IP case studies判例研究

令和5年(ネ)第10071号「チップ型ヒューズ」事件

名称:「チップ型ヒューズ」事件
特許権侵害差止等請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(ネ)第10071号 判決日:令和6年2月21日
判決:控訴棄却
特許法70条、民事訴訟法143条、同法157条
キーワード:均等論の第4要件(公知技術等の非該当)、請求原因の追加、時機に遅れた攻撃防御方法
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/795/092795_hanrei.pdf

[概要]
被控訴人製品は、均等論の第4要件(公知技術等の非該当)を満たさないとして均等侵害が否定され、且つ、本件請求原因の追加は、訴えの追加的変更に当たるものではなく、新たな攻撃方法としての請求原因を追加するものであると判断した事例。

[本件発明1]
A-1 基板への取り付け用端子の2つの平板状部を間隔をあけて同一水平面上に有し、
A-2 当該水平面とは異なる高さにある水平面における前記2つの平板状部間に位置するヒューズが、
A-3 前記2つの平板状部と一体に形成されている端子一体型ヒューズと、
B-1 一方の面が閉じられ、前記一方の面と異なる水平面に位置する他方の面が開口され、
B-2 前記開口の周縁から前記一方の面に向かう周壁部を有し、
B-3 前記ヒューズが前記開口から前記一方の面側に向かう中途の位置に位置し、
B-4 前記2つの平板状部が前記周壁部にそれぞれ接触しているケースと、
C   前記ケース内において前記ヒューズに設けられた消弧材部とを、具備する
D   チップ型ヒューズ。

[主な争点]
(1)本件発明1に係る均等侵害の成否(原審の争点1)
(2)本件請求原因の追加の許否(原審の争点2)

[裁判所の判断]
『1 本件発明1に係る均等侵害の成否について
・・・(略)・・・
均等論の第4要件(公知技術等の非該当)についての控訴人の補充的主張につき判断する。
(1)控訴人は、乙1発明と乙3発明は技術分野が共通するにすぎず、発明の技術的思想すなわち課題及び解決手段を異にするものであり、乙1発明に乙3発明を適用することについての示唆も認められないから、乙1発明に乙3発明を適用する動機付けは存在しないとして、被控訴人製品は乙1発明及び乙3発明から容易推考とはいえず、均等の第4要件を充足する旨主張する。
(2)しかし、被控訴人製品及び乙1発明の構成は、原判決別紙「裁判所の認定」のとおりであり、被控訴人製品の「平板状部」は乙1発明の「金属電極2」に、被控訴人製品の「ヒューズ」は乙1発明の「可溶線5」にそれぞれ相当する。
したがって、両者を比較すると、被控訴人製品は、「平板状部と一体形成されている端子一体型ヒューズ」の構成(構成a-3)を有するのに対し、乙1発明では、可溶線5と金属電極2は異なる部材で構成され、当該可溶線5は可溶線挟持部22において挟持されることによって金属電極2に接続された構成(構成α-3’)である。したがって、乙1発明は被控訴人製品の構成a-3を有していない点が相違すると認められる一方、これ以外の構成は被控訴人製品の構成と同一である。
(3)そこで、上記相違点について検討するに、乙3公報には、「面実装可能な小型ヒューズ」において「溶断部を配設したヒューズエレメント部と外部電極を一体の金属で形成する」という乙3発明が開示されている。ここでいう「溶断部を配設したヒューズエレメント部」は、乙1発明の「可溶線5」に相当するから、乙3公報は、上記相違点に係る被控訴人製品の構成(構成a-3)を開示するものといえる。
そして、乙1発明と乙3発明は、いずれも表面実装型ヒューズに関する発明であって技術分野は同一であることに加え、乙1公報には、「第1の好適実施形態の表面実装超小型電流ヒューズの制作組立の一例」として、「フレーム状に連続プレス成型加工」した「1対の金属電極2」に「可溶線5」を挟持させた上で、「本体1」に固定するという工程(【0020】)、すなわち予めヒューズと電極とを組み合わせた後に本体に固定する工程が記載されており、この点において、ヒューズエレメント部と外部電極を一体の金属で形成する乙3発明の工程との共通点も認められる。
そして、乙3公報によれば、「ヒューズエレメント部と外部電極を一体の金属で構成」(【特許請求の範囲】【請求項3】)することは、「この構成によれば、ヒューズエレメント部と外部電極を接続する必要がなくなるため、生産性を向上させることができるという作用効果が得られる」(【0009】、【0036】も同旨)ものである。
このように製品構造を簡素化して製造工程を容易にすることによる「生産性の向上」という課題は、工業製品である表面実装超小型電流ヒューズに関する発明である乙1発明にも当然内在しているものと認められ、乙1公報の「本発明は、上記問題点を解決し、製造が容易な構造を有し、また溶断時間のバラツキを最小限に抑え、かつ高い信頼性を有する表面実装超小型電流ヒューズを提供することにある(【発明が解決しようとする課題】【0007】)、「以上の全工程は連続工程で容易に行うことができ、量産性に優れている。」(【0020】)、「本発明の表面実装超小型電流ヒューズは、以上説明したように構成されているので、製作組立が連続工程でなすことができ、その結果容易に製造することができる。従って、大幅なコスト削減が可能となる。」(【0027】)との記載によっても裏付けられる。
したがって、当業者にとって、乙1発明に乙3発明の「ヒューズエレメント部と外部電極を一体の金属で形成する」構成を適用する動機付けは十分にあると認められる。
・・・(略)・・・乙1発明の可溶線と金属電極を異なる部材で構成する構成に代えて、乙3発明のヒューズエレメント部と外部電極部を一体の金属で形成する構成を採用して被控訴人製品の構成とすることは、当業者が本件特許の出願時に容易に推考し得たものと認められる。すなわち、被控訴人製品は均等論の第4要件を満たさない。
そうすると、その余の点を判断するまでもなく、被控訴人製品は本件発明1と均等なものとしてその技術的範囲に属するということはできないことになる。
2 本件請求原因の追加の許否について
当裁判所は、本件請求原因の追加は攻撃方法の提出であって、民事訴訟法143条ではなく同法157条の規律に服するものではあるが、結論的には時機に後れたものとして却下を免れないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
(1)控訴人の本件請求は、特許法100条1項、3項に基づく差止請求、廃棄請求及び不法行為に基づく損害賠償請求である。そのいずれも、被控訴人による被控訴人製品の譲渡等が控訴人の有する「本件特許権」を侵害するとの請求原因に基づくものである。
そして、特許法は、一つの特許出願に対し一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ、これに基づいて一つの特許が付与され、一つの特許権が発生するという基本構造を前提としており、請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。そうすると、ある特許権の侵害を理由とする請求を法的に構成するに当たり、いずれの請求項を選択して請求原因とするかということは、特定の請求(訴訟物)に係る攻撃方法の選択の問題と理解するのが相当である。請求項ごとに別の請求(訴訟物)を観念した場合、請求項ごとに次々と別訴を提起される応訴負担を相手方に負わせることになりかねず不合理である。当裁判所の上記解釈は、特許権の侵害を巡る紛争の一回的解決に資するものであり、このように解しても、特許権者としては、最初から全ての請求項を攻撃方法とする選択肢を与えられているのだから、その権利行使が不当に制約されることにはならない。
(2)以上によれば、控訴人による本件請求原因の追加は、訴えの追加的変更に当たるものではなく、新たな攻撃方法としての請求原因を追加するものにとどまるから、本件請求原因の追加が民事訴訟法143条1項ただし書により許されないとした原審の判断は誤りというべきである。
(3)もっとも、被控訴人は、本件請求原因の追加が攻撃方法に該当する場合には民事訴訟法157条1項に基づく却下を求める旨の申立てをしている(引用に係る原判決の第3の2「被告の主張」欄(2))から、以下この点について判断する。
・・・(略)・・・均等論の第4要件を争う被控訴人の主張は、既に答弁書の段階で詳細かつ具体的に提出されており、これに対する対抗手段として、本件請求原因の追加を検討することは可能であったものである。その後、約9か月にわたり双方が主張書面を2往復させてこの点の主張立証を尽くしていたところ、その後に裁判所からの心証開示を受けた後に、しかも、控訴人自ら、補充的な書面提出のみを予定する旨の進行意見を述べていたにもかかわらず、突然、本件請求原因の追加を行ったものであって、これが時機に後れた攻撃方法の提出に当たることは明らかである。
ウ 次に、故意又は重過失の要件についてみるに、本件請求原因の追加は、当初から本件特許の内容となっていた請求項3を攻撃方法に加えるという内容であるから、その提出を適時にできなかった事情があるとは考え難い。外国文献等をサーチする必要があったケースとか、権利範囲の減縮を甘受せざるを得なくなる訂正の再抗弁を提出する場合などとは異なる。控訴人からも、やむをえない事情等につき具体的な主張(弁解)はされていない。そうすると、時機に後れた攻撃方法の提出に至ったことにつき、控訴人には少なくとも重過失が認められるというべきである。
エ そして、本件請求原因の追加により、訴訟の完結を遅延させることとなるとの要件も優に認められる。すなわち、本件発明2の本件付加構成を充足するか否かについては、従前全く審理されていないから、本件請求原因の追加を許した場合、この点について改めて審理を行う必要が生ずることは当然である。そして、被控訴人は、仮に本件請求原因の追加が許された場合の予備的主張として、本件発明2の本件付加構成のクレーム解釈及び被控訴人製品の特定に関する詳細な求釈明の申立てをする(控訴答弁書19頁~)などしていることを踏まえると、この点の審理には相当な期間を要し、訴訟の完結を遅延させることとなることは明らかである。』

[コメント]
裁判所は、原審と同様、均等論の第4要件(対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一または当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではないこと)を満たしていないと判断した。被控訴人製品は、乙1発明と乙3発明とを組み合わせたものであり、両発明は、いずれも表面実装型ヒューズに関する発明であって技術分野が同一であることに加え、生産性の向上という課題が共通している。そのため、乙1発明と乙3発明とを組み合わせる動機付けがあると考えられ、均等論の第4要件を満たしていないと考えられる。
また、裁判所は、「控訴人による本件請求原因の追加は、訴えの追加的変更に当たるものではなく、新たな攻撃方法としての請求原因を追加するもの」と判断している。この判断は、平28(ネ)10103号などでの判断と同様であり、一つの特許出願に対し一つの特許権が発生するという考えをもとにしたものである。この判断によると、一部の請求項で訴訟を提起して確定判決が出た場合、既判力により他の請求項に基づく差止請求などができなくなる恐れがあるので注意が必要である。
なお、特許権の放棄や無効審判の請求などの規定の適用については、特許法第185条により、請求項ごとに特許権があるものとみなされている。
以上
(担当弁理士:冨士川 雄)

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