IP case studies判例研究

令和2年(行ケ)第10033号「油組成物中の好ましくない成分の量を低減する方法」事件

名称:「油組成物中の好ましくない成分の量を低減する方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10033号 判決日:令和3年6月28日
判決:審決一部取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性、周知技術
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/471/090471_hanrei.pdf
[概要]
 判決では、本件発明の水性流体処理ステップ(b)と公知の脱ガム処理は異なるところはないとして、甲2文献に接した本件優先日当時の当業者は、本件発明7のステップ(b)に係る構成を容易に想到することができたものとして、進歩性を肯定した審決を取り消した事例。
[事件の経緯]
 被告は、特許第6026672号の特許権者である。
 原告が、当該特許の請求項1~19に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2017-800093号)を請求したところ、被告は訂正請求をし、特許庁は、訂正を認めた上で、「特許第6026672号の請求項18、19に係る発明についての特許を無効とする。特許第6026672号の請求項1ないし17に係る発明についての審判請求は、成り立たない。」との審決をしたため、原告は、審決のうち、請求項1~17に係る部分についての取り消しを求めた。
 知財高裁は、審決のうち請求項7及び10に係る部分を取り消し、その余の請求を棄却した。
[本件発明7(訂正後)]
【請求項7】
 油組成物中の好ましくない成分の量を低減する方法であって、
 (a)好ましくない親水性成分、好ましくない親油性成分および遊離脂肪酸を含む原油組成物を用意するステップと、ここで好ましくない親水性成分がタンパク質性化合物であり、好ましくない親油性成分が臭素化難燃剤であり、遊離脂肪酸が炭素数16から22の遊離脂肪酸を含み、
 (b)原油組成物を水性流体処理ステップにかけるステップであり、原油組成物中に存在する好ましくない親水性成分が、内部揮発性作業流体として有効な量の炭素数16から22の遊離脂肪酸を含む油組成物が得られるような条件の下で原油組成物から分離されるステップと、
 (c)ステップ(b)後の油組成物を内部揮発性作業流体としての炭素数16から22の遊離脂肪酸の存在下でストリッピング処理ステップにかけるステップであり、好ましくない親油性成分が内部揮発性作業流体としての炭素数16から22の遊離脂肪酸と共に油組成物から分離されるステップと、
 (d)ステップ(c)からの組成物を多不飽和脂肪酸を濃縮するさらなる処理ステップにかけるステップと
 を含み、
 ここで、ステップ(b)の水性流体処理ステップが、原油組成物を実質的に塩基なしで水性流体と接触させるステップを含み、水性流体が、相分離を改善するための塩化ナトリウム、塩化カリウム、硫酸ナトリウムおよび硝酸アンモニウムから選択される塩を含有し、
 ステップ(b)後に、油組成物中の遊離脂肪酸の量が0.5重量%から5重量%であり、
 ステップ(c)前に、外部揮発性作業流体を油組成物に添加しない、
 方法。
[審決]
 審決では、(相違点10-2)について、『甲2発明1におけるストリッピング処理前の油組成物の前処理の一つとして脱ガム処理を組み合わせることに当業者が思い至ることができたとしても、当該脱ガム処理は「(タンパク質性化合物である)好ましくない親水性成分が・・・(略)・・・原油組成物から分離される」処理には当たらないのであるから、依然として上記相違点10-2に係る本件発明7の「ステップ(b)」の構成には至らない』と判断し、本件発明7は、甲2発明1及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものではない、と判断した。
[取消事由]
1.取消事由1(明確性要件違反)
2.取消事由2(実施可能要件違反)
3.取消事由3(サポート要件違反)
4.取消事由4(甲2発明に対する進歩性の欠如(相違点4-2及び10-2に係る進歩性判断の誤り)
5.取消事由5(甲3発明に対する進歩性の欠如(相違点4-3及び10-3に係る相違点の認定の誤り及び進歩性判断の誤り)
6.取消事由6(甲4発明に対する進歩性の欠如(相違点4-4及び10-4に係る進歩性判断の誤り(相違点10-4に係る判断の欠落を含む))
※以下、取消事由4の相違点10-2についてのみ記載する。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『(3) 相違点10-2の容易想到性
 ア 本件発明7のステップ(b)について
 (ア)相違点10-2においては、本件発明7のステップ(b)に係る構成の容易想到性が問題となるところ、上記1(4)のとおり、本件発明7のステップ(b)は、原油組成物を実質的に塩基なしで水性流体処理ステップにかけるステップであり、かつ、相分離を改善するために無機塩を水性流体に添加するものである。
 (イ)そして、上記(2)アのとおり、本件優先日当時油の精製においてアルカリ精製による脱酸処理の前に脱ガム処理を経ること一般的なガム処理の方法の1つとして水や水蒸気等の水性流体を油組成物と接触させ水和したガム質を含む親水性の不純物を油から分離して除去する方法があったことはいずれも周知の技術であったと認められる。また、証拠(甲3、4、6〔693、700、701頁〕)によれば、本件優先日当時、蒸留(物理的精製)による脱酸処理の前に脱ガム処理又は水洗の処理を経ることは周知であったと認められる上、証拠(甲5〔475頁の表2〕、6〔693頁右欄の表1〕、13〔571頁の右欄〕、14〔98頁の図2〕、24〔185頁〕)によれば、水や水蒸気等の水性流体を油組成物と接触させた後に分離する処理によってタンパク質性化合物が除去されることも、周知であったと認められる。
 (ウ)そうすると、本件発明7のステップ(b)はタンパク質性化合物を含む親水性の不純物の少なくとも一部を油から分離させて除去し得る点において上記の水や水蒸気等の水性流体を用いた脱ガム処理又は水洗の処理と異なるところはないというべきである。
 イ 甲2文献における開示
 (ア)上記(1)のとおり、甲2文献においては、油をストリッピング工程の前に前処理してもよいと記載されている(【0057】。
 (イ)そして、上記アのとおり、ストリッピング処理を行う前に水や水蒸気等の水性流体を用いた脱ガム処理又は水洗の処理を経ることが周知であったことからすれば甲2発明のストリッピング処理の前に水や水蒸気等の水性流体を用いた脱ガム処理又は水洗の処理を行い親水性の不純物の少なくとも一部を油から分離させて除去することを当業者は当然に動機付けられるものといえる
 ウ 解乳化剤としての無機塩の添加が周知技術であったか否か
 (ア)水や水蒸気等の水性流体を用いた脱ガム処理又は水洗の処理においては、水相と油相との界面が十分に解乳化され、水性流体を油から容易に分離することが可能な状態となることが好ましいことは明らかである。
 (イ)そして、証拠(甲30、31、44ないし46)によれば、一般科学においては、従来から、塩化ナトリウム等の塩を解乳化剤として用いることが広く知られていたと認められることからすれば、水や水蒸気等の水性流体を用いた脱ガム処理又は水洗の処理においても、水相と油相との界面を解乳化し、水性流体を油から容易に分離することが可能な状態とするために、塩化ナトリウム等の塩を用いることを、当業者は当然に動機付けられるものといえる。
 エ 容易想到性
 (ア)上記アないしウで検討したところによれば、甲2文献に接した本件優先日当時の当業者は、甲2発明のストリッピング処理の前に、水や水蒸気等の水性流体を用いた脱ガム処理又は水洗の処理を行い、親水性の不純物の少なくとも一部を油から分離させて除去すること、その際に、水相と油相との界面を解乳化し、水性流体を油から容易に分離することが可能な状態とするために、塩化ナトリウム等の塩を用いることを、容易に想到することが可能であったといえる。
 (イ)また、本件発明7のステップ(b)に係るその他の構成について検討するに、証拠(甲5、24)によれば、魚油には炭素数16から22の遊離脂肪酸が必ず含まれていることが認められる。
さらに、粗魚油の一般的な遊離脂肪酸濃度は2重量%ないし5重量%であると認められる(甲5〔475頁の表1〕)ところ、水や水蒸気等の水性流体を用いた脱ガム処理又は水洗の処理においては、油組成物中の遊離脂肪酸は中和されず、その量が変化しないことは明らかであるから、上記処理後の魚油の遊離脂肪酸濃度が、0.5重量%ないし5重量%の範囲内となることも明らかである。
 (ウ)以上によれば、甲2文献に接した本件優先日当時の当業者は、本件発明7のステップ(b)に係る構成を、容易に想到することができたものといえる。』
[コメント]
 審決においては、(相違点10-2)について、公知の脱ガム処理は、タンパク質性化合物(親水性成分)を原油組成物から分離する処理には当たらないため、甲2発明1におけるストリッピング処理前の油組成物の前処理の一つとして脱ガム処理を組み合わせることに当業者が思い至ることができたとしても、本件発明7には想到できない、と判断された。
 それに対して、判決においては、公知の蒸留前に行われる脱ガム処理は、水や水蒸気等の水性流体を油組成物と接触させ、水和したガム質を含む親水性の不純物を油から分離して除去する方法であり、本件発明7のステップ(b)と異なるところはないというべき、として、本件発明7は、甲2発明及び周知技術に基づいて容易に発明できた、として進歩性を否定している。
 公知の脱ガム処理と、本件発明7のステップ(b)は、いずれも水で油組成物を処理するという単純な工程であって、前者は、主にリン脂質を除去することを目的とするものであって、本件発明7のステップ(b)で除去するタンパク質性化合物を除去することを目的とするものではないものの、リン脂質除去の目的で脱ガム処理として水で処理することで、親水性のタンパク質性化合物が除去されることは明らかであり、これらの工程は異なるものではない、とする判決は妥当だと思われる。

以上
(担当弁理士:千葉 美奈子)

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