IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和3年(行ケ)第10140号「電鋳管の製造方法及び電鋳管」事件
名称:「電鋳管の製造方法及び電鋳管」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和3年(行ケ)第10140号 判決日:令和4年11月16日
判決:審決取消
特許法36条6項2号
キーワード:明確性、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/552/091552_hanrei.pdf
[概要]
プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいて、審決では不可能・非実際的事情が存在するとしたが、判決では製造方法により製造された電鋳管の構造又は特性が一義的に明らかであるとはいえず、不可能・非実際的事情が存在しないとして、明確性についての無効理由がないとした審決が取り消された事例。
[特許請求の範囲]
【請求項6】
外周面に電着物または囲繞物とは異なる材質の金属の導電層を設けた細線材の周りに電鋳により電着物または囲繞物を形成し、前記細線材の一方または両方を引っ張って断面積を小さくなるよう変形させ、前記変形させた細線材と前記導電層の間に隙間を形成して前記変形させた細線材を引き抜いて、前記電着物または前記囲繞物の内側に前記導電層を残したまま細線材を除去して製造される電鋳管であって、
前記導電層は、前記電着物または前記囲繞物より電気伝導率が高いものとし、
前記細線材を除去して形成される中空部の内形状が断面円形状又は断面多角形状であって、前記電着物または前記囲繞物の肉厚が5μm以上50μm以下であることを特徴とする、
電鋳管。
[審決]
(4)明確性要件違反(無効理由3)の有無について
従来、細線材に電鋳することで微細な内径を有する管を作成する場合に細線材を除去することは容易なことではなかったが、本件発明6及び訂正発明9の各請求項に記載の方法に対応する「細線材を一方または両方から引っ張って断面積が小さくなるように変形させて、細線材と電着物または囲繞物の間に隙間を形成し、掴んで引っ張る」などする(本件明細書【0041】の3)抜き取り方法を用いることで、細線材を除去可能であり、コンタクトプローブ用の管等として使用可能な微細な内径を有する電鋳管が製造できることが理解される(本件明細書【0005】、【0006】、【0041】、【0042】)。
そして、本件明細書の記載を踏まえると、上記細線材の抜き取り方法に関する記載は、電鋳により製造された微細な管の構造又は特性として、細線材が適切に除去されており、電鋳管がコンタクトプローブ用の管等として使用可能な程度の内面精度を有しているとの構造又は特性を表していると解釈することができる。
また、本件発明6及び訂正発明9の物の製造方法の特定により達成される上記内面精度の構造又は特性を、どのように直接特定すれば的確に表現できそうであるかを想定することができないし、かつ、本件発明の出願時において、これら構造又は特性を的確に直接特定することが一般に知られていたとも認められないから、当該電鋳管をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でない事情が存在したともいえる。
そうすると、本件発明6及び訂正発明9の物の製造方法を特定する記載により、これら発明の内容が不明確になるとはいえない。
[主な争点]
明確性要件違反(無効理由3)に関する判断の誤り(取消事由5)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
取消事由5(明確性要件違反に関する判断の誤り)について
『(1)判断基準
物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる(最高裁判所平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁)。
もっとも、上記のように解釈される趣旨は、物の発明について、その特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)、当該発明の技術的範囲は当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として確定されるところ(前掲最高裁判決)、一般的には、当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのか、又は物の発明であってもその発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているか不明であり、特許請求の範囲等の記載を読む者において、当該発明の内容を明確に理解することができず、権利者がその範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪う結果となり、第三者の利益が不当に害されることが生じかねないところにある。
そうすると、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、上記一般的な場合と異なり、出願時において当該製造方法により製造される物がどのような構造又は特性を表しているのかが、特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術常識より一義的に明らかな場合には、第三者の利益が不当に害されることはないから、不可能・非実際的事情がないとしても、明確性要件違反には当たらないと解される。
(2)検討
・・・(略)・・・
イ そこで、本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の構造又は特性、具体的には被告が主張する電鋳管の内面精度が、一義的に明らかであるか否かについて検討する。
まず、特許請求の範囲の記載から本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の内面精度が明らかでないことはいうまでもなく、また、本件明細書には、本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の内面精度について、何ら記載も示唆もされていない。
そして、本件明細書には、細線材を除去する方法として、①電着物等を加熱して熱膨張させ、又は細線材を冷却して収縮させることにより、電着物等と細線材の間に隙間を形成する方法、②液中に浸して又は液をかけることにより、細線材と電着物等が接触している箇所を滑りやすくする方法、③一方又は両方から引っ張って断面積が小さくなるように変形させて、細線材と電着物等の間に隙間を形成したりして、掴んで引っ張るか、吸引するか、物理的に押し遣るか、気体又は液体を噴出して押し遣る方法、④熱又は溶剤で溶かす方法が記載されている(【0041】、【0116】)が、これらの方法と、製造される電鋳管の内面精度との技術的関係についても一切記載がなく、ましてや、本件発明6及び訂正発明9の製造方法(上記③の方法に含まれる。)が、他の方法で製造された電鋳管とは異なる特定の内面精度を意味することについてすら何ら記載も示唆もない。さらに、上記各方法により内面精度の相違が生じるかについての技術常識が存在したとも認められない。
そうすると、本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の構造又は特性が一義的に明らかであるとはいえない。
ウ 以上のとおりであるから、本件発明6及び訂正発明9が明確であるといえるためには、本件出願時において、本件発明6及び訂正発明9の電鋳管をその構造又は特性により直接特定することについて不可能・非実際的事情が存在するときに限られるところ、被告はこのような事情が存在しないことは認めている。
・・・(略)・・・
以上によれば、本件発明6及び9の製造方法により製造された電鋳管が良好な内面精度の電鋳管という構造又は特性を表していることが、特許請求の範囲、本件明細書の記載及び技術常識から一義的に明らかであるとはいえない。』
[コメント]
裁判所がプロダクト・バイ・プロセス・クレームの明確性について「出願時において製造方法により製造される物がどのような構造又は特性を表しているのかが、特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術常識より一義的に明らかな場合には、第三者の利益が不当に害されることはないから、不可能・非実際的事情がないとしても、明確性要件違反には当たらない」と判示している。これは、平成29年(行ケ)第10083号において裁判所が判示した内容と同じである。
本件の場合は、本件発明6などの製造方法により製造された電鋳管の内面精度が明らかでないことなどから、その製造方法により製造された電鋳管の構造又は特性が一義的に明らかであるとはいえず、不可能・非実際的事情が存在しないとして明確性要件違反と判断されており、その判断は妥当であると考える。
以上
(担当弁理士:冨士川 雄)
令和3年(行ケ)第10140号「電鋳管の製造方法及び電鋳管」事件
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