IP case studies判例研究

令和5年(ネ)第10026号「製紙用弾性ベルト」事件

名称:「製紙用弾性ベルト」事件
特許権侵害差止等請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(ネ)第10026号 判決日:令和6年1月31日
判決:請求棄却
特許法100条1項
キーワード:構成要件充足性
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/751/092751_hanrei.pdf

[概要]
構成要件2Bの文言について、明細書にも記載がなく、その範囲も不明確な例外を含むと解することは、不当な拡張解釈というべきであって、特許請求の範囲の解釈に当たって当業者の技術常識を考慮するという枠組みを超えるものといわざるを得ず、特許請求の範囲の解釈としては採り得ず、被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足するとは認められないから、その技術的範囲に属するとはいえず、本件特許権2に基づく請求は理由がないとして、特許権者である控訴人の差止請求等が認められなかった事例。

[特許請求の範囲]
ア 本件発明2
2A 表面に排水溝を有する製紙用弾性ベルトにおいて、
2B 前記排水溝の壁面の表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、2.0μm以下であることを特徴とする、
2C 製紙用弾性ベルト。

[被告の行為]
被告は、遅くとも平成27年7月頃から、被告各製品を製造し、販売し、販売の申出をし、輸出をしている。

[主な争点]
(1)被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足するか(原審の争点2)

[裁判所の判断]
被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足するかについて
『ア 控訴人は、構成要件2Bを「排水溝の『全長にわたって』、その壁面の表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下であることを要する」と解する根拠は、特許請求の範囲の文言にも本件発明2の課題にもなく、当業者の技術常識等からみても非現実的である旨主張する。
イ しかし、構成要件2Bは「前記排水溝の壁面の表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、2.0μm以下であることを特徴とする」と規定しており、本件発明2の特許請求の範囲の文言全体をみても、排水溝壁面の表面粗さについて、一部は2.0μmを超えるが製品の一定範囲や所定の測定箇所が2.0μm以下であるものを含む、あるいは全体の算術平均粗さ(Ra)の平均値が2.0μm以下であるものを含むと解すべき文言はない。
この点は、本件明細書2の記載をみても同様である。控訴人が指摘する本件明細書2の記載や図面は、従来技術や実施例に係る排水溝の性状等を特に留保なく説明するものであり、控訴人が主張するように、作業過程で異常(イレギュラー)が発生した箇所があることを前提とし、これを除いた「任意の箇所」を示すものであることを窺わせる記載はない。
控訴人は、①製紙用弾性ベルトの排水溝は、作業前に設定した加工条件に基づいて均一的に連続加工されるものであること、②作業時の諸要因によって加工結果にばらつきが生じることが避けられないこと、③排水溝の壁面を全長にわたって測定する作業は現実的に不可能であり、任意に選定された排水溝の壁面を測定する作業によって製品の性状を把握するという、当業者の技術常識を考慮すべき旨主張する。
しかし、上記のとおり明確な構成要件2Bの文言について、明細書にも記載がなく、その範囲も不明確な例外を含むと解することは、不当な拡張解釈というべきであって、特許請求の範囲の解釈に当たって当業者の技術常識を考慮するという枠組みを超えるものといわざるを得ない。
控訴人の主張は、当業者が定める自社製品の品質基準としてはともかく、独占権が付与される特許請求の範囲の解釈としては採り得ない。
したがって、原判決判示のとおり、構成要件2Bは「排水溝の『全長にわたって』、その壁面の表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下であること」を要すると解するのが相当である。
そうすると、控訴人が主張する<ステップ1>から<ステップ2の2B>まで、すなわち「各測定結果に係る9溝ないし18溝のデータ数値を参照し、特定の溝壁面の表面粗さ数値が他の溝の同一壁面に比して突出して高くなっている」ものを「当業者からみて明らかに溝加工作業時に生じた異常(イレギュラー)」として除外すること、及び「測定結果に係る各壁面の表面粗さの平均値が算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下である結果が得られているか否か」(控訴人の他の主張と併せると、任意の測定箇所の算術平均粗さの「平均値」が2.0μm以下であることを意味すると解される。)により充足性を判断する判断手法は、構成要件2Bを逸脱する独自の解釈に基づくものといわざるを得ず、採用できない。』
『控訴人は、被控訴人各製品の測定結果について、使用済みベルトの測定結果を除外する合理的理由はない旨主張する。
しかし、シュープレス用ベルトにおいては、ベルトに対して苛酷な屈曲・加圧が繰り返され(本件明細書1【0004】)、排水溝には湿紙から搾り出した水を高速で回転するベルトが1回転するまでの間に外部に放出する排水性が要求され(本件明細書2【0005】)、使用に伴う紙かすの付着による排水性の低下、ベルトの摩耗や圧縮歪による溝の空隙量の低下等がある上(同【0006】)、被控訴人提出の測定結果(乙156〔反番 65+5101、67+7077、69+7458、70+1077 の各未使用品及び使用済み品〕、194〔反番 65+7567・使用済み〕、195〔同じ反番・未使用〕、197〔反番 67+4163・使用済み〕、198〔同じ反番・未使用〕、212)をみると、測定箇所が同一でないことを考慮しても、同一反番の使用済み品は未使用品よりも算術平均粗さ(Ra)の値が低くなる傾向が見て取れる(少なくとも不規則な増減が見られる)ことからすれば、排水溝壁面の算術平均粗さ(Ra)が使用により低下する可能性は否定できず、使用済みベルトの測定結果をもってその製品の未使用時の測定結果と同視すること(具体的には、2.0μm以下であった測定箇所は未使用時にも2.0μm以下であったと認めること)は、積極的な根拠がない限りできないというべきである。
控訴人は、甲20、21をもって使用済みベルトの測定結果を未使用時の測定結果と同視できる根拠となる旨主張するが、甲21は、1つの控訴人製品の検査用サンプル(未使用)の溝を9か所測定した結果が0.34μm~0.78μmの範囲内で、その製品をユーザーが6か月間使用した後に9か所を測定した結果が非加圧部で0.30μm~0.97μm、加圧部で0.45μm~0.69μmであったというものにすぎず、甲20と併せても、使用済みの被控訴人製品の測定結果が未使用時のものと同視できることを積極的に裏付けるものとはいえない。
したがって、被控訴人各製品について、使用済みベルトの測定結果を考慮しないことは合理的理由があり、控訴人の主張は採用できない。』
『控訴人は、キーサンプルについては実製品と同様の性状を有するものとは評価できず、その測定結果を採用すべきではない旨主張する。
しかし、証拠(乙168、183、188)によれば、被控訴人は、ベルトの溝切加工において、製品化する際に切断する面の前後を製品化する部分と同様に加工し、切断したベルトの加工終了側の余裕代を品質管理等の目的でサンプルとして採取し、個別のロット番号である反番毎のキーサンプルとして大量に保管していたものと認められる。特に、乙169~179(10反)の測定結果のサンプルは保管されていたキーサンプルからの抽出に公証人が立ち合い(乙183事実実験公正証書)、乙189~211(23反)のサンプルは公証人が抽出して著しい毀損、汚損、変形等がないことを確認し(乙188事実実験公正証書)、封印した各サンプルを第三者機関が測定したものであって、その保管状況等に疑問を差し挟むべき事情は認められない。
控訴人は、未使用の実製品及び使用済みの実製品の測定結果の平均値と比較して、キーサンプルの測定結果が不自然である(別紙3、4)旨主張する。
しかし、控訴人が指摘する各測定結果は、その測定された製品の反数をみると、別紙3の①(IKベルト1~19)は19反(甲92、93〔枝番省略〕、弁論の全趣旨)、同②は5反、同③は1反(これのみ1反から10サンプル)、同④は18反、別紙4の②は3反、同④は合計83反(乙7の2は4反、乙152~156は57反、乙169~179は11反、乙181は11反)であり、測定した溝の本数をみると、別紙3の①(IKベルト1~19)は1サンプルにつき9本、上記各乙号証は1サンプルにつき18本である等、母数となる製品数、測定箇所の数等が相当異なるものである(上記各証拠のほか、別紙3、4に記載の各証拠)。
加えて、被控訴人各製品において、個別製品の排水溝壁面の表面粗さが全体として均一であることは、キーサンプルの測定結果を除く上記各証拠によって裏付けられているとはいえず、控訴人の主張によっても、シュープレス用ベルトにおいて作業時の諸要因によって加工結果にばらつきが生じることが避けられないことが技術常識であるというのであるから、上記の単純な平均値や大まかな傾向をもって、キーサンプルの測定結果が不自然であり採用し難いものとみることはできない。』

[コメント]
控訴人は、「あるターゲット材が本件各発明の構成要件C及びEを充足するか否かを判断するためには、その表面全体を観察しなくとも、一部分の組織を観察すれば足りるものと解せられる。」と判断した平成15年(ワ)第10959号判決を指摘しつつ、構成要件2Bを「排水溝の『全長にわたって』、その壁面の表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下であることを要する」と解する根拠は、特許請求の範囲の文言にも本件発明2の課題にもなく、当業者の技術常識等からみても非現実的であると主張した。これに対し、裁判所は、「明確な構成要件2Bの文言について、明細書にも記載がなく、その範囲も不明確な例外を含むと解することは、不当な拡張解釈というべきであって、特許請求の範囲の解釈に当たって当業者の技術常識を考慮するという枠組みを超えるものといわざるを得ない。」との見解に基づき、控訴人の主張を認めなかった。公平の観点から、裁判所の判断は妥当であると思われる。
表面粗さについては、多くの測定方法があり、さらにどの範囲を採用するか否かで結果(数値)が大きく変わることが多く、明細書作成の際には、評価方法について、明細書中に詳細に記載することが求められる。
以上
(担当弁理士:山下 篤)

令和5年(ネ)第10026号「製紙用弾性ベルト」事件

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