IP case studies判例研究

令和3年(ワ)第10032号「チップ型ヒューズ」事件

名称:「チップ型ヒューズ」事件
特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所:令和3年(ワ)第10032号 判決日:令和5年6月15日
判決:請求棄却
特許法70条
キーワード:均等侵害(第2要件、第4要件)
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/171/092171_hanrei.pdf

[概要]
被告製品は、第2要件(置換可能性)および第4要件(容易推考性)を満たさず均等侵害に該当しないとして侵害が否定された事例。

[事件の経緯]
被告は、令和2年1月15日から同月17日までの間、東京で開催された電子部品及び材料の博覧会に出展し、被告製品が掲載されたパンフレットを配布した。
原告は、令和3年12月、特許第5737664号に基づき被告に対し侵害訴訟を提起した。
裁判所は、令和4年11月28日の書面による準備手続中の協議において、当事者双方に対し、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さないとの心証を開示して、話合いによる解決を検討するよう促した。当事者は、和解協議を開始した。
令和5年1月27日の和解協議において、これ以上の和解協議は行わないこととなった。

[本件発明1]※筆者が要素の符号を括弧で追記した。
A-1 基板への取り付け用端子の2つの平板状部(10、10)を間隔をあけて同一水平面上に有し、
A-2 当該水平面とは異なる高さにある水平面における前記2つの平板状部(10、10)間に位置するヒューズが、
A-3 前記2つの平板状部(10、10)と一体に形成されている端子一体型ヒューズ(2)と、
B-1 一方の面(16)が閉じられ、前記一方の面(16)と異なる水平面に位置する他方の面が開口され、
B-2 前記開口の周縁から前記一方の面(16)に向かう周壁部(22、24)を有し、
B-3 前記ヒューズが前記開口から前記一方の面側に向かう中途の位置に位置し、
B-4 前記2つの平板状部(10、10)が前記周壁部(22、24)にそれぞれ接触しているケース(14)と、
C   前記ケース内において前記ヒューズに設けられた消弧材部(26)とを、具備する
D   チップ型ヒューズ。

[被告製品]
a-1 基板への取り付け用端子の2つの平板状部10を間隔をあけて同一水平面上に有し、
a-2 当該水平面とは異なる高さにある水平面における前記2つの平板状部間に位置するヒューズ4が、
a-3 前記平板状部と一体形成されている端子一体型ヒューズと、
b-1 主壁面16が閉じられ、前記主壁面と異なる水平面に位置する他方の面が開口され
b-2 前記開口の周縁から前記主壁面に向かう側壁部(18、20、22、24)を有し、
b-3 前記ヒューズ4が前記開口から前記主壁面側に向かう中途の位置に位置し、
b-4 前記2つの平板状部が前記側壁部にそれぞれ接触しているケース14と
c   前記ケース内には前記ヒューズ4の周辺に前記ヒューズ4を包摂するように前記主壁面、その側壁部と同ケース14内のヒューズ4と前記開口部との間に設けられた隔壁101と、前記隔壁101と前記ケース14を接着剤で接着することにより形成された密閉された空間26を設けた
d   チップ型ヒューズ

[主な争点]
本件発明の技術的範囲への属否(均等侵害の成否。争点1)

[裁判所の判断]
『1 争点1(本件発明の技術的範囲への属否(均等侵害の成否))について
(1) 被告製品の構成
被告製品が、本件発明の構成要件A-1ないしB-4及びDを充足すること、同Cを充足しないこと(文言侵害が成立しないこと)は当事者間に争いがない。
そこで、被告製品は、本件発明と均等であるかについて検討する。
(2) 均等侵害の成否
ア 特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、①同部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件)、②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって(第2要件)、③上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(第3要件)、④対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件)、かつ、⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(第5要件)は、同対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
そして、対象製品等が特許発明の構成要件の一部を欠く場合であっても、当該一部が特許発明の本質的部分ではなく、かつ前記均等の他の要件を充足するときは、均等侵害が成立し得るものと解される。
これに対し、被告は、対象製品等が構成要件の一部を欠く場合に均等論を適用することは、特許請求の範囲の拡張の主張であって許されない旨を主張するが、構成要件の一部を他の構成に置換した場合と構成要件の一部を欠く場合とで区別すべき合理的理由はないし、本件において、原告は、被告製品には構成要件Cの「消弧材部」に対応する消弧作用を有する部分が存在し、置換構成を有する旨主張していると解されるから、被告の前記主張を採用することはできない。
イ 第1要件ないし第3要件
原告は、別紙「均等侵害の成否等」の「原告の主張」欄記載のとおり、本件発明の本質的な構成部分は構成要件のうちA-1ないしA-3、B-3及びB-4であり、構成要件Cは本件発明の課題解決方法に資するものではないとして、第1要件は満たす旨主張するところ、被告もこれを積極的に争っていない。
一方、第2要件及び第3要件に関し、原告は、被告製品の構成cの「接着剤で接着することにより形成された密閉された空間26」が本件発明の構成要件Cの「消弧材部」と同一の作用効果(消弧作用)を有することを示す実験報告書等(甲13、14、32)を証拠提出する。これらは、被告製品と同じ構造を有する製品につき、ヒューズエレメント部が密閉構造である場合と、非密閉構造である場合又は端子一体型ヒューズ素子を取り出して遮断試験用基板に実装して遮断試験を行った場合の、各アーク放電の持続時間を対比した結果、密閉構造のものは、非密閉構造等のものに比べ、同持続時間が2分の1ないし3分の1になったというものである。しかし、これらは、被告製品の「密閉された空間」と本件発明の「消弧材部」の各作用効果の対比自体を行うものではないことに加え、被告が証拠提出する試験報告書(乙16)によれば、被告製品、被告製品に消弧材部を設けたヒューズ及び被告製品のヒューズ素子のみを対象として、アーク放電の持続時間を記録したところ、被告製品が最も同時間が長かったという結果であったことが認められ、被告製品とヒューズ素子の各アーク放電の持続時間について、原告が提出する実験報告書(甲14)と相反する結果となっている。そうすると、原告が提出する前記証拠その他の事情等から、被告製品の構成cが本件発明の構成要件Cと同様の作用効果を有するとまでは認め難いから、少なくとも第2要件が満たされるとはいえない。
ウ 第4要件
前記イの点は措くとしても、以下のとおり、第4要件も満たさない。被告は、被告製品の構成は、本件発明の特許出願時における公知技術(乙1発明)と同一又は当業者が乙1発明から出願時に容易に推考可能であった旨を主張する。
・・・(略)・・・
(エ) 被告製品と乙1発明の対比
被告製品のa-1、a-2及びb-1ないしdの各構成は、それぞれ、乙1発明のα-1、α-2及びβ-1ないしδの各構成と同一であるものと認められる。
そこで、被告製品の構成a-3と乙15発明の構成α-3’が一致するかを検討する。「一体」の字義は、「一つになって分けられない関係にあること」であるところ(広辞苑第七版)、被告製品は、別紙「被告製品写真」の3及び4に示されるように、ヒューズ本体4と2つの平板状部10の部材が連続し、一つになって分けられないように形成されていることが明らかである。一方、乙1発明の可溶線5と金属電極2は、異なる部材で構成され、また、可溶線5は、可溶線挟持部22において挟持されることによって金属電極2に接続されていることから、可溶線5と金属電極2は、同一材料で形成されておらず、一つになって分けられないように形成されてもいない。
したがって、可溶線5と可溶線挟持部22は一体に形成されているとは認められず、乙1発明は構成a-3を有していない点で被告製品と相違しており、被告製品は、公知技術と同一であるとはいえない。
(オ) 乙1発明と乙3発明に基づく容易推考性
被告は、乙1発明が構成a-3を有していない点で被告製品と相違しても、被告製品の構成a-3は、乙1発明の構成α-3’を乙3発明の構成に置換することにより、当業者にとって容易に推考可能である旨を主張する。
a 乙3公報は、発明の名称を「面実装型電流ヒューズ」とする公開特許公報であり、発明の詳細な説明には次の記載がある(乙3)。
・・・(略)・・・
b 容易推考性
・・・(略)・・・
以上によれば、乙3公報には、面実装可能な小型ヒューズにおいて、生産性の向上を目的として、溶断部を配設したヒューズエレメント部と外部電極を一体の金属で形成するという乙3発明が開示されているといえる。
一方、乙1公報の発明の詳細な説明によれば、乙1発明は表面実装超小型電流ヒューズに関する発明であり(段落【0001】)、従来の表面実装小型電流ヒューズは、可溶部あるいは可溶線が合成樹脂や低融点ガラス等の絶縁物に直接接触した構造である場合、可溶部等が熱的中立性を保てず本来のヒューズとしての溶断性能がおろそかにされている問題(同【0002】~【0004】)や、電極をケース内に配置固定した後、電極間に可溶線を架張して半田付けする方式は、半田が固まる際に生じる盛り上がりの差により電極間の長さ、すなわち、可溶線の長さにばらつきが生じるという問題があったこと(同【0005】)に加え、従来の小型あるいは超小型電流ヒューズは、各部品を一つ一つバッチ工程で加工組立てを行う必要があり、部品が小さいためその作業は困難を極め、製造し難く、その結果、低コスト化にも限界があるという問題があった(同【0006】)。これに対し、乙1発明は、可溶線5を挟持した一対の金属電極2が箱型形状を有する本体1の両端に取り付けられ、蓋部3を本体1の上面より僅かに沈む位置まで押し込み接着剤を塗布して蓋部3を本体1に固定して内部を密閉し、可溶線は本体1の内部空間に浮いた状態で架張されている構成をとることで(同【0008】)、溶断特性のばらつきを最小限に抑えることや従来型と比べて2倍以上大きい遮断能力を有することを可能としたこと(同【0028】~【0030】)に加え、連続工程で製作組立を行うこと、特に、可溶線5を挟持した一対の金属電極2を組み立てた後に鞍部21を本体1の双方の短側壁11に嵌合させて固定することにより、製造が容易になって、大幅なコスト削減が可能となるという効果を奏するものである(同【0020】【0027】)。
そうすると、乙1発明と乙3発明は、いずれも表面実装型ヒューズに関する発明であり、その技術分野は同一である。また、乙1発明と乙3発明は、いずれも生産性の向上という同一の課題に対し、予めヒューズと電極とを組み合わせた後に本体に固定するという技術思想に基づく課題解決手段を提供する発明であることに加え、乙1発明の溶断時間のばらつきを抑えるという課題と乙3発明の溶断特性を調整するという課題は、所望の溶断特性を実現するという点で関連しているといえる。
したがって、乙1発明と乙3発明は、技術分野、課題及び解決手段を共通にするから、乙1発明に乙3発明を適用する動機付けが存在するものと認められる。
(b) 原告の主張
原告は、乙1発明と乙3発明とは、その課題等が相違することのほか、乙3発明において、ヒューズエレメント部の切削を容易にするためには、乙1発明のケース11は上下方向の中央で分割される必要があること、乙1発明の本体1の空間部6内に乙3発明のヒューズエレメント部15を配置する場合、ヒューズエレメント部15を切削する必要があるが、所望の抵抗値が得られるように切削することは実質的に不可能であることから、乙1発明に乙3発明を組み合わせることはその構成上不可能であることなどの阻害要因があるとして、被告製品と乙1発明の相違部分は、乙3発明から容易に推考できたとはいえない旨を主張する。
しかし、前記(a)のとおり、乙1発明と乙3発明の課題は同一又は関連している。また、乙3公報の発明の詳細な説明によれば、ヒューズエレメント部の切削は、スクライブやパンチング等の機械的方法によって行うが、予めヒューズエレメント部の切削をした後にケースに固定をしてもよい旨が記載されていることから(段落【0022】【0027】【0028】)、ヒューズエレメント部を切削するために、ケースを上下方向の中央で分割する必要があることにはならない。また、乙3発明を乙1発明に適用するに当たり、乙1発明の空間部6内に、外部電極と一体の金属で形成され、溶断部を配設したヒューズエレメント部を配置することとなるが、空間部6内にヒューズエレメント部を配置する場合に、当該ヒューズエレメント部を切削する必要が必ずしもあるともいえない(ヒューズエレメント部の一部の切削は本体への配置前に行うことができる。)。その他、乙1発明に乙3発明を組み合わせることについて阻害要因があることをうかがわせる事情はない。
したがって、原告の前記主張は採用することができない。
(c) 以上から、乙1発明に乙3発明を適用する動機付けが存在し、これを阻害する要因は認められないから、乙1発明の可溶線と金属電極は異なる部材で構成される構成に代えて、乙3発明の、溶断部を配設したヒューズエレメント部と外部電極部を一体の金属で形成する構成を採用して被告製品の構成とすることは、当業者が本件特許の出願時に容易に推考し得たものと認められ、被告製品は、均等の第4要件を満たさない。
(3) したがって、被告製品について均等侵害は成立しないから、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さない。』

[コメント]
裁判所は均等の第2要件を満たず、さらに第4要件も満たしていないと判断した。被告製品では、消弧材部が設けられておらず、ケース内部は空間である。消弧材部を無くし空間に置換したものとして、その作用効果(消弧材部の作用効果)の同一性について、原告と被告の双方で実験したが相反する結果であったため、裁判所は被告製品における作用効果の同一性を認めなかった。判決文から詳細な実験実態は不明であるが、普通に考えて消弧材部がなければその作用効果はないと思われる。
また、原告は、不完全利用の一形態としての均等の適用を主張し、裁判所はこれを認め、均等の範囲でこれを判断しているので、他の判決も挙げておきたい。
平成24年(ネ)第10018号(ソフトビニル製大型可動人形の骨格構造および該骨格構造を有するソフトビニル製大型可動人形)『特許権侵害訴訟において,相手方が製造等をする製品が特許発明の構成要件中の一部を欠く場合,文言上は全ての構成要件を充足しないことになるが,当該一部が特許発明の本質的部分ではなく,かつ均等の他の要件を充足するときは,均等侵害が成立し得るものと解される。』
以上
(担当弁理士:丹野 寿典)

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