IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和3年(行ケ)第10052号「カット手法分析方法」事件
名称:「カット手法分析方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和3年(行ケ)第10052号 判決日:令和3年12月20日
判決:請求棄却
特許法2条1項、29条1項柱書
キーワード:発明該当性、自然法則の利用
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/806/090806_hanrei.pdf
[概要]
本願発明の第1のステップないし第4のステップは、いずれも専ら人の精神活動によって課題解決することを発明特定事項に含むものであって、「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるとはいえず、特許法第2条第1項に規定する「発明」に該当しないため、審決の判断に誤りはないと判断し、原告の請求を棄却した事例。
[事件の経緯]
原告は、特願2019-160189号の特許出願人である。
原告が、本件特許出願の拒絶査定に対する不服審判請求(不服2020-12930号)をするとともに、手続補正書を提出した(以下、この手続補正を「本件補正」という)ところ、特許庁は、本件補正を認めた上で、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本願補正発明]
【請求項1】
分析対象者の写真、画像、イラストまたはデッサンから、正面、側面および背面から観た自然乾燥状態のナチュラルストレートのヘアスタイルを推定する第1のステップ、
次いで、分析対象セクションを複数のセクションの中から選択する第2のステップ、
次いで、第2のステップで選択したセクションに対して、第1のステップで推定した自然乾燥状態のナチュラルストレートのヘアスタイルに基づき
A アウトラインの形成または表情分析
B カットライン分析
C ボリューム位置またはボリュームライン分析
D シルエット形状または表情分析
E パート(分け目)の位置または有無分析
F セクションの幅または形状分析
G フェイスラインとセクション間の継がり方またはセクション間の継がり方分析
の中から、前記選択されたセクションに適した少なくとも1つの分析項目の分析を行い、分析結果を得る第3のステップ、
次いで、前記分析結果から、前記カット手法に関する情報を導出する第4のステップによる、
前記選択されたセクションに対して採用されているカット手法分析方法。
[争点]
本願補正発明が特許法2条1項に規定する「発明」に該当するか否か。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『2 特許法2条1項の「発明」の意義について
・・・(略)・・・
そうすると、請求項に記載された特許を受けようとする発明が、同法2条1項に規定する「発明」といえるか否かは、前提とする技術的課題、その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らし、全体として「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するか否かによって判断すべきものである。
そして、上記のとおり、「発明」が「自然法則を利用した技術的思想の創作」であることからすれば、単なる人の精神活動、意思決定、抽象的な概念や人為的な取り決めは自然法則とはいえず、また、自然法則を利用するものでもないから、直ちには「自然法則を利用した」とものとはいうことはできない。
したがって、請求項に記載された特許を受けようとする発明に何らかの技術的手段が提示されているとしても、その技術的意義に照らして全体として考察した結果、その課題解決に当たって、専ら、人の精神活動、意思決定、抽象的な概念や人為的な取り決めそれ自体に向けられ、「自然法則を利用した」ものといえない場合には、同法2条1項の「発明」に該当するとはいえない。
以下、これを前提として判断する。
3 本願補正発明の「発明該当性」について
(1)本願補正発明におけるカット手法分析方法における「分析者」について
・・・(略)・・・
(2)「第1のステップ」について
・・・(略)・・・
そうすると、本願補正発明には、人である分析者が、分析対象者の正面、側面及び背面の写真を見て、分析者の毛髪の知識や経験を踏まえて、自然乾燥ヘアスタイルを分析者の頭の中で推定することを発明特定事項に含むものであり、こうした推定を含む第1のステップは、仮に、分析者の頭の中で行う分析の過程で利用する毛髪の知識や経験に自然法則が含まれているとしても、分析者の頭の中で完結するステップである以上、分析者の精神的活動そのものであって、自然法則を利用したものであるとはいえない。
イ(ア)・・・(略)・・・
しかし、前記アのとおり、本願補正発明には、分析対象者の写真等から具体的な技術的手段を用いて自然乾燥ヘアスタイルを推定することを特定するものではない。また、頭頂点等の生物学的な特徴を利用するものであるとしても、それは、自然法則に関連する「知識」を頭の中で利用するにすぎず、分析者である人の精神活動として完結するものである。そして、当該推定は、分析者の外部的環境に何らかの物理的作用を及ぼすものではなく、専ら人の精神活動それ自体に向けられたものである。したがって、第1のステップは、物理法則等の「自然法則を利用した」ものとはいえないから、原告の上記主張は理由がない。
・・・(略)・・・
(イ)また、原告は、前記第3の1(1)イのとおり、本願明細書には、第1のステップは、当時の技術水準からすると、データベースから分析対象者のヘアスタイルに似たデータを自動抽出することによりほぼ完全自動化でき、また、完全機械化ができるといったことも記載されているから、第1のステップを人間の精神活動そのものであるとした本件審決の判断は誤りである旨主張するが、前記アのとおり本願補正発明は、人である分析者が、分析対象者の正面、側面及び背面の写真を見て、分析者の毛髪の知識や経験を踏まえて、自然乾燥ヘアスタイルを分析者の頭の中で推定することを発明特定事項に含むものである以上、本願明細書に第1のステップが自動化ないし機械化が可能であると開示されていたとしても、上記判断を左右するものではない。
(3)第2のステップないし第4のステップについて
・・・(略)・・・
そして、本願補正発明の各ステップを人である分析者が行うことは排除されておらず、上記のとおり、第2のステップは、第1のステップで行われた自然乾燥ヘアスタイルに基づいて分析が行われるものであるところ、第1のステップが人である分析者が分析対象者の正面、側面及び背面の写真を見て、分析者の毛髪の知識や経験を踏まえて、自然乾燥ヘアスタイルを分析者の頭の中で推定することを発明特定事項に含むことは前記のとおりであるから、第2のステップも、分析者である人の頭の中で、分析する頭部の領域を選択することを含むことになり、こうした選択は、人の精神活動そのものであって、自然法則を利用したものであるとはいえない。
(イ) ・・・(略)・・・
しかし、前記のとおり、第1のステップ及び第2のステップが、分析者である人の頭の中で自然乾燥ヘアスタイルを推定し、分析の対象となる頭部の領域を選択することを含むものであり、第3のステップは、こうしたステップを前提として、人である分析者が、頭の中で、毛髪の知識や経験を踏まえて、第2のステップで選択したセクションに適した分析項目の中から分析者が推定した分析対象者の自然乾燥ヘアスタイルを分類することを含むものであるから、第3のステップも人の精神活動そのものであって、自然法則を利用したものとはいえない。
(ウ)・・・(略)・・・
しかし、前記のとおり、第1のステップないし第3のステップが、分析者である人の頭の中で自然乾燥ヘアスタイルを推定し、分析の対象となる頭部の領域を選択し、セクションに適した分類項目の中から分析者が推定した分析対象者の自然乾燥ヘアスタイルを分類することを人の頭の中で行うことを含むものである以上、こうしたステップを前提として、人である分析者が、その推定した自然乾燥ヘアスタイルの分析項目による分類に対応するカット手法に関する知識を利用してカット手法の分析を行うことは、分析者である人の精神活動そのものであって、自然法則を利用したものとはいえない。
イ・・・(略)・・・
(4)小括
以上によれば、本願補正発明の第1のステップないし第4のステップは、全体として考察すると、分析者が、頭髪の知識等を利用して自然乾燥ヘアスタイルを推定し(第1のステップ)、分析の対象となる頭部の領域を選択し(第2のステップ)、セクションに適した分類項目の中から分析者が推定した分析対象者のヘアスタイルを分類し(第3のステップ)、この分類に対応するカット手法の分析を導出する(第4のステップ)ことを、頭の中ですべて行うことが含まれるものである以上、仮に、分析者が頭の中で行う分析の過程で利用する頭髪の知識や経験に自然法則が含まれているとしても、専ら人の精神的活動によって前記1(1)で認定した課題の解決することを発明特定事項に含むものであって、「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるとはいえないから、特許法2条1項に規定する「発明」に該当するものとはいえない。』
[コメント]
「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するか否かが争われ、特許庁の発明に該当しないとの審決を覆した事件として、例えば、「ステーキの提供システム」事件(知財高裁平成29年(行ケ)10232号)や「双方向歯科治療ネットワーク」事件(知財高裁平成19年(行ケ)第10369号)等がある。「ステーキの提供システム」事件では、特許庁では、発明の本質が経済活動それ自体に向けられたものであり、請求項に係る発明が全体として自然法則を利用していないと判断されているが、知財高裁では、本件特許発明1は、札、計量機及びシール(印し)という特定の物品又は機器(本件計量機等)を、他のお客様の肉との混同を防止して本件特許発明1の課題を解決するための技術的手段とするものであり、全体として「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するということができる、と判断されている。
一方、今回の事件では、第1のステップ~第4のステップにおいて、分析過程で利用する方法に自然法則が含まれてるかもしれないが、これらの推定する工程、選択する工程、分析結果を得る工程、情報を導出する工程が、全て分析者の頭の中で完結するステップであり、具体的な技術的手段の記載も何らないため、この点で、「ステーキの提供システム」事件とは異なり、今回の裁判所の判断は妥当だと思われる。
また、「双方向歯科治療ネットワーク」事件では、「人の精神活動による行為が含まれている、又は精神活動に関連する場合であっても、発明の本質が、人の精神活動を支援する、又はこれに置き換わる技術的手段を提供するものである場合は、『発明』に当たらないとしてこれを特許の対象から排除すべきものではないということができる」として、明細書に記載された発明の目的や発明の詳細な説明に照らすと、本願発明1は、精神活動それ自体に向けられたものとはいい難く、全体としてみると、むしろ、『データベースを備えるネトワークサーバ』、『通信ネットワーク』、『歯科治療室に設置されたコンピュータ』及び『画像表示と処理ができる装置』とを備え、コンピュータに基づいて機能する、歯科治療を支援するための技術的手段を提供するものと理解することができる、と判断されている。
今回の事件においても、例えば、ヘアスタイルのデータベースを備えるネットワークサーバや装置等を備え、分析対象者の写真等から何らかの『具体的な技術的手段』を用いて自然乾燥ヘアスタイルを推定すること等を記載できれば、「双方向歯科治療ネットワーク」事件のように、美容師の判断等の人の精神活動による行為が含まれているものの、全体として、美容師による美容を支援するための技術的手段を提供するものと判断され、発明該当性が否定されない可能性があったようにも感じる。
[参考判例]
(1)「ステーキの提供システム」事件(知財高裁平成29年(行ケ)10232号)
特許庁は、発明の本質が経済活動それ自体に向けられたものであり、請求項に係る発明が全体として自然法則を利用していないと判断しているが、その理由として、「札」、「計量機」、「印し」及び「シール」との構成は、それぞれの物が持っている本来の機能の一つの利用態様が示されているのみであって、これらの物を単に道具として用いることが特定されるにすぎないと判断したのに対して、知財高裁では、本件特許発明1の技術的課題、その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らすと、本件特許発明1は、札、計量機及びシール(印し)という特定の物品又は機器(本件計量機等)を、他のお客様の肉との混同を防止して本件特許発明1の課題を解決するための技術的手段とするものであり、全体として「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するということができる、と判断されている。
(2)「双方向歯科治療ネットワーク」事件(知財高裁平成19年(行ケ)第10369号)
特許庁では、請求項に記載された『要求される歯科修復を判定する手段』、『初期治療計画を策定する手段』という構成に対し、『判定する』、『策定する』の主体は歯科医師であり、歯科医師の精神活動に基づく行為を『手段』と表現したものであるから、特許法の「発明」には該当しない、と判断された。これに対して、裁判所は、『要求される歯科修復を判定する手段』、『初期治療計画を策定する手段』には、人の行為により実現される要素が含まれると認定したうえで、本願発明は、全体としてみると、コンピュータに基づいて機能する歯科治療を支援するための技術的手段を提供するものと理解できるとして、審決の判断の誤りを指摘した。
以上
(担当弁理士:千葉 美奈子)
令和3年(行ケ)第10052号「カット手法分析方法」事件
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