IP case studies判例研究

令和3年(ネ)第10084号「印刷された再帰反射シート」事件

名称:「印刷された再帰反射シート」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和3年(ネ)第10084号 判決日:令和5年11月16日
判決:控訴棄却
特許法29条1項及び2項、特許法36条6項1号
キーワード:技術的範囲の属否、無効の抗弁
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/685/092685_hanrei.pdf

[概要]
第1審被告製品(1)は本件発明の構成要件を充足し、その技術的範囲に属するが、第1審被告製品(2)、(3)は本件発明の技術的範囲に属しないと判断し、また、本件発明は、特許請求の範囲と明細書との記載から、課題解決できる発明であると認識でき、サポート要件違反であるとはいえず、先行文献には本件発明の構成要件は記載されておらず、動機付けも見当たらない以上、新規性・進歩性欠如するとはいえないとして、原審の判断が維持された事例。

[事件の経緯]
原審(平成30年(ワ)第1130号)では、第1審被告製品(1)についてのみ本件特許(特許第4466883号)の技術的範囲に属する(第1審被告製品(2)、(3)は非充足)とした上で、特許無効の抗弁を全て排斥し、第1審被告製品(1)に係る損害及びその遅延損害金の連帯支払を第1審被告らに命ずる限度で、第1審原告の請求を一部認容する判決をした。
これに対し、第1審原告は、敗訴部分を不服として控訴し、第1審被告らはその敗訴部分を不服として控訴した。知財高裁は、本件控訴を棄却した。

[特許請求の範囲]
【請求項1】(訂正後)
少なくとも多数の反射素子と保持体層からなる反射素子層、および、反射素子層の上層に設置された表面保護層からなる再帰反射シートにおいて、反射素子層にポリカーボネート樹脂を用い、表面保護層に(メタ)アクリル樹脂を用い、保持体層と表面保護層の間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置されており、該印刷層の印刷領域が独立した領域をなして繰り返しのパターンで設置されており、連続層を形成せず、該独立印刷領域の面積が0.15mm2~30mm2であり、該印刷層は、白色の無機顔料として酸化チタンを含有することを特徴とする印刷された再帰反射シート。

[主な争点](今回取り扱う争点)
争点1:第1審被告製品の本件発明の技術的範囲の属否
争点2:本件特許の無効の抗弁

[裁判所の判断]
1 争点1(第1審被告製品の本件発明の技術的範囲の属否)について
『当裁判所も、原判決と同様、第1審被告製品(1)は本件発明の構成要件を充足し、その技術的範囲に属するが、第1審被告製品(2)、(3)は本件発明の技術的範囲に属しないと判断する。
第1被告製品(1)と同(2)、(3)で結論を分けることとなったのは、第1審被告製品の印刷層を構成する各ライン状パターン(本件発明の「独立印刷領域」に相当)の面積が、構成要件1D所定の0.15mm2~30mm2であるといえるか(争点1-3)の判断の違いによるものである。この点を含む理由の詳細は、下記のとおり当審における双方の補充的主張に対する判断を加えるほか、原判決・・・(略)・・・を引用する。
(1)第1審被告製品(2)、(3)関係
ア 第1審原告の補充的主張
原判決は、第1審被告製品(2)について、シート端部の印刷領域を除く内部の印刷領域の面積が「0.15mm2~30mm2」の範囲に属さないから構成要件1Dを充足しないと判断したが、第1審原告は・・・(略)・・・第1審被告製品(2)の「シート端部の印刷領域」の面積は「0.15mm2~30mm2」であるから、本件発明の構成要件1D及び2B’を充足すると主張しているのである。原判決別紙「被告製品の構成」記載の第1審被告製品(2)の一例とされている図(原判決134頁)では、シート左端部の印刷領域は●●●●●●●あり、「0.15mm2~30mm2」の範囲に含まれている。
イ 上記主張に対する当審の判断
第1審被告製品(2)の各ライン状パターンの面積は●●●●●●●に設計されているのであり・・・(略)・・・実際に使用するに当たって必要とされる長さにシートを切断した結果、印刷領域も一部カットされるにすぎないのであって、当該切断された部分の端部の印刷領域が本来の設計上の面積より小さい●●●●●●●であるからといって、第1審被告製品(2)が構成要件1Dを充足し、本件発明の技術的範囲に属するということはできない。・・・(略)・・・
(2)第1審被告製品(1)関係
ア 第1審被告らの補充的主張
(ア)第1審被告製品は少なくとも、●●●●(第1審被告製品(1))~●●●●●●●(第1審被告製品(2)、(3))のいずれの印刷領域の面積範囲も自由に取り得るのであり、第1審被告製品(1)は、構成要件1Dが定める層間密着強度を高めることが可能な印刷層の面積の上限である30mm2を超え得るものであり、同要件を充足するものではない。
(イ)本件明細書【0012】でも記載されているように、本件発明では、「印刷層」が設けられているために、①反射素子とも表面保護層とも密着性が劣り、②耐候性が劣るとの課題を解決するものとされている。これに対し、第1審被告製品(1)では、印刷層として、密着性、耐候性に優れた●●●●●●●●を含むインクが用いられており・・・(略)・・・「印刷層」が設けられていることにより密着性が劣るとか、耐候性が劣るとかいった事情は存在しない(乙45)。よって、第1審被告製品(1)は、上記①及び②をいずれも満たすものではないから、本件発明の「印刷層」に該当しない。
イ 上記主張に対する当審の判断
まず、上記(ア)については、「面積範囲を自由に取り得る」としても、現実の第1審被告製品(1)の印刷領域が●●●●●であることに何ら変わりはなく、第1審被告らの主張は採用できない。
また、上記(イ)については・・・(略)・・・第1審被告製品(1)においても、反射素子の反射側面上又は保持体層と表面保護層の間に印刷層が設置されることで、密着性と耐候性において課題が生ずることに変わりはないと解される。その課題の解決のために、密着性、耐候性に優れた●●●●●●●●を含むインクを用いるという手段が採用されているとしても、独立印刷領域の面積を一定の範囲にするという本件発明の解決手段を併用する意義が失われるものではない。・・・(略)・・・』

2 争点2(本件特許の無効の抗弁)について
『(1)当裁判所も、原判決と同様、本件特許の無効の抗弁はいずれも採用できないものと判断する。その理由は、下記のとおり当審における第1審被告らの補充的主張に対する判断を加えるほか、原判決・・・(略)・・・を引用する。
(2)無効理由1(サポート要件違反)について
ア 第1審被告らの補充的主張・・・(略)・・・
(ア)印刷層が連続層を形成するパターンや連続層を形成しないパターンには、様々な態様が考えられるところ、印刷領域の間隔等も層間密着強度に影響を与えるのであるから、単に印刷領域が連続層を形成していないというだけで、連続層を形成している場合と比較してより密着性が高いシートになるということはできないはずである。したがって、「連続層を形成している場合」と比較して「より密着性が高いシート」を提供することが課題であるかのような原判決の判断は、サポート要件の判断の前提となる課題の認定において誤っている。
・・・(略)・・・
イ 上記主張に対する当審の判断
まず、上記(ア)に関し、本件明細書・・・(略)・・・の記載に鑑みれば、本件発明の課題は・・・(略)・・・再帰反射シート等で色相を改善するために連続した印刷層を設けた場合における耐候性や耐水性に劣るという従来技術における欠点を、非常に簡単で安価な方法で解決し、色相の改善された再帰反射シートを提供するものであるといえる。印刷領域を連続させるか独立させるかの違い以外の条件が上記課題の解決に影響を及ぼし得ることは否定できないものの、そうした条件と影響を網羅することまでサポート要件の要求するところではない。当業者であれば、本件特許の特許請求の範囲と明細書の記載とを対比し、上記課題の解決に資する発明として本件発明が記載されていると認識できるものと解される。・・・(略)・・・
(3)無効理由4-2(乙6発明A~Cに基づく新規性・進歩性欠如)について
無効理由4-2に係る第1審被告らの当審における新主張は、以下に述べるとおり、民事訴訟法157条1項所定の時機に後れた攻撃防御方法の提出に当たるものとして、却下することとする。
すなわち、第1審被告らは、原審において、乙6発明を・・・(略)・・・特定し、これを前提に、本件発明との一致点、相違点、相違点に関する容易想到性等の詳細な主張を行い、第1審原告がこれに反論を加え、主張立証を尽くしてきたところである。ところが、第1審被告らは、当審に至って、同じ文献(乙6)に記載されている発明を再構成し、全く新しい無効理由を提出するに至ったものであり、この主張が原審において提出できなかった又はこれを困難とする事情も特にうかがわれない。当審において、新たにこの点の審理を行った場合、訴訟の完結を遅延させることも明らかである。・・・(略)・・・
(4)無効理由5-1(乙16発明1に基づく新規性・進歩性欠如)について
ア 第1審被告らの補充的主張
乙16発明1と本件発明との相違点3(本件発明は、印刷領域が独立した領域をなして繰り返しのパターンで設置されており、連続層を形成せず、該独立印刷領域の面積が0.15mm2~30mm2であるのに対し、乙16発明1は当該構成を有さないこと)について、原判決は、乙16の段落【0015】には、プリントパターンを「ライン」ではなく「ドット」の繰り返しにした上で、更に当該ドットの面積を所定の範囲とすることにより密着性及び耐候性が向上することは記載も示唆もされていないと判断したが、乙16の段落【0015】や【0037】には、プリントする際にドットを用いることが示されている。そうすると、乙16の図9の説明部分にドットの記載がないとしても、当業者であれば、図9のプリントパターンをドットによって形成することは極めて容易である。・・・(略)・・・
イ 上記主張に対する当審の判断
乙16の図9のプリントパターン20がドットであるとは記載されておらず、当該プリント模様が「繰り返しのパターン」で設置されることについても記載されていない。プリントパターンをライン(連続層を形成)からドット(独立した領域)に変更すること、ドットの直径を適宜の範囲で選択することそれ自体が技術的には容易であるとしても、そのような変更を行うべき動機付けが見当たらない以上、本件発明の構成1C、1Dを得ることが容易想到であったとはいえない。
(5)無効理由6(乙17発明に基づく進歩性欠如)について
ア 第1審被告らの補充的主張
原判決は、本件発明と乙17発明の相違点1として、乙17発明の「グラフィックパターン76」(印刷層の印刷領域)が、独立した領域をなして繰り返しのパターンで設置されており、連続層を形成しないものかが不明である旨認定するが、下記に示す乙17の図3では、グラフィックパターン76は再帰反射製品の一部のみを覆っており、「不連続」の場合を示していることは明らかである。
イ 上記主張に対する当審の判断
乙17の図3において、グラフィックパターン76が再帰反射製品の一部のみを覆っていること自体は、第1審被告らの主張するとおりである。
しかしながら、断面図である図3から、グラフィックパターン76の平面構成を認識することは不可能であり、これが「繰り返しのパターン」であるか、「連続層を形成していない」かどうかなどは不明というほかない。そして、乙17の他の記載を含めて、上記グラフィックパターンを相違点1に係る本件発明の構成とすることの動機付けがあるとも認められない。そうすると、本件発明と乙17発明とでは、原判決の認定したとおりの相違点1が認められ、かつ、当業者が、相違点1に係る本件発明の構成1Cを容易に想到し得たということもできない。
(6)無効理由7(乙18発明に基づく進歩性欠如)の有無について
ア 第1審被告らの補充的主張
(ア)原判決は、本件発明と乙18発明との相違点として、乙18発明は「印刷領域が独立した領域をなして繰り返しのパターンで設置されており、連続層を形成せず・・・該印刷層は、白色の有機顔料、白色・・・の無機顔料・・・のうちの一以上の着色剤を含有する」構成を有するか不明である点を挙げるが、乙23には、乙18発明の再帰反射材に日中における白の外観を与えるために、上記相違点に係る構成を採用することの技術的思想が開示されている。そして、この構成を採用するに当たり、独立印刷領域の面積を本件発明の範囲にすることは設計事項ないし周知技術にすぎない。・・・(略)・・・
イ 上記主張に対する当審の判断
まず、上記ア(ア)で援用する乙23は原審で既に提出されていた証拠であり、これを乙18発明と組み合わせて新たな無効理由として主張することは、時機に後れた攻撃防御方法の提出として却下を免れない。・・・(略)・・・』

[コメント]
当審(控訴審)において、ある先行文献に別々に記載されて構成を変更する(置き換える)こと自体、技術的には容易であるとしても、そのような変更を行うべき動機付けが見当たらない以上、本件発明の構成に容易に想到できるとまでは言えないとして、進歩性を肯定した点は、参考になる。審査等の段階で、先行文献に別々に記載された構成を置き換えることは容易と判断されることは多分にみられるが、置き換えること自体に動機付けが存在するか否かを判断し、進歩性を肯定する主張を行うことは有用である。
また、控訴審において、追加された新たな主引例に基づく無効理由の主張や、本判決のように、原審で主張した同じ文献に記載されている発明を再構成し、全く新しい無効理由を主張することは、「時機に後れた攻撃防御方法」にあたるため、原審において主張(提出)できなかった特段の事情などがない場合は、訴訟の完結を遅延させることは明らかであり、このような主張が許されず、裁判官に悪い心証を与える恐れがあることは十分留意すべきである。
以上
(担当弁理士:西﨑 嘉一)

令和3年(ネ)第10084号「印刷された再帰反射シート」事件

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