IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和3年(行ケ)第10163号「レーザ加工装置」事件
名称:「レーザ加工装置」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和3年(行ケ)第10163号 判決日:令和4年11月29日
判決:請求棄却
特許法126条5項
キーワード:新規事項
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/587/091587_hanrei.pdf
[概要]
技術常識を踏まえると、本件特許のシリコンウェハは、単結晶構造の標準仕様であって、その表面及び裏面に凹凸のない平坦な形状であると理解できるという理由により、本件訂正事項は、本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものといえず、訂正要件を満たすとした審決が維持された事例。
[特許請求の範囲]
【請求項1】
ウェハ状の加工対象物の内部に、切断の起点となる改質領域を形成するレーザ加工装置であって、
前記加工対象物が載置される載置台と、
レーザ光を出射するレーザ光源と、
前記載置台に載置された前記加工対象物の内部に、前記レーザ光源から出射されたレーザ光を集光し、そのレーザ光の集光点の位置で前記改質領域を形成させる集光用レンズと、
レーザ光の集光点が前記加工対象物の内部に位置するように、前記加工対象物のレーザ光入射面を基準として前記加工対象物の厚さ方向に第1移動量だけ前記集光用レンズを移動させ、レーザ光の集光点が前記加工対象物の切断予定ラインに沿って移動するように、前記加工対象物の厚さ方向と直交する方向に前記載置台を移動させた後、レーザ光の集光点が前記加工対象物の内部に位置するように、前記レーザ光入射面を基準として前記加工対象物の厚さ方向に第2移動量だけ前記集光用レンズを移動させ、レーザ光の集光点が前記切断予定ラインに沿って移動するように、前記加工対象物の厚さ方向と直交する方向に前記載置台を移動させる機能を有する制御部と、を備え、
前記加工対象物は、シリコン単結晶構造部分に前記切断予定ラインに沿った溝が形成されていないシリコンウェハであることを特徴とするレーザ加工装置。
[審決]
被告(特許権者)は、審判において職権無効理由(甲15を主引用例とする進歩性の欠如)に係る無効理由通知を受け、審決の予告を受けたため、本件特許の特許請求の範囲の請求項1を訂正する旨の訂正請求(以下「本件訂正」という。)をした。特許庁は、本件訂正を認めた上で、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。
[相違点(本件発明と甲15発明との相違点2)]
本件発明は、加工対象物が「シリコン単結晶構造部分に前記切断予定ラインに沿った溝が形成されていないシリコンウェハ」であるのに対し、甲15発明は、加工対象物が一方の表面に溝部203が形成された基板201である点。
[主な争点]
1 訂正要件の判断の誤り(取消事由1)
2 甲15を主引用例とする進歩性の判断の誤り(取消事由2)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1 訂正要件の判断の誤り(取消事由1)
『(1) 新規事項に関する判断の誤りについて
ア 本件訂正事項は、本件訂正前の請求項1の「前記加工対象物はシリコンウェハである」を「前記加工対象物は、シリコン単結晶構造部分に前記切断予定ラインに沿った溝が形成されていないシリコンウェハである」に訂正するというものであり、「加工対象物」の「シリコンウェハ」を「シリコン単結晶構造部分に前記切断予定ラインに沿った溝が形成されていないシリコンウェハ」に訂正するものである。
・・・(略)・・・。
一方で、本件明細書には、加工対象物の「シリコンウェハ」の表面又は裏面に溝が形成されていることについての記載や示唆はない。また、図1、3、14及び15には、「切断予定ライン5」が示されているが、切断予定ライン5に沿った溝の記載はない。
そして、①甲36(SEMI規格「鏡面単結晶シリコンウェハの仕様」)には、「6.1 標準ウェーハの分類」に「6.1.1.それぞれ標準化されたウェーハの寸法、許容寸法及びフラット・ノッチの特性は表3から表9にて分類されている。」との記載があり、・・・(略)・・・本件優先日当時、半導体材料に用いられる標準仕様のシリコンウェハは、単結晶構造であり、その表面及び裏面に凹凸のない平坦な形状であることが、技術常識であったことが認められる。
以上の本件明細書の記載(図1、3、14及び15を含む。)及び本件優先日当時の技術常識を踏まえると、【0029】記載の「(A)加工対象物:シリコンウェハ(厚さ350μm、外径4インチ)」は、単結晶構造の標準仕様のシリコンウェハであって、その表面及び裏面に凹凸のない平坦な形状であると理解できるから、「シリコン単結晶構造部分に前記切断予定ラインに沿った溝が形成されていないシリコンウェハ」であることは自明である。
そうすると、本件訂正事項は、本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものといえないから、本件明細書に記載した事項の範囲内にしたものと認められる。
したがって、本件訂正事項は、新規事項を追加するものではなく、特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項に適合するとした本件審決の判断に誤りはない。』
2 甲15を主引用例とする進歩性の判断の誤り(取消事由2)
『(4) 相違点2の容易想到性の判断の誤りについて
原告は、①甲15の【0020】ないし【0022】の記載から、平坦な分離端面となるように基板を切断(分離)するためには、基板201の表面に溝部203を形成することは必要不可欠であるとは認定できない、・・・(略)・・・甲15(特に【0019】ないし【0022】)に接した当業者は、ごく自然に半導体ウエハーの表面に溝を形成せずに、その内部にレーザの焦点をあててウエハーを割断することを理解するといえる、③そして、本件優先日当時において、シリコンウェハ等の半導体ウェハの厚さは薄くなる傾向にあり、しかも、シリコンウェハのように、へき開性を有し、さほど硬度が高くない(硬くない)加工対象物を切断する場合、当業者は、コストアップに繋がる溝形成プロセスを避け、溝を設けないで、レーザー照射をしようと試みるから、甲15発明において、相違点2に係る本件発明の構成とすることを容易に想到することができたなどとして、これと異なる本件審決の判断には誤りがある旨主張する。
しかしながら、甲15には、甲15記載の窒化物半導体素子の製造方法において、基板201の表面に溝部203を形成せずに、「基板201上の溝部203の内部側」に形成された加工変質部に沿って、平坦な分離端面となるように基板を切断(分離)することができることを示す記載はない。
また、甲15には、・・・(略)・・・窒化物半導体素子を分離されるためには半導体ウエハーの厚みが部分的に薄い溝部を形成させる。その溝部よりも狭いブレイク・ラインをレーザー照射により形成することで、極めて細いブレイク・ラインを所望の深さまで深く形成することができ量産性の良い窒化物半導体素子を分離できるものである。」・・・(略)・・・【0020】ないし【0022】は、基板201の表面に溝部203を形成することを前提とした記載であると認められる。加えて、甲15には、「本発明」は、半導体ウエハーの基板に達する溝部を形成し、その溝部にレーザー照射によるブレイク・ラインを形成することにより、・・・(略)・・・形状の揃った製品供給、及び製品歩留りの向上が可能となるという効果を奏すること(【0064】)の記載があることに照らすと、・・・(略)・・・、甲15に接した当業者において、甲15に基づいて、甲15発明において、加工対象物として、ブレイクライン(切断予定ライン)に沿った溝が形成されていない基板201を採用する動機付けがあるものと認めることはできないから、相違点2に係る本件発明の構成とすることを容易に想到することができたものと認めることはできない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。』
以上のように、本件訂正事項は、新たな技術的事項を導入するものといえず、審決における訂正要件の判断、及び進歩性の判断に誤りはないとして、原告の請求が棄却された。
[コメント]
本件では、訂正事項について、技術常識を踏まえると、本件特許のシリコンウェハは、その表面及び裏面に凹凸のない平坦な形状であると理解できるという理由により、本件訂正事項は、新たな技術的事項を導入するものといえない、と判断された。
審査基準第Ⅳ部第2章第2節「新規事項を追加する補正」には、「当初明細書等に記載した事項」とは、当業者によって、当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項である旨説明されている。本件も、この考えに基づいて、明細書の記載内容が認定されたものである。特に新しい考え方が示されたわけではないが、明細書等の記載内容の認定に関して、具体的な例として参考になる。
以上
(担当弁理士:廣田 武士)
令和3年(行ケ)第10163号「レーザ加工装置」事件
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