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令和3年(行ケ)第10136号「半田付け装置、半田付け方法、プリント基板の製造方法、および製品の製造方法」事件

名称:「半田付け装置、半田付け方法、プリント基板の製造方法、および製品の製造方法」事件
審決(無効・成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和3年(行ケ)第10136号 判決日:令和4年8月31日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性、相違点についての判断の誤り
判決文: https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/387/091387_hanrei.pdf

[概要]
 日本工業規格における複数のフラックス含有量のうち1つのフラックス含有量1wt%に基づき算出した溶融状態の半田の径が、引用発明の半田鏝の内径よりも大きいことをもって溶融した半田が真球にならないとの構成を得ることが容易であるとして進歩性を否定した審決に対して、フラックス含有量1wt%が日本工業規格に記載されているものの、複数の半田メーカのカタログや半田メーカによりフラックス含有量1wt%の半田の取り扱いがなく、フラックス含有量1wt%がヤニ切れの不具合の恐れがあるという回答を証拠として、引用発明にフラックス含有量1wt%の半田をわざわざ採用して溶融した半田が真球にならないとの構成を得ることが容易ではないと認定して、本件審決を取り消した事例。

[特許請求の範囲(訂正後)]※下線部が相違点2
【請求項1】
 端子と当該端子に電気的に接続される接続対象とを半田付けする半田付け装置であって、
前記端子の少なくとも先端を挿入または近接する筒状のノズルと、
前記ノズルの内側へ半田片を供給する半田片供給手段と、
前記半田片を加熱溶融する加熱手段と、
前記端子と前記ノズルとの近接離間方向の相対距離を変化させる相対距離変化手段と、
前記ノズル内に供給された溶融前の前記半田片の前記端子側の端部を前記端子の先端に必ず当接させ、当該溶融前の半田片を前記接続対象に接触させずに前記ノズル内に留めるように規制する当接位置規制手段を備え、
前記当接位置規制手段は、
前記端子の側面との間隔が溶融前の前記半田片の最小幅より短く形成された前記ノズルの内壁、
または、
溶融前の前記半田片を前記溶融前の前記半田片の前記端子側の端部が前記端子の先端に当接する位置に所定の姿勢で案内し且つ案内方向に垂直な方向への前記半田片の移動範囲を規制する前記ノズルのノズル先端部よりも狭い前記ノズルの内壁、により構成され、
前記加熱手段は、前記端子の先端に当接した前記半田片に前記ノズルを介して熱伝達させる位置に設けられ、溶融前の前記半田片が前記端子の先端に当接した状態で当該熱伝達を受けて溶融し、溶融した前記半田片が丸まって略球状になろうとするが前記ノズルの内壁と前記端子の先端に規制されるため必ず真球になれないまま前記端子の上に載った状態で前記半田片が供給された方向へ移動せずに停止し、この停止した状態で前記ノズルから前記溶融した半田片に伝わる熱を当該溶融した半田片から前記端子に伝えて前記端子を加熱し、この加熱によって前記端子が加熱された後に前記溶融した半田片が流れ出す構成である
半田付け装置。
[主な争点]
 相違点2(上記下線部)の判断の誤り(取消事由2)

[本件審決の認定]※筆者により一部要約
 甲1発明の半田片はフラックス(ロジン)を含有するものである。ここで、半田片にフラックス(ロジン)が含まれていれば、溶融した半田片の体積は揮発成分であるフラックス(ロジン)を除いた値まで減少し得るから、フラックス(ロジン)を除いた半田片の体積を求め、当該体積の球の直径よりノズル内壁の径が小さいか否かを計算することができる。そして、半田のフラックス(ロジン)含有量は、甲15には半田にロジンを1~4wt%含有させることが記載され、甲10(「日本工業規格 やに入りはんだ」)には日本工業規格として、やに入りはんだの規格としてフラックス含有量が1.0質量%、許容範囲が0.5質量%以上1.5質量%未満のものが記号F1と定められていることが記載されていることを考慮すれば、フラックス含有量が1wt%程度の半田を用い半田付けを行うことは当業者が容易になし得たことと認められる。
 そこで、甲1発明の半田片として、記号F1として定められた規格であるフラックス含有量1.0質量%(wt%)の半田片を用いた場合について検討する。前記半田片が溶融し球となった場合の半田の直径は、約1.025mmである。ここで、甲1発明の半田片が溶融する半田鏝の先端部の貫通孔内壁の径は1.0mmであるから、半田片が溶融し球となった場合の半田の直径は半田鏝の先端部の貫通孔内壁の径より大きい。よって、甲1発明に、規格でF1と定められた半田を使用することにより、半田片が当接位置で加熱溶融され溶融した場合に半田鏝の先端部の貫通孔の内壁とピンの先端に規制されるために真球になれない。よって、甲1発明において、本件発明1の相違点2の構成とすることは、当業者が容易になし得たことである。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
『(4)上記(3)のとおり、千住金属工業発行の商品カタログには、フラックスの含有量を2ないし4wt%とする半田のみが掲載され、フラックスの含有量を2wt%未満とする半田は掲載されていないこと(なお、この商品カタログは、本件出願日の後である平成31年又は令和元年に発行されたものであるが、本件出願日が平成28年7月30日であることに加え、甲41及び45の上記各記載にも照らすと、千住金属工業は、本件出願日当時も、その商品カタログにフラックスの含有量を1wt%とする半田を掲載していなかったものと推認するのが相当である。)、ウェブサイトへの投稿記事においても、フラックスの含有量は2ないし4%とされていること、株式会社ニホンゲンマは、過去においてもフラックス含有量を1%とする半田を製造したことはなく、そのような半田を製造すると、フラックスが入っていない不具合が発生することが危惧される旨回答していること、本件出願日の後に作成された電子メールにおいてではあるが、千住金属工業の従業員も、フラックスの含有量を1%とする半田は提供できない旨回答していることに照らすと、フラックスの含有量を1wt%とする半田は、本件出願日当時、やに入り半田の市場において普通に流通していなかったものと認めるのが相当である。』
『(5)前記1(2)のとおり、本件発明1は、溶融前の半田片をノズルの内壁及び端子の先端に必ず当接させるとともに、溶融した半田片を必ず真球にならないまま端子の上に載った状態で下方に移動しないように停止させ、ノズルからの熱伝導等により半田片及び端子を十分に加熱し、これにより適正温度での半田付けを実現する結果、半田付け不良の防止という効果を奏するものである。これに対し、甲1には、ランドに接地した糸半田が貫通孔の周壁から輻射熱、伝導熱及び対流熱により加熱され、遜色なく溶解され、より的確な半田付けが可能になった旨の記載はみられるものの(段落【0023】及び【0042】)、溶融した半田が必ず真球にならないまま停止すること、すなわち、溶融後も半田がノズルの内壁に当接し続けることにより半田片及び端子が十分に加熱されることについての記載及び示唆はないから、甲1に接した当業者にとって、溶融した半田が必ず真球にならないとの構成が解決しようとする課題及び当該構成が奏する作用効果を知らないまま、当該構成を得るためにフラックスの含有量が1wt%の半田をわざわざ採用しようとする動機付けはないものといわざるを得ない。
 (6)なお、証拠(甲39)及び弁論の全趣旨によると、フラックスの含有量が小さい半田を用いると、半田付け不良の原因になるものと認められる。
 (7)以上によると、使用する半田に含有されるフラックスの量についての記載及び示唆がない甲1に接した当業者にとって、甲1発明においてフラックスの含有量が1wt%の半田をわざわざ採用し、溶融した半田が必ず真球にならないとの構成を得ることが容易になし得たものであったと認めることはできず、その他、当業者が甲1発明に基づいて溶融した半田が必ず真球にならないとの構成を得ることが容易になし得たものであったと認めるに足りる証拠はない。』

[コメント]
 審決は、甲1の記載と規格の記載に基づいて溶融した半田が必ず真球にならないとの構成に当業者が容易に想到できると判断した。この点について、規格に記載の情報(数値)を用いて認定することは、当業者が規格に基づいて開発などを行うことから、よくなされることであり、妥当であると考えられる。
 本件では、規格に数値範囲の記載があるものの、フラックスが入っていない不具合が危惧されるために事実上使用されてない数値範囲があり、その数値範囲を用いて審決が判断したために、不具合の発生を危惧する第三者の回答と、複数のメーカのカタログや取扱がない回答を証拠として、その数値範囲が規格にあるものの、当業者が通常使用するものでないことを証明して、審決を取り消す判断を行ったと考えられる。このような事例は少ないと思われるが、規格が絶対ではないことを確認できた事例である。

(担当弁理士:坪内 哲也)

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