IP case studies判例研究
侵害訴訟等
平成30年(ワ)第28931号「レーザ加工方法及びレーザ加工装置」事件
名称:「レーザ加工方法及びレーザ加工装置」事件
特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所:平成30年(ワ)第28931号 判決日:令和5年2月15日
判決:請求認容
特許法100条1項、2項、102条1項、2項
キーワード:構成要件の充足性、侵害者利益の推定、逸失利益の推定
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/821/092821_hanrei.pdf
[概要]
本件明細書の記載に照らして「改質領域」や「切断予定ラインの一端部」などの用語を解釈した結果、一部の対象製品は本件発明の技術的範囲に属しないが、一部の対象製品は本件発明の技術的範囲に属するとして、文言侵害の成立を認めた事例。
[本件発明1]
1A 第一のレーザ光を加工対象物の内部に集光点を合わせて照射し、前記加工対象物の切
断予定ラインに沿って前記加工対象物の内部に改質領域を形成するレーザ加工装置で
あって、
1B 前記第1のレーザ光を前記加工対象物に向けて集光するレンズと、
1C 前記加工対象物と前記レンズとを前記加工対象物の主面に沿って移動させる移動手段
と、
1D 前記レンズを前記主面に対して進退自在に保持する保持手段と、
1E 前記移動手段及び前記保持手段それぞれの挙動を制御する制御手段と、を備え、
1F 前記制御手段は前記集光点が前記加工対象物内部の所定の位置に合う状態となる初期
位置に前記レンズを保持するように前記保持手段を制御し、
1G 当該位置に前記レンズを保持した状態で前記第一のレーザ光を照射しながら、前記制
御手段は前記加工対象物と前記レンズとを前記主面に沿って相対的に移動させるよう
に前記移動手段を制御して前記切断予定ラインの一端部において改質領域を形成し、
1H 前記切断予定ラインの一端部において改質領域が形成された後に、前記制御手段は前
記レンズを前記初期位置に保持した状態を解除して前記レンズと前記主面との間隔を
調整しながら保持するように前記保持手段を制御し、前記レンズと前記加工対象物と
を前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制御して改質領域を形
成する、
1I レーザ加工装置。
[主な争点]
争点② 対象製品1(2)Bが本件各発明の技術的範囲に属するか。
争点③ 対象製品1(1)及び1(2)Aが本件各発明の技術的範囲に属するか。
争点⑧ 原告の受けた損害又は損失及び額
[裁判所の判断]
1.争点②について
『(4)切断予定ラインの一端部における改質領域の形成(構成要件1G、1H及び2A)について
ア 「切断予定ラインの一端部」(構成要件1G,1H及び2A)について、特許請求の範囲において、その「切断予定ライン」や「切断予定ラインの一端部」がどのようなものであるのかを説明等する記載はない。
・・・本件明細書の記載によれば、「切断予定ライン」とは、加工対象物の内部の一定の加工高さすなわち予定する加工の深さにおける仮想線を意味していると理解できる。上記記載には、従来技術のレーザ加工装置においては、加工対象物の端部で「切断予定ライン」にレーザ加工がされないことも説明されている。
また、本件明細書には、・・・とされている。したがって、ここでは、予定する加工の深さで改質領域が形成された後に、加工用対物レンズが切断予定ラインの一端に相当する位置にあることが記載されているといえる。
そして、本件各発明の技術的意義は、集光点が加工対象物内部の所定の位置に合う状態となる初期位置にレンズを保持した状態で切断予定ラインの一端部において改質領域を形成した後に、初期位置にレンズを保持した状態を解除してレンズと加工対象物の間隔を調整しながら改質領域を形成することにより、加工対象物の端部におけるレーザ光の集光点のずれを極力少なくしつつ効率よくレーザ加工を行い、切断予定ラインに沿って改質領域を安定して形成することを可能にするところにある(前記1(2))。本件明細書の前記記載によれば、本件各発明のレーザ加工装置においては、加工対象物の加工の開始に当たり、初期位置にレンズを保持した状態で加工を開始し、一定の加工高さすなわち予定する加工の深さで改質領域が形成され、加工対象物の端部の形状変動による影響を受けなくなった時点で、「切断予定ラインの一端部」において改質領域が形成されたものとして、初期位置にレンズを保持した状態を解除して、レンズの位置を調整しながら残部において改質領域を形成するものと理解できるところ、このように理解することは、本件各発明のレーザ加工装置において加工対象物の端部におけるレーザ光の集光点のずれを極力少なくしつつ効率よくレーザ加工を行い、切断予定ラインに沿って改質領域を安定して形成することを可能にするという本件各発明の上記効果を奏するものであり、上記の本件各発明の技術的意義に合致するものといえる。
したがって、これらの特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば、「切断予定ライン」とは、加工対象物の内部の一定の加工高さすなわち予定する加工の深さにおける仮想線であり、本件各発明の「切断予定ラインの一端部」とは、加工対象物の加工の開始に当たり、レンズを一定の位置(初期位置)に保持した状態で一定の加工高さすなわち予定する加工の深さで改質領域が形成される部分を意味すると解すべきである。
・・・(略)・・・
以上のとおり、対象製品1(2)Bは、加工対象物の加工の開始に当たり、レンズを一定の位置に保持した状態で一定の加工高さすなわち予定する加工の深さである所定の深さで改質領域を形成するから、「切断予定ラインの一端部」すなわち加工対象物の加工の開始に当たりレンズを一定の位置に保持した状態で一定の高さすなわち予定する加工の深さで改質領域が形成される部分において改質領域を形成する。』
『(5)制御手段(構成要件1F、1G、1H、2A及び2B)について
被告は、対象製品1(2)Bの制御機構について、海外の法人である各利用者に納品した後、各利用者の要望に応じて調整を行ったアプリケーションを適用していた(前記(1)ウ)。もっとも、対象製品1(2)Bは、出荷の時点で、制御機構のパラメータ設定により、各駆動機構及び対物レンズ保持機構について、シリコンウェハの端部から所定の範囲においてAF固定の状態でレーザ加工を行った後にAF固定を解除してAF追従の状態でレーザ加工を行うという動き(同イ)を含む異なる動きをさせることができるものであり、実際、被告は、対象製品1(2)Bの出荷前に、日本国内において、様々なアプリケーションを作成して各駆動機構及び対物レンズ保持機構について異なる動きをさせる検査を行っていた(同ウ)。
したがって、被告が、対象製品1(2)Bについて、海外の法人に納品した後に各アプリケーションを適用するという作業を行っていたとしても、対象製品1(2)Bは、出荷前に日本国内において完成していたものと認められ、本件各発明の「制御手段」を備えるものと認められる。』
2.争点③について
『(3)対物レンズの保持態様(構成要件1F、1G、1H、2A及び2B)について
・・・(略)・・・
このような特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば、「初期位置に」「レンズを保持する」とは、加工対象物の特定の箇所で集光点が加工対象物の内部の所定の位置に合う状態となる鉛直方向における加工対象物に対する加工用対物レンズの位置すなわち初期位置に、レンズを保ち続ける、すなわち、レンズを実質的に固定することを意味すると解すべきである。
・・・(略)・・・
したがって、対象製品1(1)及び1(2)Aにおいて、低追従の状態は、「初期位置に」「レンズを保持」しているとはいえない。
(ウ)もっとも、対象製品1(1)及び1(2)Aは、加工対象物にかかわらずその検出方法として光量基準を選択し、対物レンズが走査開始待機位置にあるときから加工用レーザ光を照射する設定をすることも可能であり(前記(1)イ)、このような設定等をした上で、面取り部分のあるシリコンウェハを加工する場合には、シリコンウェハの現実の端から光量基準によって検出されるシリコンウェハの主面が概ね水平となっている地点に到達するまでの部分すなわちシリコンウェハの面取り部分においては、対物レンズを想定位置にAF固定した状態、すなわち、「初期位置に」「レンズを保持」した状態となる。』
『(4)切断予定ラインの一端部における改質領域の形成(構成要件1G、1H、及び2A)について
ア 「切断予定ラインの一端部」とは、加工対象物の加工の開始に当たり、レンズを一定の位置に保持した状態で一定の加工高さすなわち予定する加工の深さで改質領域が形成される部分を意味し、また、本件各発明における加工対象物は面取り部分のあるシリコンウェハに限定されない(前記3(4)ア、イ)。
イ(ア)対象製品1(1)及び1(2)Aは、加工対象物が面取り部分のあるシリコンウェハであっても面取り部分のないシリコンウェハであっても、対物レンズの走査を開始してからシリコンウェハの端部までの範囲においてはピエゾアクチュエータを想定位置に固定するよう制御して対物レンズをAF固定し、その後、シリコンウェハの端部から対物レンズを低追従の状態で走査し、非加工領域を超えた時点で加工用レーザ光を照射してレーザ加工を開始し、その後、低追従領域を超えた時点で対物レンズを低追従の状態からAF追従の状態に切り替える(前記第2の1(5)ウ、前記(1)ア)ところ、低追従の状態は初期位置にレンズを保持している状態であるとはいえない(前記(3)ア(イ))から、レンズを一定の位置に保持した状態でシリコンウェハの内部の一定の加工高さすなわち予定する加工の深さに加工領域を形成することはない。
(イ)もっとも、対象製品1(1)及び1(2)Aは、加工対象物いかんにかかわらずその検出方法として光量基準を採用し、対物レンズが走査開始待機位置にあるときから加工用レーザ光を照射する設定をすることも可能である。対象製品1(1)及び1(2)Aについて、このような設定等をした上で、面取り部分のあるシリコンウェハを加工する場合には、シリコンウェハの現実の端から光量基準によって検出されるシリコンウェハの主面が概ね水平となっている地点に到達するまでの部分すなわちシリコンウェハの面取り部分においては、対物レンズを想定位置にAF固定した状態で加工用レーザ光が照射され、主面が概ね水平となっている地点から対物レンズを低追従の状態で走査して加工用レーザ光が照射されることになる(前記(3)ア(ウ))。
しかしながら、シリコンウェハの面取り部分は主面が水平ではないため、照射した加工用レーザ光は散乱してシリコンウェハの内部で適切に集光することが困難であり、仮に集光したとしても所望の深さより浅い位置にしか集光しない。原告及び被告が行った各実験結果によれば、切断予定ラインの深さをシリコンウェハの主面から65μm等の浅い位置に設定した場合には、面取り部分の一部に加工領域が形成されることがあるものの、加工領域は所望の予定する加工の深さ(65μm等)に水平に形成されることはなく、その深さより浅い位置において斜めに形成される。他方、切断予定ラインをシリコンウェハの主面から65μm等より深い部分に設定した場合には、面取り部分に加工領域は形成されなかった。(以上につき、甲26、乙50、55、弁論の全趣旨)
これらによれば、対象製品1(1)及び1(2)Aは、加工対象物の検出方法として光量基準を採用し、対物レンズが走査開始待機位置にあるときから加工用レーザ光を照射する設定をして、面取り部分のあるシリコンウェハを加工したとしても、レンズを一定の位置に保持した状態でシリコンウェハの内部の予定する加工の深さに加工領域を形成するものであると認めるには足りない。そうすると、対象製品1(1)及び1(2)Aは、上記設定をして、面取り部分のあるシリコンウェハを加工したとしても、上記(4)アにいう「切断予定ラインの一端部」において改質領域を形成するものであると認めるに足りない。
(ウ)前記(ア)及び(イ)から、対象製品1(1)及び1(2)Aは、「切断予定ラインの一端部」すなわち加工対象物の加工の開始に当たりレンズを一定の位置に保持した状態で一定の高さすなわち予定する加工の深さで改質領域が形成される部分において改質領域を形成するとは認められず、構成要件1G,1H及び2Aを充足しない。』
3.争点⑧について
『特許法102条2項は、民法の原則の下では特許権侵害行為によって特許権者が受けた損害の賠償を求めるためには、特許権者において、損害の発生及び額、これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張立証しなければならないところ、その立証等には困難が伴い、その結果妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らして、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益の額を特許権者の受けた損害の額と推定することとして、特許権者の立証の困難の軽減を図った規定であり、このような同項の趣旨に照らせば、特許権者に侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、同項の適用が認められると解すべきである。
そして、特許法102条2項は、上記のとおり、特許権者の立証の困難の軽減を図って、侵害者が侵害行為によって受けた利益の額を特許権者の受けた損害の額と推定するものであり、これが推定である以上、この推定は、侵害者による特許権侵害行為がなかった場合に、侵害者が特許権侵害行為により受けた利益やそれと同質といえる利益を特許権者が獲得し得るという関係があることを前提としているといえる。そうすると、侵害者による特許権侵害行為がなかったとしても、侵害者が特許権侵害行為により受けた利益と同質といえる利益を特許権者が獲得し得るという関係が類型的にない場合には、同条適用の基礎を欠くといえる。同条適用に当たり、特許権者が販売しているのが当該特許の実施品でなくとも、侵害品と競合する製品であれば、侵害者が特許権侵害行為により受けた利益と同質といえる利益を特許権者が獲得し得るという関係があり特許権者に侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在するといえるのに対し、そもそも侵害者が特許権侵害行為により受けた利益と同質といえる利益を特許権者が獲得し得るという関係が類型的になければ、特許権者に侵害者による特許権侵害行為がなかったとしても、上記にいう利益が得られたであろうという事情が存在するとはいえない。
イ 本件において、原告は、SDエンジン(原告エンジン)を製造、販売しているが、SD装置を製造、販売することはしておらず、SDエンジンはSD装置の一部品であって、SDエンジンの需要者は半導体製造装置の製造業者であるのに対し、SD装置の需要者は半導体の製造業者である(前記(1)ア~エ)。原告は、本件各発明の実施品であるSD装置の製造等に使用される部品に相当するSDエンジンを製造、販売等するにすぎず、SD装置を販売等していない。そうすると、被告による特許権侵害行為がなかった場合に、原告が、被告に代わってSDエンジンを搭載した装置であるSD装置を販売できたわけではない。本件で被告の利益は被告がSD装置を販売したことにより得た利益であり、被告による本件特許権の侵害行為がなかったとしても、原告がそのようなSD装置を販売等することによる利益と同質の利益を得ることができたとは認められないから、被告が特許権侵害行為により受けた利益について、類型的に原告が獲得し得るという関係がない。そうすると、本件においては特許法102条2項の適用の基礎を欠く。
・・・(略)・・・
特許法102条1項は、民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり、侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより、より柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定である。同項の文言及び趣旨に照らせば、特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者の製品であれば足り、侵害品と、市場において、侵害者の侵害行為がなければ販売等することができたという競合関係にある製品をいうものと解するのが相当である。
・・・(略)・・・
特許法102条1項における、特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者の製品であれば足りるところ、特許権者である原告はSDエンジンである原告エンジンを販売している。そして、SD装置にはSDエンジンは必要なものであったといえるのであるから、被告によるSD装置の販売により原告エンジンの販売数量が影響を受ける。したがって、本件には、特許法102条1項を適用する基礎があるといえる。』
[コメント]
本件明細書の記載に照らし、「切断予定ライン」とは、加工対象物の内部の一定の加工高さすなわち予定する加工の深さにおける仮想線を意味し、「切断予定ラインの一端部」とは、加工対象物の加工の開始に当たり、レンズを一定の位置(初期位置)に保持した状態で一定の加工高さで改質領域が形成される部分を意味するものと解釈され、これらが要因となって、対象製品1(2)Bは本件発明の技術的範囲に属し、対象製品1(1)及び1(2)Aは本件発明の技術的範囲に属しないと判断された。特許請求の範囲に記載された用語の意味を明細書の記載に基づいて解釈するに際し、発明の技術的意義に合致しているかを確認している点など、文言解釈の参考になると思われる。
また、金銭請求に関する主位的請求についての選択的主張のうち、特許法102条2項については、侵害者が特許権侵害行為により受けた利益と同質といえる利益を特許権者が獲得し得るという関係を前提としたものと解して、かかる関係が類型的にない本件では、これを適用する基礎を欠くと判断された。一方で、特許法102条1項については、特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者の製品であれば足りるとして、被告の行為(SD装置の販売)によって原告のSDエンジンの販売数量が影響を受ける本件には、これを適用する基礎があると認められた。これらを趣旨に基づく解釈の違いについて念頭に置きつつ、可能であれば本件のように選択的に主張しておくことが無難であろう。
以上
(担当弁理士:椚田 泰司)
平成30年(ワ)第28931号「レーザ加工方法及びレーザ加工装置」事件
Contactお問合せ
メールでのお問合せ
お電話でのお問合せ