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令和3年(行ケ)第10085号「印刷された再帰反射シート」事件

名称:「印刷された再帰反射シート」事件
審決(無効・成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和3年(行ケ)第10085号 判決日:令和4年10月31日
判決:審決取消
特許法29条2項、特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件、課題、動機付け
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/498/091498_hanrei.pdf

[概要]
 審決では、当業者であればより優れた再帰反射性能を有する三角錐型反射素子等を利用した再帰反射シートを心得ているため、甲1発明の層の構成を甲3記載技術の構成に置き換えるのは通常の創意工夫に止まるものと判断されたが、甲1発明からは本件発明の課題を認識することができず、当該課題を前提として甲3記載技術を適用する動機付けはないと判断された事例。
審決では、「保持体層」と「表面保護層」とが接しているか否かを特定する記載はないことを理由として、本件発明は「保持体層」と「表面保護層」が密着性が保たれている幅で接着している構成を欠くものが含まれている判断されたが、技術常識や本件明細書の課題の記載から「保持体層」と「表面保護層」の密着性が保たれていることは当然の前提として、サポート要件を満たすと判断された事例。

[特許請求の範囲]
 [本件発明1](訂正後)(下線は訂正部分)
 少なくとも多数の反射素子と保持体層からなる反射素子層、および、反射素子層の上層に設置された表面保護層からなる再帰反射シートにおいて、反射素子層にポリカーボネート樹脂を用い、表面保護層に(メタ)アクリル樹脂を用い、保持体層と表面保護層の間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置されており、該印刷層の印刷領域が独立した領域をなして繰り返しのパターンで設置されており、連続層を形成せず、該独立印刷領域の面積が0.15mm~30mmであり、該印刷層は、白色の無機顔料として酸化チタンを含有することを特徴とする印刷された再帰反射シート。

[主な争点]
1.本件発明1の容易想到性の判断の誤り(取消事由1-1-2)
2.サポート要件違反の判断の誤り(取消事由3)

[審決の要旨]
1.無効理由1(進歩性欠如)
(1)相違点1-1及び1-2について
 甲1文献は、1986年の刊行物であり、甲1発明は、当時の当業者の技術水準を前提としたものである。これに対して、本件出願前の当業者であれば、より優れた再帰反射性能を有する三角錐型反射素子等の再帰反射原理を利用した再帰反射シートを心得ている。また、甲1発明の特徴的部分は、「カバー層18の一部」が「白色に着色され」、「白色に着色された部分」が「複数の点による均一なパターンである」ことにあるところ、甲1発明は、交通危険標識や道路標識において、夜間の再帰反射性と日光の下での白色性の両立を図ることを希求するものである。
 甲3文献には、「光の入射方向(10)から順に、表面保護層、観測者に情報を伝達したりシートの着色のための印刷層、反射素子を保持する保持体層、三角錐型反射素子(R、R)が最密充填状に配置された反射素子層、反射素子の界面での再帰反射を保証するための空気層、反射素子層の裏面に水分が侵入するのを防止するための封入密封構造を達成するための結合材層、結合材層を支持する支持体層、再帰反射シートを他の構造体に貼付するために用いる接着剤層及び剥離材層を設けてなる、三角錐型キューブコーナー再帰反射シート。」が記載されているから、機能の観点から両者を見比べた当業者ならば、甲1発明の第1の層12、第2の層14及び空隙からなる再帰反射のための構成を、同じく再帰反射のための構成である甲3記載技術の保持体層、反射素子層、空気層及び結合材層からなる構成に層の順番を逆にして置き換えると考えられる
 したがって、甲1発明において、相違点1-1、相違点1-2に係る構成を採用することは、当業者の通常の創意工夫に止まるものである。

2.無効理由3(サポート要件違反)
 本件発明の課題は、「耐候性及び耐水性に優れ、かつ、色相の改善された再帰反射シート」を得ることにある。
 ところが、本件発明の「特許請求の範囲」には、「保持体層」、「表面保護層」及び「印刷層」の積層構造について、「保持体層と表面保護層との間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置されており」とのみ記載され、「保持体層」と「表面保護層」とが接しているか否かを特定する記載はないから、本件発明は、「保持体層」と「表面保護層」が密着性が保たれている幅で接着している構成を欠くものであり、本件発明には、本件明細書の耐候性試験において「異常無し」と評価することができない態様が含まれている。
 したがって、本件発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるということはできないから、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項1号に規定する要件を満たさない。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1 取消事由1-1-2(本件発明1の容易想到性の判断の誤り)について
『(1) 前記1の開示事項からすると、本件発明は、三角錐型キューブコーナー再帰反射シートや蒸着型三角錐型キューブコーナー再帰反射シート等で色相を改善するために印刷層を設けた場合における耐候性や耐水性に劣るという従来技術の問題点を解決するために、①反射素子層にポリカーボネート樹脂を用い、表面保護層に(メタ)アクリル樹脂を用い、②保持体層と表面保護層の間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置されており、③この印刷層と印刷領域が独立した領域をなして繰り返しのパターンで設置されており、連続層を形成せず、独立印刷領域の面積が0.15m㎡~30m㎡であり、④この印刷層は、白色の無機顔料として酸化チタンを含有する、再帰反射シートとすることに技術的意義があり、本件明細書で開示されている実施例と比較例の構成の相違とその試験結果(【0079】)も踏まえると、②と③は、課題解決のための不可欠の構成であるといえる。
 そうすると、②と③に関する相違点1-1と1-4のそれぞれについて容易想到性を検討するのではなく、一体の構成として検討されるべきである(なお、仮に、個別に検討したとしても、本件結論は左右されない。以下同じ。)。』
『(4)ア 以上を前提として検討するに、甲1発明の構成は、「プラスチック製の裏材10」と、「プラスチック裏材10の片面に再帰反射材料の第1の層12」、第1の層12の上に「再帰反射材料の第2の層14」、しっかりと固定された部分的に第2の層14に埋め込まれたガラス微小球16、カバー層18からなり、カバー層18の一部は白色に着色され、白色の着色は、カバー層18の片面又は両面に印刷されており、このカバー層18は、材料片の端部に隣接する部分を除いて組立体に取り付けられていない、すなわち、カバー層18とガラス微小球16の間に空隙が生じている。この印刷層とガラス微小球16の間の空隙は、空隙の空気とガラス微小球との界面で光を屈折させることにより再帰反射の光路を形成するもの・・・(略)・・・である。こうした再帰反射シートにおいては、再帰反射材料である第1の層、第2の層とその上に取り付けられた微小球、白色に一部が印刷されたカバー層が1つの技術的思想として、甲1発明の目的である、夜間に自動車のヘッドライトからの入射光を反射し、日光の下では白く見える再帰反射材となるものと理解することができる・・・(略)・・・。
 このように、甲1発明は、カバー層18及びその片面又は両面に複数の点で均一なパターンで白色に着色された印刷層と、微小球16の間には空隙があり、カバー層18は材料片の端部に隣接する部分を除いて組立体に取り付けられていない構成であって、空隙部は再帰反射の光路を形成するために設けられたものであるから、甲1発明に接した当業者は、印刷部と第2の層14の間の空隙部に水等が侵入することで印刷層にふくれ等が生じ再帰反射性が低下することによる課題を認識することができず、こうした課題を前提として甲3記載技術を適用する動機付けはない
イ また、再帰反射材において再帰反射効率を高めることは周知の課題であり、キューブコーナー型再帰反射素子がマイクロ硝子球を用いたものよりも再帰反射効率が高いことが知られていたとしても、甲1発明におけるカバー層18とカバー層18の片面又は両面に複数の均一なパターンで白色に着色された印刷層は、ガラス微小球を用いた構成を前提として、夜間の再帰反射性を一定限度以上に不明瞭にしたり減衰させることなく、日光の下では白色に見えるように十分な白色を存在するように構成されたもの(1頁115~123行)であるから、こうしたカバー層18と白色に着色された印刷層の構成をそのままとした上で、これと裏材10の間に存在する層構成のみを取り出し、甲3記載技術の三角錐型キューブコーナー再帰反射材、空気層及び結合材層からなる層構成に置き換える動機付けはない
ウ 仮に、甲1発明の構成のうち「空隙部、ガラス微小球、第2の層14、第1の層12」を、甲3記載技術の構成のうち「結合材層(6)、空気層(3)、三角錐型反射素子層(1)、保持体層(2)」の構成を適用する動機付けがあるとしても、カバー層18が保持体層に接して構成することが可能な部材であるかにつき、それが可能であることを認めるに足りる証拠はない。』

2 取消事由3(サポート要件違反の判断の誤り)について
『ウ 本件審決は、本件発明の「特許請求の範囲」には、「保持体層」、「表面保護層」及び「印刷層」の積層構造について、「保持体層と表面保護層との間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置されており」とのみ記載され、「保持体層」と「表面保護層」とが接しているか否かを特定する記載はないことを理由として、本件発明は、「保持体層」と「表面保護層」が密着性が保たれている幅で接着している構成を欠くものが含まれている旨判断する。
 しかし、本件発明は、道路標識・・・(略)・・・等に使用される再帰反射シートに関するものであり(【0002】)、屋外での使用が当然想定されているといえ、また、再帰反射シートにおいて一定の耐候性が要求されること自体は技術常識であるといえる。そして、本件明細書では、従来技術の再帰反射シートは、色相を改善するために再帰反射シートの一部に連続した印刷層を設ける試みもされているが、印刷層は、表面保護層と密着性がやや劣り、耐候性試験においてフクレが生じたり、吸水しやすいという欠点があった・・・(略)・・・と記載されている。このような事情に照らせば、本件発明の「特許請求の範囲」につき、保持体層と表面保護層とが接しているか否かを特定する記載がないから、保持体層と表面保護層が密着性が保たれている幅で接着している構成を欠くものと解するのは不当であり、むしろ、密着性があることは当然の前提とされているものと解すべきである(「表面保護層」及び「保持体層」との用語自体及びその性質に照らしても、この両者を敢えて密着性が保たれない幅で接着することは想定し難い。)。
 また、被告は、前記第3の13(2)のとおり、本件審決は、「保持体層」と「表面保護層」とが接着していることが特定されていない点だけでなく、本件発明1の「独立印刷領域」がない部分の「保持体層」と「表面保護層」とが密着性が保たれるような幅で接着しているとはいえない点を問題にしており、上記構成を欠いた「再帰反射シート」が本件明細書の【0054】に記載された耐候性試験において「異常無し」との評価を得るに至らない態様が含まれる以上は、サポート要件違反が認められる旨主張する。
 しかし、本件発明においては、前述のとおり、「表面保護層」と「保持体層」とが密着性があることは当然の前提とされているものであるから、被告の主張は、その前提を誤るものというべきであり、採用し得ない。
 したがって、本件発明がサポート要件を満たさない旨の本件審決の判断は、判断の前提を誤解するものであり、誤りである。』

[コメント]
1.取消事由1-1-2(本件発明1の容易想到性の判断の誤り)について
 本件発明の各層が、甲1~3文献の何れかに記載されているとしても、個々の具体的積層体構造に基づいて容易想到性を検討する必要がある。この点、複数の層を一層にすることの容易想到性に関する裁判例ではあるが、下記「気泡シート」事件が参考になる。

2.取消事由3(サポート要件)について
 本件審決で指摘されているように、本件発明の特許請求の範囲では、文言上、「保持体層」と「表面保護層」とが「接して」いることは特定されていない。本判決では本件明細書の記載等から「保持体層」と「表面保護層」とが「密着」していることは当然の前提と判断されたが、これが仮に、「保持体層」と「表面保護層」とが「接して」いることが特定されているものの、それらが「密着」していることが特定されていないのであれば、明細書等の記載から『「接して」いる「保持体層」と「表面保護層」とが「密着」していることは当然の前提』とするのは比較的分かり易い(反射シートに関する過去の特許例を見ても、密着していることが特定されているものはあまりなく、密着していることを文言上明確に特定する必要があるとなるとサポート要件違反の無効理由を有する特許が存在することになるため、過去の実務との整合性を考慮するとそのように判断する方が無理がないと思われる)。しかし、「保持体層」と「表面保護層」とが「接して」いることが特定されていない(文言上、接していない態様が含まれる)ものを「密着」していることが当然の前提とするのはやや論理の飛躍があるように思う。この点では本件審決の判断の方が自然なのではないか。

[参考]
・「気泡シート」事件(知財高裁平成23年(行ケ)第10130号)
『審決は、「プラスチックフィルム等を用いる包装材において、新たな機能を付与しようとすれば新たな機能を有する層を付加するのは当業者の技術常識といえ、逆に、従来複数の層により達成されていた機能を例えば一層で達成できるならば、従来の複数の層に代えて新たな一層を採用し、製造の工程や手間やコストの削減を図ることも、当業者の技術常識といえる。すなわち、二層の機能を一層で担保できる材料があれば、二層のものを一層のものに代えることは当業者が当然に試みることである。」(28頁1行~8行)と当業者の技術常識を認定している。
 しかし、積層体の発明は、各層の材質、積層順序、膜厚、層間状態等に発明の技術思想があり、個々の層の材質や膜厚自体が公知であることは、積層体の発明に進歩性がないことを意味するものとはいえず、個々の具体的積層体構造に基づく検討が不可欠であり、一般論としても、新たな機能を付与しようとすれば新たな機能を有する層を付加すること自体は容易想到といえるとしても、従来複数の層により達成されていた機能をより少ない数の層で達成しようとする場合、複数層がどのように積層体全体において機能を維持していたかを具体的に検討しなければ、いずれかの層を省略できるとはいえないから、二層の機能を一層で担保できる材料があれば、二層のものを一層のものに代えることが直ちに容易想到であるとはいえない。目的の面からも、例えば材質の変更等の具体的比較を行わなければ、層の数の減少が製造の工程や手間やコストの削減を達成するかどうかも明らかではない。』

以上
(担当弁理士:赤間 賢一郎)

令和3年(行ケ)第10085号「印刷された再帰反射シート」事件

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