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令和4年(ネ)第10055号「特定加熱食肉製品、特定加熱食肉製品の製造方法及び特定加熱食肉製品の保存方法」事件

名称:「特定加熱食肉製品、特定加熱食肉製品の製造方法及び特定加熱食肉製品の保存方法」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和4年(ネ)第10055号 判決日:令和5年12月27日
判決:原判決取消
特許法70条
キーワード:技術的範囲の属否
判決文: https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/732/092732_hanrei.pdf

[概要]
本件明細書において使用されている分光色差計である日本電色工業社製の「NF999」については、SCI方式では測定ができないから、SCE方式により測定されていることが認められ、「いずれの測定方法によるべきか明らかにされていない場合」には当たらず、SCE方式及びSCI方式の両方で所定の数値範囲を満たすべきとすることにはならないというべきであり、被告製品のSCE方式で測定されたミオグロビン割合は本件ミオグロビン割合であるから、構成要件Dを充足する、と判断した事例。

[特許請求の範囲]
[請求項5(本件発明)]
A 特定加熱食肉製品をスライスする工程と、
B スライスされた特定加熱食肉製品における還元型ミオグロビンをオキシミオグロビンに酸素化する工程と、
C 当該酸素化する工程の後、炭酸ガス及び/又は窒素ガスによるガス置換をすることなく、スライスされた特定加熱食肉製品を非鉄系脱酸素材とともにガスバリア性を有する包材に密封する工程とを含み、
D 上記スライスされた上記特定加熱食肉製品は、ガスバリア性を有する包材に密封された状態、且つ、当該包材内の酸素濃度が検出限界以下の条件下で、全ミオグロビン量を100%としたときにオキシミオグロビンが12%以上、メトミオグロビンが50%未満、還元型ミオグロビンが34%以上となる割合となっていること
E を特徴とする特定加熱食肉製品の製造方法であって、
F 特定加熱食肉製品がローストビーフであることを特徴とする特定加熱食肉製品の製造方法。

[主な争点]
被控訴人各製品は、構成要件Dを充足するか(争点1-3)

[被告の主張(控訴審)]
イ ミオグロビン割合の測定方法に関する判断の誤り
原判決は「SCE方式を用いると認識できたといえる」としているが、・・・(中略)・・・SCI方式についてもメリットが存在するから、本件発明の構成要件Dに係るミオグロビンの誘導形態の割合を算定するため吸光度を測定する際にSCE方式とSCI方式のいずれかを用いることが明らかとはいえない。
数値限定されている特許請求の範囲について、数値を測定する方法が複数あるにもかかわらず、明細書においていずれの測定方法によるべきか明らかにされていない場合、そのいずれの方法によって測定しても、特許請求の範囲に記載の数値を充足する場合でない限り、特許権侵害を構成しないと判断されるから、本件では、構成要件Dについては、SCE(正反射光除去)方式及びSCI(正反射光込み)方式のいずれによっても各種ミオグロビンの割合の数値を充足する必要がある。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(3) 争点1-3(被控訴人各製品は、構成要件D(ガスバリア性を有する包材に密封された状態、且つ、当該包材内の酸素濃度が検出限界以下の条件下で、全ミオグロビン量を100%としたときにオキシミオグロビンが12%以上、メトミオグロビンが50%未満、還元型ミオグロビンが34%以上となる割合となっていること)を充足するか)について
ア 被控訴人各製品の構成要件Dの充足性についての判断は、補正の上で引用した原判決第3の4のとおりである。』

『4 被告製品は、構成要件D(ガスバリア性を有する包材に密封された状態、且つ、当該包材内の酸素濃度が検出限界以下の条件下で、全ミオグロビン量を100%としたときにオキシミオグロビンが12%以上、メトミオグロビンが50%未満、還元型ミオグロビンが34%以上となる割合となっていること)を充足するか争点1-3)について
・・・(中略)・・・
対象物のミオグロビンの割合について、特許請求の範囲には、割合算定の具体的な方法についての記載はない。本件明細書には、反射スペクトル法による算出方法が言及されているが(【0025】)、その算定の前提となる対象物の吸光度の測定に用いる分光光度計については、特に限定されるものではないとされていて(【0027】)、他に測定方法について何ら直接的な記載はない。・・・(中略)・・・
原告らは、本件発明の分光光度計を用いて吸光度を測定する方法は正反射光を除去して測定するSCE方式であると主張する。本件出願日当時、分光光度計を用いて吸光度を測定する方法としては、正反射光を除去して吸光度を測定するSCE方式のほかに、測定に当たり対象物からの正反射光込みで吸光度を測定するSCI方式が知られていた(甲59、弁論の全趣旨)。
構成要件Dは、吸光度そのものではなく、ミオグロビン割合によって規定されており、吸光度の測定はその割合を間接的に算定するための手段なのであるから・・・(中略)・・・測定の対象は、飽くまで対象物の吸光度である。そうすると、当業者は、包材の影響を受けにくい方式による測定方式を用いて本件発明に係る吸光度を測定することができると理解するといえる。そして、SCE方式とSCI方式による測定値の差は正反射光を測定値に加味するか否かに基づくものであるところ、一般に、光沢の強い物質では正反射光が強くなることが知られている(甲55)。包材で覆われた食肉等を目視すると包材が光沢を帯びるものも多いことからすると、当業者は、SCI方式は包材の光沢により強い影響を受け、測定対象物のミオグロビンの割合に対応する吸光度と異なる吸光度を得てしまうことになってしまうので、SCI方式を用いることは適当ではないと認識するといえる。・・・(中略)・・・
これらの本件発明の意義や技術常識等を勘案すれば、当業者は、本件発明において包材越しにローストビーフのミオグロビン割合を算出する前提とするためにその吸光度を測定するに当たって、SCE方式を用いると認識できたといえる。
以上を前提に被告製品が構成要件Dを充足するか検討すると、証拠(甲9、64、65)及び弁論の全趣旨によれば、消費期限日に購入した被告製品1、2、3のいずれについても、包材内の酸素濃度が0.1%以下の状態で、包材越しにSCE方式で吸光度を測定し、ミオグロビン割合を算出したところ、その値は本件ミオグロビン割合であったことが認められる。』(原判決第3の4)

『ウ ミオグロビン割合の測定方法について
・・・(中略)・・・補正の上で引用した原判決第3の4(3)のとおり、本件発明の意義や技術常識等(甲55、102、103)を勘案すれば、包材の外からローストビーフの吸光度を測定し、ミオグロビン割合を算出するにあたり、SCE方式(正反射光除去)の方が、SCI方式(正反射光込み)よりも包材の影響を受けにくいものと認められる。
そして、本件明細書において使用されている分光色差計(段落【0028】、【0054】)である日本電色工業社製の「NF999」については、甲72(タナカ・トレーディング株式会社のホームページ)に「光学系:0°:45°」と、甲73(カラーコミュニケーションガイド、3頁)には分光測色系における「0°/45°測定」につき、「0/45は、測定対象から正反射光を取り除き、人間が眼で見るのと同じ正確さでサンプルを計測する」と記載されているとおり、SCE方式と同じ正反射光を除去した方法では測定できるが、正反射光を含むSCI方式では測定ができない。
そうすると、本件明細書で用いられている分光式色差計からみても、SCE方式(正反射光除去)により測定されていることが認められる。
したがって、SCI方式についてもメリットが存在するから、本件発明の構成要件Dに係るミオグロビンの誘導形態の割合を算定するため吸光度を測定する際にSCE方式とSCI方式のいずれかを用いることが明らかとはいえないとの被控訴人の主張は前提を欠くというべきであるし、本件明細書の記載からみても、被控訴人の主張するような、「いずれの測定方法によるべきか明らかにされていない場合」には当たらず、SCE方式及びSCI方式の両方で所定の数値範囲を満たすべきとすることにはならないというべきである。』

[コメント]
権利範囲の属否に関わる測定方法は、一義的に確定されるべきである。
本件明細書の段落[0025]には、「特定加熱食肉製品における還元型ミオグロビン、オキシミオグロビン及びメトミオグロビンの存在割合は、以下のようにして、反射スペクトル法により算出することができる。」段落[0027]には、「この方法において使用する分光光度計としては、特に限定されず、上述した各波長の吸光度を測定できる装置を使用することができる。」と記載されている。このような記載は、他の測定方法を許容する記載となっており、被疑侵害者に、非侵害の逃げ道を与えることになり、好ましくないと考える。
例えば、「特定加熱食肉製品における還元型ミオグロビン、オキシミオグロビン及びメトミオグロビンの存在割合は、実施例記載の方法により得られる値である。」のような記載とする方がよいのではないだろうか。また、SCE方式やSCI方式のように、採りうる測定方式が複数ある場合は、どの測定方法で測定するか等、測定結果に影響を与え得る測定条件についても、少なくとも実施例には詳細に記載すべきと考える。
本判決では、本件明細書において使用されている分光色差計である日本電色工業社製の「NF999」では、SCI方式では測定ができないから、SCE方式で測定されたものであるとされ、救われているが、明細書に、属否を判断するための測定方法の詳細が一義的となるように記載されていれば、無用の争いはなかったであろうと考える。
なお、測定方法が複数あって、いずれの方法を用いるかが明らかではなく、測定方法によって数値に有意の差が生じるときには、いずれの方法によって測定しても、特許請求の範囲の記載の数値を充足する場合でない限り、特許権侵害にはならないことについては、多数の裁判例が存在する(例えば、平成14年(ワ)4251号等)。
(担当弁理士:奥田 茂樹)

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