IP case studies判例研究

令和3年(ネ)第10086号「ランプ及び照明装置」事件

名称:「ランプ及び照明装置」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和3年(ネ)第10086号 判決日:令和6年4月25日
判決:控訴棄却
特許法79条
キーワード:先使用権、パラメータ
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/015/093015_hanrei.pdf

[概要]
工業製品の品質にはさまざまな原因によってばらつきが存在すること、出願前に実施等していた製品が、後に出願され権利化されたパラメータ発明の技術的範囲内に包含されることがあり得ることを踏まえ、先使用製品に具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式について、先使用権の範囲内であると判断した事例。

[本件発明1-1]
1-1A:光拡散部を有する長尺状の筐体と、
1-1B:前記筐体の長尺方向に沿って前記筐体内に配置された複数のLEDチップと、
1-1C:を備えたランプであって、
1-1D:前記複数のLEDチップの各々の光が前記ランプの最外郭を透過したときに得られる輝度分布の半値幅をy(mm)とし、隣り合う前記LEDチップの発光中心間隔をx(mm)とすると、y≧1.09xの関係を満たす、
1-1E:ランプ。

[本件発明1-3(本件発明1-1との共通箇所は割愛)]
1-3D:前記複数のLEDチップの各々の光が前記ランプの最外郭を透過したときに得られる輝度分布の半値幅をy(mm)とし、隣り合う前記LEDチップの発光中心間隔をx(mm)とすると、y≧1.21x かつ y≦1.49xである

[主な争点]
403W製品に基づく先使用権の成否(争点10)

[裁判所の判断]
『(3)先使用権の範囲
ア 特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する(特許法79条)。上記のとおり、先使用権者は、「その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において」特許権につき通常実施権を有するものとされるが、ここにいう「実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内」とは、特許発明の特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に日本国内において実施又は準備していた実施形式だけでなく、これに具現されている技術的思想、すなわち発明の範囲をいうものであり、したがって、先使用権の効力は、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶものと解するのが相当である(最高裁昭和61年(オ)第454号同年10月3日第二小法廷判決・民集40巻6号1068頁参照)。
そして、先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあり、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとって酷であって相当ではなく、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めることが同条の文理にも沿うと考えられること(前記最高裁判決参照)からすると、実施形式において具現された発明を認定するに当たっては、当該発明の具体的な技術内容だけでなく、当該発明に至った具体的な経過等を踏まえつつ、当該技術分野における本件特許発明の特許出願当時(優先権主張日当時)の技術水準や技術常識を踏まえて、判断するのが相当である。』
『イ 被控訴人403W製品に具現されている発明
(ア)証拠(乙388)によると、被控訴人403W製品は、試料No.1とNo.2について、LED99個のうち左から18~35番目、及び、38~50番目までのLED31個についてy/x値を計測したところ、試料No.1については、、最小値1.272、最大値1.363、平均値3σが1.271、1.370であり、試料No.2については、最小値1.326、最大値1.381、平均値3σが1.304、1.387であったことが認められる。。また、被控訴人403W製品全24本について、左から25番目と50番目のLED2個についてy/x値を計測したところ、、左から25番目のLEDについては、最小値1.303、最大値1.388、平均値3σが1.281、1.397であり、左から50番目のLEDについては、最小値1.297、最大値1.381、平均値3σが1.272、1.403であったことが認められる。
ここで、工業製品にあっては、同一生産工程で生産されても、その品質はさまざまな原因によってばらつきが存在するものであり、照明器具においても同様のことがいえると解されるところ、上記のとおり、被控訴人403W製品においても、それぞれ数値範囲にばらつきが生じているものと理解できる。また、品質管理の手法としては、製品の検査結果を要求される品質標準と比較して、この差(製造誤差)を標準偏差の3倍(3σ)の範囲に収めることが一般的に採用される手法の一つであると理解できる(乙388、弁論の全趣旨)。これらを踏まえると、被控訴人403W製品のy/x値は、実測値で1.27~1.38程度、一般的な製造誤差を考慮した場合である3σは、403W製品に要求される品質標準は不明であるものの、一般的な管理手法に照らせば、実測された平均値がそれに該当するといえ、被控訴人403W製品のy/x値は、おおむね1.27~1.40程度であったと認めることができる。
(イ)また、先使用権に係る実施品である403W製品は、本件優先日1前において公然実施されていた402W製品とシリーズ品を構成する(乙35)から、被控訴人402W製品と極めて関連性が高い公然実施品である。
そして、403W製品は、402W製品と共通のカバー部材を採用しつつ(乙315)、402W製品と比べると、LEDの個数を減らしつつも「粒々感の解消」を図った超エコノミータイプとの位置づけであった(乙297)。すなわち、403W製品は、402W製品との比較でいえば、y値(半値幅)を固定して、x値(LEDチップの配列ピッチ)を工夫しつつ、本件各発明1と同様の課題である粒々感を抑えている(所定の輝度均斉度を得ている)ものと理解できる(乙35)。
ここで、証拠(乙317)によると、カナデンに納品された402W製品のy/x値は1.7程度であり、その余の402W製品のy/x値は更に大きいこと(乙77では1.89)が認められる。
また、証拠(乙90、207)によると、・・・(略)・・・、「LEDZ LシリーズSLIM TUBE MODULE」は、x値16mm、y値26.2mm y/x値1.64であったことが認められる。
以上のことを踏まえると、403W製品に具現化された発明であるy/x値が1.4を超える部分から1.7又は1.7を超える範囲は、被控訴人においてx値を適宜調整することで実現していた範囲であって自己のものとして支配していた範囲であるといえる。
(ウ)さらに、本件各発明1の課題であるLED照明の粒々感を抑えることは、LED照明の当業者において本件優先権主張日前から知られた課題であり、当業者はこのような課題につき、本件パラメータを用いずに、試行錯誤を通じて、粒々感のない照明器具を製造していたものといえる。そのような技術状況からすると、「物」の発明の特定事項として数式が用いられている場合には、出願(優先権主張日)前において実施していた製品又は実施の準備をしている製品が、後に出願され権利化された発明の特定する数式によって画定される技術的範囲内に包含されることがあり得るところであり、被控訴人が本件パラメータを認識していなかったことをもって、先使用権の成立を否定すべきではない。
そこで、本件優先日1当時の技術水準や技術常識等についてみると、前記認定のとおり、輝度均斉度が85%程度を上回ることで粒々感に対処できることが周知技術(乙402、甲31)であったこと、y/x値が1.208~1.278程度のクラーテ製品②が、本件優先日1前に公然実施されていたこと、403W製品は、402W製品と比較して、LEDの個数を減らす設計によるものであって、本件各発明1と同様の課題である粒々感を抑えることができる範囲内でx値を402W製品より大きくし、y/x値を輝度均斉度が85%程度となる1.1程度まで小さくすることは、402W製品を起点とした403W製品の設計に至る間の延長線上にあるといえる。以上のことからすると、y/x値が1.27~1.1を満たす製品を設計することは、403W製品によって具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式というべきである。
(エ)まとめ
以上のとおり、被控訴人403W製品に具現されたy/x値との同一の範囲は、1.27~1.40と認定でき、また、被控訴人403W発明に具現された発明と同一性を失わない範囲は、1.1~1.7又は1.7を超える範囲と認定できるから、1.1~1.7又は1.7を超える範囲は、先使用権者である被控訴人が自己のものとして支配していた範囲と認められる。
(オ)控訴人PIPMの主張
控訴人PIPMは、本件各訂正発明1は、オールインワンのパラメータとして、y値、更にはy/xの値を評価することで、非常にシンプルなアプローチで、輝度均斉度を制御することを実現しているとの本件発明1の技術的思想を前提とした主張をするが、前記1(3)のとおり、y/x値に関して如何なる設計手法を取るかは、本件発明の技術的範囲とは無関係であり、先使用による通常実施権の判断において、403W製品が、控訴人PIPMがいう本件パラメータに係る技術思想を備える必要はない。かえって公然実施されているような数値範囲を事後的に包含する本件パラメータについては、公平の観点から、特許権の行使が及ばないと解するのが相当である。』

[コメント]
先使用製品のパラメータ値は、あくまで測定値に基づくものであるから、離散的なものであるが、製造時のばらつき(誤差)を考慮して、先使用製品のパラメータ値を測定値を含むパラメータ範囲として認定したこと、及び、他の製品や技術常識に鑑みると、先使用製品によって認定されたパラメータ範囲に加えて、その隣接するパラメータ範囲が、先使用製品によって具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式であると認定したこと、これらの認定が高裁で行われた点が有意義であると思われる。
ところで、平成29年(ネ)第10090号(「ピタバスタチン製剤医薬品」事件)では、「先使用権を有するといえるためには,サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明でなければならない」という要件を示した上で、「サンプル薬の水分含有量が仮に発明の数値範囲に入っていたとしても」という仮定の文脈と共に、傍論と解釈されているが、サンプル薬に係る数値が、たまたま発明の数値範囲に入っていたとしてもそれだけでは先使用「発明」の成立は認められず、サンプル薬に発明の数値範囲内である技術的思想が具現化している必要がある、との判断がなされている。
「ピタバスタチン製剤医薬品」事件では、先使用製品に係る発明が、特許発明の技術的思想と同じ発明であることが、先使用権の前提であるように解釈されるが、本件では、上で引用したように、「「物」の発明の特定事項として数式が用いられている場合には、・・・(略)・・・被控訴人が本件パラメータを認識していなかったことをもって、先使用権の成立を否定すべきではない。」と判示されているところ、この「ピタバスタチン製剤医薬品」事件における上記傍論を判示事項を一部否定しているようにも解釈できる。言い換えれば、本件判示は、「ピタバスタチン製剤医薬品」事件の判示よりも、先使用権者の保護が意識されているように感じられる。
先使用権に関する判決を注視していくことが必要であると思われる。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)

令和3年(ネ)第10086号「ランプ及び照明装置」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ