IP case studies判例研究

令和3年(ワ)第10586号「旨み成分と栄養成分を保持した無洗米」事件

名称:「旨み成分と栄養成分を保持した無洗米」事件
特許権侵害行為差止等請求事件・損害賠償等請求事件
大阪地方裁判所:令和3年(ワ)第10586号 判決日:令和6年1月18日
判決:請求棄却
特許法70条
キーワード:特許発明の技術的範囲への属否
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/688/092688_hanrei.pdf

[概要]
被告製品は、構成要件Aである「亜糊粉細胞層(5)が米粒の表面に露出しており」を充足しないとして、特許権者である原告の被告に対する特許権侵害行為差止等請求等が棄却された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
A 外から順に、表皮(1)、果皮(2)、種皮(3)、糊粉細胞層(4)と、澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され、該表層部の内側は、前記糊粉細胞層(4)に接して、一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と、該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の、純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒において、前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で、摩擦式精米機により搗精され、表層部から糊粉細胞層(4)までが除去された、該一層の、マルトオリゴ糖類や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)が米粒の表面に露出しており、
B 且つ米粒の50%以上に『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』または『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部が削り取られた基底部である胚盤(9)』が残っており、
C 更に無洗米機(21)にて、前記糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ、その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している『肌ヌカ』のみが分離除去されてなる
D ことを特徴とする旨み成分と栄養成分を保持した無洗米。

[主な争点]
1 被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『1 争点1(被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか)のうちの構成要件A(「亜糊粉細胞層(5)が米粒の表面に露出しており」)の充足性
(1) デンプン染色試験及び脂質染色試験(甲7試験及び甲30試験)について
ア 原告は、亜糊粉細胞層はデンプンと脂質をいずれも含有しているのに対し、糊粉細胞層は脂質を多く含有するがデンプンを含有しておらず、澱粉細胞層はデンプンを含有するが脂質をほとんど含有していないことを前提として、甲7試験及び甲30試験の結果から、被告製品(令和2年及び令和3年産宮城県産つや姫胚芽一番)の米粒表面には亜糊粉細胞層が露出している旨を主張する。
イ 文献(甲15)には、玄米を対象とした脂質染色試験の結果について、「玄米(a、b)では糊粉層と、隣接する胚乳細胞群は第3~4層まで染色された。」・・・(略)・・・との記載があるところ、これらの記載は、糊粉層及び糊粉層と隣接して存在する胚乳細胞群のうち、糊粉層に内接する第1層から第3層に到るまで又は第1層から第4層に到るまで及びそれ以降の細胞壁が染色されたことをいうものと理解される。
本件明細書には、「前記糊粉細胞層(4)に接して、一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と、該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の、純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒」との記載があり、文献(甲12)には、「デンプン貯蔵柔組織の最外層、つまり糊粉層に内接する細胞層は、亜糊粉層(subaleurone layer)とも呼ばれ」と記載されているところ、この構造自体は甲12、甲14の文献などから公知の事実に属すると解されることから、「隣接する胚乳細胞群」(甲15)のうち、糊粉層と内接する第1層が亜糊粉細胞層であり、第2層から第4層は澱粉細胞層であると考えられる。
そうすると、前記文献(甲15)の染色試験は、亜糊粉細胞層及び澱粉細胞層のうち第2層から第3層まで又は第2層から第4層まで(及びそれ以降の細胞壁)に脂質が含有されていることを示すものであるといえる・・・(略)・・・。
ウ その他の文献によっても・・・(略)・・・、玄米全体でみた場合において、澱粉細胞層における脂質の含有率が相対的に低いことはいえるものの、澱粉細胞自体に脂質が含有されていないことを裏付ける記載はない。
エ そうすると、原告主張の「澱粉細胞層はデンプンを含有するが脂質をほとんど含有していない」との前提自体が立証されているとはいえず、甲7実験及び甲30実験により、被告製品の表層部が脂質を含む細胞で構成されていることから、被告製品の表層部に亜糊粉細胞層が露出しているということはできない。』

『(2) 白度及び黄色度試験(甲61試験ないし甲63試験)について
・・・(略)・・・
ウ このような本件明細書の記載によれば、亜糊粉細胞層が米粒表面に現れる白度は、米粒、ロット等によって変化するものであり、対象とする米粒の前記白度は、白度計等を用いた試験搗精で確認する必要があること、すなわち、試験搗精で対象となる米粒を削り、白度が35ないし38の間で、亜糊粉細胞層が米粒表面に現れた時点の白度を特定する必要があり、白度が35ないし38の間にある米粒であれば亜糊粉細胞層が露出したものであることを意味するものではないと理解される。
そうすると、被告製品の米粒の白度及び黄色度が本件明細書記載の白度及び黄色度の範囲内であることを示すにすぎない甲61試験等から、被告製品の米粒表面に亜糊粉細胞層が露出していることがいえることにはならないものというべきである。』

『(8) 各試験を総合考慮することについて
原告は、デンプン染色試験(甲7試験及び甲82試験)の結果等から、被告製品の米粒表面に露出しているのは、亜糊粉細胞層又は澱粉細胞層のいずれかであることになるが、仮に、被告製品の米粒表面に澱粉細胞層が露出していると仮定した場合、デンプン染色試験を除く甲82試験等の結果と矛盾することになるから、被告製品の米粒表面には亜糊粉細胞層が露出していることになる旨を主張する。
しかし、原告の行った脂質やタンパク質の分析等から、被告製品について亜糊粉細胞層が表面に露出しているということはできない(被告製品の米粒表面が糊粉細胞層であっても同様の結果となり得る)ことはこれまで述べたとおりであって、各実験結果が矛盾することはない。また、本件明細書においても、亜糊粉細胞層が現れたときの白度は米粒やロットにより差異があることは前提とされている上、米は自然物であるから、同一の品種であっても、生育環境が異なれば、米粒の各細胞層の大きさや、含有する成分に個体差が生じることになり、同一条件で搗精をしたとしても、米粒ごとに搗精の程度が異なるものと認められる。したがって、デンプン染色試験(甲7試験及び甲30試験)の結果、被告製品(令和2年及び令和3年産宮城県産つや姫胚芽一番)の米粒表面に糊粉細胞層が存在しないことが確認されたとしても、他の被告製品(令和4年産宮城県産つや姫胚芽一番)を対象とした甲82試験の結果を検討する上で前提とすることもできない。
(9) 小括
以上のとおり、原告が実施した各試験を個別にみても、これらを総合考慮しても、いずれにしても被告製品の米粒表面に亜糊粉細胞層が露出していることを認めるに足りず、被告製品は、構成aを有しているとはいえないから、構成要件Aを充足しない。』

[コメント]
原告は、被告製品において表層部に亜糊粉細胞層が露出していることをデンプン染色試験及び脂質染色試験にて立証しようとしたものの、裁判所は、原告主張の「澱粉細胞層はデンプンを含有するが脂質をほとんど含有していない」との前提自体が立証されているとはいえず、甲7実験及び甲30実験により、被告製品の表層部が脂質を含む細胞で構成されていることから、被告製品の表層部に亜糊粉細胞層が露出しているということはできないとした。
また、原告は、被告製品において表層部に亜糊粉細胞層が露出していることを白度及び黄色度試験にて立証しようとしたものの、亜糊粉細胞層が米粒表面に現れる白度は、米粒、ロット等によって変化するものであり、試験搗精で対象となる米粒を削り、白度が35ないし38の間で、亜糊粉細胞層が米粒表面に現れた時点の白度を特定する必要があるところ、原告試験ではこれを特定していないことから、被告製品の米粒の白度及び黄色度が本件明細書記載の白度及び黄色度の範囲内であることを示すにすぎない甲61試験等から、被告製品の米粒表面に亜糊粉細胞層が露出していることがいえることにはならないとした。
本件は、発明の構成要件の特定方法が問題となった事案であり、結論としては裁判所の判断に首肯し得る。ただ、デンプン染色試験及び脂質染色試験についてはそれでよいとして、白度及び黄色度試験については若干の疑義が残る。確かに、本件明細書には、搗精の過程で白度35~38に調整する必要があり、試験搗精で白度を確認する手順が記載されているものの、あくまでもそれは最終的な無洗米(所定の白度及び黄色度を有する)を得るための好適手段であって、物として特定するために搗精過程の白度が特定されていないから被告製品が構成要件A(亜糊粉細胞層が露出)を充足しないとすることには些かの違和感がある(事実、本件明細書には、試験搗精を経て得られた無洗米は、亜糊粉細胞層は除去されず、肌ヌカが除去され白度41~45に仕上るとの記載がある(【0041】)。)。
いずれにしても、発明構成要件の特定可能性は明細書作成の段階から常に意識しておくべき留意事項であり、その点で参考となる事案であると考える。
以上
(担当弁理士:藤井 康輔)

令和3年(ワ)第10586号「旨み成分と栄養成分を保持した無洗米」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ