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令和3年(ワ)第18262号「女性用衣料」事件

名称:「女性用衣料」事件
損害賠償請求事件
東京地方裁判所:令和3年(ワ)第18262号 判決日:令和5年12月6日
判決:請求認容
特許法70条、29条1項3号、29条2項、
キーワード:構成要件の充足、新規性、進歩性
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/632/092632_hanrei.pdf

[概要]
本件明細書の段落0039の記載や図9によれば、構成要件Dに含まれる「ともに」が、「同時に」を意味すると解するのが相当であり、その結果、被告製品は構成要件Dを含む本件発明の技術的範囲に属すると判断した事例。

[本件発明]
A 少なくとも女性のバスト部を覆う女性用衣料において、
B 前記少なくとも女性のバスト部を覆うカップ部材と、
C 前記カップ部材と分離した状態で当該カップ部材の表面側に配置され、前記バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態でバスト下部の中央部にかけて設けられる左右の前身頃部材と、
D 前記左右の前身頃部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結するとともに、当該左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた複数の連結部材とを備えた
E ことを特徴とする女性用衣料。

[主な争点]
(1)被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)
(2)無効の抗弁の成否(争点2)
ア 実開平7-24915号公報(以下「乙8文献」という。)を引用例とする新規性欠如(争点2-1)
イ 乙8文献を主引用例とする進歩性欠如(争点2-2)

[裁判所の判断]
(1)争点1(被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか)について
『(1)構成要件Dの「左右の前身頃部材を…連結するとともに、…連結幅を調節可能に設けられた」の意義』
『・・・(略)・・・構成要件Dの記載によれば、上記「女性用衣料」は、更に「連結部材」を備えており、当該「連結部材」は、「左右の前身頃部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結する」という機能と「当該左右の前身頃部材の連結幅を調節可能」とするという二つの機能を有していると理解できる。しかし、その「連結部材」の二つの機能がどのように実現されるのかに関する「ともに」の意義については、本件発明の特許請求の範囲の記載のみからは明らかではない。
そこで検討すると、「ともに」の字義は、「①ひとつになって。いっしょに。相連れて。同じく。②同時に。」であることが認められる(広辞苑第6版。乙13)。
そして、本件明細書の記載を検討すると、【0038】には、連結部材に関し、この複数の連結部材27としては、図9に示すように、フックとアイからなるものの他、2段等の複数段のファスナーや、帽子の後ろの部分に使用されるような連結幅を調節可能なワンタッチ具などが用いられる。」と記載されているところ、【図9】に示されている「フックとアイからなる」連結部材は、フックとアイとの連結を解除しなければ、その連結幅を調節できないものであると理解できる。また、当該段落に例示されている「帽子の後ろの部分に使用されるような連結幅を調節可能なワンタッチ具」とは、一般的には、別紙ワンタッチ具写真目録に示された構成を有するものと認められるところ(弁論の全趣旨)、これらについても、連結部材同士の連結を解除しなければ、その連結幅を調節できないものと考えられる。
以上によれば、「左右の前身頃部材を…連結するとともに、…連結幅を調節可能に設けられた」について、その「ともに」を上記字義のうちの「②同時に。」と解した上で、複数の連結部材が、「左右の前身頃部材を…連結する」機能を果たすと同時に、その「連結幅を調節可能」とする機能も果たす構成を意味すると解するのが相当である。
イ 被告は、構成要件Dの「ともに」について、辞書を編纂するに際し、各語句の意味は、広く一般に用いられるものから記載されるから、広辞苑第6版において最初に記載されている「ひとつになって。いっしょに。相連れて。同じく。」の意味であり、「左右の前身頃部材を…連結するとともに、連結幅を調節可能に設けられた」とは、「左右の前身頃部材を連結」した状態を保持しつつ、「左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた」と解するべきと主張する。
しかし、語句の意味をどのようなものから優先的に記述するかは、各辞書の編纂方針によると考えられるところ、被告が指摘する広辞苑第6版において、広く一般に用いられる意味から記載するとの編纂方針が採用されていることを認めるに足りる証拠はない。』
『(2) 構成要件Dの「左右の前身頃部材の連結幅」の意義』
『イ 被告は、構成要件Dの「左右の前身頃部材を…連結するとともに、…連結幅を調節可能に設けられた」が「左右の前身頃部材を…連結」した状態を保持しつつ「左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた」と解されることを前提に、「左右の前身頃部材の連結幅」とは、左右の前身頃部材により挟まれたV字状の部分において、全開のV字から半開のY字、更に閉じたI字とする場合の接合量、すなわち左右の前身頃部材の胴体垂直方向における接合量と解するべきであると主張する。』
『また、本件明細書の【0038】において、「左右の上部パネル」の「連結幅を調節可能に設けられた」「連結部材」として、①【図9】において示されているフックとアイからなる構成及び②2段等の複数段のファスナーからなる構成が例示されているところ、当該①の構成、すなわち、胴体垂直方向に間隔をおいて配置された三つのフックと、一つのフックに対して、胴体水平方向に間隔をおいて配置された二つのアイ(合計六つのアイ)からなる構成では、左右の前身頃部材により挟まれたV字状の部分において、全開のV字、半開のY字とするというのは、3対あるフック及びアイの係合数を1対のみとして、残りの2対のフック及びアイを係合せずに使用する(全開のV字)、フック及びアイの係合数を2対として、残りの1対のフック及びアイを係合せずに使用する(半開のY字)ということとなるが、このような方法で本件発明の女性用衣料を使用することに合理性は認めがたく、不自然な使用方法であるといわざるを得ない。さらに、上記②の構成についても、連結幅を調節可能にするように複数段のファスナーが設けられているにもかかわらず、敢えてファスナーを半開きの状態で使用することは想定しがたい。そうすると、「左右の前身頃部材の連結幅」を、左右の前身頃部材の胴体垂直方向における接合量と解することは、本件明細書の記載と整合するものとはいえない。
したがって、被告の上記主張を採用することはできない。』
『したがって、被告製品は、構成要件Dを充足すると認められる。』
『(4) 小括
以上によれば、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属すると認められる。』

(2)争点2(無効の抗弁の成否)について
ア 乙8文献を引用例とする新規性欠如(争点2-1)
『イ 原告は、乙8文献記載の「補整用前布5」は、その上端縁が「バストカップ1a」の下方に位置するものであって、上端縁のみならず、全体がカップ部材としての「バストカップ1a」の表面側に配置されていないから、乙8文献に記載された発明には、本件発明の「カップ部材の表面側に配置され」た「左右の前身頃部材」が開示されていないと主張する。
しかし、「側」とは、一般的に、ある一つの方向や面を指す語であると考えられるところ、本件明細書の【図4】において、「左右の上部パネル」「26」、「26a」は、「カップ部材22」が人体に接する面とは反対の面の方に設けられていることも参酌すると、本件発明における「カップ部材の表面側」とは、「カップ部材の表面」、すなわち「カップ部材」が人体に接する面とは反対の面のある方を意味するものと解される。そして、乙8文献記載の「補整用前布5」は、「バストカップ1a」が人体に接する面とは反対の面の方に設けられているものであるから、乙8文献には、本件発明の「カップ部材の表面側に配置され」た「左右の前身頃部材」が開示されているというべきである。
したがって、原告の上記主張を採用することはできない。
ウ 被告は、バストは「(女性の)胸部」であり、バスト部の側部とは、わきの定義から「胸の両側面で、腕のつけ根の下のところ。」を意味すると指摘して、乙8文献に記載された発明には、本件発明の「バストの側部を覆った状態で…設けられる左右の前身頃部材」が開示されていると主張する。
しかし、「バスト」には、「乳房」との字義もあると認められ(乙13)、本件明細書に、「バストアップ効果」(【0002】)、「左右のバストの引き寄せ効果を高める」(【0010】、【0011】等)との記載があることも参酌すると、本件発明における「バスト」とは、「乳房」を意味すると際するのが相当である。
そして、この「バスト」の意義を前提とすると、乙8文献記載の「補整用前布5」は、バスト部の左右の各脇部から、バストの側部外側に沿い、バスト下部の中央部にかけて設けられ、バストを覆うカップ部材(バストカップ1a)の下方、アンダーバストから上腹部にかけて覆うものであると認められるものの、バストの側部を覆うものであると認めることはできない。
したがって、被告の上記主張を採用することはできない。』
『イ 相違点
本件発明の左右の前身頃部材は、「前記バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態でバスト下部の中央部にかけて設けられ」ているのに対し、乙8発明の左右の前身頃部材は、「前記バスト部の左右の各脇部からバスト下部の中央部にかけて設けられ」ているものの、「バストの側部を覆った状態」ではない点(以下「相違点1´」という。)
(3) 小括
以上によれば、本件発明と乙8´発明との間には、相違点1´が存在する。したがって、本件発明は、乙8文献に記載された発明ではないから、乙8文献を引用例として、新規性を欠くものと認めることはできない。』

イ 乙8文献を主引用例とする進歩性欠如(争点2-2)
(a)乙11文献及び乙12文献から示される周知慣用技術を前提とすれば、相違点1´が当業者における設計事項の範囲内であり、容易に想到することができたかについて
『・・・(略)・・・被告が周知慣用技術を示すものとして指摘する乙11文献及び乙12文献には、上腹部ないしアンダーバスト部において左右の前身頃部材が互いに連結されている女性用衣料に係る構成が記載されていると認められるものの(乙11、12)、これらの記載をもって、乙8文献記載の「補整用前布5」の位置をバスト部分まで上方にずらすことが当業者における設計事項の範囲内であることを直ちに基礎づけるものとはいえない。
また、被告は、女性用の下着について、胴体全体を覆うボディスーツから、徐々に胸部と上腹部とを覆うファンデーション、胸部のみを被覆するブラジャーへと、身体を被覆する面積が減少するように進化することが予想されたところ、ブラジャーのような胸部のみを被覆する下着においては、乙8文献記載の「補整用前布5」の位置を必然的に上方にずらすことになると主張する。しかし、女性用下着について、被告が主張するような改良の流れがあったことを認めるに足りる証拠はない。』
(b)乙8発明に乙9発明を適用することにより、相違点1´に係る本件発明の構成を容易に想到することができたかについて
『証拠(乙9)によれば、乙9文献に記載された発明(以下「乙9´発明」という。)には、授乳用ブラジャーにおいて、左右の各カップの下端縁にそれぞれ縫着された左右一対の下辺支持布の前端に、互いに着脱自在の係止する係止具を取り付けて、胸部の中央部において、下辺支持布を係止する構成が開示されていることが認められる。
しかし、本件発明及び乙8´発明の「左右の前身頃部材」が「カップ部材と分離した状態」であるのに対し、乙9´発明の「下辺支持布」は、左右の各カップの下端縁にそれぞれ縫着されたものであるから、本件発明及び乙8´発明の「左右の前身頃部材」に相当する構成ではない。そうすると、乙9´発明には、本件発明の「左右の前身頃部材」を「前記バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態でバスト下部の中央部にかけて設けられる」構成が開示されているとは認められない。』
(c)乙8発明に乙10発明を適用することにより、相違点1´に係る本件発明の構成を容易に想到することができたかについて
『しかし、本件発明及び乙8´発明の「左右の前身頃部材」が「カップ部材と分離した状態」であるのに対し、乙10´発明の「下辺連結布」は、左右の各カップ部の下側にそれぞれ縫着されたものであるから、本件発明及び乙8´発明の「左右の前身頃部材」に相当する構成ではない。
そうすると、乙10´発明には、本件発明の「左右の前身頃部材」を「前記バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態でバスト下部の中央部にかけて設けられる」構成が開示されているとは認められない。』
『また、前記ア(イ)のとおり、乙8文献記載の「補整用前布5」は、アンダーバストに連続する上腹部の補整を目的として設けられているものと認められるところ、乙8文献において、「補整用前布5」を、バスト部の側部を覆った状態でバスト下部の中央部にかけて設けることを示唆する記載はない。そして、乙10文献においても、乙8文献記載の「補整用前布5」を、バスト部の側部を覆った状態でバスト下部の中央部にかけて設けることを示唆する記載はない。』
『したがって、本件発明は、当業者が乙8文献に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえないから、乙8文献を主引用例として、進歩性を欠くものと認めることはできない。』

[コメント]
本件発明の構成要件Dの「左右の前身頃部材を…連結するとともに、…連結幅を調節可能に設けられた」における、「ともに」という言葉の解釈が争点となった。広辞苑第6版によれば、「ともに」の字義は、①「ひとつになって。いっしょに。相連れて。同じく。」と、②「同時に。」の二つあるとされる。本件明細書には、①の字義のように解される実施の形態1(段落【0025】、図19)と、②の字義のように解される実施の形態2の変形例(段落【0038】、図9)とが記載されている。被告は、辞書を編纂するに際し、広く一般に用いられる意味を最初に記載することを勘案すれば、①のように解すべきであること、及び、②を表す段落【0038】の記載は(単に)連結部材を例示するものにとどまる、と主張したが、裁判所は②を意味すると解するのが相当であるとして、被告の主張を採用しなかった。
裁判所の判断は妥当であると感じた。特に、本件明細書の段落【0038】の記載及び図9が、「ともに」の解釈を②にまで広げたように思う。本件明細書に段落【0038】の記載及び図9がなければ、裁判所は、被告の主張を採用し①であると判断し、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さないと判断したかもしれないと感じた。
無効論に関して、乙8発明が「カップ部材の表面側に配置され」た「左右の前見頃部材」を備えており、本件発明との一致点であると裁判所が判断したことについて理解できなかったものの、乙8発明に対して新規性・進歩性があると示した結論については、妥当であると感じた。
以上
(担当弁理士:赤尾 隼人)

令和3年(ワ)第18262号「女性用衣料」事件

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