IP case studies判例研究

平成23年(行ケ)10237号 「歯車ポンプまたはモータ」事件

名称:「歯車ポンプまたはモータ」事件
拒絶査定不服審判(請求不成立)審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 23 年(行ケ)10237 号 判決日:平成 24 年 2 月 20 日
判決:請求認容(審決取消)
特許法29条2項
キーワード:進歩性、動機付け
[概要]
原告は、発明の名称を「歯車ポンプまたはモータ」とする特許出願拒絶査定を不服とする
審判請求を成り立たないとした審決の取消しを求めた事案。
[裁判所の判断]
取消事由2(相違点に係る構成の容易想到性の判断の誤り及び本願発明の作用効果の看過)
について
(1)本願発明のガスケットの「Rをとっている部位」や「凹欠」が果たす機能と引用発明のガ
スケットの突状部17等が果たす機能は異なり,引用発明のガスケットでは,可動側板(可
動形側板4)の溝底隅部でガスケットと可動側板との間に作動液が侵入して可動側板の圧力
バランスをとることが想定されていない。したがって,引用発明ではガスケットと可動側板
(可動形側板4)との間の隙間10が可動側板の溝底隅の曲面状の部位(Rをとっている部
位)にまで及ぶことが予定されていない。
また,引用発明のガスケットと可動側板の構成を,可動側板の溝の低圧側側面と底面が成
す曲面状の隅部にまで作動液が侵入して可動側板の圧力バランスをとることができるよう,
ガスケットと可動側板との間の隙間10が上記の曲面状の部位(Rをとっている部位)にま
で及ぶように改めることは,突条部17の機能を害し,またガスケットの低圧側へのはみ出
しを防止するという技術的思想に反するものであるから,上記構成に改める発想が生じるは
ずはなく,当然のことながら当業者には容易に想到できる事柄ということはできない。
(2)被告は,本願発明と引用発明とは静圧バランスの適正化という共通の技術的課題を有して
おり,刊行物1には,歯車ポンプのシール構造において,圧力バランスを保ってシール作用
を良好に行うという動機付けが記載ないし示唆されていると主張する。確かに,本願発明の
歯車ポンプも引用発明の歯車ポンプも,歯車端面とケーシングの間に設けられた可動側板(可
動形側板)が,高圧側から流れ込む作動液の作用を利用して両部材の間でバランスし(圧力
バランス),歯車端面から生ずる作動液の漏出を封止(シール)するという構成ないし動作を
有するものであるが,かかる共通点は高圧の流体を扱うこの種の歯車ポンプに広く見られる
ものにすぎない。そうすると,かかる共通点があるからといって,シール作用をさらに高め
るべく,ガスケットと可動側板との間の隙間10が上記の曲面状の部位(Rをとっている部
位)にまで及ぶように改めるという具体的な構成に容易に想到できるものではない。
また,被告は,隙間10を設ける範囲を良好な圧力バランスとなるように必要かつ適切な
範囲とすることは,当業者の設計変更の範囲内の事項にすぎないと主張する。しかしながら,
かように抽象的な技術的課題から当業者がガスケット又は可動側板(可動形側板)の凹欠な
いし凹部の具体的な形状の構成に直ちに想到できるものではない。
また,被告は,突条部17が作動液の圧力を受けて可動形側板の溝5のRをとっている部
位に押し付けられるときには,歯車の端面の方向に可動側板を一定の力で押し付けるから,
突条部17が溝の底面5a(平坦面)に密着することが不可欠なわけではないとか,作動液
の種類,温度,圧力,ガスケットの材質,形状,溝形状などによっては,ガスケットの隙間
10が僅かでもRをとっている部位にまで達することがあり得るなどと主張する。確かに,
刊行物1の第4図にあるとおり,高圧側から侵入する作動液(高圧流体)の液圧でガスケッ
トが可動側板の溝の低圧側にずれ動くときは,突条部17の少なくとも一部が上記曲面状の
部位に乗り上げることになるから,突条部17が可動側板の溝底(5a)に対して押し付け
られて潰れた部分の面積が小さくなることもあるし,ガスケットがさらに強く低圧側に押し
付けられて突条部17の幅(横断面で見た場合の幅)がさらに小さく変形し,場合によって
は突条部17と可動形側板の溝底との間に隙間が生じることも考えられないわけではない。
しかしながら,これらのような事態は,引用発明で予定される,突条部17がその弾性力で
可動形側板を歯車端面の方へ押し付ける機能を減殺するものであって,かかる事態を想定し
て本願発明の容易想到性を検討する必要はなく,突条部17が溝5の底面5a(平坦面)に
密着することが必要でないとはいえないし,ガスケット6の隙間10が溝底5aの曲面状を
成す部位に僅かでも達していればよいなどとはいえない。
(3)結局,本件出願当時,引用発明に基づいて,相違点2に係る構成,すなわちガスケットと
可動側板の溝が成す隙間が,上記溝の低圧側側面と底面とが成す曲面状の隅部(Rをとって
いる部位)にまで及ぶように構成して,上記隅部にまで作動液が侵入して可動側板が圧力バ
ランスをとれるようにする構成に想到することは,当業者にとって容易ではなかったという
べきであるし,本願発明にいう「凹欠」も,かかる形状を前提とするものであるから,相違
点1は実質的なもので,相違点1に係る構成に想到することも当業者にとって容易ではなか
ったというべきである。当事者双方が取消事由2について種々述べるその余の点について判
断するまでもなく,相違点1の構成を容易想到とした審決の判断は誤りであり,原告の取消
事由2は理由がある。
[コメント]
本願発明と引用発明は、技術分野が同じであり、技術的課題も広義では共通するように見
える。しかし、本判決では、本願発明のガスケットの「Rをとっている部位」や「凹欠」が
果たす機能と引用発明のガスケットの突状部17等が果たす機能は異なるため、引用発明で
は相違点に係る構成とすることが予定されておらず、また、相違点に係る構成とすることは、
突条部17の機能を害し、ガスケットの低圧側へのはみ出しを防止するという技術的思想に
反するものであるから阻害要因があると判断された。さらに、被告の主張した本願発明と引用
発明との共通の技術的課題は、抽象的であると判断された。審査基準では、引用発明に、本願
発明に対しての動機付けがあるかを判断するにあたり、動機づけになり得るものとして「課
題の共通性」や「機能、作用の共通性」が例示されており、本判決はこれらを適切に検討し
た上で動機付けを否定したものといえる。
以上

平成23年(行ケ)10237号 「歯車ポンプまたはモータ」事件

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