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令和5年(ネ)第10015号「フィルタ内に管状要素を含むフィルタ付シガレット」事件

名称:「フィルタ内に管状要素を含むフィルタ付シガレット」事件
特許権侵害損害賠償請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和5年(ネ)第10015号 判決日:令和5年9月21日
判決:控訴棄却
特許法70条
キーワード:構成要件の充足
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/385/092385_hanrei.pdf

[概要]
明細書の一部の記載や権利化の過程で提出した意見書の記載に基づいた一部構成要件の控訴人の解釈は誤りであり、正しく解釈した結果、被控訴人の製品は特許発明の技術的範囲に属するとは認められないと判断した事例。

[本件発明]
A タバコロッドと
B 前記タバコロッドに接続されたフィルタ要素と
C を備えるシガレットであって、
D 前記フィルタ要素は前記タバコロッドの基端にある端部と、前記シガレットのマウス端を画成する前記タバコロッドから末端にある端部とを有し、
E 前記フィルタ要素は第1繊維性フィルタ材を備え、
F 1つ以上のチャンネルキャビティが、前記第1繊維性フィルタ材内に形成され且つ前記第1繊維性フィルタ材を通って少なくとも部分的に長手方向に延在し、
G 前記少なくとも1つのチャネルキャビティのそれぞれは、前記タバコロッドと、(i)前記繊維性フィルタ材の第1部分に端と端とを接した構成で配列された繊維性フィルタ材の第2部分であって、煙変性剤を含まない繊維性フィルタ材の第2部分および(ii)前記シガレットの前記マウス端のうちの一方との間で主流煙が通過するために適合され、
H 前記第1繊維性フィルタ材は、前記タバコロッドの基端にある前記端部を始点として前記フィルタ要素に沿って少なくとも部分的に長手方向に延在する煙変性剤を含み、
I 主流煙は、煙変性剤に実質的に接触することなく通過する、
J シガレット。

[原判決]
『(3) 以上を前提に被告製品が構成要件Iを充足するかを検討する。
被告製品では、タバコロッドで主流煙が発生してから、マウス端に至るまで、主流煙が煙変性剤に実質的に接触しないといえるかについて、被告製品ではいずれの区画においてもメンソールが分布しており、これが煙変性剤に当たることは前記2のとおりである。そうすると、被告製品では少なくともC区画にはチャネルが設けられていないため、主流煙はC区画のメンソールと実質的に接触することになる。よって、被告製品は、「主流煙は、煙変性剤に実質的に接触することなく通過する」(構成要件I)を充足しない。』

[主な争点]
被告製品において「主流煙は、煙変性剤に実質的に接触することなく通過」(構成要件I)するか(争点2-4)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『1  当裁判所も、原告らの請求はいずれも理由がないものと判断する。』
『原告らは、・・・(略)・・・、原告レイノルズが本件特許に係る出願手続において提出した意見書(乙12)の記載及び構成要件Fの文言を根拠に、本件発明は、フィルタ要素の一部分であるチャネルキャビティにおいて、主流煙の内容物を実質的に煙変性剤に接触させないことにより、当該チャネル部分において、実質的に改変されない味質及び望まれ得る官能的特徴を有する主流煙を生成することを規定した発明であると主張する。
しかしながら、以下のとおり、原告らの主張を採用することはできず、前記補正して引用した原判決第3の1(2)のとおり、本件発明は、フィルタ要素内にチャネルキャビティを設けることによって、主流煙と煙変性剤とを実質的に接触させないこととし、これにより、気相成分を除去しつつ、実質的に改変されない味質及び望まれ得る官能的特徴を有する主流煙を生成する発明であると認められる。そして、本件発明が奏するそのような作用効果に照らすと、本件発明は、フィルタ要素の全体において、主流煙と煙変性剤との実質的な接触を回避する発明であると認めるのが相当である。』
『原告らが援用する【0007】には、「望ましい官能的特徴を有する主流煙を生成する一方で主流煙の気相成分を除去するシガレットフィルタ」を提供することが望ましい旨記載されているのであり、このような記載に照らすと、シガレットフィルタを構成する全領域(すなわちフィルタ要素全体)において、本件発明の課題が実現されることが想定されているとみるのがむしろ自然であって、本件発明の課題が「チャネルキャビティ付き部分においてのみ、実質的に改変されない味質及び望まれ得る官能的特徴を有する主流煙を生成すること」であると認めることはできない。』
『イ  原告らは、本件発明における課題の解決手段に係る【0009】には、「…チャネルは、主流煙の特定の内容物が煙変性剤に接触することなくフィルタ要素を通って進行することを可能にする。これにより、実質的に改変されない味質および望まれ得る官能的特徴を有する主流煙の内容物が喫煙者に提供されることとなる。」との記載があるところ、この記載は、「チャネル」において「実質的に改変されない味質」等を有する主流煙の内容物を提供することが本件発明の作用効果である旨を説明したものであると主張する。
しかしながら、【0009】の文言上、本件発明の作用効果として、フィルタ要素全体で実質的に改変されない味質等を満たす主流煙の内容物が喫煙者に提供されなければならないことは明らかであるから、「チャネル」において当該味質等を満たす主流煙の内容物が提供されれば足りるわけではない。・・・(略)・・・。前記【0007】の記載に照らすと、本件発明は、喫煙者に「望ましい官能的特徴を有する主流煙を提供するシガレットフィルタ」を提供することを課題とするものであり、喫煙者はフィルタ要素全体を通じて主流煙の提供を受けるのであるから、【0009】の前記記載は、本件発明がフィルタ要素全体を通じ、主流煙と煙変性剤との実質的な接触を想定していないものと解するのが相当である。以上によると、原告らが援用する【0009】の記載をもって、本件発明の奏する作用効果が「チャネルキャビティ付き部分のみにおいて、実質的に改変されない味質等を有する主流煙の内容物を提供すること」などと解することはできない。』
『キ  原告らは、原告レイノルズが本件特許に係る出願手続において平成28年12月12日に提出した意見書(乙12)には、主流煙が煙変性剤と実質的に接触せずにチャネルキャビティを通過することに係る想到困難性について記載があるのみであるところ、これは、本件発明がチャネルキャビティ付き部分において主流煙の味質及び望まれ得る官能的特徴が実質的に変更されないことを規定した発明であることを裏付けると主張する。
しかしながら、前記意見書は、平成28年12月12日提出の手続補正書(乙11)と同時に提出されたものであるところ、同手続補正書によると、本件特許に係る特許請求の範囲の請求項39(以下、単に「請求項39」という。)については、繊維性フィルタ材の第2部分に煙変性剤を含まない旨の限定及び主流煙が煙変性剤に実質的に接触することなく通過する旨の限定がされたものと認められるから、原告らが援用する前記意見書の記載をもって、本件発明がチャネルキャビティ付き部分のみにおいて主流煙の味質等が実質的に変更されないことを規定した発明であることが裏付けられるとはいえない。』
『(2)  構成要件Iの解釈について
ア  原告らは、本件発明の意義が前記(1)の原告らの主張のとおりであること及び構成要件Fの文言(「…チャンネルキャビティが、前記第1繊維性フィルタ材内に形成され」)を根拠に、構成要件Iの「煙変性剤」は構成要件Hにいう第1繊維性フィルタ材内に含まれる煙変性剤を意味すると主張する。
しかしながら、前記(1)において説示したとおり、本件発明の意義は、喫煙者に望ましい官能的特徴を有する主流煙を提供するため、チャネルキャビティにおいてだけではなく、フィルタ要素全体において、主流煙と煙変性剤との実質的な接触を回避したシガレットフィルタを提供するところにあるから、構成要件Iの「煙変性剤」をチャネルキャビティ付き部分に配置されたものに限定して解すべき理由はない。
イ  原告らは、特許法には、特許請求の範囲の記載における改行の意味等について定める規定がないことを根拠に、請求項39の記載において、構成要件Iの記載の直前で改行がされ、構成要件Iの記載が構成要件AからHまでの記載と区切られているからといって、構成要件Iにつき、「本件発明のシガレットの全体について、タバコロッドで発生した主流煙が煙変性剤に実質的に接触しないこと」を意味すると解するのは相当でないと主張する。
しかしながら、言語によって記載された特許請求の範囲の記載の解釈に当たり、改行の有無が考慮され得るのは当然のことであり、これは、特許法その他の法令において特許請求の範囲の記載における改行の意味等を定めた規定がないことにより左右される事柄ではない。そして、前記補正して引用した原判決第3の3(1)ア(ア)のとおり、請求項39の記載において、構成要件Iの記載の直前で改行がされ、構成要件Iの記載が構成要件AからHまでの記載(途中で改行がされていないもの)と区切られていることからすると、請求項39の記載においては、構成要件AからHまでの記載及び構成要件Iの記載がそれぞれ構成要件Jの「シガレット」の構成全体を説明していると理解されるのであるから、構成要件Iについては、「本件発明のシガレットの全体について、タバコロッドで発生した主流煙が煙変性剤に実質的に接触しないこと」を意味すると解するのが相当である。』

[コメント]
「主流煙は、煙変性剤に実質的に接触することなく通過する」という作用的な記載の構成要件Iの解釈が争点になった。控訴人は、明細書の一部の記載や権利化の過程で提出した意見書の記載に基づき、「第1繊維性フィルタ材内に形成されたチャネルキャビティ」について構成要件Iを規定したものと主張したが、裁判所は、他の構成要件を含めた「シガレット」全体について構成要件Iを規定したものであると判断した。
本判決は妥当な判断であるように思われる。明細書の一部記載を見れば、控訴人の主張に理解できる部分もあるが、それは一つの解釈にすぎず、他の構成要件に基づく別の解釈もまた成立し得る。本事件のように、作用的に記載されている構成要件の場合には特に多様な解釈が成立し得ることについて意識すべきであると感じた。
以上
(担当弁理士:赤尾 隼人)

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