IP case studies判例研究

令和5年(ネ)第10037号「レーザ加工方法及びレーザ加工装置」事件

名称:「レーザ加工方法及びレーザ加工装置」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和5年(ネ)第10037号 判決日:令和6年3月6日
判決:原判決変更
特許法102条1項、2項、3項
キーワード:損害額の算定、逸失利益の推定、限界利益
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/032/093032_hanrei.pdf

[概要]
特許権者が特許実施品の完成品ではなく部品の製造販売をしていた場合に、特許法102条2項により損害を認定することができないとされた事例。

[本件発明1]
1A 第一のレーザ光を加工対象物の内部に集光点を合わせて照射し、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物の内部に改質領域を形成するレーザ加工装置であって、
1B 前記第1のレーザ光を前記加工対象物に向けて集光するレンズと、
1C 前記加工対象物と前記レンズとを前記加工対象物の主面に沿って移動させる移動手段と、
1D 前記レンズを前記主面に対して進退自在に保持する保持手段と、
1E 前記移動手段及び前記保持手段それぞれの挙動を制御する制御手段と、を備え、
1F 前記制御手段は前記集光点が前記加工対象物内部の所定の位置に合う状態となる初期位置に前記レンズを保持するように前記保持手段を制御し、
1G 当該位置に前記レンズを保持した状態で前記第一のレーザ光を照射しながら、前記制御手段は前記加工対象物と前記レンズとを前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制御して前記切断予定ラインの一端部において改質領域を形成し、
1H 前記切断予定ラインの一端部において改質領域が形成された後に、前記制御手段は前記レンズを前記初期位置に保持した状態を解除して前記レンズと前記主面との間隔を調整しながら保持するように前記保持手段を制御し、前記レンズと前記加工対象物とを前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制御して改質領域を形成する、
1I レーザ加工装置。

[主な争点]
原告の損害の発生及びその額について

[原告の主張] (筆者にて適宜抜粋)
『(イ)本件のように、特許権者が部品を販売し、侵害者が完成品を販売している場合であっても、特許権者に侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろう事情が存在する場合には、特許法102条2項は適用される。・・・(略)・・・
なお、前記補正の上引用した原判決における原告の主張のとおり、特許権者である原告がSDエンジンという部品を販売していることについては、①利益の額の算定において考慮するか、又は、②推定覆滅事由として考慮すれば足りる。』

[裁判所の判断]
1.特許法102条2項の適用について
『ウ これを本件について、前記(1)の認定事実を前提として検討すると、本件では、原告のSDエンジンは、SD装置が本件各発明を含むステルスダイシング技術を用いたレーザ加工機能を実現するために必須となる部品であって枢要な機能を担うものであり、被告による被告旧製品(侵害品)の製造及び輸出・販売行為がなかったならば、原告は自らのSDエンジンを被告又は他のSD装置の製造者に販売することにより、輸出・販売された被告旧製品に対応する利益が得られたであろうということはできる。しかしながら、原告はSDエンジンを販売していたものであって、侵害品と同種の製品であるSD装置を製造・販売していたものではない。また、原告において自らSD装置を製造する能力があり、具体的にSD装置を製造・販売する予定があったことを認めるに足りる証拠もない。原告の逸失利益はあくまでもSDエンジンの売上喪失によるものであって、SD装置の売上喪失によるものではない。そして、SD装置とSDエンジンとは需要者及び市場を異にし、同一市場において競合しているわけではない。したがって、SD装置の売上げに係る被告の利益全体をもって、原告の喪失したSDエンジンの売上利益(原告の損害)と推定する合理的事情はない。
エ この点、原告は、被告旧製品の限界利益のうち、SDエンジン相当部分の限界利益が原告の損害と推定されるべきであるとも主張する。しかし、SDエンジンは、SD装置の一部を構成する部品であって、その対価は製造原価を構成する多数の項目の一つにすぎない。そして、本件において、SD装置の限界利益のうちのどの程度の部分が、それぞれの部品に由来するものであるかを特定するに足りる事情はなく、「SDエンジン」に由来する部分を特定することは困難というほかないのであって、「SDエンジン相当部分」の限界利益を一義的に特定することはできない。仮にこれを算出する場合にも、確立した算出方法があるわけではなく、どのような要素を考慮し、どのような論理操作を行うかによって様々な結論を導くことが可能であるから、このように算出された限界利益の「SDエンジン相当部分」をもって本件における原告の損害を推定し、覆滅事由の主張立証責任を転換するための合理的な基礎とすることはできないというべきである。したがって、原告の前記主張は採用することができない。
オ 以上によれば、本件において、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情があるとして特許法102条2項の規定の適用が認められるとはいえるものの、SDエンジン相当部分の限界利益を特定することができないから、同項の推定規定により本件における原告の損害を認定することはできない。前記各知的財産高等裁判所特別部の判決は、いずれも特許権者等において特許実施品又は侵害品と市場及び需要者を共通にする製品を販売等していたという事情が存在する事案について判断したものであるから、本件について、上記のように解することと矛盾するものではない。原告は、知的財産高等裁判所令和4年8月8日判決(同裁判所平成31年(ネ)第10007号)も引用するが、同判決の事案は、特許権者が完成品を販売し、侵害者が間接侵害品である部品を販売していた事案であって、本件のような完成品の限界利益中の当該部品に相当する部分の特定が問題になった事案ではないから、同項の適用に関する前記結論を左右するに足りるものではない。
そうすると、本件における原告の損害の認定は、特許法102条2項の推定規定の適用以外の方法で行うのが相当である。』

2.特許法102条1項による損害額の算定
『特許法102条1項の文言及び上記趣旨に照らせば、特許権者が「侵害の行為がなければ販売することができた物」(同項1号)とは、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者の製品であれば足り、特許権者が特許実施品又は専ら特許実施品の生産のために用いる物(部品)を販売しており、侵害行為がなければ、特許権者は自らの製品を販売することができたという関係にある場合には、特許権者は、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける製品を販売していたということができるから、同項の適用が是認される。
そして、本件では、前記(2)のとおり、被告の侵害行為がなければ、原告はその製造する原告エンジンを販売することができ、これにより利益を得ることができたものと推認され、原告は、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける製品である原告エンジンを販売していたということができるから、同項を適用することができる。
イ 限界利益
・・・(略)・・・原告エンジンの一台当たりの限界利益は●●●●●円(=●●●●●円-●●●●●円)、●●台分の限界利益は4億1280万円となる。
・・・(略)・・・
ウ 推定の覆滅
本件各発明は、ステルスダイシング機能そのものに係るものではなく、同機能を用いて加工対象物をレーザ加工する際の端部の処理に関するものであること、本件各発明に係る技術については、AF低追従を用いるという代替技術や、端部においてはレーザ加工をしないという手法(エッジオフ)が存在し、現に、被告がAF低追従を用い、エッジオフ機能を有する被告新製品を販売していることからすると、本件各発明自体の顧客吸引力が高いとは認められないこと、原告エンジンを組み込んだ被告又はディスコ社のSD装置が被告旧製品と全く同じ性能や機能を有するものではないこと、被告が個々のユーザの製造プロセスや加工対象物の形状に応じてSD装置の仕様を変更し、モジュールを開発して提供するなどして被告製品を販売していたこと等、本件に表われた事情を総合すると、特許法102条1項1号の「特許権者が販売することができないとする事情」に相当する数量は、7割であると認めるのが相当である。
エ 損害額
以上によると、特許法102条1項により算定される損害額は、1億2384万円(=4億1280万円×(1-0.7))であり、同条3項により算定される損害額(後記(5)イ)を上回る。』

3.特許法102条3項による損害額の算定
『イ 前記アによると、特許法102条3項により算定される損害額は、●●●●●●●●●●●円(=●●●●●●●●●●●●円×0.05)であり、同条1項により算定される損害額(前記(4)エ)を下回る。』

4.損害額
『(7) 損害額
以上のとおり、被告が被告旧製品(対象製品1(2)B)を製造、輸出・販売したことにより原告に生じた損害の額は、1億2384万円である。
そして、本件事案の性質・内容、本件の認容額、原審及び当審の審理経過等諸般の事情を斟酌すると、被告の本件特許権侵害の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当額は、1300万円と認めるのが相当である。
したがって、原告の損害額は合計1億3684万円である。』

[コメント]
原告は、特許法102条2項の適用を主張するとともに、SDエンジン相当部分の限界利益額は、SD装置の限界利益額の75%であることを主張した。これに対し、本判決では、原告のSDエンジンが、本件発明のSD装置において「枢要な機能を担う」「必須となる部品」であることを認定しつつも、SDエンジンはSD装置の一部を構成する部品であるため、「SDエンジン相当部分」の限界利益を一義的に特定することはできず、特許法102条2項の推定規定により、原告の損害を認定することはできないと判断された。
また、地裁判決では、同条1項に基づき算定される逸失利益額が覆滅により、損害額の最低限としてのライセンス料相当額に対応する同条3項に基づき算定される額を下回る判断がなされていたところ、本判決では、同条1項に基づき算定される逸失利益額が覆滅されたとしても、同条3項に基づき算定される額を上回る判断がなされた。この点について是正されたと感じる。
以上
(担当弁理士:赤尾 隼人)

令和5年(ネ)第10037号「レーザ加工方法及びレーザ加工装置」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ