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令和5年(ネ)第10063号「電動式衝撃締め付け工具」事件

名称:「電動式衝撃締め付け工具」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和5年(ネ)第10063号 判決日:令和6年5月15日
判決:原判決一部取消
特許法29条2項
キーワード:発明の課題、進歩性
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/022/093022_hanrei.pdf

[概要]
主引用発明の課題として、主引用例に記載された課題ではなく、複数の証拠に基づいて一般的な課題が認定され、副引用発明は主引用発明の課題を解決する手段であるため、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けがあったものと認めるのが相当である、という理由により、被告の無効の抗弁は理由があるとして、権利を行使することができないとされた事例。

[本件訂正発明]
A2 電動モータの出力部の回転を、作動油によりトルクを発生する油圧パルス発生部である衝撃発生部に伝達し、前記衝撃発生部において発生する衝撃力によりメインシャフトに強力なトルクを発生させる電動式衝撃締め付け工具において、
B 電動モータは、
B1 磁極部を持つステータと、
B2 前記ステータの外周側に隙間を設けて貼設された磁石と、
B3 前記磁石を内周面に保持する筒缶部を有するロータとを備える
B4 アウタロータ型電動モータであることを特徴とする
C 電動式衝撃締め付け工具。

[原判決]
『・・・(略)・・・乙15発明は、トルクを制御するためのコントローラをケーシング内に収容し、自己完結型のトルク制御パルスツールを課題とする発明であり、モータ自体に課題を有する発明ではない。
また、乙15公報には、乙15発明が採用するモータに関して、電動モータには発生トルクの大きいDCモータを使用することが多い旨が記載されているが、一方で、小容量のモータを使用可能とし、それによりツールを小型化することが可能であることも記載されており(乙15【0013】)、乙15発明において、高トルク化や、そのために発生トルクの大きいモータを採用することが示唆されているとはいえない。
これに対し、乙6-2発明は、高トルク用途を目的・課題としたアウタロータ型電動モータに関する発明であり、電動手工具への応用は示唆されているものの、その下位概念である衝撃発生部を備えた電動式衝撃締め付け工具へ適用することまでは示唆されていない。
以上のとおり、高トルク化やモータに関する課題が示唆されていない乙15発明に接した当業者において、モータの構造をインナロータ型からアウタロータ型に置換することについての動機付けがあるとはいえない。
したがって、被告主張の相違点を前提としても、乙15発明に乙6-2発明を適用する動機付けがあったとはいえず、当業者において、相違点③に係る構成に至ることが容易であったとは認められない。
エ 以上より、被告の乙15発明に基づく進歩性欠如の主張は理由がない。』

[主な争点]
乙15発明に基づく進歩性欠如の有無(争点2-4)

[裁判所の判断]
『3 本件特許の無効理由の存否(乙15発明を主引用発明とする本件発明の進歩性欠如(争点2-4))及び本件訂正による無効理由の解消の成否について
・・・(略)・・・
(3) 本件発明等と乙15発明との相違点の認定
ア 本件発明の構成(補正して引用した原判決第2の1(2)ア及びイ)又は本件訂正発明の構成(補正して引用した原判決第2の1(3)ア及びイ)と乙15発明の構成(前記(2))とを対比し、弁論の全趣旨も考慮すると、本件発明等と乙15発明との間には、次の相違点A及び相違点Bが存在するものと認めるのが相当である。
(相違点A)
電動モータに関し、本件発明等は、磁極部を持つステータと磁石を内周面に保持する筒缶部を有するロータとを備えるアウタロータ型であるのに対し、乙15発明は、インナロータ型であってアウタロータ型でない点
(相違点B)
磁石の保持の態様に関し、本件発明等は、磁石が「前記ステータの外周側に隙間を設けて貼設され」ているのに対し、乙15発明は、磁石を保持する態様が明示されていない点
・・・(略)・・・
(4) 相違点Aに係る本件発明等の構成の容易想到性
ア 公知発明の認定
・・・(略)・・・
(イ) 乙6文献記載の発明の認定等
a 前記(ア)の乙6文献の記載及び弁論の全趣旨によると、乙6文献には、次の乙6発明Aが記載されているものと認めるのが相当である。
(乙6発明A)
それぞれの歯にコイルを配置するステータと、前記ステータの外周側に隙間を設けて配置された焼結希土類磁石と、前記焼結希土類磁石を内周面に保持する筒状のロータとを備え、パワーハンドツールに応用されるアウタロータ型電動モータ
b 本件発明等と乙6発明Aとを比較すると、乙6発明Aは、相違点Aに係る本件発明等の構成(磁極部を持つステータと磁石を内周面に保持する筒缶部を有するロータとを備えるアウタロータ型であること)を全て備えるものと認められる。以下、本件優先日当時の当業者において、乙15発明に乙6発明Aを適用し(以下、この適用を「本件適用1」ということがある。)、相違点Aに係る本件発明等の構成に容易に想到し得たか否かについて検討する。
・・・(略)・・・
イ 本件適用1に係る動機付けの有無
(ア) 技術分野
前記(1)及び(2)によると、乙15発明は、回転駆動源に電動モータを使用したトルク制御式パルスツール(ねじ締めツール等)の技術分野に属するものと認められ、前記アによると、乙6発明Aは、パワーハンドツール(電動手工具)に応用される電動モータの技術分野に属するものと認められる。
そして、回転駆動源に電動モータを使用したトルク制御式パルスツール(ねじ締めツール等)は、その内容に照らし、パワーハンドツール(電動手工具)の一種であると認められるから(乙15公報の【図1】等参照)、乙15発明(電動モータに係る部分)と乙6発明Aは、いずれもパワーハンドツール(電動手工具)に使用可能な電動モータに関する技術として、その属する技術分野を共通にするものと認めるのが相当である。
・・・(略)・・・
(イ) 乙15発明が有する課題
・・・(略)・・・もっとも、証拠(乙31)及び弁論の全趣旨によると、一定の外径を有するねじの締め付けのためには、当該外径にふさわしい出力トルクの範囲が存在するものと認められるが、小さい外径のねじに対しては、電動モータから出力されるトルクを調整することにより対応することが可能である一方、電動モータから出力可能なトルクを超えるトルクを要する外径の大きなねじについては、工具から出力されるトルクを増幅するための機構(ギヤボックス等)を必要とするから、本件優先日当時、電動式衝撃締め付け工具においては、電動モータの出力トルク自体を大きくすることが一般的に要請されていたものと認めるのが相当である。
また、パワーハンドツール(電動手工具)においては、その性質上、小型化及び軽量化が求められているものと認められるところ(前記ア(ア)b等)、弁論の全趣旨によると、同一磁力で駆動する二つのモータを比較した場合に出力トルクがより大きい電動モータは、同一のトルクを出力する場合には、より小型・軽量化を図ることができると認められるから(なお、補正して引用する本件明細書の段落【0026】、【0027】等参照)、工具の小型化及び軽量化を図るとの観点からも、パワーハンドツール(電動手工具)である電動式衝撃締め付け工具においては、電動モータの出力トルクを大きくすることが一般的に要請されていたものと認められる。
以上によると、パワーハンドツール(電動手工具)である電動式衝撃締め付け工具に該当する乙15発明(乙15公報の【図1】等参照)は、本件優先日当時、電動モータの出力トルクを大きくするとの課題(以下「本件課題」という。)を有していたものと認めるのが相当である。
・・・(略)・・・
(ウ) 本件課題の解決手段
・・・(略)・・・
b 前記aの各記載及び弁論の全趣旨によると、乙15発明が備えるインナロータ型の電動モータをアウタロータ型のものに置き換えることにより、電動モータの出力トルクを大きくするとの本件課題を解決することができるといえるから、アウタロータ型の電動モータである乙6発明Aは、乙15発明が有する本件課題の解決手段であると認めるのが相当である。
(エ) 乙6文献における示唆
乙6文献には、「電動手工具(パワーハンドツール)への応用のための高トルク機械」及び「電気手工具(パワーハンドツール)への応用には、概して適度な速度で高い出力のトルクが必要である」との記載があるところ(前記ア(ア)a及びb)、これらの記載は、乙6発明Aの電気手工具(パワーハンドツール)への適用を明示するものである。
そして、乙15発明も、電気手工具(パワーハンドツール)の一種であると認められる以上(乙15公報の【図1】等参照)、乙6発明Aの乙15発明への適用は、乙6文献において、少なくとも示唆されているといえる。
(オ) 本件適用1に係る動機付けの有無についての小括
以上のとおりであるから、本件優先日当時の当業者において、乙15発明に乙6発明Aを適用する動機付けがあったものと認めるのが相当である。
・・・(略)・・・
(5) 相違点Bに係る本件発明等の構成の容易想到性
・・・(略)・・・
(イ) 乙27から29までに記載の技術の認定
前記(ア)の乙27から29までの各記載及び弁論の全趣旨によると、電動モータにおいて、接着剤を用いて磁石をロータに隙間を設けて貼設するとの技術は、本件優先日当時の周知技術(以下「本件周知技術」という。)であったものと認めるのが相当である。
そして、本件発明等と本件周知技術とを比較すると、本件周知技術は、相違点Bに係る本件発明等の構成(磁石の保持の態様に関し、磁石が前記ステータの外周側に隙間を設けて貼設されているとする構成。ただし、このうち磁石を「ステータの外周側」に保持するとの構成部分を除く。以下、この(イ)及び後記イにおいて同じ。当該構成部分は、乙6発明Aが備える構成であり、乙15発明に乙6発明Aを適用することにより、本件優先日当時の当業者が容易に想到し得たものである。)を備えるものと認められるから、以下、本件優先日当時の当業者において、乙15発明に本件周知技術を適用し(以下、この適用を「本件適用2」ということがある。)、相違点Bに係る本件発明等の構成に容易に想到し得たか否かについて検討する。
・・・(略)・・・
ウ 相違点Bに係る本件発明等の構成の容易想到性についての小括
(ア) 以上のとおりであるから、本件優先日当時の当業者は、乙15発明に乙6発明A及び本件周知技術を適用することにより、相違点Bに係る本件発明等の構成に容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
・・・(略)・・・
(6) 本件発明等の進歩性についての結論
以上のとおりであるから、本件発明等は、乙15発明、乙6発明A及び本件周知技術に基づいて、本件優先日当時の当業者が容易に発明をすることができたものであり、進歩性を欠くものである。
(7) まとめ
以上によれば、本件特許に無効理由(乙15発明を主引用発明とする本件発明の進歩性欠如)がある旨をいう被告の抗弁(争点2-4)は理由があり、当該抗弁に対する訂正の再抗弁は、本件訂正発明が進歩性を欠く以上、その余の点について判断するまでもなく理由がない。』

[コメント]
原判決では、乙15発明(主引用発明)は、トルクを制御するためのコントローラをケーシング内に収容し、自己完結型のトルク制御パルスツールを課題とする発明であり、モータ自体に課題を有する発明ではない、と判断した。すなわち、原判決では、乙15発明の課題として、乙15公報に記載された課題をほぼそのまま認定している。
一方、本判決では、乙15発明は、電動モータの出力トルクを大きくするとの課題を有していたものと認めるのが相当である、と判断した。すなわち、本判決では、乙15発明の課題として、複数の証拠に基づいて、電動モータの出力トルクを大きくするという一般的な課題を認定している。そして、本判決は、アウタロータ型の電動モータである乙6発明が乙15発明の課題を解決する手段であり、乙15発明に乙6発明を適用する動機付けがあったものと認めるのが相当である、と判断した。
今回、電動モータに関し、本件発明はアウタロータ型であるのに対し、乙15発明はインナロータ型であってアウタロータ型でない点が、本件発明と乙15発明の相違点の一つであった。一般的に、電動モータは、インナロータ型とアウタロータ型に大別できるため、明らかな阻害要因等がない限り、乙6発明を乙15発明へ適用することにより、乙15発明のインナロータ型をアウタロータ型とすることは容易想到であると判断される可能性は高いと考えられる。
以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)

令和5年(ネ)第10063号「電動式衝撃締め付け工具」事件

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