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令和4年(ネ)第10113号「コンプレッションサポーター」事件

名称:「コンプレッションサポーター」事件
損害賠償等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和4年(ネ)第10113号 判決日:令和5年10月26日
判決:控訴棄却
関連条文:特許法70条
キーワード:構成要件充足性、均等侵害
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/458/092458_hanrei.pdf

[概要]
「樹脂より成る」との記載の「樹脂」については、明細書の記載、及び一般常識によれば「合成樹脂」であると解され、「合成繊維」であると解することはできないとして、被告製品が本件特許権の構成要件を充足せず、かつ、均等の範囲にも属しないと判断された事例。

[事件の経緯]
控訴人は、特許第5133797号の特許権者である。
原判決では控訴人(原告)の請求が全部棄却されたため、控訴人が原判決を不服として知財高裁に控訴した。知財高裁は、本件控訴を棄却した。

[本件発明]
【請求項1】
A 伸縮性素材より成り膝部に着用し得る形態の本体を具備し、上記本体よりも伸縮性の低い低伸縮領域を本体に設け、上記低伸縮領域と本体の伸縮性の相違により膝関節部及び周囲筋腱をサポートするサポーターであって、
B 低伸縮領域として、
ⅰ  膝蓋靭帯を圧迫し、かつ、膝蓋骨を吊り上げ、大腿四頭筋の機能を補助するために、膝蓋骨の下部を取り囲むほぼU字型に、本体正面に設けた正面吊り領域を具備し、
ii また、大腿骨及び周囲筋腱を圧迫するために、上記ほぼU字型の正面吊り領域の左右両端から上方へ連続して伸びる方向に、本体両側面に設けた側面圧迫領域を具備し、
C 上記低伸縮領域は、樹脂より成る低伸縮性材料を本体に固着した構成を有している
D コンプレッションサポーター。

[主な争点]
・被告各製品の構成要件充足性(争点1)
構成要件Biiの「大腿骨及び周囲筋腱を圧迫するために…本体両側面に設けた側面圧迫領域を具備し」の充足性について(争点1-3)
構成要件Cの「樹脂より成る低伸縮性材料を本体に固着した構成」の充足性について(争点1-4)
均等侵害の成否について(争点1-5)
・本件特許の無効理由の有無(争点2)
サポート要件違反について(争点2-4)

[裁判所の判断]
『3 被控訴人各製品の構成要件充足性(争点1-1~4)
・・・(略)・・・
(2)構成要件Biiの「大腿骨及び周囲筋腱を圧迫するために…本体両側面に設けた側面圧迫領域を具備し」の充足性について(争点1-3関係)
ア 上記(1)の認定に、争いのない被控訴人製品17の構成(前記引用に係る原判決「事実及び理由」第2の1〔前提事実〕(4)ア、イ)及び弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人製品部分4は、構成要件Biiの「低伸縮領域として…上記ほぼU字型の正面吊り領域の左右両端から上方へ連続して伸びる方向に、本体両側面に設けた」領域に相当し、大腿骨の周囲筋腱を圧迫するものと認められる。
・・・(略)・・・
ウ そして、弁論の全趣旨によれば、被控訴人製品部分4について、被控訴人製品17と被控訴人製品2は同じ構成を有すると認められるところ、証拠(甲15の1、2、甲23、乙12)によれば、被控訴人製品2の被控訴人製品部分4に相当する部分は、皮膚と大腿骨の間に厚い組織がない別紙3図面の②及び⑥の部分を、少なくとも③、⑤、⑦、⑩の部分より強く圧迫していること、上記②及び⑥の部分は皮膚の表面と大腿骨が近接しており厚い組織はなく、したがって、皮膚の上からの押圧により大腿骨を両側から挟む形で容易に圧迫できることが認められる。
・・・(略)・・・
オ したがって、被控訴人製品部分2は、皮膚の上から大腿骨を圧迫する「側面圧迫領域」に相当するから、被控訴人製品17は「大腿骨及び周囲筋腱を圧迫するために…本体両側面に設けた側面圧迫領域を具備し」との構成を有しており、構成要件Biiを充足するものと認められる。
(3)構成要件Cの「樹脂より成る低伸縮性材料を本体に固着した構成」の充足性について(争点1-4関係)
ア 「樹脂より成る低伸縮性材料」の意義について
(ア)構成要件Cの「樹脂」が天然樹脂ではなく合成樹脂を意味することは、本件明細書の記載及び弁論の全趣旨から明らかである。
そして、大辞林(甲17)には、合成樹脂については「建築用材・各種部品・食器などに用いられる合成高分子化合物の総称」、合成繊維については「合成高分子化合物を、種々の方法で紡いで繊維としたもの」とあり、「合成樹脂」と「合成繊維」は項目を分けて説明されている一方で、一般的な用例として「合成樹脂」が「合成繊維」を含むとする記載はない。
そして、一般的な国語辞典よりは技術用語としての用例に踏み込んでいると解される辞典も含めて更に検討すると、「合成樹脂」の説明として、デジタル大辞泉(乙1)では「合成高分子化合物のうち、繊維およびゴムを除いたものの総称」、世界大百科事典第2版(乙2)では「合成高分子物質のうちで、合成繊維と合成ゴムを除いた、成形品」、化学大辞典3(乙7)では「合成高分子物質の中で繊維、ゴムとして利用される以外のものを総称する。」とあり、「合成樹脂」に「合成繊維」は含まれない旨が明確に記述されている。
・・・(略)・・・
これらの辞書、辞典類の記載によれば、合成樹脂と合成繊維はいずれも高分子化合物であり、合成繊維は合成樹脂を材料とすると認められるものの、「合成樹脂」という用語の一般的な意義としては、合成繊維を含まないとみるのが相当である。
(イ)また、本件明細書には、「本発明において、上記低伸縮領域は低伸縮性材料を本体に固着一体化することによって構成されている。低伸縮性材料としては、例えばナイロン、ポリエステル、ウレタンなどの樹脂材料を使用することができ、特にはウレタン系の樹脂材料が適している。」(【0012】)、「上記の本体20は、綿、毛、アクリル、ポリエステル、ナイロンなどを素材とする非伸縮性繊維及びゴムなどの伸縮素材又はその他の伸縮性繊維などを使用して…編織したものである。」(【0022】)、「図示の例の場合、本体20は綿糸及び合成繊維糸
を周方向に伸縮性を持つように編織したもので、低伸縮性材料34はウレタン系樹脂材料のフィルムより成る多層構造を有し…」(【0032】)と記載されており、本体を形成する素材に合成繊維が含まれることが開示される一方で、低伸縮領域を形成する「低伸縮性材料」につい
ては「樹脂材料」と記載され、この「樹脂材料」に合成繊維が含まれるとする記載はない。その他、本件明細書には、低伸縮領域を形成する「樹脂」又は「樹脂より成る低伸縮性材料」が合成繊維を含むことを示唆する記載は見当たらない。
(ウ)以上の「合成樹脂」の一般的な意義及び本件明細書の記載によれば、構成要件Cの「樹脂より成る低伸縮性材料」は合成繊維を含まないと解される。
イ 「樹脂より成る低伸縮性材料を本体に固着した」の意義について
上記アのとおり「樹脂より成る低伸縮性材料」は合成繊維を含まないと解されるから、「固着」についても、本体の一部に低伸縮性の合成繊維を編み込むことや、本体に用いる合成繊維の織り方や編み方を変えることによって、本体の一部に設けることは含まないと解される。
「固着」に関する本件明細書の記載(【0012】、【0031】、【0032】)をみても、これと異なる解釈をすべき根拠となる記載は見当たらない。
また、本件明細書の【背景技術】【0002】に「本体に織り込まれているゴムのパワー(ゴムの収縮力…)を変え、或いは織り方を変えることで患部に対する圧迫力、押圧力変化させる方式を取っている」従来のサポーターについて「膝関節の任意の箇所に必要な押圧力を加えることができないという問題があった。」と記載されていることは、本件発明がこの従来技術と異なる方式であることを示唆するものであり、「固着」についての上記解釈を裏付けるものといえる。
ウ 被控訴人製品17について
(ア)被控訴人は、被控訴人製品17の構成は「一体編成・織成構造」(部分によって織り方や編み方を変化させることにより、伸縮性等の異なる部位を配置した構造)である旨主張し、これに沿う報告書(乙14)を提出するところ、控訴人は特に争っていない。
(イ)そうすると、被控訴人製品部分2は、「樹脂より成る低伸縮性材料を本体に固着した」低伸縮領域に相当するとはいえないから、被控訴人製品17の構成は、構成要件Cを充足しない。
・・・(略)・・・
オ そして、弁論の全趣旨によれば、少なくとも被控訴人製品部分2の構成は、被控訴人各製品に共通するものと認められるから、被控訴人各製品は、本件発明の構成要件Cを充足せず、その文言上、本件発明の技術的範囲に属するとはいえないことになる。
4 均等侵害の成否について(争点1-5関係)
(1)均等の第1要件(非本質的部分)について
ア 特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための、従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を、具体的な構成をもって社会に開示した点にある。したがって、特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。
そして、上記本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で、特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。その結果、従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には、特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定せざるを得ないこととなる。
ただし、明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には、明細書に記載されていない従来技術も参酌して、当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである(知財高裁平成28年3月25日判決・判例タイムズ1430号152頁参照)。
イ 本件明細書に記載された従来技術、発明の課題及び課題を解決するための手段は、以下のとおりである(前記引用に係る補正後の原判決「事実及び理由」第4の1(2)のとおりであるが、再掲する。)。
(ア)従来技術では、サポーター本体に織り込まれているゴムの収縮力や織り方を変えることで患部に対する圧迫、押圧の強度を変化させていたが、膝関節の任意の箇所に必要な押圧を加えることができないという問題があった(【0002】)。先行特許文献に記載された逆U字型のパッドを備える構成では、膝蓋骨を吊り上げて大腿四頭筋の機能を補助することができず、縦方向と横方向の伸長率を変化させてずれにくくする構成はサポーター本来の機能とは関係がないという問題があった(【0003】)。
(イ)本件発明は、膝蓋靭帯を圧迫し、かつ、膝蓋骨を保持して、膝関節を良好に固定するコンプレッションサポーターを提供することを発明の課題とし(【0005】)、この課題を解決するための手段として、本件発明の構成要件A~Cの構成を採用した(【0006】)。
(ウ)これにより、本件発明は、適切に膝蓋靱帯を圧迫し、膝蓋骨を保持して、膝関節を良好に固定し得るコンプレッションサポーターを提供するという効果を奏する(【0020】)。
・・・(略)・・・
オ 以上の乙4文献の開示事項を考慮すると、本件明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところは、出願時の従来技術に照らし客観的にみて不十分というべきである。
そして、乙4文献記載の従来技術をも参酌すると、従来技術に「膝関節の任意の箇所に必要な押圧を加える」ことができないという問題があり、「膝蓋靭帯を圧迫し、かつ、膝蓋骨を保持して、膝関節を良好に固定するコンプレッションサポーターを提供する」という課題が未解決であったということはできず、少なくとも、従来技術と比較した本件発明の貢献の程度は大きいものではないと評価せざるを得ない。
以上によれば、本件発明の本質的部分は、本件発明に係る特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものと認めるのが相当であり、少なくとも、樹脂より成る低伸縮性材料を本体に固着した低伸縮領域の構成を定める構成要件Cは本件発明の作用効果に直結する部分であって、その本質的部分に含まれるというべきである。
カ そうすると、上記3のとおり、被控訴人各製品は、構成要件Cを充足しないから、本件発明の本質的部分を備えていないこととなり、均等の第1要件を充足するとは認められない。
(2) したがって、被控訴人各製品については、その余の点を判断するまでもなく、本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとしてその技術的範囲に属すると認めることはできない。』

[コメント]
原審においては、「樹脂より成る」との記載について、「合成繊維」を含むと解釈できるとして、被告製品が構成要件Cを充足すると判断されたが、控訴審では、これが否定された。控訴審では、辞典等の記載を参照して、詳細に「樹脂」について一般的な解釈を示すことで結論を導いており、より客観的な判断がなされているように思われる。
ただし、本件特許権に係る明細書において、一体編成・織成構造を採用した従来技術の問題点に対する指摘、及び「低伸縮領域」に関する説明によれば、本件特許権において「樹脂より成る」との記載は、「合成繊維」を含むと解釈することは難しいように思われる。したがって、特に本件のような場合は、「樹脂」について「合成繊維」までも含み得ると主張するには、少なくとも明細書内に何らかの記載や示唆が必要であったと言えるだろう。

以上
(担当弁理士:植田 亨)

令和4年(ネ)第10113号「コンプレッションサポーター」事件

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