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令和2年(ワ)第25892号「喫煙物品、および吸引材をもたらすために喫煙物品を用いること」事件

名称:「喫煙物品、および吸引材をもたらすために喫煙物品を用いること」事件
特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所:令和2年(ワ)第25892号 判決日:令和5年11月29日
判決:請求棄却
特許法70条
キーワード:用語の解釈
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/563/092563_hanrei.pdf

[概要]
本件特許における「嵌合端部」とは、その嵌合端部自体が一定の形状を有するとともに、相手方を含む両嵌合端部の形状が相補形状であり、互いにほとんど隙間なくはまり合うものをいうと解された結果、被告製品は構成要件を充足せず非侵害と判断された事例。

[本件発明](判決文内の分説に対応。)
【請求項1】
I カートリッジと、電気加熱部材と、制御ハウジングと、を含む電気喫煙物品であって、前記カートリッジは、
A 実質的に筒状のカートリッジ本体と、
B 吸引可能な物質をともに含む実質的に筒状の吸引可能な物質媒体であって、前記吸引可能な物質媒体と前記カートリッジ本体との間にポリマー材料を含む環状空間を定めるように、前記カートリッジ本体内に配置されている、前記カートリッジ本体の一端部と近接する第1端部及び前記カートリッジ本体の他端部と近接する第2端部を有し、前記カートリッジ本体とほぼ同じ長さの吸引可能な物質媒体と、
J 前記カートリッジ本体より長く、前記カートリッジ本体を取り囲むオーバーラップ部であって、前記オーバーラップ部における前記カートリッジ本体から突出した部分が、前記カートリッジの吸い口端と、前記吸引可能な物質媒体の吸い口側の端部と、の間に設けられたフィルター材料を囲う、オーバーラップ部と、を有し、
C 前記電気加熱部材は、前記カートリッジのオーバーラップ部内に配置され、
D 前記制御ハウジングは、前記カートリッジに機能可能に連結されている嵌合端部を有するとともに、前記電気加熱部材に電力を供給する電気エネルギー源を含み、
F 前記吸引可能な物質を含む蒸気を前記環状空間内に形成させるのに充分に、前記吸引可能な物質媒体の少なくとも一部を加熱するように、前記吸引可能な物質媒体が前記電気加熱部材と機能可能に配置され、
G 前記カートリッジの前記オーバーラップ部は、前記制御ハウジングへの必要な挿入深さを示す1つ以上のマーキングを外面に有する、
H 電気喫煙物品。

[主な争点]
構成要件Dの充足性(争点1-5)

[裁判所の判断]
『2 争点1-5(構成要件Dの充足性)について』
『(2)「篏合端部」の解釈について
ア 「嵌合」は、特許技術用語集によれば、「to fit into 形状が合った物を嵌め合わせること。」とされて、例として、「(例)受け孔と突起が嵌合する。凹部に凸起が嵌合して部材が位置決めされる。」と記載されている(乙13)。また、広辞苑(第7版)においては、「嵌合(かんごう)」の項目には、「かんごう【嵌合】⇒はめあい」と記載され、「嵌合(はめあい)」の項目には、「(機)軸が穴にかたくはまり合ったり、滑り動くようにゆるくはまり合ったりする関係をいう語。かんごう。」と記載されている。また、「嵌める(はめる)」の項目には、「②くぼみに入れて固定する。ある形のものに、ぴったり入れる、または、かぶせる。」と記載され、「嵌まる(はまる)」の項目には、「⑥しっくりと合う。ぴったりとはいる。」と記載されている。
以上の語句の一般的な意義からすると、「篏合端部」は、一定の形状を有するもので、二つの嵌合端部は、それぞれが相補形状を有して、その形状によって互いにほとんど隙間なくはまり合うものをいうと解される』
『イ 本件明細書には、「本発明の物品は、カートリッジの嵌合端部と嵌合する受容端部を有する制御ハウジングも含むことができる。したがって、制御ハウジングとカートリッジ本体は、機能可能に連結されるものとして特徴づけることができる。このような受容端部は特に、カートリッジの嵌合端部を受容する開口端部を有するチャンバーを含んでよい。・・・特有の実施形態では、カートリッジの嵌合端部を制御ハウジングの受容端部と嵌合させると(カートリッジの嵌合端部を制御ハウジングのチャンバーの中まで所定の距離だけスライドさせるなどすると)、吸引可能な物質媒体と電気加熱部材が整列して、吸引可能な物質媒体の少なくとも一部分を加熱できるようになる。」(【0008】)、「カートリッジ本体305は、制御ハウジング200の受容チャンバー210と嵌合する嵌合端部310と、」(【0040】)との記載がある。また、図4、図7、図9等には、吸引可能な物質を消費者の方に運ぶように構成された反対側の吸い口端と、外面および内面を有する壁とを有する実質的に筒状のカートリッジの嵌合端部310が示されるとともに、電気加熱部材に電力を供給する電気エネルギー源を含む制御ハウジングの端部として、中央部の円筒状の突出部を取り囲むように、円筒形のカートリッジの外壁の外径よりやや大きい内径を有する円筒形の受容チャンバー壁があり、カートリッジを受容チャンバーに挿入することで、カートリッジの外壁であり嵌合端部の外側が、受容チャンバーの外壁の内側に、ほとんど隙間なく接する状態が示されている。』
『すなわち、本件明細書には、カートリッジの嵌合端部と制御ハウジングの嵌合端部(受容端部)が嵌合すると記載され、その実施形態として、カートリッジが制御ハウジングの受容チャンバーに挿入されることで、相補形状を有するといえる、円筒形の外壁という形状を有するカートリッジの嵌合端部と、円筒形の受容チャンバー壁という形状を有する制御ハウジングの嵌合端部(受容端部)とが、カートリッジの外壁の外側の嵌合端部が受容チャンバーの外壁の内側に接することで、ほとんど隙間なく配置されるという状態ではまり合っていることが示されているといえる。これは、上記の「嵌合」についての一般的な意義に沿ったものである。他方、本件明細書には、制御ハウジングの「受容端部」あるいは「受容チャンバー」については、【0008】、【0040】以外に、本件明細書の【0012】、【0018】、【0027】、【0059】、【0061】、【0102】等にも記載があるが、カートリッジの嵌合端部の端面に接触又は近接するのみで、それを制御ハウジングの「受容端部」とする記載はないし、上記アの一般的な意義と異なる意味で「嵌合」が使われていることを示唆する記載もない。』
『ウ 本件発明は、前記1 のような技術的意義を有するところ、制御ハウジングとカートリッジの関係として、想定し得る様々な構成のうち、構成要件Dにおいて「前記制御ハウジングは、前記カートリッジに機能可能に連結されている嵌合端部を有する」として、それぞれの嵌合端部が「嵌合」するものであることを明確に定めている。そして、そのような構成の下で、制御ハウジングとカートリッジが「機能可能に連結され」、また、「吸引可能な物質媒体と電気加熱部材が整列して、吸引可能な物質媒体の少なくとも一部分を加熱できるように」なることがあるとしている。本件発明においては、制御ハウジングとカートリッジの関係が上記のとおり定められているところ、「嵌合」の語句の一般的な意義(前記ア)や本件明細書の記載(前記イ)もその一般的な意義を前提としていると解されることからも、「前記カートリッジに機能可能に連結されている嵌合端部」とは、その嵌合端部自体が一定の形状を有するとともに、ハウジングの嵌合端部も一定の形状を有し、それら両嵌合端部の形状が、相補形状であり、それぞれの形状によって、互いにほとんど隙間なくはまり合うものをいうと解される。』
『(3) 被告製品の構成dについて
イ 原告らは、エンドキャップに加熱式タバコスティックがぴったりとはまるから、エンドキャップの底面と、加熱式タバコスティックの先端面は、ほぼ同径の円形であり、「形状が合った物」であり、「エンドキャップの底面に達するまで加熱式タバコスティックを挿入可能であ」ることは「はめ合わせる」ことである旨主張する。
しかしながら、加熱式タバコスティックの先端面の形状とエンドキャップの底面の形状自体はほぼ同径の円形であるとしても、エンドキャップの底面に達するまで加熱式タバコスティックを挿入した状態は、加熱式タバコスティックの先端面がエンドキャップの底面に突き当たって接した状態になっているのみである。加熱式タバコスティックの先端面とエンドキャップの底面のそれぞれの形状は、相補形状ではなく、それぞれの形状によって、互いにほとんど隙間なくはまり合うものであるとはいえない。
なお、制御ハウジングは、構成要件Dの文言上、「前記電技加熱部材に電力を供給する電気エネルギー源を含(む)」(構成要件D)ものであるところ、被告製品における制御ハウジングはメインボディであるから、エンドキャップそれ単独では、制御ハウジングに当たることはない。 』
『ウ 原告らは、ヒータブレードのベース部が「篏合端部」に当たるとも主張する。しかしながら、前記のとおり、構成要件Dの「カートリッジ」に当たり得るのは加熱式タバコスティックであり、当該加熱式タバコスティックの篏合端部に当たり得るのは、円筒状の形状を有する加熱式タバコスティックの吸い口とは反対の先端部であるが、当該先端部は、原告らが「篏合端部」と主張するヒータブレードのベース部の形状と、相補形状ではなく、それぞれの形状によって、互いにほとんど隙間なくはまり合うものであるとはいえない、
なお、このことは、ヒータブレードのベース部とエンドキャップ底面とを合わせた構成を考えても同様である。
エ 以上によれば、被告製品の構成dのヒータブレードのベース部とエンドキャップ底面は、いずれも構成要件Dの「篏合端部」に当たらず、その他、これに該当する部分はないといえる。そうすると、被告製品は、構成要件Dを充足する部分を有せず、その余を判断するまでもなく本件発明の技術的範囲に属さない。』

[コメント]
原告は、被告製品の加熱式タバコスティックをエンドキャップの底面に達するまで挿入した場合に、エンドキャップの底面に加熱式タバコスティックがはまるから、「嵌合」に該当すると主張した。これに対し、裁判所は、「嵌合」の意味につき、特許技術用語集及び広辞苑による定義から、「二つの嵌合端部はそれぞれが相補形状を有して、その形状によって互いにほとんど隙間なくはまり合う」ことにあると認定しつつ、本件明細書の記載からも、そのような解釈が妥当であると判断した。
特許発明の技術的範囲は「特許請求の範囲の記載に基づいて」定めなければならず(特許法第70条第1項)、その場合において、特許請求の範囲に記載された用語の意義は、「願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して」解釈される(同条第2項)。本判決文では、第1項、第2項の区分はされていないが、特許請求の範囲の記載の用語を解釈するにあたっては、必要に応じて広辞苑等の辞書を引用した上で「特許請求の範囲の記載」の「用語」を解釈し(第70条第1項)、次に、明細書及び図面を参照して同用語の意味を解釈した上で(第70条第2項)、第1項での解釈が妥当であることを判断する流れで行われるのが一般的であり(参考:平成26年4月24日判決(平成23年(ワ)第29033号))、本判決でも、同様の手法で「嵌合」という用語の解釈が行われている。
用語の意味を解釈する上で裁判所が「広辞苑」の記載を参考にするケースは多い。余談だが、本事件では、「特許技術用語集」の記載も参考にされているが、広辞苑を参考にする場合と比べて判決件数は10%以下に留まっている(裁判所Webサイトにて2024年2月8日時点で筆者が検索した結果に基づく)。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)

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