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令和3年(ワ)第15964号「弾塑性履歴型ダンパ」事件

名称:「弾塑性履歴型ダンパ」事件
特許権侵害損害賠償請求事件
東京地方裁判所:令和3年(ワ)第15964号 判決日:令和6年3月22日
判決:請求棄却
関連条文:特許法70条
キーワード:構成要件充足性
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/956/092956_hanrei.pdf

[概要]
特許請求の範囲に記載された「入力」という文言について、明細書の記載(課題及び実施例)を参照して「複数方向からの入力」を意味するものと限定解釈した結果、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さないと判断された事例。

[本件発明1]
A 建物及び/又は建造物に適用可能な弾塑性履歴型ダンパであって、
B 一対の第一補強部と、
C 前記一対の第一補強部を連結し、互いの向きを異ならせて設けられた板状の一対の剪断部と、
D 前記一対の第一補強部の両端間にそれぞれ接続した一対のプレートとを備え、
E 前記剪断部は、前記第一補強部に対して傾斜を成し、
F 前記第一補強部は、前記剪断部に、該第一補強部と該剪断部とのなす角が鋭角となるように形成され、
G 前記剪断部は、入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行うことを特徴とする
H 弾塑性履歴型ダンパ。

[主な争点]
被告ダンパは、「入力」を受けるものであるか(構成要件G)(争点1-1)

[原告の主張](筆者にて適宜抜粋)
『ア 文言、技術常識、本件明細書の記載によれば、構成要件Gにおける「入力」とは、地震時点でダンパに対し外部から与えられる動力(=振動・揺れ)であり、当該振動(揺れ)は、特定の方向に限定されるものではない。
イ 被告ダンパに対しては、地震によって外部からの振動(揺れ)が与えられるため、被告ダンパは「入力」を受け、構成要件Gを充足する。
ウ 仮に本件各発明ではダンパに複数方向からの入力があることを前提としていると解するとしても、被告ダンパは独立した部品であり、被告ダンパ単体に対しては複数方向からの揺れに対応することができる構造になっている。被告は業として被告ダンパを製造しており、住宅に設置する前の段階では入力方向が限定されない製品を製造しているといえる。
そして、被告ダンパが被告製品(耐力パネル)に組み込まれて用いられることを前提にしても、地震が起きれば、耐力パネルがねじれ、これによって、被告ダンパには鉛直方向以外にも力が加わり、複数方向の力が加わるのであるから、被告製品を構成する被告ダンパは「入力」を受ける。
地震によって生じるねじれの程度は建物の倒壊の原因にもつながる大きなものである。また、ダンパの据え付けに当たっては設置角度の誤差が生じるから、仮に各耐力パネルのダンパが接続している部分に対しては一定方向からの入力しかないとしても、各ダンパに対しては据え付け誤差の角度分だけそれぞれ別の方向からの入力があるといえ、複数方向からの入力があるといえる。』

[裁判所の判断]
『・・・(略)・・・、本件発明1の対象となる「弾塑性履歴ダンパ」について「剪断部は、入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行うことを特徴とする」ものであるとされている。したがって、本件発明1のダンパは、上記に記載された特徴を有するダンパであるところ、その「入力」がどのようなものであるかについて、本件発明1の特許請求の範囲では何ら定められていない。』
『イ ここで、前記1(2)で説示したとおり、本件各発明は、上部構造物、下部構造物に分離できる橋梁等の建築物において、地震のときに、その接続部において橋軸方向に限らず、複数方向の水平力がかかってしまうところ、同接続部においては、I字形ダンパでは単一方向の入力にしか対応できないという課題について、同課題を解決するために、複数の剪断面を持ち、かつ、その向きが異なるダンパを適用するというものであり、本件各発明は、そのようなダンパが本件各発明の構成をとることによって、剪断部が、入力により荷重を受けたときに変形してエネルギー吸収を行うというものである。
本件明細書に記載された本件各発明の課題は、上記のとおりであり、従来から知られていた剪断パネル型ダンパである単純なI字形ダンパに対して単一方向からの入力しか想定されない場面においては、本件各発明における解決すべき課題は存在しない。単一方向からの入力でなく複数方向からの入力が想定される場合に、本件各発明が解決すべき課題が存在することとなる。そして、本件明細書には、前記1(2)に記載のとおりの本件各発明の意義が記載されているほか、本件明細書に記載された実施例は、全て、複数方向からの入力が問題となり、そのような複数方向からの入力に対し、本件発明1の構成をとることによって対応することができるものであると認められる。本件明細書のその他の部分にも、単一方向からの入力に対応することに関する記載はない。これらの本件明細書の記載及び構成要件G、Hの記載から、本件発明1に係るダンパは、ダンパに対して複数方向からの入力が想定される構造物等の部位に用いられ、ダンパの剪断部に対して複数方向からの入力があり、これに対して対応することができるダンパであると解するのが相当である。』
『・・・(略)・・・構成要件Gに係る「入力」は、「複数方向からの入力」を意味し、・・・(略)・・・』
『ア 被告ダンパはいずれも4種類の耐力パネルのいずれかに組み込まれているところ、耐力パネルは、その構造上、耐力パネルが接続している梁の方向の力(耐力パネルが平行四辺形に変更する方向の力)が加わると、いずれの耐力パネルについても、被告ダンパに鉛直方向の力が加わり、所定レベル以上の力が加わると剪断変形によって地震力を吸収する。このとき、被告ダンパに対しては、鉛直方向の力以外の力は加わらない。他方で、耐力パネルに梁と垂直方向の力が加わっても、被告ダンパには力が加わらず、地震力を吸収することができない。地震力のうち、これらの力の合力については、いずれも上記二つの力に分解できるから、結局、被告ダンパには鉛直方向の力のみが加わるということになる(乙33)。被告製品においては、建物の特定の方向に複数の耐力パネルを設置するとともに、これと直交する方向にも複数の耐力パネルを設置しており、このように複数の耐力パネルを直交方向に設置することによって、個々のパネルの被告ダンパには鉛直方向の力のみが加わり、その方向の力のみしか吸収できないとしても、各方向に沿って設置された耐力パネルが、両方向に対応する地震力の分力を吸収することで建物全体では任意の方向の地震力を吸収できるように設計されているといえる(乙3)。』
『イ 被告ダンパに対しては、一応、前記アのとおりの力のみが加わるといえるが、耐力パネルが設置されている上下の梁がねじれる(回転する)力が加わった場合には、耐力パネルの構造上、被告ダンパに対し鉛直方向とは異なる方向の力が加わる可能性がないわけではない。そこで、被告製品において鉛直方向からどの程度ずれる力が加わり得るのかについて検討する。
被告は、被告ダンパを搭載した実物大の住宅サンプルに対して、過去最大級の地震の一つである兵庫県南部地震の際にJR鷹取駅で観測された地震波(以下「鷹取地震波」という。)を適用して地震時挙動を測定する実験を行ったところ、その結果によれば、1階に対する2階床の最大回転角は、0.14°(乙40)、これにより耐力壁に設置されたダンパに対して加わる力の鉛直方向からのずれは、0.022°であったこと(乙41)が認められる。』
『ウ 以上を前提に、被告ダンパの剪断部に本件発明1における複数方向からの入力があり、その剪断部が複数方向からの入力により荷重を受けたときに変形してエネルギー吸収を行うものといえるか否かについて検討する。
(ア) 特許請求の範囲にも本件明細書にも、前記の複数方向のうち1つの方向といえる角度範囲をどの程度のものと想定しているかについての直接的な記載はない。しかし、そもそも、本件発明1のダンパは、建築物や橋梁等の建物、建造物で用いられるものであるところ、従来のI字型ダンパは、想定する角度からわずかでもずれれば機能しなくなるというものではない。I字形ダンパは、入力方向のずれが生じている場合でも、パネルと平行し、面内を通る方向の分力については、入力がパネルと面内を通る方向と平行だった場合と同様に作用することになるから、実際の入力と面内を通る方向とのずれがごくわずかであれば、実際の入力とほとんど変わらない力が面内を通る分力として剪断パネルに作用する。
例えば、入力方向が0.1°ずれた場合には、Cos0.1°=約0.9999985により、約99.99985%の力が面内を通る分力として剪断パネル作用することになり、この程度の入力方向のずれでは、I字型ダンパに生じる効果に観測できるほどの差は生じないことは明らかである。また、建築の分野において橋梁や住居などの一定の大きさの建造物を建築するに当たって、施工誤差が生じることは当然であり(原告は、後記のとおり耐力パネル設置に当たって少なくとも±0.82°の据え付け誤差が生じると主張している。)、I字型ダンパもそのことを前提に用いられるものとして想定されており、施工の限界を超えた小さい角度差は、単一方向の入力として想定されているというべきである。さらに、I字型ダンパはパネルと平行し、面内を通る方向から力が加わることによって、平行四辺形に剪断変形することによってその力を吸収するというものである(前記2(2))が、I字型ダンパの剪断パネルにも一定の厚さがあり、少なくとも厚さの中に納まるような入力方向の小さなズレであれば、パネルの面内を通る方向からの力と評価し得、少なくともこの程度の入力方向のずれは、同一方向からの入力として想定されているともいえる。
本件明細書においても、本件各発明のダンパは、図面上、いずれも一見して複数の剪断部の方向が異なることが明らかなもののみであり、その入力方向のズレが相当に小さいことを想定した場合の記載、図面はない。そのずれが相当に小さく、例えば、0.1°程度の差を複数方向からの入力と想定した場合、複数のパネルを連結しながらどのように配置すれば効率的に入力を吸収できるかは、本件明細書によっても明らかではない。上記のような差の入力の場合、厚みのある鋼板を用いて、2枚の剪断パネルを0.1°程度の角度をつけて接合し、ダンパを作成することを実現することが現実的であるとはいえない。
以上に述べたところに、前記(1)で記載した本件発明1の意義を考慮すると、本件発明1で対象としている複数方向からの入力は異なる方向からの入力であるというべきところ、その異なる方向からの入力には、少なくとも、従来のI字型ダンパにおいて同一方向からの入力として想定されていたといえる入力を含まないものと認められる。』
『これらによれば、上記実験結果によれば、本件においてねじれによって加わり得る入力方向の違いは、従来のI字型ダンパにおいて同一方向からの入力として想定されていたといえる範囲のものであり、前記(ア)で説示した本件発明1が異なる入力方向として想定しているものではないというべきである。』
『(4)本件各発明におけるダンパは、タンパに対して複数方向からの入力があることを前提として、その剪断部が複数方向からの入力により荷重を受けたときに変形してエネルギー吸収を行うものであると解するのが相当であり(前記(1))、本件では、被告製品に組み込まれた状態で被告ダンパの剪断部に複数方向からの入力があり、複数方向からの入力により荷重を受けたときに変形してエネルギー吸収を行うものであるか否かが問題になる(前記(2))。』

[コメント]
本件発明1では、入力の方向が限定されておらず、課題を解決するための構成として複数方向の入力より変形するための構成要素(互いの向きを異ならせて設けられた板状の一対の剪断部)が含まれており、請求項の文言を見ただけであれば、被告製品が本件発明1の技術的範囲に含まれているように感じる。
ところが、裁判所は、使用態様(製品に組み組まれた状態)で複数方向の入力があるのかが問題であると判断し、製品に組み込まれた状態で想定される入力の方向のズレが従来技術のI字型ダンパと同程度のズレであるから、被告製品には複数方向の入力がないと評価できるとしたうえで、被告製品が本件発明1の技術的範囲に属さないと判断した。この判断は、一見すると、複数方向の入力に対応できるダンパを請求項に記載した特許権を取得しても、使用態様が単一方向の入力であって課題が生じない状況であれば、技術的範囲外と判断するものであり、ダンパの単体の権利ではなく使用態様を含む権利と評価されていることになる。訴訟において入力の方向についての反論がなければ、原告請求が認められていた可能性があり、判断の分かれる事案と考えられる。
以上
(担当弁理士:坪内 哲也)

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