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令和2年(ワ)第18421号、令和2年(ワ)第23231号「キューブコーナー素子を有する層状体および再帰反射シート」事件

名称:「キューブコーナー素子を有する層状体および再帰反射シート」事件
特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所:令和2年(ワ)第18421号、令和2年(ワ)第23231号 判決日:令和5年9月29日
判決:請求棄却
特許法70条、100条1項、2項
キーワード:測定方法の正確性
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/611/092611_hanrei.pdf

[概要]
原告が採用した二面角誤差の測定方法の正確性が担保されていると認められず、被告が使用するプリズムの二面角誤差の具体的な値について立証がされているとはいえないとして、被告製品が特許発明の構成要件を充足しないと判断した事例。

[本件発明1]
1-A  キューブコーナー素子を有する物品であって、
1-B  少なくともいくつかの該キューブコーナー素子が、
1-B1 基準平面に対して非平行でありかつ
1-B2 隣接しているキューブコーナー素子の隣接している非二面縁に実質的に平行である、少なくとも1つの非二面縁を有しており、
1-B3 ここで、基準平面とはキューブコーナー素子が配設されている平面を意味し、
1-C  少なくとも1つのキューブが
1-C1 1-2二面角誤差および1-3二面角誤差を有し、
1-C2 ここで、二面角誤差とはキューブコーナー素子の二面角の90度から偏差として定義され;
1-C3 かつ該二面角誤差が大きさ及び/又は符号において変化しており、
1-C4 該二面角誤差の大きさが1分~60分である、
1-D  物品。

[主な争点]
構成要件1-C1の充足性(争点1-5)
構成要件1-C2の充足性(争点1-6)
構成要件1-C3の充足性(争点1-7)
構成要件1-C4の充足性(争点1-8)

[原告の主張]
『・・・第三者機関によって表面の高度の平面性が確認されている参照平面試料を本件干渉計で測定することにより、本件干渉計の測定精度の確認を行ったところ、参照平面試料の測定に係る分析報告書(以下「本件参照平面試料分析報告書」という。甲25)のとおり、本件分析報告書で使用されている測定方法における二面角誤差の測定誤差が全て本件干渉計の精度に由来しているとしても、その測定誤差は最大0.1分であることが判明している。このように、本件干渉計は、本件分析報告書における測定のために十分な精度を有していることが確認されている。』

[裁判所の判断]
『(イ) 本件分析報告書で採用された二面角誤差の測定方法の精度について
本件分析報告書記載の分析結果に基づいて、被告プリズムに二面角誤差が存在し、かつ、その大きさが1分ないし60分の範囲にあるというためには、その前提として、本件分析報告書で採用された二面角誤差の測定方法の正確性が担保されていなければならない。
しかし、本件分析報告書で採用された二面角誤差の測定方法の精度に関し、次の指摘をすることができる。
a 標準試料等による精度の確認がされていると認められないこと
本件分析報告書で採用された二面角誤差の測定方法の正確性を担保するためには、客観的中立的に二面角誤差の有無及びその角度が確認されている標準試料等を、本件分析報告書で採用された二面角誤差の測定方法により測定し、その測定結果を標準試料等が有する二面角誤差と比較対照するなどして、上記測定方法がどの程度の精度で二面角誤差を算出できるのかの確認が必要であると思料されるところ、そのような確認がされていることを認めるに足りる証拠はない。
b 本件参照平面試料分析報告書の結果から、本件分析報告書における被告プリズムの二面角誤差の測定についての測定誤差が0.1分であるとはいえないこと
原告らは、本件干渉計について、第三者機関によって表面の高度の平面性が確認されている参照平面試料を測定することにより、本件干渉計の測定精度の確認を行ったところ、本件参照平面試料分析報告書のとおり、本件分析報告書で使用されている測定方法における二面角誤差の測定誤差が全て本件干渉計の精度に由来しているとしても、その測定誤差は最大0.1分であると主張する。
しかし、本件参照平面試料分析報告書は、フィゾー型干渉計そのものの機能で参照試料の表面形状の平面度を測定した結果を記載したものと考えられ(乙26)、本件ソフトウェアは使用されていないと解される。すなわち、本件参照平面試料分析報告書における測定と、本件分析報告書で採用された被告プリズムの二面角誤差の測定とは、いずれも本件干渉計によって測定される干渉像、すなわち干渉後の反射光の強度を利用している点において共通しているものの、本件参照平面試料分析報告書による測定結果は、干渉計の参照平面と被検面である参照試料との間の距離(光路差)に起因して干渉像が生じることを利用して、参照試料の表面形状を測定し、平面度を算定したものであるのに対し、本件分析報告書で採用された被告プリズムの二面角誤差の測定は、本件ソフトウェアを併用した上で、被告プリズムの各セクタ内のCCDカメラの画素ごとにおける干渉後の反射光の強度から、各画素における位相、各セクタからの出射光の波面の傾きを順次算出し、同一面に属する二つのセクタの出射光の波面ベクトルから他の二面の成す二面角の二面角誤差を算出するというものである(前記(ア))。そうすると、両者は、具体的な測定方法のみならず、測定原理においても異なっているし、測定する量も、本件参照平面試料分析報告書における測定では表面形状の平面度であるのに対し、本件分析報告書における測定では二面角誤差と、異なっている。
したがって、本件参照平面試料分析報告書による測定結果から、本件分析報告書における被告プリズムの二面角誤差の測定についての測定誤差が0.1分であると直ちに認めることはできない。
・・・(略)・・・
(ウ) 本件分析報告書記載の二面角誤差の分析結果についての検討
測定装置やソフトウェアを用いて、ある対象の特性を測定する場合には、その測定方法によって得られる測定値の確からしさや、その装置、測定方法等に内在する誤差を予め評価する必要があると考えられる。
その手法としては、他の方法で当該特性値が測定されている試料を用いて、実際に用いる測定方法により当該特性値を測定し、当該測定方法によって当該特性値が正確に得られているかどうかを確認することが考えられるところ、実際に、本件参照平面試料分析報告書や甲第28号証においては、同様の手法を採用して、本件干渉計の測定精度や、二面角誤差の理論値の算定方法の妥当性が検討されていることが認められる。
しかし、前記(イ)aにおいて説示したとおり、本件証拠上、他の方法で二面角誤差が測定されている標準試料等を用いて、本件分析報告書で採用された測定方法によりどの程度の精度で二面角誤差が算出できるのかの確認がされていると認めることはできない。
・・・(略)・・・
したがって、本件分析報告書で採用された二面角誤差の測定方法の正確性が担保されていると認めることはできないから、本件分析報告書記載の分析結果に基づいて、被告プリズムの二面角誤差の具体的な値を認めることはできない。
・・・(略)・・・
また、前記(3)のとおり、被告プリズムにおいて二面角誤差が存在すること及びその具体的な値についても立証がされているとはいえない。
したがって、被告製品が構成要件1-C1ないし1-C4を充足すると認めることはできない。』

[コメント]
原告は、表面形状の平面度が確認されている試料を米国の測定機器メーカーの干渉計で測定することにより、当該干渉計の測定誤差を最大0.1分であることを確認し、二面角誤差の測定誤差は最大0.1であると主張した。しかし、裁判所は、平面度の測定と二面角誤差の測定とでは測定対象が異なっており、平面度の測定における測定誤差が最大0.1分であったとしても、二面角誤差の測定における測定誤差が最大0.1分であると直ちに認めることはできない、と判断した。
本判決によれば、特許権者は、自己が採用した測定方法(測定方法1とする)の正確性を立証する際、測定方法1とは別の測定方法(測定方法2とする)で特性値が確認されている試料を用いて、測定方法1で特性値を測定し、得られた特性値と確認済の特性値とを比較することにより、測定方法1の正確性を確認する必要があると思われる。
また、原告は、上記の干渉計に付属するソフトウェアを使用して、被告のプリズムの二面角誤差を算出したが、当該ソフトウェアを用いた二面角誤差を算出するアルゴリズムや計算式を証拠として提出しなかった。裁判所は、当該ソフトウェアにおいて、二面角誤差を算定するにあたり、アルゴリズムや計算式を認定できないため、当該ソフトウェアによる二面角誤差算定の精度が明らかであるとはいえない、と指摘した。
本事例のように、ソフトウェアを使用して特性値を算出する測定方法を採用する場合、ソフトウェアのアルゴリズムや計算式も証拠として提出することが好ましいと思われる。
以上
(担当弁理士:小島 香奈子)

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