IP case studies判例研究

令和3年(行ケ)第10082号「電気絶縁ケーブル」事件

名称:「電気絶縁ケーブル」事件
審決(拒絶)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和3年(行ケ)第10082号 判決日:令和4年5月31日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:動機付け、阻害要因、周知技術
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/207/091207_hanrei.pdf
[概要]
 引用発明においては、本願発明と共通する課題が本願発明とは異なる別の手段によって既に解決されているのであるから、当該課題解決手段に加えて、周知技術を適用する必要はなく、引用発明に周知技術を適用すると、かえって引用発明が奏する効果を損なう結果となってしまうため、相違点に係る構成は引用発明及び周知技術に基づいて容易想到でないとして、審決が取り消された事例。
[特許請求の範囲]
【請求項1】
 導体と前記導体を覆うように形成された絶縁層とを含むシールドされていないコア材が複数本撚り合されて形成されたコア電線であって、電動パーキングブレーキ用の2本の第1のコア材と、アンチロックブレーキシステム用の2本の第2のコア材と、によって形成されたコア電線と、
 前記コア電線のみを巻くテープ部材と、
 前記テープ部材上に形成された被覆層と、
を備え、
 2本の前記第1のコア材の各々の導体の断面積は、1.5~3.0mmの範囲に含まれ、
 2本の前記第2のコア材の各々の導体の断面積は、0.18~0.40mmの範囲に含まれ、
 2本の前記第2のコア材は互いに撚り合されてサブユニットが形成され、前記サブユニットと撚られていない2本の前記第1のコア材とが撚り合されて前記コア電線が形成され、
 2本の前記第1のコア材と前記サブユニットとがそれぞれ接しているとともに、2本の前記第1のコア材及び前記サブユニットは前記テープ部材と接している、
電気絶縁ケーブル。
[主な争点]
 本願発明の引用発明に対する進歩性の有無に関する判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
 容易想到性に関する判断
『ア 相違点3に係る容易想到性
(ア)前記4のとおり、本件原出願日の時点における工業用の電気絶縁ケーブルの技術分野においては、撚り合わせたコア電線を押さえたり、耐熱性を持たせたりすることなどを目的として、コア電線にテープ部材を巻くことは周知技術であり、その結果としてコア電線とシースとの間にテープ部材が配置されることも周知技術であったと認められる。
 そして、上記2で検討したとおり、引用発明は、工業用の電気絶縁ケーブルに関する発明であり、上記周知技術と技術分野を共通にすることからすれば、甲1公報に接した当業者は、複数の線心をシースで覆う構造である引用発明に対して上記の周知技術を適用し、撚り合わせた複数の線心をテープ部材で巻き、その結果、コア電線とシースとの間にテープ部材が配置される構成とすることを動機付けられるものといえる。
(イ)しかしながら、前記1(3)で検討したとおり、本願発明は、被覆層を除去してコア電線を露出させる作業の作業性に関し、コア材の外周面に粉体が塗布された従来のケーブルには、コア材を取り出す作業の際に粉体が周囲に飛散し、作業性が低下してしまうという課題があったことから、コア電線と被覆層との間に、コア電線に巻かれた状態で配置されたテープ部材を備える構成とすることにより、テープ部材を除去することによって容易にコア電線と被覆層とを分離することができるようにして、上記課題を解決しようとする点に技術的意義を有するものである。
 他方で、前記2(3)イで検討したとおり、引用発明は、線心の取り出しを容易に行うことができるようにすることを課題の一つとする発明であり、この点で本願発明と課題を共通にするものといえるが、電源用線心及び信号用線心の外周をシースで覆うのみの形で被覆する構成とすることによって上記課題を解決しようとするものであり、本願発明とは課題を解決する手段を異にするものといえる。
 このように、引用発明においては、本願発明と共通する課題が本願発明とは異なる別の手段によって既に解決されているのであるから、当該課題解決手段に加えて、両線心をテープ部材で巻き、その結果、両線心とシースとの間にテープ部材が配置される構成とする必要はないというべきである。そして、引用発明に上記のような構成を加えると、線心を取り出そうとする際に、シースを除去する作業のみでは足りず、更にテープ部材を除去する作業が必要となることから、かえって作業性が損なわれ、引用発明が奏する効果を損なう結果となってしまうものといえる。加えて、甲1公報をみても、引用発明の効果を犠牲にしてまで両線心をテープ部材で巻くことに何らかの技術的意義があることを示唆するような記載は存しない。
(ウ)以上によれば、引用発明に上記周知技術を適用することには阻害要因があるというべきであるから、相違点3に係る「前記コア電線のみを巻くテープ部材」という構成の意義について検討するまでもなく、本件原出願日当時の当業者が、引用発明及び上記周知技術に基づいて、相違点3に係る本願発明の構成を容易に想到し得たものとはいえない。
イ 相違点4に係る容易想到性
 相違点4に係る本願発明の構成は、相違点3に係る本願発明の構成である「テープ部材」を含むものであるところ、上記アで検討したところによれば、相違点4に係る「前記テープ部材上に形成された被覆層」という構成の意義について検討するまでもなく、本件原出願日当時の当業者が、引用発明及び上記周知技術に基づいて、相違点4に係る本願発明の構成を容易に想到し得たものとはいえない。
ウ 相違点6に係る容易想到性
 相違点6に係る本願発明の構成は、相違点3に係る本願発明の構成である「テープ部材」を含むものであるところ、上記アで検討したところによれば、本件原出願日当時の当業者が、引用発明及び上記周知技術に基づいて、相違点6に係る本願発明の構成を容易に想到し得たものとはいえない。
 ・・・(略)・・・
 以上によれば、本件原出願日当時の当業者は、相違点1、2及び5に係る本願発明の構成を容易に想到し得たものと認められるが、相違点3、4及び6に係る本願発明の構成を容易に想到し得たものとは認められない。
 したがって、本願発明について、引用発明に対する進歩性を欠くとした本件審決の判断は誤りであるから、原告が主張する取消事由は、理由がある。』
[コメント]
 特許・実用新案審査基準には、阻害要因の例として、副引用発明が、「(i) 主引用発明に適用されると、主引用発明がその目的に反するものとなるような副引用発明、(ii) 主引用発明に適用されると、主引用発明が機能しなくなる副引用発明、(iii) 主引用発明がその適用を排斥しており、採用されることがあり得ないと考えられる副引用発明、(iv) 副引用発明を示す刊行物等に副引用発明と他の実施例とが記載又は掲載され、主引用発明が達成しようとする課題に関して、作用効果が他の実施例より劣る例として副引用発明が記載又は掲載されており、当業者が通常は適用を考えない副引用発明」であるという4つの例が挙げられている。
 本判決では、「引用発明においては、本願発明と共通する課題が本願発明とは異なる別の手段によって既に解決されているのであるから、当該課題解決手段に加えて、両線心をテープ部材で巻き、その結果、両線心とシースとの間にテープ部材が配置される構成とする必要はないというべきである。そして、引用発明に上記のような構成を加えると、線心を取り出そうとする際に、シースを除去する作業のみでは足りず、更にテープ部材を除去する作業が必要となることから、かえって作業性が損なわれ、引用発明が奏する効果を損なう結果となってしまうものといえる。」と述べられており、引用発明に周知技術を適用することには阻害要因があると判断された。本判決での阻害要因は上記(i)の例に該当するため、本判決の結論は妥当であると思われる。なお、阻害要因に関し、本判決と同様の判断がなされた事件として平成28年(行ケ)第10103号「掴線器」事件がある。
 ところで、本判決においては、「引用発明は、工業用の電気絶縁ケーブルに関する発明であり、上記周知技術と技術分野を共通にすることからすれば、甲1公報に接した当業者は、複数の線心をシースで覆う構造である引用発明に対して上記の周知技術を適用し、撚り合わせた複数の線心をテープ部材で巻き、その結果、コア電線とシースとの間にテープ部材が配置される構成とすることを動機付けられるものといえる。」と一応の動機付けが認められているようである。審査の過程においても、本願発明は引用発明に周知技術を適用して進歩性なしと判断される場面が多いであろう。仮に相違点に係る構成が周知技術であっても、本判決のように阻害要因が認められる場合もあるため、容易想到性の判断において、阻害要因の有無についても丁寧に検討することが重要である。

以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)

令和3年(行ケ)第10082号「電気絶縁ケーブル」事件

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