を課題とするところ(段落[0006])、「逆溶剤をフィルム各所に絶えずに提供する場合、ペロブスカイト結晶は連続的に生成し、且つ互いに隣接、接続するため、フィルムは連続的で、且つ均一なペロブスカイト膜となる。」との記載がある(段落[0047])。つまり、前駆体溶液で大面積、連続且つ均一なフィルムを形成するステップと、逆溶剤をフィルム各所に絶えずに提供するステップとにより課題を解決し得る。本願明細書には、両ステップともに従来公知の手法(スロットダイコーティング法など)により実行される点が記載されるのみであって、他に工夫された点が見出せないため、審決および裁判所の容易想到性判断は妥当であると思われる。
以上
(担当弁理士:山下 篤)

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